「スマホ、テレビ、車が世界への感覚を鈍らせる」2000万回再生された、バレエの天才セルゲイ・ポルーニンが語る芸術論

    「一人の時間を持つことで、静寂と孤独によって、正しい答えを見つけられるのです」

    「世界一優雅な野獣」バレエの天才セルゲイ・ポルーニン(27歳)は、憎しみとアート、苦悩と成長、を考えている。

    YouTubeで2000万回近く再生された『Take Me to Church』の超絶的な舞いで、バレエファンだけでなく、希望と苦悩の間で揺れる世界中の人たちの心をつかんだ天才ダンサーだ。

    「神の贈り物」とも評される均整のとれた肉体美、豊かな感情表現で観客を魅了する。

    だが、この天才には影がある。2009年、史上最年少19歳で世界の最高峰、英ロイヤル・バレエ団のトップの座(プリンシパル)に就いた。だが、酒に溺れ、ドラッグ使用を赤裸々に語り、タトゥーで全身を覆った。2012年に電撃退団。「異端児」「反逆者」「空を舞う堕天使」などと評される。

    だが、素顔のセルゲイは、真摯なアーティストだ。芸術性を開く繊細さは、自らの精神を追い詰める。それは、自分自身にごまかしを許さない完璧さの裏返しでもある。

    4月27日、東京芸術大学奏楽堂でパフォーマンス後、クリエーターの箭内道彦准教授らに語ったのは、憎しみとアート、苦悩と成長についてだった。セルゲイの奇跡を撮ったドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』は7月15日、Bunkamuraル・シネマなどで公開される。

    セルゲイにとって、アートとは。

    「アートは、美しいものを作り出すことです。日常を補うものです。もし人生が完璧なら、世界が完璧なら、アートはいらないでしょう。もし世界が完璧なら、アートは暗いものだったでしょう」

    アーティストとは。

    「我々アーティストはいつも世界で起きていることと、釣り合いを取ります。戦争、テロ、多くの良くないことが世界で起きている。だから、アーティストは、アートに、美しいものを作ることに、身を捧げなければならないと思います。憎しみや破壊を埋め合わせるのです」

    「アーティストはどんなことにも先んじた存在だと思います。火星に向かうロケットなら、アーティストはそのロケットをデザインします。建築物や服もアーティストがデザインします。だから、アーティストはいつも導く役割を果たすのです。政治家、大統領もアーティストが必要です。世界を創るために」

    「もしアートがなければ、音楽もダンスも服も建物もないでしょう。だから、核となるものです」

    苦悩はアーティストの宿命なのか。

    「心地いいと感じたら、先に進み、挑戦することが大事だと思います。それはとても辛く悩ましい。なぜなら快適な環境にいられないから。でも、そうすることで、人間として前に進み続け、成長し続けられるんです」

    映画を観た感想は。

    「とても心に迫るものがありました。映画として観られませんでした。自分自身の体験、感情を突き付けられました。今日はだからこらえていたんですよ。感情のジェットコースターのようでした」

    アートを志す若者が大切にすべきことは。

    「私が学んだのは、勇気を持つことの大切さです。勇気を持つことを忘れないでください。失敗することを恐れないでください」

    「勇気というと、いつも飛行機を想像します。空高く飛び立って...でも高度を保ってはいられないかもしれない。降りたくなる。安全な、心地いいところに。でも、いつもエネルギーを維持するところを想像します。そうすることが、前に進むのが怖いとき助けになります」

    華やかに見えるバレエ。だが、一人の時間の大切さも語った。

    「自分一人でいることを心地よいと感じることです。それは一人ぼっちということじゃない。一人でいることを心地よいと感じるのです。一人の時間を持つことで、静寂と孤独によって、正しい答えを見つけられるのです」

    「都会にいると、スマホ、テレビ、車、こんな環境が世界への感覚を鈍らせます。それに、本に答えがあるわけじゃない。どっかを探せば答えがあるわけじゃない」

    自分自身に耳を傾け、自然からインスピレーションを得ることを強調した。

    「世界に耳を傾けるのです。自分自身に耳を傾けるのです。一人の時間を持つことで、水が流れるような自然の中にいることで、ある境界につながります」

    「世界で起きていることを知るために、ニュースを見る必要はありません。それはエネルギーなんです。すべては一つ。だから、一人の時間をもって、自分自身につながることが大切です。あなただけが答えを知っているのですから」

    「例えば、ラシャペルはハワイに静養所をもっています。『Take Me to Church』を撮ったのがハワイでした。ラシャペルは枯渇したように感じて、もう何も創造できないと感じたら、自然に分け入って、ジャングルで、4ヶ月とか一人過ごすのです。自然の中にいて、木々を感じ、水と共にあって、チャージするのです。インスピレーションを得るのです」

    セルゲイのアーティストとしてのゴールは。

    「ゴールは確かに定めました。本当に世界を一つにしたいんです。アーティストの仕事は結びつけることだと思います。この惑星を一つに結ぶのがゴールの一つです。このことに気づくのに何年もかかりました。でも、私たちはみな同じ惑星に住んでいます。国境はありません。支配者もいません。全部、人間が作ったものです」

    旧ソ連下、豊かではないウクライナ南部ヘルソンに生まれた。バレエ学校の学費のため、父はポルトガル、祖母はギリシャで働き、家族はバラバラに。いまバレエを通じて、世界中を飛び回る。

    「どんな文化も美しい。愛をもって見れば、アーティストとして、より深く理解し、学ぶことができます。旅を通じて、学ぶことは大切です。世界どこでも同じだと知ることが大切です。同じ人間、同じ家族、同じ子ども、同じ仕事——。国境は本当に必要ないと思います。一つに結びつくべきです」

    「日本が好きです。人々が自然を愛していますから。それは正しいこと。人間と自然が共生しています。虫、動物、木々、花々から学び、これらを愛するべきです。花も命があるから、摘むことすらできません。命を植物から奪ってしまう。そういうことに気付いたら、次のレベルに行けると思います。人類として、もっとスピリチュアルで、高いところに」