本庶佑さんのノーベル賞受賞で、インターネット上の関心が高まった「免疫療法」という言葉。これを、複雑な想いで見つめる人たちがいる。
その一人が、石森恵美さん。8年前、夫の茂利さんを膵臓がんで亡くした。当時を振り返り、恵美さんは「冷静におろかな判断をしてしまった」と話す。

恵美さんの「判断」を惑わせたのが、ネットの医療情報だ。そのとき、彼女と彼女の家族に、何が起きていたのか。
BuzzFeed Japan Medicalによる恵美さんへの取材から、今もなお、高額“治療”を売り込む広告が並ぶネットとの付き合い方を考える。
「冷静におろかな判断」の真意
恵美さんは茂利さんにがんが告知された日の夜、自宅で一人、ネットで「すい臓がん 末期」などの言葉を検索した。
当時、すい臓がんには2種類の抗がん剤しかなく、1種類ずつ使っていく治療方針が決まっていた。「他にもっとできることはないか」と懸命だった。
そうした情報収集を続け、最終的に辿り着いたのは、現在は国立がんセンターも注意喚起をする、効果の証明されていない自由診療の「免疫療法」だった。
3回の“治療”に300万円をかけたが、効果はみられなかった。茂利さんは途中で体調が悪化、亡くなった。闘病は半年にも満たなかった。

「今となっては、あれが効果のないものだったことがわかります」と恵美さん。だから、「おろかな判断だったと思います」。
しかし、恵美さんはこのような“治療”を選択したときも、あくまで「冷静だった」という。
「治る可能性がとても低いことは理解していました。でも、万に一つでも、自分の夫には効くかもしれない」
「今、やれることを全部やっておかないと、後悔する。そう考えて、当時としては納得の上で、踏み切ることにしたんです」
ネットの情報が「罠」になるとき
恵美さんは当時、ラジオ局のアナウンサー。健康系の番組を担当していたこともあり、がんという病気についての知識はあった。
「でも、根拠なく“うちは大丈夫”と思っていて。夫ががんになって初めて、誰でもなり得るものなのだと実感しました」
茂利さんは生来、健康でめったに風邪をひくこともなかった。初めての入院が2010年5月。末期のすい臓がんという告知を受けたのは、その3日後だった。
激変する環境の中で、必死に情報を探した。当時、ネットの検索結果には「免疫療法」や、アガリクス・フコイダンなど代替療法ばかりが表示されたという。

「そこで初めて、がんという病気や、その治療についての情報が、ネットに溢れていることに気づいたんです」
「もしかしたらそれまでにも、目にしていたのかもしれません。でも、意識することはありませんでした」
他人事であるうちは、いくらネット上に怪しい医療情報があっても、実害はない。しかし、今は2人に1人ががんになるとされる時代だ。
「みんな“自分には関係ない”と思ってしまいますよね。でも、家族に、自分に、それは起きることなんです」
なぜ患者は情報を探し求めるのか
現在、恵美さんはフリーアナウンサーをしながら、膵臓がんの患者・家族会「パンキャンジャパン」支部長を務める。
ネット時代、医療情報はより身近になったと感じる。患者やその家族の相談を受けていると「情報源としてネットを利用している人は多い」(恵美さん)。

6月1日に改正医療法が施行され、医療機関のウェブサイトやバナー広告など、ネット上のさまざまな情報が、広告として規制対象になった。
自主規制を強化する広告事業者もいる。しかし、恵美さんはそれだけでは「広告がより巧妙になってしまって」、本質的な解決はまだ遠いと感じる。
「広告に騙されたわけではなく、効果に乏しいと理解していながらも、かつての私のように、何らかの価値を見いだし、一縷の望みに賭ける人はいます」
「そもそもの問題は、一部のクリニックが、効果に乏しい“治療”の提供を続けているところにあるのではないでしょうか」
また、「なぜ患者がそうしたクリニックに救いを求めるのか、を考える必要もある」と恵美さんは強調する。
「私たち夫婦も、医師と患者関係が良好だったら、このようなクリニックに流れなかったかもしれない。コミュニケーションの問題が大きいです」
実際に、茂利さんが通院した自由診療のクリニックでは、医師から受付スタッフまでが茂利さんの日常を支える姿勢を見せ、その悩みに常に耳を傾けたという。
「自己肯定感」というキーワード
取材中、「自己肯定感」というキーワードが挙がった。恵美さんは「がんになると、多くの人は、自己肯定感が上がりようがないんです」という。
「だから、自己肯定感が上がるように、“がんが治る”といった情報や、たとえ悪徳商売でも、親切丁寧なクリニックを探し求めるのではないでしょうか」

逆に、「科学的根拠のある治療をする病院が、情報発信の面で不十分なことも多い」と恵美さん。自由診療クリニックよりも、説明などがわかりにくいという。
「また、医師と患者の関係が上手くいっていないのに、ウェブサイトには“患者様第一”などと記載されていたら、患者は何も信じられなくなってしまいます」
ネットの医療情報の問題について、検索結果や広告については改善も進む。一方で、解決のために目を向けるべきところは、他にもある。
BuzzFeed Japan Medicalはネットと医療情報に関して取材を続けています。情報提供は記者のTwitterアカウント( @amanojerk )かメールアドレス( seiichiro.kuchiki@buzzfeed.com )などにご連絡ください。