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「空から死が降ってきて、世界は変わった」オバマ氏が語った17分間

「声なき叫び声に、耳を傾けます」

オバマ大統領は5月27日、広島市の平和記念公園を訪れた。約17分間のスピーチで語ったこととは。以下、スピーチ全文の日本語訳とともに、分析や反応を紹介する。


71年前。雲のない晴れた朝。空から死が落ちてきて、世界は変わりました。閃光と炎の壁がこの都市を破壊しました。人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたのです。

なぜ私たちはこの場所、広島に来るのでしょうか。それは、遠くない過去に、恐ろしい力が解き放たれたことを深く考えるため。そして死者を悼むため。10万人を超える日本の男性、女性、子どもたち、何千人もの朝鮮半島出身者、捕虜になっていた数十人のアメリカ人たち。その魂が私たちに語りかけています。私たちは一体何者か、そして、どのように今なろうかしているのか、内省するようにと。

広島を際立たせるのは、戦争の事実ではありません。埋蔵物は最初の人類とともに暴力的な紛争があったことを示しています。先祖たちは、石から刃を、木から槍を作ることを学び、これはただ単に狩りのためではなく、自分たち人類に対して、使ってきました。どの大陸においても、文明の歴史は戦争であふれています。穀物の不足、黄金への渇望、また民族主義の熱情、あるいは宗教的な熱狂によって。帝国が台頭し、衰退し、人々が奴隷になり、解放され。それぞれの歴史の転換点において、罪のない人たちが苦しみ、多くの人たちが犠牲になりました。その人たちの名前は時が経つと忘れられました。

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世界大戦は広島と長崎で、残虐的な終わりを迎えました。大戦は、最も豊かで強いものの間で起こりました。そうした国の文明は、素晴らしい都市、壮大な芸術をもたらしました。思想家たちは、正義、調和、真実の理念を進歩させてきました。しかし、戦争は、単純な部族間で起きたのと同じように、支配し、征服したいという基本的な本能によって生まれてきました。古いパターンが新しい能力によってさらに増幅されてきました。制約はそこには働きませんでした。

ほんの数年の間に、6千万もの人たちがなくなりました。男性、女性、子どもたち。私たちと全く変わることのない人たちです。撃たれ、殴られ、行進させられ、爆弾を落とされ、監獄に入れられ、飢えさせられ、ガス室に送られ、殺されました。世界中に、この戦争を記録した場所や、勇気、そして勇敢な行動を伝えるメモリアルがたくさんあります。墓地、空っぽな収容所などが、筆舌に尽くしがたい悪行を物語っています。

空に上がったキノコ雲は、人類の大きな矛盾を私たちに突き付けて来ます。われわれを人類たらしめる能力、思想、想像力、言語、道具づくりや、自然と区別し、自然を意志に屈させる能力、これらのものはまた、比類ない破壊の能力を私たちにもたらしたのです。

物質的な進歩、社会の革新が、この真実からどれだけ目をくらませるのでしょうか。どれだけたやすく私たちは暴力をより高邁な理由のために正当化してきたのでしょうか。

偉大な宗教は、愛、平和や、正義への道を説いています。けれども、どんな宗教も避けられないのです。その信条のもと、殺人が許されると主張する信者を抱えることを。

国は、犠牲、協力のもと人々を結びつける物語を示して勃興します。さまざまな偉業が行われます。しかし同じ物語が、異なる人々を抑圧し、非人間的にすることにも使われてきました。

科学によって私たちは海を越えてコミュニケーションし、雲を越えて飛び、病気を治し、宇宙を理解できます。そのような発見が、より効率的な殺人の道具となるのです。

現代の戦争が私たちにこの真実を教えています。広島は、私たちにこの真実を伝えています。技術の進歩は、人間社会とともに発展しなければ破滅が待っています。原子を分裂させた科学的な革命は、より道徳的な革命も必要とします。

だからこそ私たちはここに来たのです。私たちはここに立ち、この都市の真ん中に立ち、原爆が落とされたときに思いを馳せます。目の前の光景に困惑した子どもたちの苦しみを感じます。そして、声なき叫び声に、耳を傾けます。この惨い戦争、それ以前の戦争、その後の戦争によって殺されたすべての罪のない人たちを思い起こします。

言葉だけで、そのような苦しみを表すことはできません。しかし、私たちには共有する責任があります。歴史を直視しなくてはなりません。そのような苦しみを再び起こさないために、我々がこれから何を違った風にやらなくてはいけないのかと尋ねるのです。

いつか証言する被爆者の声を聞けなくなる日がくるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して消えるものではありません。その記憶によって、慢心と戦うことができます。私たちの道徳的な想像力をかきたてます。私たちに変化を促すものとなります。

あの運命の日以来、私たちは希望を与える選択をしてきました。米国と日本は同盟を組んだだけではなく、友情も育んできました。それは戦争より、はるかに大きなものをもたらします。欧州の国々は戦場に代わり交易や民主主義による結び付きを築きました。抑圧された人々や国々は自由を勝ち取りました。国際社会は制度を創設し条約を結んできました。戦争を避け、核兵器を規制し、削減し、ひいては廃絶させるためです。

それにもかかわらず、国家間の侵略行為、世界中で目にするテロ、腐敗、残虐行為や抑圧は、私たちのやることに終わりはないのだということを示しています。人類が悪を実行する能力を廃絶することはできないかもしれません。だからこそ、国や築いた同盟は、自らを守る手段を持たなければなりません。我が国のように核兵器を保有する国々は、恐れの論理から自由になり、核兵器のない世界を希求する勇気を持たなければなりません。

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私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、たゆまぬ努力によって、破壊をもたらす可能性を小さくできます。貯蔵核兵器の廃絶へと進路を描くことはできるのです。新たな国への拡散を止め、死の物質が狂信的な人たちに渡らないようにできるのです。

しかしそれだけでは十分ではありません。世界には原始的な銃やたる爆弾でさえ、非常に大きな暴力をもたらすことがあるからです。私たちの戦争自体に対する考え方を変える必要があります。外交によって紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をするためです。深くなる相互依存を、暴力的な競争ではなく、平和的な協力と見るためです。破壊する力ではなく、築くものによって国を定義するためです。なによりも、私たちは互いのつながりを再びを認識する必要があります。同じ人類の一員として。

なぜならばこれこそが人類を独自のものにしているから。私たちは過去のあやまちを繰り返す、遺伝に縛られているわけではないのです。我々は学ぶことができる。選ぶことができる。子どもたちに別の話を語ることができる。それは共通の人間性を描き出すものであり、戦争を今より起きにくくする、残虐性をたやすくは受け入れないようにするものです。

こういった物語は被爆者の方たちが語ってくださっています。原爆を落としたパイロットを許した女性がいました。戦争そのものを憎んだからです。ここ広島で殺されたアメリカ人の家族を探した男性もいました。彼らの犠牲も自分の犠牲と同じ意味をもっていると信じたからです。

私の国の物語は簡単な言葉で始まります。全ての人は生まれながらにして平等であり、全ての人は神より侵されざるべき権利を与えられている、その権利には、生命、自由、そして幸福の追求が含まれているという言葉です。この理想を現実のものにするというのはアメリカ国内であっても、アメリカ人の間でも、決して簡単ではありません。しかし、その物語にあくまでも忠実でいることは努力する価値があります。努力して求め続けなくてはいけない理想であり、大陸や海をまたぐ理想です。すべての人がかけがえのない価値、すべての命が貴重であるという主張、私たちは一つ家族の仲間であるという根源的で必要な考え方。これらは私たち皆がが伝えていかなくてはならない物語です。

だからこそ私たちは広島に来るのです。愛する人たちのことを考えるでしょう。朝目覚めたときに見る、子どもたちの笑顔。配偶者の台所のテーブルを挟んだ優しいふれあい。親からの優しい抱擁。同じような素晴らしい瞬間が71年前、ここにもあったんだと想像できます。

亡くなった方々は私たちと変わらない人たちでした。普通の方はそういったことを理解できると思います。戦争はこりごりだと考えています。科学の驚異を生活をよりよくすることに使って欲しいと考えています。生活をなくすことでなく。国家が選択をするとき、リーダーが選択をするとき、この単純な知恵を振り返れば、広島の教訓は生かされるでしょう。

世界はこの場所で一変しました。しかし今日、この都市の子どもたちは平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。このことは守る価値があり、すべての子どもたちに広げていく価値があります。これは私たちが選べる未来です。広島と長崎が核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりだったととして記憶される未来なのです。


スピーチ原文で使われた単語の頻度を分析した。Hiroshima, war, nations, children, must, world, story, human, imagination, scienceといった単語が並ぶ。

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大統領の歴史的なスピーチ。Twitterには評価する声が多かった。

「歴史に残る演説」

オバマ大統領の平和記念公園でのスピーチ、非常に力がこもった演説だったと思います。we listen to silent cry 私たちは沈黙の嘆きを聞いている。事前に言われていた短い所感ではなく、力が入ったスピーチで、歴史に残る演説だと思います。オバマ氏の厳粛な表情も印象的でした

「広島訪問を評価」

理事会だん。帰り道、週刊誌からオバマ広島訪問についてコメントを求められました。apologizeという言葉の有無より広島を訪れたということを評価してよろしいのでは、とお答えしました。オバマさん御本人は「謝罪する」と言いたくても大統領としては言えないということもあるし。

批判する人も。

「グダグダ」

オバマが広島に来たことは評価するが、演説は予想通りのグタグタ。「きのこ雲の中に人類の矛盾…」いや人類でなくてアメリカでしょうよ。天変地異史観来ました。ソンミ村もパナマ侵攻もイラク戦争も「人類の矛盾」であって「アメリカの責任」ではないと。また同じことを繰り返す。日本が強くならねば。

スピーチのあと、被爆者の坪井直さんと笑顔で会話するシーンに心を打たれた人も多かった。

「この日が来るとは」

91歳の被爆者坪井直さんと現職米大統領。この日が来るとは思ってもいませんでした。坪井さん、大統領に対してもいつも通り力を込めて話していたのが印象的でした。https://t.co/V54KcE0IWm

「生きる力のすごさ」

坪井直・日本被団協代表委員とオバマ大統領が笑顔で言葉を交わしたのを見て、歴史が正しい方向に少し曲がったような気がした。あの笑顔は逆に理想を語ることのリアリティを感じさせた。そして、生きる力の凄さを感じさせた。

「意味を考えている」

オバマの広島訪問の歴史的意義は疑い得ないものの、オバマが謝罪の言葉を述べるべきであったかどうか、それこそが真の歴史的和解になりえたのか、自分にはわからない。ただ、広島被団協の坪井氏が「謝罪は必要ない」と述べる境地へと行き着いたことの意味を考えている。

CORRECTION

「ここ広島で殺された家族を探したアメリカ人の男性もいました」を

「ここ広島で殺されたアメリカ人の家族を探した男性もいました」に直しました。誤訳でした。



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