ある写真家が「真っ赤な家族写真」で、引き寄せようとした未来

“写真界の芥川賞”を受賞した森栄喜が、新作「Family Regained」を語る。

  • lgbtjapan badge

ある写真家が「真っ赤な家族写真」で、引き寄せようとした未来

“写真界の芥川賞”を受賞した森栄喜が、新作「Family Regained」を語る。

「家族という自分にはない世界、これから起こってほしい未来を、ちょっと欲張って現在に引き寄せてるんです」

森栄喜さん、41歳。同性愛を公表し、恋人との暮らしを焼き付けた写真集「intimacy」で2014年に写真界の“芥川賞”と呼ばれる木村伊兵衛賞を受賞した。

彼が約4年ぶりに発表する作品集「Family Regained」(ナナロク社)に収められた“家族写真”は、どれも、赤い。

11月13日、森さんは自身の作品が表紙を飾った美術手帖11月号「Gender Is Over!?」の刊行記念トークイベントに登壇し、東京都写真美術館の学芸員・伊藤貴弘さんと対談した。

同性婚が認められていない現代の日本。森さんが真っ赤な“家族写真”で引き寄せようとした「未来」とは。

他人の人生に上がらせてもらう

家族を取り戻す。「Family Regained」はそんなふうに和訳することができるが、そこに映し出されている家族は、どれも“本物”の家族ではない。

写真作品では、森さんが親しくしている家族や夫婦、恋人たちの中に森さんがその一員のように入り込み、実際には血の繋がりはない“家族写真”を作っている。

パフォーマンス・映像作品の「Family Regained: The Picnic」では、森さんともう一人の男性が同性カップルを演じ、8歳の男の子と3人で、街で偶然出会った人たちに「記念写真」を撮ってもらう様子を映し出している。

3人とも真っ赤な衣装に身を包み、街の風景からもどこか浮いてしまう、「異質」な家族。

だが、実際に印刷された真っ赤な写真の中では、赤い服を着た、異質な彼らも風景に溶け込むことができる。それは、世界が赤いからだ。

赤色は、家族を作る「血のつながり」をイメージして決めた。さらに、風景に溶け込むことのできない「異質」さ、何かを変えるために声を上げる「力強さ」や「革新性」を思った。

作品は11月3〜12日まで開催されていたフェスティバル・トーキョーにおいて、池袋西口公園、豊島区庁舎で上映された。

自分の前に「家族」がなかった

同性の恋人とのやわらかな日常を切り取った「intimacy」を始め、これまでの作品では「目の前にあるものをありのままに捉え、その瞬間を閉じ込めて」いたという森さん。

今回の作品集で、あえてフィクショナルな「家族」を作り出し、さらに写真を赤く染めた理由について、「家族というものを撮ろうと思ったとき、その世界が僕の目の前にはなかったから」と言う。

「これまでは本当の友だちとか、本当の恋人との暮らしをストレートに切り取っていたんですけど、家族を撮りたいなと思ったとき、僕の目の前にはその世界がなかったんです。それで、ないものは撮れないなと思って」

「だから、ここで僕は自分にはない、他人の舞台というか、他人の人生に上がらせてもらってるんですよね。それをこれまで通り撮ってしまったら、僕のこれまでの作品の説得力というか、つじつまが壊れてしまうと思いました」

家族を取り戻す

森さんが「家族」を撮り始めたのは、2013年ごろ。渋谷区や世田谷区に広がっている「同性パートナーシップ制度」がまだ議論にも上がる前だった。

だが、海外では、LGBTの権利や同性婚をサポートする機運がどんどん高まっていた。

「海外では同性婚とかできる国がいっぱいあって、もしかしたら日本でも法的に整って、社会の意識が変わってきたら、自分もこの人生でちゃんと制度的に結婚できて、子育てもできるかもって思ってた時期だったんですよ」

同時期に制作していたのが、今回の美術手帖の表紙を飾っている「Wedding Politics」だ。当時の恋人と一緒に、白いウェディングコスチュームを模した衣装を着て、国会議事堂の前でジャンプしている写真。

同性婚への法整備を後押ししたいという願いを、軽やかに表現した。森さんは言う。

「それまでは、別に結婚できないし、子育てもできないだろうなって漠然と決めつけてたんですけど、もし社会が自分たちに追いついてきてくれたら、結婚とか、家族とか、子育てとかできるかもって」

「だから、自分の中での家族の復活、というか。それで、今回の作品は“Regained"というタイトルをつけたんです」

一方、伊藤さんが企画し、東京都写真美術館で11月26日まで開催中の写真家・長島有里枝さんの個展「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」も家族やジェンダーをテーマにしている。

中でも2005年に発表した「Family Portraits」では、全く血縁関係がない人たちを家族写真のように撮影した。

「ニセ家族のシリーズ」。これらの写真をそう呼ぶ一方で、伊藤さんはこう言う。

「すごく当たり前のことなんですけど、どんな家族も一番最初は血の繋がりのない人たちが集まって始まるものなんですよね」

社会の「余白」から変わる

森さんは街中で記念写真を撮ってもらう「The Picnic」のパフォーマンスで、一見家族のような構成に見える3人がどんな関係で、何を「記念」した写真なのか、撮影者には説明していない。

あえて説明せずとも、日々かかわることで、自然と感じ取る。異質が、気づけば普通になっている。そんな緩やかな交わりが、社会の変化を加速すると考えるからだ。

「例えば、保育園なり幼稚園に子どもを迎えにくる親がね、男性2人だったとしたら。毎回毎回お迎えに行くたびに、『僕たち同性カップルで、先日法的にも承認されまして…』って説明したりとか、そんなことじゃないじゃないですか、実際」

「周りも別に何も言われなくても、『あ、きっと、あの男性2人で子どもを育ててるんだろうな』って馴染んでくるというか、認識されると思うんですね。その余白というか、馴染む感じが結構ぼく、じーんとくるんです」

「その馴染みが発生したら速度は一気に早まるじゃないですか、世論とか、社会の意識とか。だから、写真を撮ってくれた人も気づいたらプロジェクトに参加している。もう始まっている。作品を通じて、その『余白』が生まれたらいいなと思っています」

海外ではドイツやアメリカなど、世界20カ国以上で同性婚が認められている。今月15日には、オーストラリアの国民投票で有権者の61.6%が同性婚を支持し、合法化を進める法案が議会に提出された。

「ここにあるのは未来の普通の家族、みたいな。まだ、今は赤いですけど」



森さんがそう呼ぶ、真っ赤な世界に溶け込んだありふれた家族。その未来はいま、どこまで来ているのだろうか。