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「救えるはずの患者を救えない」 子宮頸がんワクチン副作用「問題」はなぜ起きた?

「このままでは誰も救われない」

「このままでは誰も救われない」医師が警鐘を鳴らす

30代後半の女性が発症のピークになっているがんがある。子宮頸がんだ。毎年、約1万人が新たに子宮頸がんになり、約3000人が亡くなっている。

子宮頸がんはワクチンで防げるにもかかわらず、予防接種は事実上、頓挫した。「副作用」を訴える声が広がったためだ。これはワクチン接種が原因なのか?別の背景があるのではないか。専門家の研究が進んでいる。

子宮頸がんワクチン接種問題を研究する、帝京大学ちば総合医療センターの医師、津田健司さんはこう警鐘を鳴らす。「このままでは、子宮頸がん患者も、予防接種を控えた人も、副作用を訴える人たちも、だれも救われません」。

いま、なにが起きているのか?

論点を整理しよう。

子宮頸がんは主にウイルス感染によって引き起こされる。ならばワクチン接種によって、ウイルスへの免疫を作れば予防が可能なのではないか。研究は進み、ワクチンは完成した。日本でも2013年に小学6年から高校1年までの女子を対象にした定期接種が始まった。

しかし、いま接種は事実上、進んでいない。ワクチン接種の副作用によって、体調不良を訴える児童、生徒が続出したためだ。一部は国や製薬会社に損害賠償を求める訴訟にも発展した。

一方で、多くの専門家は、訴えられる副作用の症状(例えば激しいけいれんや計算ができなくなった)の中には、ワクチン接種によって起きたとは考えにくいものが含まれているとする。

そして、国外からはWHO(世界保健機構)を中心に、予防接種が進まないことで、がん予防の機会そのものが失われていることを問題視する声があがる。

2013年3月、メディアの論調が変わった

「副作用」問題はどうして、ここまで広がってしまったのか。今年、有力な仮説が浮かび上がった。大手メディアの報道だ。

津田さんは今年、子宮頸がんに関する新聞報道を検証する論文をアメリカの感染症学会の専門誌に投稿し、掲載された。

「大手紙の記事を検証すると、当初はワクチンの予防効果をポジティブに報道していたのですが、ある時期を境に、ネガティブなトーンが強まり、ポジティブな記事は激減した。バランスが著しく悪くなったのです」

ある時期とは、いつなのだろうか。

まず、津田さんの論文の要旨をおさえておこう。2011年1月から2015年12月まで、大手全国紙5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)が子宮頸がんワクチンに関して報道した記事をすべて抽出する。それを2人の医師が別々にすべて読み、それぞれ「ポジティブ」「中立」「ネガティブ」で評価する。

それとは別に、子宮頸がんワクチン報道のなかで、効果に関するキーワードが含まれている記事(有効性)、副作用やリスクに関するキーワードが含まれている記事(有害事象)、WHOなど専門家機構からの提言が含まれている記事に分類した。

潮目を変えた記事

2つの調査の傾向はきれいに一致する。2013年3月を境に、医師がポジティブと評価する報道は激減し、ネガティブもしくは中立と評価した記事だらけになる。予防の効果についての報道も減り、副作用などのリスクを取り上げる記事が圧倒的多数を占めるようになる。

2013年3月に何があったのか。津田さんは朝日新聞の1本の記事をあげる。東京都内の女子中学生について報じた記事だ。

「(ワクチン接種後)接種した左腕がしびれ、腫れて痛む症状が出た。症状は脚や背中にも広がり入院。今年1月には通学できる状態になったが、割り算ができないなど症状が残っているという」

この記事を契機に、副作用を問題視する記事が次々と報道された。そのなかには、接種した後、発作のようなけいれんを引き起こすこと、あるいは歩くことすら困難な姿を強調するものもあった。副作用を訴える声は、全国各地に広がっていくことになる。

それは「副作用」なのか?

津田さんはこう話す。

「予防接種後に腫れて、痛みやしびれが起きるということは珍しくありません。そして、それが脚などに広がる可能性もありえなくはない、と思います。しかし、計算ができなくなるという症状はワクチン接種後の副作用としては一般的には考えにくい」

副作用で考えにくいのは、けいれんも同じだという。

「思春期は心身ともに大きな変化がおきます。親子関係、友人関係、進路の問題など、知らず知らずにストレスが溜まっていることも多くあります。心がバランスを取るために、てんかんの発作のような症状を起こして、病院に搬送されてくるということも珍しくはありません。しかしこの場合、てんかんとは違い脳にはなんの異常もありません」

「ワクチン接種に伴う痛みなどをきっかけにこのような発作が引き起こされる可能性は十分にあります。しかし、それは注射の中身がワクチンでなくても起きる可能性がある。つまり、ワクチンの成分そのものとは関係がないのです」

注目される「ノセボ」効果

メディアの報道がネガティブに傾いたことで、ノセボ効果の引き金になったのではないか、と津田さんは指摘する。ノセボとはこういうものだ。

人間は、例えば飴玉を風邪薬だと思い込んで飲むと、身体にポジティブな効果がでることがある。これをプラセボ効果という。薬だと認められるためには、プラセボ以上の効果を証明しないといけない。

ノセボはこの逆の現象だ。ある薬なり、注射を悪いものだと思いながら飲んだり、接種したりすると、本当にネガティブな効果、副作用がでてしまう。

「副作用を強調するネガティブな報道が強まったことで、ノセボ効果があったのは否定できないでしょう。これはメディアに副作用を報道するな、という意味ではありません」

「2013年時点で、私も副作用の可能性があるのではないかと心配しました。取り上げること自体は適切だったと思いますし、被害にあった当事者の声を取り上げることはメディアの果たす大事な役割の一つです」

しかし、問題はそのあとだ。

「本来、防げたはずのがん患者が増える」

「ワクチン接種の有効性を証明するエビデンス(証拠)は積みあがっており、WHOからも接種を再開すべきだと提言がでています。これはまったくといっていいくらい報道されていない」

「報道のバランスが著しく悪くなっていったのです。科学的事実よりも、感情を揺さぶるエピソードが重視されている。今回のアメリカ大統領選で見られたのと同じ現象です」

その結果、起きたのはワクチン接種率の著しい低下である。北海道大学が、調査結果をすでに論文として発表しており、津田さんの論考でも取り上げられている。それによると、札幌市内の子宮頸がんワクチン接種率が約70%から0.6%まで低下してしまった。

「そもそも、どんなワクチン接種であっても日本では最終的にうけない、という選択肢が残っています。しかし、ワクチン接種率が著しく低下するということは、本来防げたはずの子宮頸がん患者が増えることを意味します。これが本当に望ましい社会なのかという点が問われているのです」

いまも続く論争の構図 波紋が広がるマウス実験を厚労省が批判

いまもなお、ワクチン接種の副作用が報道され、因果関係の有無を中心に論争が続いている。しかしその構図は、大多数の専門家が一致した見解をとるなか、一部の研究者が「因果関係がある」と主張している、というものだ。

大多数の専門家はエビデンスをもとに「接種した本人にも、社会全体にも利益があり、それはリスクを上回る」と主張する。

これに対し、一部の研究者は「被害者に寄り添い」因果関係があると主張する。その根拠につながる、として注目された研究がある。

ワクチン接種が副作用を起こす仕組みの解明につながる、として信州大の池田修一教授を中心にした厚労省研究班が発表したマウス実験だ。研究班は、子宮頸がんのワクチンを接種したマウスにだけ脳に異常があった、という結果を公表した。

しかし、ほどなくして、この結果に研究不正があるという月刊誌からの指摘をうけて、信州大は調査を始める。調査の結果、研究不正は認定しなかったものの、発表した内容について「マウス実験の結果が科学的に証明されたような情報として社会に広まってしまったことは否定できない」と批判的な内容が盛り込まれた。

厚労省は「池田氏の不適切な発表により、国民に対して誤解を招く事態となったことについての池田氏の社会的責任は大きく、大変遺憾に思っております」とコメントを公表した。

池田氏は各メディアに対して「捏造も不正もなかったことを実証していただき、安堵した」とコメントをしているが、「反省や謝罪の言葉はなかった」(読売新聞)という。

津田さんの見解。「そもそも実験に使ったマウスは1匹だけであり、それも脳への影響を調べる研究でもなかった。わかりやすく例えます。サイコロが2つあり、1回目にゾロ目がでたとします。この事実をもって、これはいつでもゾロ目がでるサイコロです、と断定したように言うのは適切でしょうか?」

「エビデンスにも重みがあります。子宮頸がんワクチンについて、人に接種して得られたデータと、マウス1匹のデータでは重みが全然違うのです」

「副作用」を訴える患者の救済が見落とされている

津田さんは、一連の論争のなかで見落とされている問題がある、と指摘する。それは「副作用」を訴える患者の救済だ。

「副作用を訴える方のお話を聞いていると、いまの医療システム、縦割りの制度の狭間に落ちてしまったのではないか、と強く思います。思春期は小児科と大人の医療の間の時期であり、専門性が必要な領域です。それにもかかわらず、思春期特有の症状についての理解は医師の間でも進んでいない」

ワクチンを接種した後、子供が体調を著しく崩した。病院を探して、右往左往した。これ自体は否定できない事実だ。因果関係の有無は、エビデンスの積み上げ、科学的な論争である程度は決着する。

「大事なのは、目の前の子供が治ること」

「しかし、それと、子供たちをどうやって治したらいいのかは別の問題です。私は心身両方のサポートが必要だと思います。多くのご家族にとって、大事なのは、因果関係を教えてほしいというものではなく、目の前の子供が治ることですよね」

「心のサポートはエビデンス一本槍ではうまくいかないでしょう。個別の成功事例の共有は親御さんや本人にとって大きな力になるはずです。私は副作用とされている症状から治った、という人の話を伺うこともありますが、そうした声はなぜだか、ほとんど報道にでてきません。」

そして、津田さんは科学的な医療のあり方と、人の感情とのバランスに踏み込む。予防接種にいったら、たいしたコミュニケーションもないまま機械的に注射をして終わった。そんな経験はないだろうか。

「診察でも、機械的に終わるのではなく、触診をいれる、会話を挟む。そんなちょっとしたことで、人の感情は変わります。安心されるんですね」

「いまの医者はエビデンスに基づく医療を、と教育を受けています。ワクチン接種によって、けいれんが引き起こされたり、計算ができなくなったり、といった副作用が起きるというエビデンスはありません。医師もエビデンスがないと、どうしていいかわからない、となる。これも現実です」

問い直すべき課題とは?

そんな現実の中で、あらためて課題として浮かび上がるのは、バランス感覚だ。人の感情にどうやって寄り添うのか、どうやって症状やエビデンスを伝えるのか。

「科学的な事実をおさえた上で、どう目の前の患者とコミュニケーションをとっていくのか。そこがおろそかになっていないか。現場で考えることも多いのです」

そして、こう問いかける。

「副作用問題が広がったのは、メディア、研究者、医療サイド……。それぞれに問題があったと思います。大事なのは狭間に落ちる人を、これ以上増やさないこと。そして、子宮頸がんの患者を、これ以上増やさないことです。得られる便益とリスクを比較して考えて、取りうる手段はなにか。なにができるのか。もう一度、問い直す時期にきているのです」