この写真をもう目にしただろうか。男子マラソンで銀メダルに輝いたフェイサ・リレサ選手がゴールで交差させた両手首。オロモ族を弾圧するエチオピア政府への抗議のサインで、命がけの訴えだった。
サンバ会場の最後の長い直線。リレサ選手は両手を高く掲げて交差させ、そのままゴールを走り抜けた。母国エチオピアへの凱旋ではなく、亡命も覚悟した瞬間だった。
抗議活動と弾圧
エチオピアは、アフリカでナイジェリアに次いで多い人口を抱える。過去10年、2桁の経済成長にわいてきた。
オロモ族は人口の35%を占めるエチオピア最大の民族。だが、New York Timesによると、約6%のティグレ族が軍部や政権を独占し、オロモの人たちは政治の決定過程から排除され、経済成長から取り残されている、と不満を持ってきた。
Human Rights Watchによると、抗議活動が広がったのは昨年11月。政府が首都の拡張計画を決め、投資プロジェクトのためにオロモ族の住む地域で森林などを切り開いた。学生を中心として不満が爆発した。
(注:この動画には暴力的なシーンが含まれます)
政府はこれを実弾を使うなどして鎮圧し、400人以上が死亡したという。負傷者は数千人、逮捕者は数万人に上り、多くが18歳以下の若者だ。逮捕者には、教師やミュージシャン、野党政治家、医療関係者も含まれ、治安部隊による拷問やレイプも報告されている。
地中海のマルタ共和国に移住したオロモの人たちによる抗議行動。EUやマルタにエチオピア政権を支持しないように求めた=2015年12月、マルタの首都バレッタ
「エチオピアに戻れば殺される」
「政府はオロモ族を殺し、土地や資源を取り上げている。だからオロモは抗議しているのだ。わたしもオロモ族として、この抗議活動を支持する」
レース後の記者会見で、リレサ選手はポーズを取った理由を説明した。
「エチオピアに戻れば私は殺されるだろう。殺されなくても、投獄されるだろう。まだどうするか決めていないが、恐らく他の国に行くつもりだ」
政治宣伝活動の禁止
命をかけたリレサ選手の抗議。だが、オリンピック憲章第50条は、政治的な宣伝活動を禁止している。国際オリンピック委員会(IOC)は、選手の行為について調査に乗り出した。
違反と認定されれば、失格となるかもしれない。IOCの制裁の可能性についてリレサ選手はこう答えた。
「私には何もできない。でも、これは私の感情だった。私の国には大きな問題があって、国内で抗議することはとても危険なのだ」
しばらくブラジル国内にとどまり、アメリカへの亡命も考えているという。
ネットで広がる支援の輪
ただ、リレサ選手に共鳴する人たちがいた。
数時間もたたないうちに、亡命を支援するクラウドファンディングが立ち上がった。当初は1万ドル(100万円)の目標だったが、すでに10倍の10万ドル(1千万円)以上が集まっている。
募金を募っている男性によると、すでに2人がリオデジャネイロに入り、選手と会ったという。目標金額を15万ドル(1500万円)に引き上げて、さらなる募金を呼びかけている。