「ドイツのトランプ」「オランダのトランプ」が勢力拡大 テロ事件に揺れる欧州の未来は?

    「ドイツのトランプ」「オランダのトランプ」が相次いでツイート。反外国人感情が自由なヨーロッパを切り裂く。

    「私たちの生活は多様性の上に成り立っています。多様性によって、私たちは豊かになるのです」

    12月19日午後。ドイツの首相アンゲラ・メルケルはベルリンの官邸で、移民が社会に溶け込むための支援をするボランティアらを表彰していた。「開かれた心を保ってください。思うように物事が進まなくても、落胆しないでください」

    クリスマス市にトラックが突っ込んだという一報が入ったのは、その直後だった。

    翌朝、メルケルは会見で容疑者の詳細を明かさないまま、事件について、テロ行為だと「想定しなければならない」と発言。それでも寛容さを失わない重要性を強調していた。「ドイツで、望むように生活をする強さを取り戻すのです。自由に、手を携えて、開かれた心の中に」

    「リベラルな西側諸国の最後の擁護者」と呼ばれるメルケル。だが2015年に100万人の難民が押し寄せたドイツでは、その受け入れ策を巡って、激しい議論が交わされる。

    事件を政治化

    「これはメルケルがもたらした死だ!」。反移民を掲げる政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の欧州議会議員マルクス・プレッツェルのツイートだ。

    事件発生直後、パキスタン国籍の男性が拘束されたと報道されると、極右政党は首相の難民受け入れ策を一斉に攻撃した。(この男性は後に釈放)

    「幻想を抱いてはいけない。こうした犯罪の温床は、過去1年半に過失によって、構造的に作られたものだ」。Politicoによると、AfD党首フラウケ・ペトリもこう非難した。

    「ドイツのトランプ」とも呼ばれるペトリ率いるAfD。その支持率は今年に入って2桁台に乗り、現在、13%まで伸ばしている。

    非難はドイツ国内にとどまらない。反感を煽る着火剤として外国人犯罪を取り上げる構図は、ヨーロッパ共通だ。

    「メルケル、(オランダ首相の)ルッテ、そしてすべての臆病な政治家たちが、開かれた国境政策によって、難民の津波とイスラムのテロを許した」

    オランダ自由党(PVV)の党首ヘルト・ウィルダースは20日、こうツイートした。反移民の過激な発言を繰り返し、「オランダのトランプ」と呼ばれるウィルダース。血まみれに見えるメルケルの画像も投稿した。

    「イスラムのテロリストは移民だ。メルケルに責任がある。フランスでも欧州でも、無自覚な指導者を止めよう」

    これは、フランス国民戦線(FN)党首マリーヌ・ルペンの姪で国民議会議員マリオン・マレシャル=ルペンのツイートだ。

    中東やアフリカから流れ込む移民や難民が急増し、生活が苦しい国民からは、まずは自国民を優先するべきだと不満が漏れる。「キリスト教・白人」アイデンティティへの挑戦だと受け止められ、国境を閉じようとする勢力が支持を集める。

    2017年春にそれぞれ総選挙と大統領選挙を控えるオランダとフランス。すでにPVVは支持率トップに躍り出ており、FNの党首ルペンは決戦に進むとみられている。

    ヨーロッパを動き回った

    テロ事件の容疑者はアニス・アムリ(24)。イタリアで23日未明、射殺された。ヨーロッパを揺るがした男は、どんな経緯でドイツに入ったのか。

    英テレグラフ英タイムズなどによると、9人きょうだいの末っ子として、チュニジア中部ウエスラティアに生まれた。両親に障害があり、生活は豊かではなかった。

    13歳で学校を退学し、飲酒や盗みを繰り返した。有罪判決も受けている。

    チュニジアの政権が崩壊した「ジャスミン革命」直後の2011年春、船でイタリアへ不法入国。イタリアでも放火など罪に問われ、4年間服役した。家族はこの間に過激思想に染まったのではないかと話している。

    2015年5月に出所。チュニジア側から必要な書類が届かなかったため送還されず、国外追放となった。スイスを経由して、ドイツへ移った。

    会見したドイツ西部ノルトライン・ウェストファーレン州首相によると、2016年2月からベルリンに滞在。難民申請は6月に却下されたが、チュニジア側が自国民であることを認めず、またしても送還されなかった。

    11月にはテロを準備した疑いで監視の対象になっていた。ネットに投稿された動画では、ISに忠誠を誓う容疑者が写っている。

    アムリ容疑者は犯行後、フランスを経由してイタリアへ移動したとみられる。仏シャンベリーから伊ミラノまでの切符を持っていた。

    欧州を自由に動き回った容疑者ーー。事件をきっかけに、移動を制限する論調が勢いを増している。それはEUの根幹に関わる動きだ。

    EUの理想

    過去、戦争に明け暮れたヨーロッパ。その統合を象徴するのが域内の自由な移動を決める「シェンゲン協定」だ。

    1995年に実施され、その後EU法に組み込まれた。EUではイギリスとアイルランド、新加盟4カ国は加入しておらず、EU未加盟のスイスやアイスランドなどは加入している。

    「シェンゲン協定エリアによる完全なる治安の崩壊」

    FN党首のマリーヌ・ルペンは23日、容疑者が複数国間を移動したことを挙げて、ブログで批判。「フランスに主権を取り戻し、シェンゲン協定を廃止する。欧州の自由な移動という神話は葬り去るべきだ」と訴えた。

    来春のフランス大統領選でFNが勝てば、EUは存続の危機を迎える。人・モノ・カネの統合を目指した理想は根底から覆される。

    「ミラノで射殺された男がベルリンの殺人犯なら、シェンゲン協定エリアは治安を脅かすと証明される。廃止するべきだ」

    EU離脱を主導したイギリス独立党(UKIP)元党首ナイジェル・ファラージも23日に息巻いた

    足元のドイツは・・・

    首相4期目を目指して、来秋の連邦議会(下院)選挙に出馬を表明しているメルケル。だが、事件前から、その難民受け入れ策は瀬戸際にあった。

    「できることなら何年も何年もさかのぼって、もっとちゃんと準備したい」(BBC

    メルケル率いる「キリスト教民主同盟(CDU)」は9月18日のベルリン市議選で過去最低の得票率に沈んだ。翌日にメルケルは、移民受け入れ策が大敗につながったと振り返り、できるなら時計の針を戻し、移民政策を再考したいとまで言及した。

    その2週間前にあった北東部メクレンブルク・フォアポンメルン州議会選でも、連立与党政権に参加する社会民主党(SPD)が第1党を維持する中、CDUはAfDに敗れ、第3党に退いている。

    CDUの姉妹政党「キリスト教社会同盟(CSU)」は首相の難民受け入れ策に批判的で、受け入れ数に制限をかけるよう求めてきた。首相は拒んできたが、再選に向けて、政治的駆け引きの行方は不透明だ。

    「ドイツの過去に起因する道徳的行為、歴史的な贖罪」(Die Zeit紙発行編集人のヨーゼフ・ヨッフェ)として、難民に門戸を開いてきたドイツ。

    メルケルはテロ対策に明確な指針を打ち出し、国民の支持を集めることができるか。そうでなければ、どんな未来が待っているのか。

    EU政治専門家ダニエラ・シュワツァーはニューヨークタイムズにこう話す。

    「反移民、反リベラル、何にでも『反』の勢力が伸びるだろう」

    文中敬称略