消費増税再延期は悪いことなのか?反対派、賛成派の主張を聞いた

    公約違反は認めているが……

    安倍晋三首相は6月1日、来年4月に予定していた消費増税を2年半再延期し、2019年10月にすると表明した。明らかに公約違反で、道義的にはよくない。しかし、そうでもしないと日本経済がとんでもないことになるのであれば、仕方がない。識者に聞いてみた。

    「再延期はない」はずだったが……

    1日の記者会見、安倍首相はときに両手を振り上げ、ときに早口に、アベノミクスの成果を強調した。

    なぜか。消費増税を延期し、それを争点の一つとして戦った2014年12月の衆院選では、「再延期はない」と強調していたからだ。その後、「リーマンショックや大震災級の事態」が起こったときは、消費増税再延期がありえると発言を修正していたが、会見ではこの点も否定した。

    「現時点でリーマン級の事態は発生していない。熊本の地震も大地震級とはしない」と延期の条件を満たしていないことを認めたうえで、「世界経済が直面する大きなリスク」があると繰り返した。

    2014年の延期の際に「今回のような景気判断による再延期はしない」と明言していたことを振り返ると、完全に公約違反だ。首相自身も「再延期という判断は、これまでの約束と異なる新しい判断です。公約違反ではないかとの批判があることも真摯に受け止めています」と話した。

    公約違反を認めてでも、消費増税は再延期すべきだったのか。

    BuzzFeed Newsは、消費増税に反対する経済学者の松尾匡・立命館大教授、デフレ脱却に向けた政策提言を続ける三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員・片岡剛士さん、消費増税賛成の三井住友銀行チーフエコノミスト・西岡純子さん、増税延期に反対するみずほ証券シニアマーケットエコノミスト・末広徹さんの4人に3つの質問を投げかけた。

    公約を破ってまでの、この判断は正しいのか。アベノミクスの評価は。

    Q1. 「リーマンショック」級のリスクはあるのか?

    松尾さん:世界経済は楽観できない状況

    中国経済の先行きが不透明で、世界経済の不安が高い状況にあるのは間違いない。楽観できる状況ではない。政策担当者が状況を厳しめに見積もり、備えるにこしたことはない。

    大事なことは、多くの市民は消費増税を延期してほしいと思っているという事実。市民からすれば、説明として苦しくてもいいと思っているでしょう。

    片岡さん:問題はリーマン級かどうかではない

    リーマンショックの前といくつかの指標が似ているのは事実だが、同じようなことが起きる可能性は現状で低いと見ている。

    問題は、世界経済の成長率が低いことであり、現状は楽観できない。多くの経済学者が一致しているのは、リーマンショック以降、長期停滞ないし、景気回復が緩やかであることが問題だということ。

    西岡さん:違和感を覚える

    (安倍政権の現状認識には)違和感を覚える。リーマンショックのときと背景が違うのは明らか。当時のように、金融機関や投資家が過剰にリスクをとっているわけでもない。そんな脆弱な経済状況ではない。

    末広さん:苦しい説明

    リーマンショックとは異なり、いまは金融危機ではないと考える。中国を含む新興国の景気低迷が落ちているのは、経済の成熟の中で起きていることで、市場は混乱していない。リーマンショックという言葉を引き合いに出すのは、無理がある。

    アベノミクスは成功している、日本は悪くない、と言うために(増税延期の理由に)こうした説明を持ち出さざるをえなかったと考えます。

    Q2. 消費税増税の延期に賛成か反対か?

    松尾さん:反対、理想は消費税0%

    デフレから脱却せず、景気が回復していない中で、消費税を上げたら消費自体が落ち込み、ますます不況になる。実際に、8%への消費増税で経済は減速した。理想を語れば、当面のあいだ消費税を廃止して0%にすべき。

    実現可能かつ現実的な対案としては、5%に戻すべきだと考える。当然、10%に上げるべきではない。延期ではなく、凍結する。どうしても消費税を議論したいというなら、景気が良くなって、労働市場が人手不足の状況になったとき。そこで初めて政策の選択肢に入ってくる。

    片岡さん:日本経済の危機は変わっていない

    消費増税延期で安倍政権は首の皮、一枚つながったと思っている。ただし、延期だけで状況がよくなることはない。日本経済の危機は変わっていないからだ。1億総活躍という目標を掲げているなら、それに向けて今以上の大胆な政策が必要だが、本当に実行可能なのかがポイント。

    問題はもう一つ。消費税の位置づけ。社会保障に使うといっているのに、予定通り増税ができていない。そもそも、消費税で社会保障をまかなうことに無理がある。本来なら豊かな人から税をとり、貧しい人に再分配すべきで、そうした方法を探るべきなのに、安倍政権からも野党からも問い直す議論がでてきていない。

    西岡さん:賛成、理想は20%

    2013年に政府が開いた会合に呼ばれ、増税に賛成の立場で意見を述べた。財政再建するためには、消費税を20%くらいに上げる必要がある。ただし、現在、景気回復の勢いが落ちているので、増税延期そのものは止むなし。2013年に増税に賛成したときは、経済環境が非常によかった。しかし、2014年4月の増税後、日本経済の状況は停滞している。もういちど増税となると、さらに景気が悪くなってしまう。

    末広さん:反対、財政再建はどうなる

    反対。今回のタイミングで先送りすると、次は本当にできるのかという話になる。財政再建をやる気がない、社会保障の問題を先送りにしている、という印象を与える。

    短期的には増税がないことで、プラスに働く面もあるが、より大きな問題として、財政健全化という課題が残る。長期的に考えると、いま社会保障の安定した財源になる消費税は引き上げるべき。いまは決して難しいタイミングではない。

    Q3. アベノミクスの評価は?

    松尾さん:アクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態

    金融緩和は評価できるが、問題は財政政策にある。そもそも、アベノミクスとは第1の矢である金融緩和、第2の矢の財政政策、第3の矢の成長戦略の組み合わせとされていた。

    第1の矢、金融緩和は日銀と協調してそれなりに進めているが、第2、第3の矢に問題がある。まず第3の矢である成長戦略。政府が何が成長産業なのかを見極めることはできないでしょう。なので、そもそもいらないと考える。

    目下の問題は第2の矢、財政政策にある。安倍政権は消費税は増税するし、公共事業、政府支出を抑制気味にしている。これでは、緊縮財政。デフレを脱却させるための金融緩和ではアクセルを踏んでいる。お金を回す積極的な財政政策が必要なのに、緊縮というブレーキを踏む。

    アクセルとブレーキを一緒に踏んでいるようでは、デフレからは脱却できない。もっと直接、国民生活を豊かにする医療、福祉、子育て政策にお金を使うべきではないか。

    片岡さん:安倍政権は二兎を追っている

    8%の消費増税以降、アベノミクスは失速している。増税が尾を引いているのは間違いない。まだデフレ脱却はできず、経済が回復していない。にもかかわらず、将来、確実に消費増税があることは変わらない。

    安倍政権は、財政再建とデフレ脱却の二兎を追っている。これでは難しい。将来、増税しますよと言いながら、金融緩和を続けても効果は薄い。未来に向けて、景気回復、デフレ脱却をして税収を上げていく政策に専念すべきではないか。増税が必要なら、デフレ脱却後に議論すべきでしょう。

    西岡さん:評価しない

    ごく緩やかながら「アベノミクス」は前進している。しかし、そのペースがすごく遅いのが問題です。たとえば景気対策で、20兆円を投じて所得税を一律に減税するなど、大掛かりなことをやれば、将来の期待に訴えることができる。しかし、現状では人々の期待感を変えることができていません。もっと大胆な政策をとることで、雰囲気が変わるはずです。

    末広さん:優先すべきは財政再建

    日本経済は悪い状況ではないが、アベノミクスには無理が生じていると思う。金融緩和という、どこまで効果があるかわからない政策をとり、長期的な課題の根本的な解決策を先送りにする。優先すべきは財政再建です。もっと長いスパンで考え、増税など痛みを伴う政策も取り入れながら、財政再建も進めていくという政策を着実にやる必要がある。