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ただの変な服だと思っていませんか? コム・デ・ギャルソン 74歳、川久保玲の本当の凄さ

川久保玲、世界を驚かせるデザイナーにして経営者。強いクリエイションで、強いビジネスを生み出す。

川久保玲さんがまた注目を集めている。ニューヨーク・メトロポリタン美術館で5月4日から「川久保玲 / コム・デ・ギャルソン」展がはじまったからだ。

ここで現役デザイナーにスポットをあてた展示が開かれるのは極めて異例で、1983年のイヴ・サンローラン以来という。

コム・デ・ギャルソンのイメージはいくつかの言葉にまとめることができる。奇抜、変な服、前衛的、これがおしゃれ?、どう着ていいのかわからない……。

つまり、人を戸惑わせる服なのだ。

それなのに、なぜ川久保玲さんは注目されるのか、いったい何がすごいのか?

コム・デ・ギャルソン展の図録や過去のインタビューなどをもとに川久保さんの経歴を簡単に紐解く。

川久保玲、1942年東京生まれの74歳。大手繊維メーカーを経て、スタイリストとして独立する。

インタビュー嫌い、写真嫌いで知られメディアの前にはあまり登場しない。

1969年からフランス語で「少年のように」を意味するコム・デ・ギャルソンという名前で洋服を作りはじめる。

1973年にコム・デ・ギャルソン社を設立。1981年、パリ・コレクションに進出した。

1982年、ゆったりとしたシルエット、そして穴をあけた黒いニットを発表する。

女性の身体に沿ったライン、多くの色を使う華やかな服が主流だったファッション界に、黒でゆったり、しかもボロボロという真逆の「美」を突きつける。

黒い服は同時期に活躍した山本耀司さんも提案し、社会現象に。のちに「黒の衝撃」と呼ばれる歴史に残る“事件”になる。

当時、彼女は自分の服をこう表現している。

「私の服は今日の女性のためのもの。独立していて、夫の考えに左右されず、自分の足で立っている人の」(図録より)

既存の「女性らしさ」も破壊して、誰にも左右されない「強い女性」像を打ち出す。凝り固まった価値観への反骨精神を感じさせる言葉だ。

あとから振り返れば、事件は始まりに過ぎなかった。

1984年、男性服ブランド「コム・デ・ギャルソン オム プリュス」を立ち上げる。

男性服でも既成概念にとらわれた「男らしさ」から男を自由にした。

しわだらけのジャケット、フリルや大胆な花柄、スカートなども取り入れたコレクションが発表されるようになる。

1996年発表の「ボディ ミーツ ドレス ドレス ミーツ ボディ」。図録の表紙も飾る、強いインパクトを与えたコレクションだ。

肩や背中、腰部分の布地にパットが入り、こぶのように膨れ上がる通称「こぶドレス」を発表した。

常識的な「美しい身体」とはまったく異なる形のドレスを、美しいものと提案する。これまで誰も見たことがないシルエットを生み出し、世界は驚く。

2012年発表「二次元」では平面的な服を並べ、未来的で斬新なシルエットの服を提示した。

ここ数年は服ではない服を作る、と宣言しコンセプトをより純粋に、より強く表現したコレクションを発表している。

2014年発表の「モンスター」では、巨大すぎるシルエットのジャケットや両腕や顔を覆うニットを。

その次のコレクションでは「薔薇と血」をテーマにした。薔薇と聞いて連想する美しく、高貴なイメージはない。

「血」が流れ出ているような、鮮烈な赤い生地でできた薔薇がいくつもぶら下がる服がそこにあった。

2016年発表「18世紀のパンク」では、古典的なものを連想させる花柄やピンクの生地を切り刻み、つなぎ合わせることで反抗的なパンク精神と結びつけたドレスを並べた。

彼女の服は既成の考えかたを揺さぶる。一見するとこんなものは「服」じゃない、と思う。

では、何だったら「服」なのだろう。

何かを「当たり前」だと決めつけるとき、人の考えは束縛され、不自由になる。

なぜ揺さぶられるのか考えたとき、自分が何かに捉われていたことに気がつく。

服という枠組みを使って、既成概念からどれだけ自由になれるのか。インパクトがある新しいものを生み出せるのか。

彼女の服は、その挑戦の産物だ。

凄さはしばしば語られるクリエイションだけではない。これだけインパクトがある服、自身の思考をビジネスに落とし込む手腕にもある。

彼女はコム・デ・ギャルソンという会社を率いる社長である。

メトロポリタン美術館のキュレーター、アンドリュー・ボルトンは彼女がこれまで発表してきた服を「Art of the In-Between」(間の技)という言葉で位置付け、展示を試みた。

ファッションとアンチファッションの間、個人と他者の間、過去と現在の間……。

彼女は<間>にある何かに新しい美を見出し、時に二項対立を拒み<間>にあるもの自体を破壊しようとしているようにも見える。

例えばクリエイションとビジネスの<間>ーー。

コム・デ・ギャルソンはただ強いインパクトだけを与えてきただけではない。ビジネスも同時に成立させてきた。

デザインもビジネスも、川久保さんにとっては同一の地平にある。

クリエイションとビジネスは対立する概念ではないと考えている。そもそも、デザイナーがデザインだけやって、ビジネスは人に任せるという考え自体が彼女にはないのだ。

いくつか彼女の発言を拾おう。

「いつも新しいものを求めて出発します」

「前にやったことがなかったもの。そして作ったことがなかったものを見つけたい。同時に私はビジネスとしてコム・デ・ギャルソンという会社を維持してかなくてはいけない」

「コム・デ・ギャルソンはクリエイションを柱とした会社なんです。何よりもクリエイションが一番になければいけないのです」

「自分のやりたいことを仕事にする。自分が作ったものに最後まで責任を持つということにつきます。だからデザイナーがトップにいた方が良いでしょう」(「SWITCH」2015年3月号より)

常に新しいものを生み出しながら、マーケットを明確に意識し、会社全体でビジネス的な結果も求める。

妥協はなく、彼女はコレクションと同じ感覚で、会社をデザインし経営する。

「四六時中、何かを探していますね。それはコレクションのためだけじゃなくて、ショップごとの戦略や、会社が向かうべき方向性を決めるのもデザインのひとつだからです」(「Pen+ コム・デ・ギャルソンのすべて」より)

「こんなの誰が着るの?」と思わせる前衛アートのようなコレクションは、コム・デ・ギャルソンのクリエイションを象徴するもの。

実際、店頭にはコレクションのコンセプトをより着られる洋服に落とし込んだものも並ぶ。

「18世紀のパンク」なら、テーラードジャケットをベースにして甲冑をモチーフにした花柄の生地を組み合わせたジャケット、「薔薇と血」なら薔薇モチーフのブラウス……。市場をにらみ、ただの奇抜なだけの洋服では終わらない。

売り上げがないと、象徴するものは作れない。しかし、数字が一番ではない。

シンボリックなものを作り続けるためにこそ、数字が意味を持つのだと理解できる。

強いクリエイションが、強いビジネスを作る。

より手に取りやすいキャラクターブランドを展開するのも、その流れにある。ハートのロゴマークが有名な「プレイ コム・デ・ギャルソン」。

ベーシックなTシャツ、ポロシャツ、ニットなど多くの人が手に取っている。ここにも川久保さんのデザインと思想が反映され、ビジネスを支える。

思うに、売れているブランドや流行する服はどこか安心感をあたえてくれる。「着ていったらおしゃれに思われるだろう」「これなら変に見えないな」といったように。

しかし、コム・デ・ギャルソンの服は逆だ。これだけ有名なのに、安心感よりも、存在感の強さゆえ「こんな風に着ていいのかな……」と考えてしまうものが多い。

安心できない服の希少性

それは思考を促す服とも言える。

着やすくて、安心できる服が市場にたくさん出回っているなか、着る人に思考を促す服はほとんどない。

ないからこそ希少性がうまれ、ビジネスとして成立していく。

川久保さんは会社にとって大事な価値観もデザインしてきた。

コレクションを貫く思想も、ビジネスを貫く思想も同じであり、どちらもトップとして走り続ける。

今から20年前、こぶドレスが店頭に並んだ1997年のダイレクトメールにある言葉が、この会社の性格をよく表現しているように思える。

「すでにみたものでなく、すでに繰り返されたことでなく、新しく発見すること、前に向かっていること、自由で心躍ること」

コム・デ・ギャルソンとは、そんな服をマーケットに送り出す企業である。川久保さんらしい<強い>言葉だ。

バズフィード・ジャパン ニュース記者

Satoru Ishidoに連絡する メールアドレス:Satoru.Ishido@buzzfeed.com.

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