昨今の選挙特番といえば「池上彰の総選挙ライブ」、つまり"池上無双"である。

視聴率は民放1位、菊池寛賞も受賞するなど数字も質も評価されている。この番組の裏側がどうなっているのか。BuzzFeed Newsは番組を支える「職人」たちの仕事を取材した。
あの模型はこう作られる!

東京・神楽坂。住宅街の一角で、それは作られていた。池上特番、放送当日に使う山の模型である。
総理大臣までの道のりを山に例える。安倍晋三首相が頂上にいるとして、他の政治家は何合目にいるのか。
作るのは、池上さんを有名にした「週刊こどもニュース」から池上番組のニュース模型を手がけている植松淳さんだ。
山の模型、素材は身近にある「あれ」

この道約30年ーー20歳で業界に入り、人形劇につかう人形の制作がキャリアの出発点だ。
こどもニュースでニュース模型を手がけるようになり、以来、池上さんの番組を裏からサポートしてきた。
「池上さんの番組では、わかりやすいことは当たり前なんです。それだけじゃダメで、玄人がみても、納得してもらうものを目指しています」
それはなぜ?
「世の中で起きていることって複雑じゃないですか。そんなにわかりやすいことはない」
「ただ、わかりやすいだけだと、どっかでウソがはいる。こういうことはやりたくないんですよね」
哲学の結晶が、政界を山に例えるという模型だ。これもわかりやすいが「通が見ても間違ってない」クオリティで作る。
植松さんいわく、中途半端にわかりやすいものは、最初から最後まで例えられない。
模型の素材は発泡スチロールだ。軽くて、切りやすく、色もつけて加工しやすい。人形もピンで刺すことができて、テレビで映えるというのが理由だ。
アナログな模型の強み

選挙特番は、報道番組の花形だ。各テレビ局はCGを駆使した最新技術や、独自の演出を競い合う。
そんな中、池上特番に登場する昔ながらの“アナログ”な模型がこれほどまでに受け入れられているのはなぜなのか。
「手で触ってアナウンサーが動かしているだけで、視聴者の目に止まることもあるんじゃないですか。スタッフはみんな喜びますね」
「触って動くもの、びよーんと伸びるもの…。なぜかテレビの人は、アナログが好きなんです」
そんな模型も、放送が終わればそのまま捨てられる。
「作品という意識はないかなぁ。(模型は)テレビで盛り上がって、それで終わればいいのかなぁと思っています」
この模型、何日でできているかわかります?

頂上の城のイメージは「スーパーマリオ」。ベースになっている緑と茶色の組み合わせもマリオっぽい。
リオ五輪の「アベマリオ」を想起させる仕掛けだ。
急な総選挙である。レギュラー番組で発注を受けている模型に加えて、さらに作らなければいけない。どのくらいの期間でできるもの?
「頑張って2日〜4日ですね」
ニュース模型は急な発注も多そうだ。
「だから、日々勉強しておくんです。急な発注にも対応できるように、ですね」
植松さん自身で取材をすることもある。その道のプロに「こういう例えでいいですか?」とアイディアをぶつけることもあるとか。プロに「その説明いいですね」と言われたら「よしっ」と思うのだとか。
政治家の顔にあらわれるもの

番組で使われる安倍首相ら政治家の模型も制作の真っ最中だった。
「各政党でトップにいる政治家っていうのは『顔』ができているから似顔絵が描きやすいんだよ」
顔つきにも政治家の実力、目指すものが出てくる。それを逃さないのも職人の仕事である。
「ブラック池上」降臨

今回、池上特番が送り出す新企画が「政界・悪魔の辞典」だ。製作中の表紙にはどこか悪そうな通称「ブラック池上」の似顔絵が。
「自分がよく知っている池上さんはこの顔なんだよね」と植松さん。
「政界・悪魔の辞典」は、アメリカの作家、ビアスが風刺と皮肉たっぷりに記した名作「悪魔の辞典」を下敷きにしている。
優れた風刺というのは、本質を捉えていないとできないもの。一体、どんな企画になるのか。
企画会議に潜入

10月20日、池上さんや番組プロデューサーも交えた企画会議に潜入した。
池上さん、そしてスタッフが総力をあげて考えたものである。
文言一つ一つをストップウォッチで測りながら、アナウンサーが読み上げる。例えばこうだ。
「総選挙」:政権選択選挙。だが最近はAKBのセンターを選ぶ人気投票の方が有名
池上さんがちょっと考えて、口を開く。「長いな」
「だが」をとっても通じるのではないか、人気投票がなくても意味はわかる。それならば、文言は短いほうがいい。
池上さんの表情も「職人」のそれに変わる。
会議の後、文言はこうなった。
「総選挙」:政権選択選挙。最近はAKBの センター選びのほうが有名
可能な限りぼやかさず、言い切れるところは言い切る。
インパクトを残すために、同じことを言っているなら短くする。池上さんは一文字単位で修正案をだしていく。
こんな修正もあった。
日本共産党:日本で現存する政党で最も古い。「代々木」と呼ばれている
池上さんは「黒さ」が足りないと言って、スタッフと修正案を議論する。そして、こうなった。
日本共産党:日本で現存する政党で最も古い。”保守的”という声も
「革新政党」の共産党だが、現実的な課題への対応は、時に柔軟性が無いと批判されることもある。
そこを切り取る狙いが読み取れる。
会議で池上さん本人が「いいでしょう。ブラックだよね」と気に入っていたのはこれ。
「健闘を祈ります」:対立候補の車とすれ違う時にかける言葉。『お前は落ちろ』の意味
池上さんの手にかかるとフェイクニュースはこうなる。
「フェイクニュース」:インターネット上で増えている迷惑な情報。
本家は「政治」をこう定義している
ちなみに、「本家」ビアスの『悪魔の辞典』(岩波文庫版)には「政治」という項目がある。
政治:主義主張の争いという美名のかげに正体を隠している利害関係の衝突。私の利益のために国事を運営すること。
今夜も大きく報じられる「政治」が、こうならないために。日々のチェックが必要なのはいうまでもない。