スポーツ現場の暴力は「例外」で許されるのか。アスリートや被害者団体が声をあげる理由

    スポーツをする人が経験するあらゆる「暴力」をなくすため、アスリートやNGO、大学生、被害者団体などが連携して署名キャンペーンを立ち上げた。

    行き過ぎた指導や体罰、精神的に追い詰める暴言、性的ハラスメントなど、スポーツをする人が経験するあらゆる「暴力」をなくすため、アスリートやNGO、大学生、被害者団体などが連携して署名キャンペーンを立ち上げた。

    「#スポーツから暴力をなくそう」。そう呼びかけるこのキャンペーンでは、スポーツの現場で起きる暴力を禁止する法律の制定や、問題に対応する独立した専門の行政機関「セーフスポーツセンター」の設立を国に求めている。

    誰ひとり、スポーツするのに暴力を振るわれる必要はない。 スポーツに関わるすべての人々のために、セーフスポーツセンター設立の署名にご協力ください。 署名はこちらから:https://t.co/yJMF816g4n #スポーツから暴力をなくそう

    Twitter: @SafeSportJP

    日本のスポーツ界にはどのような現状があるのか。Safeguarding(暴力から保護するための仕組み)に関する国際サッカー連盟や国際オリンピック委員会の認証コースを受講し、キャンペーンを支える杉山翔一弁護士(セーフスポーツ・プロジェクト代表)に聞いた。

    暴力の実態を把握できない

    Saori Ibuki / BuzzFeed

    ーーキャンペーンに参加している国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)が昨年発表した調査では、25歳未満の回答者381人のうち19%が、スポーツをやっていて殴る蹴るなどの暴力を受けたことがあると回答しました。スポーツの現場での暴力被害は、全体としてどのような状況にあるのでしょうか?

    まず日本のスポーツの構造として、学校における部活動のほかに、学校外で児童・生徒が参加するクラブ活動、アマチュアスポーツやプロスポーツなど様々な領域があり、その領域を運営する団体ごとに制度をどうするかが決まっています。

    その結果、暴力を受けた当事者が相談できる窓口を設けているか、どのような体制でその窓口は運営されているか、相談件数を定期的に集計して公表しているかなどが、団体ごとにバラバラの状態になっています。

    そして、多くの団体がそもそも暴力の件数等の状況を公表等していない状況です。

    そのため、スポーツ界に暴力的な指導が実際どれくらい存在するのかという全体像を把握できるデータがないというのが日本の現状です。

    被害を受けた際の窓口は

    ーーでは現状においては、当事者はどのような窓口に相談することができるのでしょうか?

    2020年から、スポーツ庁が策定した「スポーツ団体ガバナンスコード(中央競技団体向け)」に基づき、各団体が相談窓口を設け、日常的に相談や問い合わせをできる体制を確保しているかどうかを公表するようになりました。

    しかし、このスポーツ団体ガバナンスコードは、日本スポーツ協会や日本オリンピック委員会、日本パラスポーツ協会に加盟する、いわゆる中央競技団体(日本△△協会)が、主な対象となっており、必ずしも各都道府県や市町村のスポーツ団体に、相談窓口が設けられているわけではありません。

    Saori Ibuki / BuzzFeed

    HRWが2020年に発表した調査報告書

    また、統括団体が相談窓口を設けている例もありますが、利用できる者がオリンピアン、パラリンピアンなどのトップアスリートに限られており、小中高生等の子どもアスリートが利用できないものもあります。

    これに対し、日本スポーツ協会では、スポーツ現場における暴力行為に関する相談窓口の門戸を広げており、HRWの報告書によると、2014年11月から2020年3月までに619件の相談が寄せられ、そのうち397件が小中高生による相談でした。

    公立の学校で事案が発生した場合は、自治体の教育委員会が通報を受けて、第三者委員会が設けられることがありますが、このような動きになることは稀です。

    もちろん、暴力を受けたアスリートや子どもが、警察に被害届を出すことも可能ですが、被害を受けた人がすぐに警察へ行こうと考えるか、というと、そうではないのが実情だと思います。

    相談すること自体を躊躇する人も

    Thomas M. Barwick / Getty Images(写真はイメージ)

    さらに、窓口があったとしても、競技者が安心して相談できる場所は限られています。

    スポーツ団体が設ける相談窓口の中では、匿名の相談を認めていないところもあります。また、相談の時間や方法など、相談窓口がアクセスしやすい体制で運用されているとも限られません。

    独立性の問題もあります。例えば、自分の所属団体が加盟している競技団体が窓口を設けていたとしても、その競技の関係者が窓口になるのでは、自分に暴力を振るった人物と関係のある人が相談に担当するかもしれません。

    自分の所属団体に被害を打ち明けられるかというと、躊躇する人は少なくないはずです。

    また、日本のスポーツ界に残る文化や風潮から、相談すること自体に心理的に躊躇を覚える競技者の方も多くいます。

    Lucas Ninno / Getty Images(写真はイメージ)

    今ここで自分が被害を訴えたら、チームメイトや指導者から今後そこでスポーツを続けられなくなるという不利益を受けるのではないかという不安。

    被害を訴えることは「逃げる」ことではないかという自責の念に囚われることもあります。

    殴る蹴るの暴力を受けても、「自分が指導者の望むプレーができなかったのが悪いかもしれない」「指導者が処罰を受けていなくなったら、チームメイトに迷惑がかかる」「親に被害が伝わることで部活をやめろと言われるかも」と考えるかもしれません。

    そして、誰にも被害を言えないまま、ひとりで耐え続けることになってしまう。

    そうやって相談にも至らず、実態が明らかにならないままの事案がたくさんある中、競技者が自殺に至ったという痛ましい事案や、重篤な障害を負った事案が、報道されているのが現状です。

    加害者が適切に処罰されない現状

    BuzzFeed

    ーー日本では、スポーツの現場で起きた暴力事案が刑事手続で裁かれることが極めて稀で、加害者が適切に処罰されないことも、暴力的な指導が繰り返される要因であると指摘されています。

    暴力や虐待は、スポーツの現場、家庭、企業などとその行為が行われる場所にかかわらず、本来であれば刑法の傷害や暴行、強制わいせつ、強制性交等などの罪に問うことができるものです。

    ですが、家庭内で起きる暴力が「しつけ」などの言葉で語られることがあるように、スポーツの現場で起きる暴力も「例外」として容認されるかのような風潮が、日本には存在しています。

    これには、しつけや教育のためであれば暴力も許される、といった考えが、「現在も」日本社会に残っていることが影響しています。

    実際、2020年に厚生労働省が調査会社に委託して行った「体罰等によらない子育ての推進に向けた実態把握に関する調査」では、体罰が「場合によって必要だ」という問いに、「そう思う」と答えた人は回答者の40.2%に上りました。

    性別や年代別に見ると、40代以降の男性の方が容認する傾向が高く、自分自身が子どもの頃に体罰を頻繁に受けたと答えた人は、そうでない人に比べて体罰を容認する傾向があることもわかっています。

    スポーツ界において暴力の不容認(ゼロトレランス)を実現するためには、こうした「社会の温度」自体を変えていく必要があります。

    ーー指導者自身が暴力的な指導を受けてきたから、選手に対して同じような方法で指導してしまうような現象が、スポーツ界にもありえるということでしょうか?

    これまで自分が受けてきた指導方法が全てだと思っている指導者もいるかもしれません。

    A.ishida / Getty Images(写真はイメージ)

    また、実際になぜこのプレーがダメで、どうすれば改善できるのかということを具体的にことばで指摘し、指導するのは難しく、技術が必要なことです。

    そのため、指導者は暴力をふるったり、選手の人格や努力を否定する言葉を使ったりして、追い詰める指導に頼りがちになってしまいます。

    人間誰しも殴られたり怒られたりしたくはありませんので、追い詰める指導を受ければ、「殴られないように」「怒られないように」指導者の指示に忠実に従います。これにより、短期的に競技力が向上したり、結果が出たように感じることはあるかもしれません。

    しかし、暴力や追い詰める指導は瞬間的には効果があるとしても、暴力やハラスメントのない環境でプレーしたり、競争できるという競技者の権利を侵害するものです。

    また、暴力や追い詰める指導の結果、競技からドロップアウトしてしまう人が出てきたり、一生心に残る傷を負ってしまう人も実際にいます。

    加えて、競技者の人生は、競技後も続いていきます。一方的な指示に従うことしかしてこなかった人が、社会に出てからどれだけ活躍できるのかというと疑問があります。

    競技者の将来を考えると、短期的な目線で暴力や追い詰める指導をすることは、その人の人生にとって最善ではありません。

    バレーボール界のレジェンド、@masukonaomi さんが経験した虐待は彼女の人生にまで影響を及ぼしており、彼女のトラウマは、日本のスポーツ界における虐待の連鎖の一つです。 この連鎖を断ち切り、アスリートを守るための署名活動を行っています。#スポーツから暴力をなくそう https://t.co/L5ep72itis

    Twitter: @SafeSportJP

    指導者が様々な指導法に触れ、選手や状況ごとに選べるようになったり、具体的な改善方法を言語化して選手に伝えたりすることができれば、暴力に頼る必要もなくなってくるのではないでしょうか?

    その結果、指導者と競技者の関係がより対等になり、「スポーツは苦しいもの」というイメージから、より充実感のある活動にしていくことができるのではないかと思います。

    誰でも相談できる独立の第三者機関

    Trevor Williams / Getty Images(写真はイメージ)

    ーー今回のキャンペーンでは、セーフスポーツセンターの設立を求めていますが、どのような役割を想定しているのでしょうか?

    現状では、暴力を受けた競技者が誰にどうやって相談したらいいのかわからない・秘密が守られるかわからない、暴力指導を行った指導者の責任追及をしたいがなかなか進まない、専門家に助けを求めたくても当事者本人がその費用を負担しなければならないという状況です。

    そこで、誰でも安心して相談できる独立した第三者機関として、「セーフスポーツセンター」が必要だと考えています。

    セーフスポーツセンターには、「セーフスポーツ」や子どもの保護に関する専門家が所属することを想定しており、競技者は、秘密を守ってもらいながら相談したり、犯罪に該当するものがあれば、刑事的な手続きをアシストしてもらったりすることができます。

    Augustas Cetkauskas / Getty Images/EyeEm(写真はイメージ)

    さらに、セーフスポーツセンターは、暴力的な指導をした指導者に対して、その資格への疑義を問う手続きを進めたり、その処分を遂行したりする役割を担います。

    逆に、指導者が自分に下された処分に対して、不服申し立てを行いたい場合に仲裁機関(日本スポーツ仲裁機構)で争う場を保証します。

    独立性と専門性が担保された相談窓口を各スポーツ団体が自前で充実させるのは、コスト的にもマンパワー的にも難しいことです。セーフスポーツセンターを設けて、そうした業務をセンターに一括して任せてしまう方が、スポーツ団体自身も助かるはずです。

    センターは暴力的な指導に関する相談に限らず、性的な画像が拡散されてしまったという事案や、ソーシャルメディア上での誹謗中傷、アスリートのメンタルヘルスに関するサポートなどもできるような場所になればと考えています。

    また、事案が起きてからの対応だけでなく、予防にも力を入れていきたいと考えています。例えば、セミナーなどを通じて、指導者たちとなぜ体罰や暴力はなくすべきなのかという考えを共有したり、指導者の方との連携活動を通じて「こんな指導方法もある」という啓発活動なども実施すべきと思います。

    矛盾や人権侵害のない社会のために

    時事通信

    ーー現在、スポーツ庁では、「第3期スポーツ基本計画」の策定に向けた検討会が行われていますが、この中でスポーツの現場における暴力はどのように話し合われているのでしょうか?また、スポーツ界が暴力をなくす活動を行うことにはどんな意義がありますか?

    スポーツ基本計画部会の委員の中からも、無資格の指導者の不適切行為に対する処分権限がスポーツ団体にはないため、スポーツ庁が主体となるスポーツ指導者の資格制度を再検討すべき、という意見が出されています。

    現在のスポーツ界の体制では対応しきれない事案があるため、「仕組みづくり」が必要だという点で、私たちとも問題意識は同じだと思います。

    スポーツ界は特別なものではなく、日本社会で起きている事象がそのまま発生していると私は考えています。

    Saori Ibuki / BuzzFeed

    スポーツのいいところは、多くの人に注目されるところです。スポーツ界で起きた行動をきっかけに、社会の中で起きている様々な問題にも光を当てることができます。

    日本の家庭でも、企業でも、社会の至るところで起きている暴力やハラスメント、ジェンダー差別、ソーシャルメディアにおける誹謗中傷の問題などに対して、今スポーツ界が改善に向けて取り組むことで、社会の様々なところに変化が広まっていく可能性が十分にあります。

    これが、スポーツ界が暴力の問題に率先して取り組む意義だと考えています。

    社会に存在する矛盾や人権侵害のない日本社会にするために、まずスポーツから変えていくための歩みを始める。このような考えに共感してくれる人がいたら、とてもうれしいです。


    キャンペーンを立ち上げた団体は10月12日、スポーツ庁などに要望書を提出する予定だ。

    Contact Saori Ibuki at saori.ibuki@buzzfeed.com.

    Got a confidential tip? Submit it here