ーー実際、議員になってみてどうでしたか?
関東の地方議会で働く女性議員の横井さん(仮名、30代)にそう投げかけると、彼女は笑いながら、間髪入れずにこう答えた。
「もう地獄ですよ。いや本当、とんでもない目にあったなと思いました」
議会内外で起こるハラスメント。地方議員の女性の約6割が被害を受けたという調査結果もあるなか、政治におけるジェンダーギャップの解消に必要な課題として、国も対策を始めている。
地方議会で今、何が起きているのか。3人の女性議員が、BuzzFeed Newsの取材にそれぞれの経験を語った。
「あんなやつを選挙に出すなんて」
働きながらボランティア活動をしていた横井さんは、地元の団体に請われて、20代の頃に初めて立候補した。
「私、これまで一度も、議会の傍聴に行ったこともないんですけど。人生設計も考えないといけない歳なのに、いきなり議員になれと言われても……」
断ろうとも思ったが、そんなチャンスが与えられることはそうそうない。一度きりの人生だし、やってみるかと決意して、政治の世界に飛び込んだ。
まず苦労したのが、人付き合いだ。
仕事で日々接する同僚議員や自治体の職員は、自分の父親と同年代か、それ以上の男性ばかり。
彼らと対等に話をするために、地域の困りごとを耳にしたらすぐに現地へ足を運び、研修や勉強会に参加して、ひたすら知識を蓄えた。
何かあった時に「わかりません」とは、口が裂けても言えない。議会内から聞こえてくる「あんなヤツを選挙に出すなんて」という声に負けたくなかった。
飲み会で身体を触られるのは「ザラ」
飲み会も重要な「意見交換」の場。呼ばれれば欠かさず参加したが、とにかく数が多かった。
コンパニオンの女性たちに混じって、徳利や瓶ビールを片手に、テーブルをぐるぐるめぐる。特に「返盃」の文化が嫌だった。
目の前の男性が、なみなみ注がれた日本酒を一気に飲み干す。「それじゃあお前も」と、口をつけたお猪口を差し出してくる。「ここでやっていくなら、お前も飲めよ」ということだ。
新型コロナウイルスが蔓延する以前のこと。40〜50人が参加するような飲み会では、一晩中、返盃を繰り返す羽目になった。
そんなとき、酔いが回った男性に身体を触られることはザラだった。
「政治家は行く先々で握手をするから、手を握ることへの敷居が低い節はあるのかも」と、横井さんは言う。
それでも、席を立つときにお尻を触られたり、ジャケットの中に手を入れられたり、カラオケでチークダンスを強要されたりすることには苦痛を覚えた。
「やっぱり、やばいですよね? おかしいですよね?」。取材の間、横井さんは何度も確かめるようにそう尋ねてきた。
「出生率が上がらないのは…」
性的な言動に晒されるのは、酒の席だけではない。
議会で少子高齢化問題について議論している際に、「出生率が上がらないのは、あんたみたいなのがいるからだよね」と、未婚の横井さんに対して冗談めかして笑った議員もいた。
出生前診断に関する勉強会で、男性議員から「横井も急がないと、リスクが高まって危ないぞ」と言われたこともある。
参加者のほとんどが男性の地元の集会に出席した際には、隣にいた男性議員が「横井さん、この中から好きなの一人選んでいいよ」と言って、会場を沸かせた。
そんな時、どうするんですか?と聞くと、横井さんは「笑って流すしかないですよね」と苦笑した。
「心の中では『誰かこのやばいおっさんに注意してくれ』と思いますけど、何期も務めてるベテラン議員さんだと、『大先生』みたいな感じになっちゃって、誰も何も言えないんですよね」
「私一人がセクハラを受けたからといって…」
2014年、東京都議会で塩村文夏都議(現参院議員)に「早く結婚した方がいい」などとヤジが飛ばされた問題が大きく注目を集めた。
ヤジを飛ばした議員はのちに謝罪したが、「なぜその場で言い返さないんだ」という声がネット上で上がっていたことを、横井さんは覚えている。
「議場で一般質問するときって、とにかく緊張して、いっぱいいっぱいの状態であそこに立ってるんですよ。そんな状態でいきなりあんなひどいことを言われて、即座に言い返せる人ばかりではありません」
「逆にその場で涙ぐんだり、傷ついた素振りを見せたりしたら、『そんな根性のないやつが議員になるな』と批判されたりもする」
「バリバリのガチガチの強い女でないと、その場に立たせてもらえないくらいのプレッシャーで生きてるので、みんな帰ってから家でポロポロ泣いてるわけですよ」
横井さんも議員になりたての頃は、毎晩のように家で体育座りをして泣いていた。「辞めさせてあげたいけど、そうもいかないね」と親から心配されたくらいだ。
「選挙で選ばれるって、とても重たいことなんですよ」と横井さんは言う。
「顔も知らない人が自分の名前を書いて、議会に送ってくれたというのは、本当に重たいことだと思っています」
「私は住民のみなさんや応援してくれた人のために、私を介して街を良くしていくために、働いています。私一人がセクハラを受けたからといって、騒ぎ立てるわけにはいかないんです」
「遊び歩いてる」性的なウワサを流されて
関東地方の別の自治体で働くシングルマザーの山田さん(仮名、40代)も、匿名を条件に取材に応じた女性議員の一人だ。
山田さんの場合は会派同士の対立などに巻き込まれ、「夜な夜な家の前に男の車が停まっている」「だいぶ遊び歩いているらしい」と性的なウワサを議会の内外で流された。
まったくの根も葉もない話だったが、たとえそういう事実があったとしても、独身の女性が誰と交際していようと問題ないはずだ。
地域でも何か言いふらされているかもしれない。もし、学校に通っている子どもの耳に入ったら……。
陰湿な嫌がらせに、山田さんは一人、追い込まれた。
「議員は『公人』なのだから、プライバシーを市民の目に晒して当然だという風潮もありますが、私が選挙で落ちて『私人』に戻ったとしても、この街で子どもと普通の生活ができるのかという不安があります」
「地方議員は出身地の議会で働いている人も多く、引っ越さない限り、これからもその地域に住み続けなければなりません。子どもへの影響まで考えが及んでいたら、そんな嫌がらせはできないはずです」
そう語る山田さんだが、問題を追及するつもりはない。議員の任期は原則4年。名誉毀損で訴訟を起こそうなどと思ったら、その大半を費やしてしまうことになるからだ。
「任期はあっという間に終わってしまう。とにかく我慢する、という状況に自分を追い込んでいるような感じです」
「相談できる環境もないので、やったもん勝ちですよね。周りも自分がターゲットになるかもしれないから、怖くて何も言えません」
議会の悪しき慣習や、そこから生まれる悪循環。沈黙を貫くことで、自分も知らず知らず加担しているのかもしれない、という自覚はある。
「どんどん追い込まれているのに、周りからは政治家として強くあることを期待されて、ますます相談できなくなる。たまに別の議会の女性議員と『お互い孤独だよね』と慰め合うほかありません」
「住民にウソはつけない」
一方、議会で起きるハラスメントに対して、問題提起した女性議員もいる。
昨年、中部地方のある議会に、住民から「議会に『いじめ』や『パワハラ・セクハラ』はあるか?」という質問が寄せられた。
議会として、どのように回答するのか。当初、広報誌に掲載する案として出されたのは「議会においてはないものと認めています」という文章だった。
松田さん(仮名、40代)は、この答えに賛同することができなかった。議会にセクハラが存在することを、身をもって知っていたからだ。
委員会の議事録には、回答案に疑問の声をあげる松田さんと、そこに反論する男性議員とのやりとりが克明に記されている。
松田さんは過去に、同僚議員から酒の場で「女性でなければ言われないような」卑猥な発言をされた経験があると発言。本人から謝罪を受けて解決済みの問題ではあるものの、住民に対して「ウソは書けない」「対応を考えるべきだ」と訴えた。
これに対して、回答案を担当した男性議員が「今の発言は、全て私のことです」「俺はその時、丁寧にお詫びをした。それがまだセクハラだなんだと言うんだったら(中略)ちょっと証拠を出してくれよ」「ここまで来たら、俺は徹底的にやるぞ」と詰め寄った。
男性議員の発言は「威圧的」だと問題視され、のちに議場で謝罪した。発端となったセクハラ発言については「記憶になく、(松田さんに対する)謝罪は場を収めるためにした」と、新聞の取材に答えている。
結局、後日発行された広報誌には、こんな文章が掲載された。
質問を受けた時点では、これまで議会として「いじめ」や「パワハラ・セクハラ」について、「あってはならないもの」と認識していたところです。
しかし、その後、回答するまでの間において、委員会の会議の中で、議員間でのパワーハラスメント行為が発生しました。
(中略)ハラスメント行為は、無自覚に行われることもあるので、各議員が正しく理解し、行動するための研修会を開催するなど、ハラスメント対策に取り組み、防止に努めます。
「私だけの問題ではない」
内閣府男女共同参画局が昨年4月に発表した調査では、地方議会の女性議員の57.6%、男性の32.5%が、有権者や同僚議員からのハラスメントを受けたことがあると回答した。
昨年6月に改正された「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」では、セクハラなどを防ぐために、国や地方自治体は「研修の実施や相談体制の整備など、必要な施策を講ずるものとする」と定められている。
実際、松田さんの議会では問題から数カ月後に、研修が開催された。
「議員同士で『俺、パワハラしたことある?』『ありますよ』という会話が起きたり、どんな言動がハラスメントに当たるのか、それぞれが自覚するためのきっかけにはなりました」と松田さんは振り返る。
あの日、声をあげたのはなぜか。松田議員は「やっぱり私だけの問題じゃないですよね」と言う。
「議会は市民から選ばれた人たちが、みんな対等な立場で議論をする場。ハラスメントがあると、対等に話し合いができなくなってしまう」
「これからも若い女性が立候補し、願わくばその後も続いていってほしい。10年、20年先のことを考えて、若い人がきちんと物が言える環境を作っていかなければいけないと思います」
政治におけるジェンダーギャップが深刻な問題となっている日本。地方議会や国会では何が起きているのか。各地の女性議員たちが直面している課題を取材した。
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