ネット中傷被害にあった男子学生が「名前を変えるしかない」と考えるまで

    ネットに投稿されたデマから、膨大な数の中傷へ。「この名前を一生使わなければいけないということが、想像できませんでした」

    インターネット上にはびこる事実無根のデマ。それに派生する誹謗中傷。行政や民間が対策を進めるものの、被害は後を絶たない。

    数年前に匿名掲示板でデマが流れたことをきっかけに、一時は自宅から避難する事態にもなった男性は、「当時はもう名前を変えるしかないと思っていました」とBuzzFeed Newsの取材に話す。

    発端は

    男性は現在、都内に住む20代の会社員。ことの発端は、何枚かの写真だった。

    男性が友人の女性Aと写っているツーショットなどを、別の知人がSNSに投稿。二人はただの友だち同士だったが、Aはテレビなどにも登場する有名人だったため、写真は2ちゃんねるなどの匿名掲示板に無断転載された。

    「Aと仲良くしている男は誰なのか」。すぐに“特定”が始まった。

    名前、住所、顔写真、当時通っていた学校、出身地。男性が過去にFacebookやTwitter、mixiなどに投稿した文章や写真から、次々と個人情報がさらされた。

    匿名や非公開で使っていたアカウントもあったが、「そもそも当時まだ日本はSNS黎明期で、プライバシー設定に関して、それほど意識していなかったような時期でした」。

    書き込みは「この男はAの彼氏なんじゃないか」という憶測から「Aと彼氏のツーショットが流出した」というデマに変わり、さらに「この男がAをたぶらかした」「Aはこいつに騙されてレイプされた」「この男はレイプ魔だ」などの誹謗中傷へ発展した。

    男性の名前を冠した掲示板のスレッド数は、一晩で膨れ上がり、翌日の昼には非通知からの電話が鳴り止まなくなった。

    ある日の深夜0時すぎ、自宅のドアがノックされ、知らない男の声がした。掲示板の「アイツの家に行ってきたわw」という書き込みが目についた。

    親や学校と相談し、一時自宅から避難することになった。

    名前に刻まれたスティグマ

    掲示板の勢いが収まった後も、まとめブログなどに繰り返し転載され、男性の名前を検索すると、数万から数十万件のデマ情報が列挙される状態になった。

    男性は当時、自分の名前が言われのない誹謗中傷で燃え上がっていく様を、不思議な感覚で見ていたという。

    「自分のことのはずなんですが、話にどんどん尾ひれがつくので、だんだん自分の話じゃなくなっていったというか…。一つの炎上コンテンツとして見ていた自分もいました」

    「一方で、写真に写るべきではなかった、個人を特定できる情報をSNSに上げるべきではなかったという事実もあり。だんだん自分が加害者のような感覚になっていきました」

    「その上で、これはもう死ぬしかないと考えていました。自分の名前に消えないスティグマが刻まれた絶望感というか、この名前を一生使わなければいけないということが想像できませんでした」

    「ある意味、不治の病にかかったような衝撃でした」

    「気にしないことですね」

    数ヶ月後に弁護士にも相談したが、「ネットの情報は基本消せません」と言われた。

    「『消せない以上、受け入れて気にしないことですね。これが今後の就職活動などに影響することはありませんから』と言われました」

    実際に、男性が別の弁護士に依頼して、プライバシーの侵害や名誉毀損に当たる掲示板やサイトを削除してもらうことができたのは、それから5年以上経ってからだ。費用として約40万円を支払った。

    その間男性は両親と相談し、改名も検討した。候補の名前まで考えたところで、「デメリットに対して得られるものが少なすぎる」と考え直した。

    就職活動では、「就活生一人ひとりの名前を検索している余裕がないくらい」採用人数が多い企業ばかりを受けた。新しい人と会うときも、相手は自分のことを知っているかもしれないと不安だった。

    「そうやって、何年経ってもどこか世を忍んで生活しなければいけなかったのが、結構きつかったですね」

    2016年には過去最多

    ただのネット上の問題と片付けることのできない、デマ、誹謗中傷の問題。

    法務省の人権擁護機関が2016年に新たに救済手続きを始めた「インターネットを利用した人権侵犯事件」は、全国で1909件にのぼった。その数は2012年の671件から3倍近く増え、過去最高となった。

    2017年も例外ではない。東名高速で大型トラックがワゴン車に追突し、夫婦が死亡した6月の事故では、「被告の親族が経営している」というデマが広がり、事故とは無関係の会社に嫌がらせの電話が殺到した。

    1月には「なりすまし投稿」やSNS上の中傷に悩んでいた男子高校生が自殺。

    8月には、俳優の西田敏行さんが「違法薬物を使っていて近く逮捕される」などとうその内容を書いた記事を広めたとして、男女3人が偽計業務妨害容疑で書類送検された。 

    「今でも解決したわけじゃない」

    男性は自身の経験後、インターネットや匿名性に対する認識も変わったと話す。

    「自分も当時からよく匿名掲示板を見ていたのですが、どれくらい虚実入り乱れているか思い知らされました。自分の件で言えば、本当のことは2割にも満たなかったです」

    「炎上って要はお神輿なんですよね。みんなで燃料を継ぎ足して、わっしょいわっしょいと担ぐ。匿名だからこそできる集団心理の怖さというか」

    しばらく前に転職した男性は、最近になって現在の職場でも、過去に自分の名前がネット上でどう扱われていたか知られていることに気がついた。男性は言う。

    「会社の中にそういうことを気にする人が多くなかったから、運が良かっただけで。今でも問題が解決したわけじゃないんですよね」


    被害にあった際は、どこに相談すればいいのか。法務省は「みんなの人権110番」で、ネット中傷の被害に関する相談を受け付けています。ホームページの相談フォームでも相談可能です。

    BuzzFeed Japanでは、デマや不正確な情報、いわゆる「フェイクニュース」を継続的に取材しています。そう思われる情報や、そうした情報を拡散している公人を見つけた場合は、BuzzFeed Japanのニュースチーム(japan-report@buzzfeed.com)までご一報をお願いいたします。

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