科学者がいま、福島の若い世代に伝えたいこと 「福島に生まれたことを後悔する必要はどこにもない」

原発事故直後からツイッターでの発信が注目されてきた科学者、早野龍五さんが今年、定年を迎える。いま福島の若い世代に何を伝えたいのか?

物理学者、早野龍五さん(65歳)。東京大学教授にして、福島第一原発事故後、その言動がもっとも注目された第一線の科学者だ。

事故直後、あらゆる憶測、流言、デマがインターネット上を飛び交った中にあって、早野さんは「事実」を分析し、ツイッターで情報を発信し続けた。

発信はつながりを生み、「本業」と並行して福島の支援にもかかわっていく。学校給食の調査、子供用の内部被曝測定器の開発、地域の高校生たちとの活動……。そんな早野さんが今年、東大で定年を迎える。

原発事故、震災から6年目を迎えようとするいま、福島の若い世代に伝えたいことは何か?いつもの穏やかな口調で語りはじめた。(全2回。後編はこちら


震災5年という節目が終わって、6年目に向かっています。いま最大の課題は何か、ですか? 僕の答えはひとつしかありません。「自分の子供を産めるかどうか」という不安をもっている若い世代を減らすことです。

福島第一原発事故の被害者はいない、という人たちがいます。これは違います。多くの関係者の努力で、外部被曝も内部被曝も、大きな問題はほぼなくなりました。

でも、こうした若い世代の不安は「被害」ではないのか。これを放置しているのではないのか、という問題は残っています。なぜ、この問題を軽く見るのか。福島県で話していても、経済の話、農業の話は深刻だという大人たちはたくさんいます。だけど、この問題が最優先だ、という話はほとんどされないですよね。

経済も、確かに重要な問題なんです。でもね、最優先の問題は何かという話なんです。

「子供を産めるかどうか、生徒から聞かれたらですか? 答えは躊躇なくイエスです」

福島高校で実際に体験したことをお話します。2015年6月、僕は講演をしにいきました。そこで、生徒たちにいくつか質問をしたんですね。福島高校は、県内でも屈指の進学校で、理系教育だって充実している。

目を閉じて、周りを見ないで手をあげてください、と僕は呼びかけました。最初に聞いたのは、家で福島産の食材を買うかどうかです。買わないという家は1割〜2割くらいだったかな。次は外部被曝線量が高くて不安かどうか。これは少なかった。5%いるかいないか。

自分の子供を産めるか不安か、と聞くと10%くらい手が上がったんです。1割は事故から4年たっても、まだ不安だっていうんです。これだけ理系教育も充実している福島高校で、1割は不安だと手をあげる。潜在的にはもっと多いかもしれないし、他の高校だったら、比率はもっと高いかもしれない。

子供を産めるかどうか、生徒から聞かれたらですか? 答えは躊躇なくイエスです。問題なく産める、と即答しますよ。そんな不安をいまでももたせていること自体が罪深いことですから。

僕は科学者として、データを集め、それを公表してきました。とにかく大事にしてきたのは、いま福島に生まれたことを後悔する必要はどこにもないということです。

福島で実際に人々が生活している地域より自然放射線の量が多い地域なんていくらでもあります。福島は、外部被曝も内部被曝も日本の他の地域、世界各国と比べてもまったく問題ない。

いま、福島県で流通しているものをどれだけ食べても、他の地域と比べて問題になるような内部被曝はありえません。

これはデータをみて、自信を持って言えることです。なのに、これだけ不安だという生徒が残っている。

考えてみれば、彼らは2011年当時、小中学生です。家庭でどういう判断をしたか。一時的に福島を離れるかどうか、親御さんも真剣に考えたでしょう。各家庭にそれぞれの判断があったんだろうな、と想像します。

僕は、こうした不安が残っているのは、科学教育が不足しているからかな、と思ってしまうんです。もちろん不安が知識だけで解決するわけではないこと。これは、よくわかっています。

でもね、だからといって教育を何もしないっていうのは間違っていると思うんです。僕と一緒に論文も書いている医師の坪倉正治さん(南相馬市立病院などに勤務。初期から医療支援にあたる)が、相馬市内の高校で講演したときにこんな感想が寄せられているんです。

「今までの生活でこの地域は放射線が多くて『将来死ぬのも早いんだろうな』なんて考えた事もありましたが、講話を聞いてこの地域の放射能の低さや安全さなどがとても分かりやすく説明され、今後の生活も安心しました」

「野菜や米、土地など安心だと言われてもやはり信用ができませんでした。スーパーでも福島県の野菜や米などは買わないようにしていました。しかし、福島県の放射線量は他の県と変わらないと聞いて、前までは食べることを避けていた福島県の野菜や米を食べるようにしようと思うようになりました」

「目指すべき目標」がある

福島の高校生って進学や就職で、結構な割合が県外にでるんですよ。考えないといけないのは、自分は何にも思っていなくても、結婚するときに、相手の親戚から「えっ福島の人なんですか」とそれとなく聞かれるかもしれないリスクなんです。

あるいは「福島の人は……」みたいな調子で、もっと露骨に嫌がられるかもしれない。過去に、広島と長崎で起きたような差別が福島で起きるということです。

表だって取り上げるには、はばかられる話題だけど、それだけに社会には、深く沈殿していると思うんです。福島から避難した人へのいじめ問題と根は同じでしょう。

そのときに大事なのは、「自分の言葉で語ること」だと思うんです。泣き寝入りする、福島に生まれたから仕方ないと思うではなく、ちゃんと自分たちの状況を説明できること。できれば、自分のデータも説明できるようになったほうがいいと思っています。

これは相当高いハードルだけど、目指すべき目標です。

振り返ってみれば、事故後は、SNSでいろいろな発言が飛び交いました。ひどいデマと戦った人もたくさんいました。でも、5年たって、メディアの関心は圧倒的に薄れた。もう、普段は福島の話題を報道していません。すごく減ったと思います。

専門家も発言する機会が少なくなりました。県内メディアと中央のメディアの間で、情報量の格差がものすごくありますよね。

一方で、事故から3年後、5年後には福島に人は住めなくなっている、病気が多発するんだという人たちもいました。僕の観察範囲だと、彼らはいまでも同じような発言を続けています。手を変え、品を変え、彼らが言っていることは、「福島は危ない」ということに尽きます。自説は絶対に曲げないですね。

危ないという発言は少数ながら、強く残っている。メディアの発信は減った。その結果、起きていることは、2011年の段階の不安がまだ残っているという事実です。

一概にメディアが悪いというわけではないです。広島や長崎の歴史を僕たちは克服していないということです。あの辛い歴史から、何も学んでいない。あれだけの人が亡くなり、大量に被爆したという悲劇から、ですよ。

広島、長崎の「被爆者」を対象とした疫学調査が、放射線防護の知見にどれだけ生かされているのか。その重みを受け止めないといけないと僕は思う。

将来にわたって、福島の子供たちが結婚、出産するときに被曝の影響はない。これが広島と長崎の経験からわかっていることです。

それなのに「自分の子供を産めますか」がまだ問われているんです。強い言い方になりますがね、一番の問題はここにあるって思えよって声を大にして言いたいんです。

みんなで考えるべきは、「自分の言葉で語る」ために何ができるかです。たどたどしくたって、いいんです。できれば、根拠を持って説明できたほうがいい。世間の風はもっと厳しいですからね。

福島を安全だと聞きたくない人はたくさんいます。彼らは決して自分の意見は変えません。でも「自分は子供を産めますか」とか「水道の水を飲んでもいいですか」といった問題を聞きたい人はいっぱいいるんです。

彼らは日々の生活に向き合っている。だから、僕は聞きたい人のために時間を割いて応えていきたい。

「僕はデータを語って『大丈夫』だと言っているのであって、思想を語っているわけじゃないんです」

専門家のコンセンサスを確認しておきましょう。事故から5年がたち、内部被曝の問題はもう決着しています。震災初期から、例えばイノシシの肉やきのこといった、ごくごく特定の食品を食べていた人は高かった。それでも高い、と言われた人たちだって年間1mSvを超える人はいませんでした。

出荷制限がかかるような食品を食べたからといって、実は心配されるような線量には達していないんです。これが重要なことです。

いま、内部被曝を心配する人で、1年で1mSv被曝するだけのセシウムを食べることがどれだけ大変なのか、知っている人はどれほどいるのかなぁ。福島県産で、それだけ食べられる人はいませんよ。

福島県内を駆けずり回るイノシシを捕まえて、毎日おなかいっぱい食べたところで、達しないでしょう。不可能なレベルです。関係者のものすごい努力で、ここまで低いレベルにあることを忘れてはいけないんです。

最初期は、僕も危惧しました。特に内部被曝はとても危惧していました。だから、データをつかって調べてみようと思ったんですね。実際に関わるようになるのは、2011年の秋以降でした。

県内各地のホールボディカウンター(内部被曝を検査する機器)で計測したデータを数多くみましたが、内部被曝は心配にならないくらい低かった。

その次の年にかけて、南相馬市で追跡調査をしたデータもみました。目立って内部被曝が増えている人はほぼいなかったんです。これで内部被曝は実際には、かなり低く抑えられているんじゃないかって確信を持ったんです。

その頃には、僕が提言して、福島市内で給食まるごと検査が始まり、そのデータも集まり始めていました。これは、実際に児童が食べる給食の放射性物質を1食分丸ごと測るという取り組みですね。結果をみてさらに確信しました。

時系列は少し前後するのですが、2012年6月、福島のリスクは高いんじゃないか、と考える科学者の集まりに呼ばれて参加したことがあります。いま話したようないくつかのデータを使って講演をしたら、手厳しい批判を受けました。

その批判、一部は当たっているんですよね。「あなたたちは、全員を測ったわけではないでしょう」「安全な人だけ選別しているのではないか。きっとどこかで高い人がいる」という点は特に当たっている。その通りだと思いました。

だから、その後も実測データを積み上げました。例えば、三春町の子供達の内部被曝量を全員計測するというプロジェクトにも関わりました。

乳児用の測定器「ベビースキャン」というのも作って、県内の乳幼児を6000人以上測りましたが、ひとりもセシウムを検出していないんですよね。三春の子供たちも心配ない。

子供たちの実測データでこれ以上のデータがあるなら、僕はぜひみて見たい。僕はデータを語って「大丈夫」だと言っているのであって、思想を語っているわけじゃないんです。

福島県の子供を対象に検査が進んでいる甲状腺がんの問題とも関わってきますが、福島産の米で、1キロあたり100ベクレルという基準値を超えたものは、2015年でついに0です。

米農家や関係者の頭の下がる努力の成果であり、人々が普段食べているものなら、福島産を食べることはまったく問題ないと断言できるようになりました。

これまでのデータの積み重ねから、僕は、原発事故によって甲状腺がんが増えることはない、と考えています。増えたようにみえる検査結果については、多くの科学者と同じように過剰診療の結果だろうと判断しています。

あまりにも高い精度で検査しているため、本来なら見つからないはずのもの、見つからなくても問題ない甲状腺がんが見つかってしまった。発見された家族の気持ちを考えれば、非常にセンシティブな問題を含みますが、もちろん、命に別状はない。

確かに科学は多数決で決まるものではありません。一部には、これは原発事故が原因ではないか、と批判する人もいます。批判に耳を傾けることは重要ですが、大事なのは、データで語ることでしょう。

この問題については、2017年中には新たな知見が積み上がるものと思います。

(1月10日公開の後編に続く)


バズフィード・ジャパン ニュース記者

Satoru Ishidoに連絡する メールアドレス:Satoru.Ishido@buzzfeed.com.

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