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なぜフィデル・カストロは「私は地獄に落ちる」と語ったのか?

理想に生き、現実と格闘したカリスマが逝った。

キューバ革命を成功に導いた革命家であり、キューバのカリスマ、フィデル・カストロ氏が11月25日(現地時間)亡くなった。90歳だった。1959年1月の革命から約半世紀、幾多の政治的危機を乗り越えてきたカストロは生前、こんな言葉を遺している。

「資本家どもとともに私は地獄に落ち、マルクスやエンゲルス、レーニンに会いまみえるであろう。地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた苦痛に比べればなんでもない」(宮本信生「カストロ」中公新書)

20世紀に生まれた壮大な実験、それが国民全員の平等を理想に掲げた社会主義だ。カストロもまた、社会主義の可能性にかけた政治家であり、革命家の一人である。なぜ彼は自分が地獄に落ちる、と語ったのだろうか。

「カストロ」など著作、資料をもとにその生涯を辿ってみよう。

カストロは地方の中級地主の家に生まれた。中級といっても、砂糖黍栽培とアメリカ企業との取引で潤ったその暮らしは、裕福そのものだった。

カストロ家の所有地には、300世帯とも言われる使用人が小屋を建てて住み、カストロの生家は、部屋数20を超えるという豪邸だったという。

当時のキューバはアメリカの圧倒的な影響下にあった。駐キューバ大使を務めた宮本信生氏は「(カストロ以前の)キューバの政治はワシントンで決まり、経済はニューヨークで決まった」と表現する。

カストロは名門ハバナ大学に進学。法律を学びながら、徐々に社会主義の思想に足を踏み入れていく。学生時代に結婚しており、新婚旅行の行き先は皮肉なことに、後に敵対することになるアメリカだった。

大きなアメ車を購入して、喜んでいたというエピソードが残っている。

弁護士として開業したカストロに転機が訪れる。親米派の将軍バティスタがクーデターによって、大統領に就任したのだ。カストロが立候補を予定していた選挙は中止となった。

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キューバの歴史を紐解き、見えてくるのは大国に振り回された小国の姿だ。1492年のコロンブス到達以降、スペインの植民地となり、1898年の米西戦争後は、政治的・経済的にアメリカの影響下に置かれていた。

キューバ人の暮らしは常に貧しかった。さとうきびなどの農産物は買い上げられ、植民地状態が続く。何度もキューバ人が自主独立を目指しては、失敗に終わる。そんな歴史の繰り返していた。

親米バティスタ政権の誕生で、自主独立はまたも遠のくのか。キューバ人がキューバのことを決める政治は実現できないのか。

カストロは弟のラウルらとともに武装闘争によるバティスタ政権打倒を決意する。1953年7月26日、最初の蜂起は失敗に終わり、カストロは拘束された。

国家反逆罪に問われた裁判で彼はこう主張した。

「私を断罪せよ。それが問題ではない。歴史は私に無罪を宣告するであろう」

反バティスタ闘争の先頭にたった、カストロは15年の禁固刑を宣告されるも、恩赦をもとめる運動が起き、1955年5月に釈放されている。

その後メキシコに亡命し、再度革命を目指すことになる。革命失敗の日を忘れいない。そんな思いを込めて、組織名は「7月26日運動」とした。

ここにもう一人のカリスマ、チェ・ゲバラが合流する。意気投合した2人は、82人の同志とともに小さなヨット、グランマ号ーーキューバ共産党の機関紙はここから名付けて「グランマ」というーーに乗り込み、キューバを目指した。

1956年11月25日のことである。

ところが、計画はまたしても失敗に終わる。バティスタ政権に動向を読まれ、待ち構えられていたのだ。82人の同志はこの時点で大きく減った。

生き残った同志にはチェ・ゲバラ、ラウルらがいた。彼らは山岳部に逃げ込んだが、「食料は尽き、砂糖黍をかじり、蟹を捕まえて生で食べ、雨水を飲んだ。みな、下痢で苦しむ」(伊高浩昭「チェ・ゲバラ」中公新書)。それでも、カストロは「これで勝てる」と言い切った。

革命を支持する農民らも加わり、理想を目指す戦士は徐々に増えていく。彼らをまとめ上げ、カストロはゲリラ戦を指揮し、戦いは続いた。

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1959年1月1日、バティスタは国外に逃亡、翌2日にカストロは勝利演説をする。革命は成功した。

現在でも、キューバには革命博物館が各地にあり「物語」が伝えられている。

革命は虐げられてきたキューバ国民が初めて勝ち得た自主独立であること。それは、カストロたちだけでなく、1800年代後半から多くのキューバ人が目指してきたものであること……。

かくして、カストロとゲバラは、革命を成功させた偉大な指導者、カリスマとして語り継がれることになる。特にゲバラの肖像はあまりに有名で、世界各地で、反逆のアイコンとなった。

しかし、それは、現実よりかなり美化されたイメージであったかもしれない。

体制を壊すことより、新しい国家を作り上げることのほうが難しい。1926年生まれのカストロ、28年生まれのゲバラ。革命成功時には30歳そこそこの若者である。

革命政権のなかで対立はあったものの、やがて権力はカストロに集中していく。医者だったゲバラはまったく専門外の国立銀行総裁に就任した。

革命についてまわる処刑はキューバでもある。革命政権は反革命分子らに次々と死刑判決を出して、処刑を執行していった。

1960年代〜70年代にかけて、表現をめぐる事件も起きている。

ラテンアメリカの人気作家たちの支持を得た革命政権の理念は「革命に追随するのものはすべて許し、革命に反するものは何も許さない」だった。

実際、文化や表現活動に対してすべて寛容というわけではなかった。若手の有望株と目されたレイナルド・アレナスは同性愛表現が問題視されて、「反体制分子」として扱われ、サトウキビ畑で強制労働を命じられる(寺尾隆吉「ラテンアメリカ文学入門」中公新書)。

1971年には詩人、エベルト・パティージャが逮捕された。保釈されたパティージャが過去の過ちを認め自己批判し、他の文化人らの反革命的態度まで糾弾する通称「パティージャ事件」も起きた。

あまりにも不自然な自己批判は、権力の圧力によるものではないか。のちにノーベル文学賞を受賞するバルガス・ジョサら、ラテンアメリカの作家も声をあげ、カストロ宛に抗議の書簡を送る。革命の崇高な理想とは相容れない現実がそこにはあった。

外交も理想と現実の戦いだった。

革命最初期にはアメリカとの関係も模索していたが、革命政権がアメリカ系資産を接収すると、1961年、アメリカはキューバとの国交を断絶した。

キューバもアメリカとの対決姿勢を打ち出し、社会主義国としての道を歩む中で、経済的な援助も目的に社会主義の大国・旧ソ連と接近する。それは必然の動きだったと言える。

結果、アメリカと、ソ連がそれぞれの陣営に分かれて対立した、冷戦のなかにキューバも巻き込まれていく。

ソ連が秘密裏にキューバに中距離核ミサイルを配備しようとした「キューバ危機」がその象徴だろう。全面核戦争が起きる寸前までいった歴史に残る大事件だ。

その後もソ連との距離の取り方、関係性によってキューバ経済は大きく変動した。

一方で、ソ連崩壊時に声高に主張された、カストロ体制の崩壊はいまに至るまで起きることはなかった。

その理由はなにか。リアリスティックに考える必要がある。

宮本さんの分析が参考になる。キューバ革命でカストロが理想として掲げたのは、平等社会の実現と対アメリカ自主・独立だった。

国内経済の水準は決して高くはないが、医療や教育の無償化といった平等を重視した政策は実現した

そして重要なのは、平等が国民間だけでなく、国民と指導部にもあったことだ。宮本さんは、豪勢な暮らしをした他の共産主義国家の指導部とは一線を画した、カストロの姿にそれをみる。

カストロが住む家は警備こそ厳しいが「普通の住宅」であり、彼は常に軍服だった。あるいは、最近なら安倍晋三首相と対面したときのようなアディダスのジャージ姿か。

およそカリスマ指導者とは思えない、質素なものばかりだ。

亡命者もそれなりの数存在するが、多くの国民は指導部に妬みや恨みを持つことはなかった。これが安定の大きな要因だろう。

国民感情をこう言い換えることもできる。問題はあるにせよカストロのほうが、対米従属よりはまし、と。

最後まで彼は多くの国民から、敬愛を込めて「フィデル」と呼ばれていた。

私は今年10月、観光でキューバを訪れた。街中で目立ったのはゲバラやカストロをモチーフにしたお土産ものであり、世界各地から訪れる観光客の姿だった。国交正常化を果たしたアメリカの国旗も方々で目にした。

革命の「物語」は至るところに残っているが、観光客をターゲットに稼ぐレストランや、民泊業者といった新しい経済の担い手が活発に活動する姿のほうが印象に残った。

「社会主義」の姿は少しずつ変化している。

民間の力、市場の力を活用して、経済を活性化する。現実を前に「普通の国」と同じような道をキューバは歩き始めた。もっとも、それが、カストロの掲げた高い理想と同じ道なのかはわからないのだが。

実現することない理想に生きたカリスマ亡き後のキューバはどこに向かうのか。革命世代の後を担う指導者の存在、トランプ次期大統領のアメリカとの関係……。大きな課題は残っている。

「私は地獄に落ちる」。

稀代の革命家が遺した言葉は、革命、そして社会主義という理想が「夢」のままで終わってしまうこと。それを象徴しているように思えてならない。

バズフィード・ジャパン ニュース記者

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