2022年にBuzzFeed Newsで反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:3月21日)
「日本のドラマでは、必ず恋愛を描かなければならないのか」
そんな問いから生まれたドラマが放送された。NHKのよるドラ「恋せぬふたり」だ。
制作陣によると、様々なセクシュアリティの中でも光が当たることの少ない「アセクシュアル」や「アロマンティック」の主人公を描いたドラマは、日本の地上波で初めてではないかという。
映画やドラマなどのエンタメ作品における多様性も問われる中、「恋せぬふたり」は日本のテレビ界に一石を投じる作品となるのか。企画背景を取材した。
主人公たちが「恋をしない」

このドラマの最大の特徴は、主人公たちが「恋をしない」ことだ。
俳優の岸井ゆきのさんと高橋一生さんが演じる2人の主人公は、「アロマンティック」(恋愛的指向の一つで他者に恋愛感情を抱かないこと)や「アセクシュアル」(性的指向の一つで他者に性的に惹かれないこと)として描かれている。
岸井さんが演じる兒玉咲子は、大切な家族や友人に囲まれ、仕事も順風満帆。だが、人を恋愛的に好きになるということがわからず、恋愛もセックスも自分にとっては「したくないもの」であることに、戸惑い続ける日々を送ってきた。
そんなある日、咲子は、仕事で出会った高橋羽(高橋一生)の「いると思います。恋しない人間」という言葉にハッとする。
自分は一人ではないこと、自分を理解してくれる人がいることに衝撃を受けた咲子は、高橋に「私と恋愛感情抜きで家族になりませんか?!」と持ちかける。
そうして始まったふたりの共同生活を通じて、視聴者は、アロマンティックやアセクシュアルの人が日常的に感じる疎外感や、家族へのカミングアウト、学校でのいじめ、性的指向などを本人の同意なく暴露する「アウティング」の問題などにも触れることになる。
同棲している男女は「恋愛関係」にあるに違いないと決め込む周囲に揉まれながら、「家族」として生きていく方法を探すふたりに待っている結末とはーー。
最終回では制作チームが導き出した、一つのこたえが描かれているという。
「必ず恋愛を描かなければならないのか」

番組を企画したNHKの押田友太さんは、アロマンティックやアセクシュアルの登場人物を主人公にしたドラマが、国内の地上波テレビで放送されるのは、初めてのことではないかと語る。
制作を始めたきっかけは、押田さんが当事者などを取材する中で、「日本のドラマって、必ず恋愛することが幸せということを描かないとドラマにならないんですかね?」と聞かれたことだった。
「初めて制作したドラマで、部活動に打ち込む高校生の物語を描いたときは、作家さんとの打ち合わせで『高校生の青春を描くなら、恋愛要素は入れた方がいいですよね』と言われたんです」
「その時は、『確かに入れた方がいいかな?』と思い、主人公の女子生徒をめぐる三角関係を盛り込むことになりました。でも、放送終了後も、『これって本当に必要だったんだろうか?』と思うことがありました」

その後、制作に携わってきた大河ドラマや連続テレビ小説でも、主人公が誰かと出会って最後には結ばれるというストーリーが描かれることが多かった。作品の制作発表でも、注目が集まるのは「主人公の相手役をやるのは誰だ?」ということだった。
恋愛には、物語を動かしていく力がある。でも、それがなければ「ドラマ」にならないのだろうか。
「日本のドラマでは必ず恋愛を描かなければならないのか」という疑問は、押田さん自身も感じていたものだった。
「『恋せぬふたり』の企画について周囲に話したときも、『それドラマになるの?』『恋愛しない人の話をどう描くの?』と言われることもありました」
「でも、『そういうことを描いた映画やドラマしかないと、自分の存在が否定されているように感じてしまう当事者もいます』という声を聞いて、自分たちが何気なく作っているドラマで、傷ついている人がいるかもしれないことに気付かされました」
自分と主人公を重ねる視聴者

「恋せぬふたり」の制作には、アロマンティックやアセクシュアルの当事者を含む3人が考証担当として参加している。
作品中の台詞には、事前取材した当事者の声がアレンジして形で使われており、性的指向が同じでも恋愛や性的な接触に対する感じ方、それぞれの人柄などは一人ひとりグラデーションがあることなどが、注意深く描かれている。
TwitterなどのSNSには、咲子と高橋をはじめとする登場人物たちに自分を重ね合わせた視聴者からの声が多く投稿されている。中でも、それぞれの家庭で見ながら、自分と家族との関係に思いを馳せる人の声も多くある。
わたしは時間なくてドラマなかなか追えないんだけど、母が録画して『恋せぬふたり』観てるんだよね。わたしも家に居るときは一緒に観てるんだけど、きっと母はドラマでフィクションと思って観ていて、わたしは共感したり色々考えながら観てるから、なんか変にドキドキしてしまう。
おかん、かなーりクラシカルな人なんだが、昨日私が恋せぬふたり見てたことをふまえて「私もあんな感じかも」と言ったら「〇〇らしいわ、今の時代、色んな人がいるわよね〜」で終わってほっとしたよ
私も母から「内孫が見たい」などと言われなんとなく子を持つ気でいたけど、母が他界して、ああこれで産まなくていいんだと、初めて自分の気持ちがクリアになった。相手の期待に応えたい、喜ばせたい、という気持ちに嘘はないけど、それが自分の幸せとは限らないよね。
誰かを「ないもの」にしない

脚本を担当したのは、「チェリまほ」の愛称でも知られるテレビドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」などを手掛けた吉田恵里香さん。
吉田さんも「ドラマを見る人全てに楽しんでもらえる努力をしたい」と考え続ける中で、「マジョリティや世間が『普通』とすることだけで構成されているドラマの中で、その『普通』に当てはまらない人を『ないもの』にしていることに、すごく違和感があった」と語る。
「チェリまほ」をはじめ、国内で制作された作品の中にも、同性愛を描いたものや、性的マイノリティが登場する作品は少しずつ増えつつある。
その一方で、性的マイノリティに対する差別や偏見に基づいた反応があったり、当事者の目線が欠けていることから批判を浴びる作品も少なくない。
実際に、制作側が批判や炎上を恐れて「マイノリティを扱うことを嫌がったり、提案しても『うーん…どうしようかな』と躊躇されたりすることがあることは事実」だと、吉田さんは語る。
「今は過渡期に来ていて、1が一気に100にはならない中、エンタメ作品に関わる様々な人たちが、そのグラデーションの中を必死にもがいているのかなと思います」
一歩ずつ歩みを進める中で、当事者の目線を大事にしたドラマ作りができたことは、また一歩前進することに繋がると吉田さんは期待する。
「こうやって当事者の目線を大事にしたドラマが作られたことは、また新たな一歩を踏み出せることになると思っています」
「このドラマが何年か後に『古い』『この価値観ないない』『間違ってる』と言わてもいいと思う。この先に、更に広い視野と新しい価値観を持つエンタメ作品が出てくることができるのかが、大事なのかなと思っています」
よるドラ「恋せぬふたり」は、NHKオンデマンドなどで視聴が可能。