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もうすぐ引退のウサイン・ボルト 15歳の写真から振り返る「人類最速の男」の競技生活

「ライトニング・ボルト(稲妻)」が駆け抜けた歴史。

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「人類最速の男」ことウサイン・ボルトのラスト・ラン。8月5日(現地時間)に開催された世界陸上ロンドンの100m決勝では、9秒95で銅メダルでした。

右端がボルト。12日の4×100mリレーに出場予定だが、個人としてはこれがラスト・ラン。
AFP=時事

右端がボルト。12日の4×100mリレーに出場予定だが、個人としてはこれがラスト・ラン。

そんなボルトも、もともとは一人の少年。サッカーやクリケットが好きだったそうです。どうやって「人類最速の男」と呼ばれるまでになったのか。その力走を写真で振り返ってみましょう。

ボルトが陸上に転向したのは13歳のころ。そして、15歳で出場した2002年の世界ジュニア選手権の200mで優勝。史上最年少(当時)でした。

15歳のボルト。伝説はこうしてスタートした。
Getty Images

15歳のボルト。伝説はこうしてスタートした。

2004年には200mで19秒93のジュニア世界記録を達成。当時ボルトは17歳。十代で20秒の壁を超えた最初の選手になりました。

写真は2004年のアテネオリンピックのもの。大型新人として期待されつつ出場するも、結果は一次予選敗退。
AFP=時事

写真は2004年のアテネオリンピックのもの。大型新人として期待されつつ出場するも、結果は一次予選敗退。

2007年の世界陸上大阪大会、200mで銀メダルを獲得。このころから100mに本格参戦し、世界最速を争うようになります。

200m決勝の様子。優勝したタイソン・ゲイは同大会100mとの二冠に輝いた。
AFP=時事

200m決勝の様子。優勝したタイソン・ゲイは同大会100mとの二冠に輝いた。

2008年5月、母国ジャマイカの大会の100mで、世界歴代2位(当時)の9秒76をマーク。

そしてボルトの快進撃は続く。
Getty Images

そしてボルトの快進撃は続く。

同月のリーボックGP・100mで、アサファ・パウエル(ジャマイカ)の世界記録を0.02秒更新。9秒72で優勝。

隣のレーンを走るタイソン・ゲイに大差をつけた。
Getty Images

隣のレーンを走るタイソン・ゲイに大差をつけた。

そして同年8月。北京五輪の100m決勝で、あのポーズが披露される。

このレース、レース中盤から他選手を圧倒していたボルトは、最後の数歩を両手を広げ流して走る余裕を見せた。
Getty Images

このレース、レース中盤から他選手を圧倒していたボルトは、最後の数歩を両手を広げ流して走る余裕を見せた。

フィニッシュ時も胸を手で叩くパフォーマンスをしながら、自分の世界記録をさらに更新。

9秒69をマーク。9秒7台を切った史上初の選手に。
Getty Images

9秒69をマーク。9秒7台を切った史上初の選手に。

そして、このポーズ。

手にはジャマイカ国旗とスポンサーであるPUMAの黄金のスパイクを掲げた。
Getty Images

手にはジャマイカ国旗とスポンサーであるPUMAの黄金のスパイクを掲げた。

ちなみに、同大会では200mでも19秒30の記録で金メダル。世界記録を更新しています。

「不滅の世界記録」と言われたマイケル・ジョンソンの記録を更新。ボルトは100mと200mの世界記録を同時に持つ、史上3人目の選手になった。オリンピックでの両種目制覇は、男子では1984年のカール・ルイス以来、24年ぶり9人目。
AFP=時事

「不滅の世界記録」と言われたマイケル・ジョンソンの記録を更新。ボルトは100mと200mの世界記録を同時に持つ、史上3人目の選手になった。オリンピックでの両種目制覇は、男子では1984年のカール・ルイス以来、24年ぶり9人目。

ただし、北京五輪では4×100mリレーで優勝後、メンバーの薬物反応陽性により金メダルを剥奪されています。

この結果、3位だった日本が繰り上がり、銀メダルを獲得することに。
AFP=時事

この結果、3位だった日本が繰り上がり、銀メダルを獲得することに。

この年、IAAF(国際陸上競技連盟)の年間最優秀選手賞を獲得。2016年までに、なんと6回受賞。

左は同年、最優秀選手賞を受賞した女性選手のエレーナ・イシンバエワ(ロシア)。
AFP=時事

左は同年、最優秀選手賞を受賞した女性選手のエレーナ・イシンバエワ(ロシア)。

2009年5月には、路上に特設された直線の150mコースを走る陸上競技会で、14秒35をマーク。こちらも世界記録。

AFP=時事

さあ、栄光の瞬間がやってきます。同年8月の世界陸上・ベルリン大会、100mで優勝したボルトが出した驚きの記録が……。

ちなみに、これが世界陸上では初の金メダル。
AFP=時事

ちなみに、これが世界陸上では初の金メダル。

9秒58! 自身の世界記録をさらに0.11秒更新。

100mの世界で0.1秒というタイム差はとても大きなもの。もちろん、この記録は未だ誰にも破られていません。
Getty Images

100mの世界で0.1秒というタイム差はとても大きなもの。もちろん、この記録は未だ誰にも破られていません。

同大会では、200mでも世界記録を更新。

200mでも自身の世界記録をさらに0.11秒更新し、19秒19をマーク。
Getty Images

200mでも自身の世界記録をさらに0.11秒更新し、19秒19をマーク。

でも、常に順風満帆だったわけではありません。例えば、2011年の世界陸上テグ大会では100m決勝でフライングし、失格。

自身のフライングに驚きを隠せない様子のボルト。
AFP=時事

自身のフライングに驚きを隠せない様子のボルト。

しかし、同大会ではアンカーだった4×100mリレー決勝で、37秒04の世界記録(当時)を樹立。

ゴール直後、歓喜のボルト。
AFP=時事

ゴール直後、歓喜のボルト。

この記録は翌年の2012年、ロンドン五輪で自分たちの手により塗り替えられます。タイムは36秒84。

ボルトは2017年7月現在、男子100m・200m・4×100mリレーのすべてで世界記録を保持している。
AFP=時事

ボルトは2017年7月現在、男子100m・200m・4×100mリレーのすべてで世界記録を保持している。

その後もシーズン世界最高記録を更新し続けたボルト。2013年、ダイヤモンドリーグ(メモリアルヴァンダム)の開催前の会見で、2016年のリオ五輪後の引退を示唆しました。

2013年9月のメモリアルヴァンダムにて。
Getty Images

2013年9月のメモリアルヴァンダムにて。

2015年の世界陸上・北京大会。不調のボルトは100m予選のスタートでつまづき心配されたものの、決勝ではライバルのジャスティン・ガトリンに競り勝ち、優勝しました。

その差は0.01秒。ちなみに、二人はプライベートでは友人。ボルトの100mラスト・ランではガトリンが優勝。
AFP=時事

その差は0.01秒。ちなみに、二人はプライベートでは友人。ボルトの100mラスト・ランではガトリンが優勝。

2016年のリオ五輪では、男子100m・200m・4×100mリレーすべてで優勝。オリンピックでの3冠は2大会連続(北京大会のリレーでの金メダル剥奪がなければ3大会連続)でした。

リオ五輪後の引退を撤回。後に、2017年8月の世界陸上・ロンドン大会での引退を表明。
AFP=時事

リオ五輪後の引退を撤回。後に、2017年8月の世界陸上・ロンドン大会での引退を表明。

これまでに、オリンピックで獲得した金メダルは8個、世界陸上では11個。陸上競技の歴史上、もっとも偉大な選手の一人と言っても過言ではありません。

そんなボルトは現役続行の原動力について「ファンのため」とコメントしています。
AFP=時事

そんなボルトは現役続行の原動力について「ファンのため」とコメントしています。

ボルトが引退を表明している世界陸上・ロンドン大会は8月4日に開幕。「人類最速の男」のラスト・ラン、ぜひその目に焼きつけましょう。

サムネイル:AFP=時事

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