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日本人の死因の2位、知っていますか? 「防げる」心臓病対策の重要性を専門家に聞く

心不全が爆発的に広がる「心不全パンデミック」を防ぐために。

最新の人口動態統計(2017年)によれば、病気による死因の第1位は「がん」で約40万人。第2位が「心疾患」(心臓病)で約20万人だ。共に大きな数字だが、がんになったときの備えをしている人はいても、心臓病への備えをしている人は、そう多くないだろう。

このような現状を打破するために、2018年12月10日、衆議院本会議で「脳卒中・循環器病対策基本法」が全会一致で可決、成立した。心臓病や脳卒中などの病気について医療体制を整備し、研究・啓発を促進することが目的のこの法案が、なぜ今、必要なのか。

BuzzFeed Japan Medicalは法制化に尽力した榊原記念病院院長の磯部光章氏(循環器専門医)を取材、「予防できる」という心臓病への対策とあわせて話を聞いた。

よく聞く「心不全」、どんな病気?

ひと口に「心臓病」と言っても、いくつかの種類がある。四大疾患とされるのが「心不全」「急性心筋梗塞」「大動脈解離」「不整脈」だ。このうち、急性心筋梗塞や大動脈解離、不整脈は突然死の主な原因となる病気。突然死を免れても、後述する心不全の原因となり、命に関わることもある。

磯部氏にとって、心不全は専門分野であり、同時に循環器病対策でもっとも重要な病気の一つだという。ニュースで著名人の死因として聞かれることも多いこの「心不全」とは一体、どのような疾患なのか。

磯部氏はまず「ひとつの病気ではなく、心臓のさまざまな病気や高血圧などにより心臓に負担がかかり、心臓のポンプ機能が低下した状態」と説明する。つまり、心臓病を入口として、最終的に行き着く心臓の(悪化した)状態が心不全、ともいえる。

ポンプ機能の低下により、全身の臓器に十分な血液が行き渡らなくなると、疲労感、不眠、冷感などが起きる。また、ポンプ機能が低下することで、血流が滞り、息切れ、呼吸困難、むくみ(浮腫)なども続く。

このように、さまざまな症状のある心不全は、心臓の機能が急激に低下する「急性」と、次第に低下していく「慢性」に分類される。慢性が急性に移行することもあり、特に高齢者は注意が必要。心不全の5年間の死亡率は50%にものぼる。

「心不全パンデミック」の危機

心不全は年々、新規発症数が増加しており、「心不全パンデミック(爆発的な増加)」の状態になる危険性があるという。

「日本の心不全患者は現在、約100万人で、これからも増え続けていくことが予想されています。このままのペースで推移すると、2025年には新規患者数が約37万人になるという予測もあり、心不全パンデミックの状態になることが懸念されるのです」

日本では生活習慣の欧米化に伴う心筋梗塞や狭心症などの増加や、高齢化による高血圧・弁膜症の増加などにより、心不全患者が急増。高齢化により近未来的に患者数の増加が続く心不全パンデミックは、公益財団法人日本心臓財団なども警鐘を鳴らしている

心不全パンデミックの危険性は、個人にとどまらない。心不全になると医療機関への入退院を繰り返すことになり、家族にも大きな負担が伴う。

さらに、医療費の問題もある。今回、法制化の対象になった心臓病と脳卒中を含む循環器系疾患にかかる医療費は、年に約6兆円。全体の約20%を占める。

「例えば、心不全の患者さんは1カ月以上の入院も珍しくなく、医療費も1回の入院で数百万ということもあります。それを何度も繰り返すことになるわけです」

命が助かっても、その後、後遺症が残る可能性もある。現在、要介護・要支援の原因の約20%を占めるのが、脳卒中・心臓病だ。しかし、これらの病気は本来「予防可能」であると磯部氏。そのためにも、今回の法制化は必要不可欠だという。

心不全のサインと予防法

そもそも「心疾患は予防対策が有効」であり、「がん同様、できるだけ早期発見をすると予後がよくなる」(磯部氏)。

「心不全は慢性に進行、つまり悪くなり続けて、一定のラインを超えたときに一気に苦しくなって救急車、という経過を辿ることが多いです。苦しくならないと患者さんはなかなか“病院に行こう”と思わないわけですが、常に苦しいのは進行した心不全を意味します」

磯部氏によれば、自覚症状がないうちに治療できたほうが、効果が高い。また、「心不全は血液(BNP)検査で早期発見が可能」だが、現在、この検査は徹底されてはいないという。

では、患者側にできることはないのか。磯部氏は早期の心不全の症状として、いくつか知っておくべきものを挙げる。

「例えば、急に体重が増えてむくむ。普段、登っていた坂が苦しくて登れない。寝ていたら苦しくて目が覚めた。これらの症状は心不全のサインです」

自分に心不全のリスクがあることを把握するのも有効だ。心筋梗塞や高血圧の病歴や、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群があれば、定期的な受診が必要だという

「心臓病全般の予防としては“たばこは止める”“塩分は控える”“運動をする”、これらのことがポイントです。他にも、糖尿病・高コレステロール血症の患者さんは、しっかりその治療をしましょう」

「小学校の頃から知っていてほしい」

心臓病のサインや予防法については、「極端に言えば小学校の頃から知っていてほしい」と磯部氏。不整脈や大動脈疾患などは若年でも発症することがあり、心臓病については「年齢で油断はできない」。

早期発見の検査も、教育現場での啓発活動も、徹底するためには「医療関係者の側からだけではできないこともある」。だからこそ、成立した法案に期待がかかる。

「いかに心臓病を早く見つけ、入院期間を縮小しながら、再発を予防するか。国民の福祉と医療の持続可能性のバランスが重要です。一方で、これを実現するには、社会のシステムの整備が必要不可欠です。だからこそ、私もこの法案成立のために、力を注いできました」

法案の制定までには、長い道のりがあった。そもそも、2008年から脳卒中の対策法案として議論されたが、2014年に一旦、廃案に。そこで、心臓や血管に関係する病気として、心臓病もあわせた包括的な基本法の制定を目標にすることになり再度、活動がスタートした。

長年の活動が実を結ぶ形で、急転直下、成立したのは2018年12月のこと。「患者・医療関係者が本当に待ちに待っていた法律でした」と磯部氏。

国は今後、同法の基本理念に則り、循環器病対策推進基本計画を策定する予定。その評価を踏まえ、少なくとも6年ごとに計画の見直しを検討する。また、医療保険者に対しては、国や地方公共団体による循環器病予防の普及啓発などの施策への協力を求める。

ただし、今後、どのような形で法案が運用されていくかは、まだ不透明だ。磯部氏は以下のように強調する。

「がん医療を変えたがん対策基本法のように、脳卒中・循環器病の医療を変えていけるのか、真価が問われます。引き続き、医療現場の声を届けていきます」