「議員になってもいじめられるだけ」新人ママ議員が見た“暗黒議会”とは

    「市民の代表として、悪い事は悪い、正しい事は正しいと発言する事ができない議会であれば、それは議会として機能していません」

    住民の代表として国や地域の課題を議論し、政策に関する様々な決断を下していく議員の仕事。

    政治に市民の声を反映させる重要な役割を担っているが、一部の議会では、多数決による「懲罰」の乱用やハラスメントが相次いでいる。地方議会では何が起きているのか。

    「暗黒議会」と呼ぶ理由

    「暗黒議会」。2020年3月に神奈川県の湯河原町議に初当選した土屋由希子町議(39、無所属)が、自らが所属する議会をそう呼ぶのには理由がある。

    引き金となった問題は、同年7月に開かれた町税の徴収に関する特別委員会で起きた。

    議事録裁判資料によると、傍聴も含め、湯河原町議全員が出席したこの日の委員会で、町は後に「滞納者リスト」と呼ばれる名簿を配布した。

    そこには、町民税や固定資産税、介護保険料や水道料金などを滞納している町民約2000人の名前、住所、滞納金額、これまでの経過や処分内容などの個人情報が、マスキングされずにそのまま記載されていた。

    「リストが配られることを聞いた瞬間、町民の個人情報に対してそんな杜撰な扱い方をするなんて、とんでもない問題だと思いました」。BuzzFeed Newsの取材に、土屋町議は当時の状況をそう振り返る。

    「議論に入る前に、名前などを黒塗りにした形で共有するわけにはいかないのか、滞納者の名前を私たち議員が知った所でできることはあるのか、そもそも町が議員に対してそうした情報を見せること自体、違法じゃないのかなどと質問しました」

    しかし、「10年ぐらいこういう状態でやっている」ことや、リストに関する審議は議事録に残さず、議員が口外した場合には懲罰の対象となる「秘密会」で行うことなどを理由に委員会は続行された。

    終了後も、名簿は回収されなかったという。

    2度にわたる「懲罰」

    土屋町議は9月の定例会でこの問題を取り上げ、滞納者の個人情報を議員に共有するのは「人権侵害だ」と指摘。

    町長の見解を問うたが、議長から「滞納者リストが『回収されていない』ことは、秘密会の内容にあたるので、懲罰の対象となる」と発言をとがめられ、別の議員が後日、土屋町議に対して「懲罰」を科すよう求める動議を提出した。

    そもそも議会における「懲罰」とは何か。地方自治法第134条と135条には、議会の会議規則や条例に違反した議員に対して、処分が重い順に「除名」「出席停止」「陳謝」「戒告」を科すことができると定められている。

    多くの場合、懲罰動議が出されると、その内容を審議するための特別委員会が設けられ、最終的には多数決による議決で処分を下すか否かが決定される。

    この時は土屋町議に対して、議会が作成した陳謝文を議場で読み上げる「陳謝」の懲罰を科すことが可決された。

    しかし、土屋町議は「私の信条とは程遠く、納得のいく内容ではない」として陳謝を拒否。

    今度は、議決に従わなかったことは「議会の品位を軽んずるものであるとともに、議事の妨害となる行為」だとして、議会が閉会するまで1日間の「出席停止」処分が全会一致で命じられた。

    「議員になってもいじめられるだけ」

    2児の母でもある土屋町議は、自分が生まれ育った自然豊かな街で子育てがしたいと、約20年間離れていた湯河原へUターン移住した翌年、町議に立候補した。

    「ゆきちゃん、議員になってもしょうがないよ。いじめられるだけだよ」。そう案じながらも彼女を支援したのは、地元のママ友たちだ。

    子育てと教育を真ん中に、移住者と観光客を呼び込み、町を元気にする。そう掲げて挑んだ初めての選挙でトップ当選を果たした日から、2度の懲罰が科されるまで半年あまり。

    その時すでに、自分は「新人のうるさい女」と見られていたのかもしれないと、土屋町議は言う。

    国が初めて緊急事態宣言を出した2日後に開かれた本会議では、温泉宿で芸者さんを呼んだ際に使える「お座敷券」の販売費用などに補正予算をつけることに反対した。

    新型コロナウイルスの収束が見通せない中、観光客や芸者さんを「3密」の空間に呼び込む危険性や、経済効果が見込めないことを訴えたが、予算案は賛成多数で可決された。

    6月の定例会でも、町が提案した全町民に「使い捨てマスク」5枚を配布する事業に反対。

    議会の運営方法を議論する委員会で、町職員が議員のお茶汲みをする文化を撤廃するべきだと提案した際には、「(土屋さんが)飲まないなら、いいですよと言えばいいんじゃないですか」と一蹴された。

    政策や議会のあり方について議論を交わし、反対すべき時は反対する。議員として当たり前の仕事をしているつもりだったが、町やこれまでの慣行に反対するたびに、土屋町議は議会で孤立していった。

    2度の懲罰後、土屋町議は処分の取り消しを求めて町と町議会を提訴した。第1回口頭弁論で意見陳述した際、土屋町議はこんな風に訴えた。

    「なぜ議員として町民の為に正しいと思ったことを述べ、問題提起をしただけなのに、懲罰を受け、さも私が悪い様に周知をされ、のけ者にされなければならないのでしょうか」

    「今でも議会内では私が発言をするたびに嫌な顔をされ、嘲笑され、失笑され、 ヤジを飛ばされます。そんな状態が1年も続いているため、私の中で今ではそれが普通となってしまいましたが、議会が始まるとやはり悪意あるその雰囲気にあてられて毎回食欲がなくなり、体重を減らします」

    「市民の代表として、悪い事は悪い、正しい事は正しいと発言する事ができない議会であれば、それは議会として機能していません。町民に対する人権侵害を指摘したら懲罰を受けるなど、こんなことが許されてしまったら今後湯河原町の議員は何も発言できなくなってしまいます」

    町側「懲罰は裁判の対象にならない」

    裁判において土屋町議は、町が滞納者リストを議員に見せること自体が違法で、それについて問題提起することは正当な議員活動であり、2度の懲罰は不当だと主張している。

    一方、町側は、土屋町議に対する懲罰は「司法審査の対象にならない」と反論している。どういうことか。

    町側の主張の根拠となっているのは、1960年の最高裁判決。懲罰の中でも議員の身分の喪失に関わる「除名」は、重大な処分のため司法裁判権の対象になるものの、「出席停止」などの処分は議会の「自治的措置」に委ねるべきだと判断したものだ。

    「出席停止」や「陳謝」の懲罰を受けた議員が処分はおかしいと感じても、裁判を起こして司法の判断を仰ぐことはできないーー。

    長きにわたってそうした運用がなされてきたが、2020年11月に判例が変わった。「出席停止」であっても「住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる」と、最高裁が判断したのだ。

    しかし湯河原町は、土屋町議に対する「陳謝」はもちろん、「出席停止」も期間が1日と短いため、議員としての責務が果たせなくなるほどのものではないと主張している。

    土屋町議の代理人を務める大川隆司弁護士は、「土屋さんに対する出席停止は、陳謝を拒否したことで科されたものですが、この陳謝処分に効力があるとしたら、滞納者リストを議員に閲覧させていたこと自体がおかしいという議論が、その後も議会でできなくなってしまいます」と批判する。

    滞納者リストについては、「仮に多額の滞納をしている有権者がいたとして、それを知った議員が『あんた大変だね』『なんとか口を聞いてやってもいいよ』などと言って働きかけをする可能性は十分にある」と指摘。

    「正当な手続きも踏まずに、滞納者の個人情報を議員に見せたことが問題なのに、それをバラした議員が悪いという話にすり替えていることが、そもそもの問題です」

    「議会の中で決められたことだからと第三者に介入させず、『議会の自律性』という美名で裁判所の判断を拒むことは、主権者である住民に対しても議会が閉じているということを意味します」

    懲罰委員長「議会を軽視している」

    土屋町議に対する懲罰特別委員会の委員長を務めた善本真人町議は「議会というものは、全てルールに基づいてやっています。自分が気に入らないからといって、議会のルールを守らなかったから、それは懲罰にかけられますよと最初から言ってるわけですよね」とBuzzFeed Newsの取材に説明する。

    「すべての議員が懲罰をかけるということで一致したその議決に従わないこと自体が、議会を軽視していることであって、それは懲罰に値すること」

    「議決が勝手に覆せるほど軽いものであるなら、議決する必要ないじゃないですか。それほど重要なものを軽んじて、『私は嫌です』『そんなのは私の信条に合いません』と言うのはおかしいでしょと言っているわけです」

    土屋町議は裁判費用を募るクラウドファンディングのページで「これ以上、地方議会の少数派いじめを許さない」という言葉を掲げている。

    善本町議は「セクハラだとかパワハラだとかと一緒。感じる人のアレでしょ」と語る。

    「土屋さんはいじめだと思うだろうけど、誰もいじめてるわけじゃないじゃないと思ってる人だっていっぱいいる。自分に都合の悪いことはいじめだって言ってれば、楽だよね」

    村瀬公大議長は「一般論としては、議決に従わなかったことは議員としてどうなのかなとは思うけど、裁判中なので私が今何か言える立場ではない」とコメントした。

    懲罰は過去32年間で790件

    本日は暗黒議会で戦う地方議員の皆様とzoom会議でした‼️このうち4名が係争中で、発言取消処分、懲罰、辞職勧告のオンパレード。そして皆様、地方議会をどうにかしたいと思っている最高の仲間達です‼️

    Twitter: @yukiko_tsuchiya

    Twitterで「#暗黒議会」と検索すると、土屋町議らの呼びかけに応えて、地方議会の現状に対して疑問を投げかける議員や市民の投稿が並ぶ。

    実際、地方議会における「懲罰」はどれほど行われているのか。

    大川弁護士が代表幹事を務める「かながわ市民オンブズマン」の調査によると、1989〜2020年度までの32年間で、全国の地方議会で出された懲罰は790件にのぼり、そのうち除名処分が34件、出席停止が353件、陳謝が237件、戒告が166件だった。

    行政訴訟や都道府県知事に裁定を求める審決などで争われているのは、33件だった。

    懲罰の多くが正当な理由に基づいているとみられるものの、中には「少数派の議員が、議会での質問の際に、執行機関などに対して舌鋒鋭く切り込むと、多数派から表現が不穏当で議会の品位を貶めるなどとして、懲罰とされるという事案が目につく」と、同オンブズマンは指摘している。

    専門家「手続き的正義の担保が重要」

    昨年10月には、北海道本別町議会で除名処分を受けた梅村智秀町議と、群馬県榛東村で出席停止処分を受けた中島由美子村議が、それぞれ道と県の知事の裁決を求め、処分が取り消された。

    中島村議は「議員の仕事は、住民を代表して議会で発言すること。議会は住民の暮らしをより良いものにするための議論をする場なのに、村や議会に批判的な議員が発言できなくされてしまったら仕事ができない」と語る。

    上智大学の三浦まり教授(政治学)は「懲罰などを用いて特定の議員の発言を封じることは、その人を選んだ多くの有権者の発言を封じることでもある」と指摘。

    そうした重大な決定を下すからには、その過程でも「手続き的正義」が担保されている必要があるという。

    「地方自治法に基づく懲罰だけでなく、辞職勧告決議や問責決議などの『懲罰的対応』が取られる際にも、議員に弁明の機会が与えられない場合があり、第三者による事実認定もされずに、独立性や中立性のないところで決定が下されています」

    「そういった状況では、多数派の議員が議会規則などを盾にとって少数派を排除しようと思ったら、やりたい放題になりかねない。まずは手続きに関する制度を整えていくこと、そして今の閉じられた議会をオープンにして、市民の目が入るものにしていくことが住民自治の観点からも必要だと思います」


    政治におけるジェンダーギャップが深刻な問題となっている日本。地方議会や国会では何が起きているのか。各地の女性議員たちが直面している課題を取材した。

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