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「お前、ホモなの?」疑われた高校生、失った居場所。描いた漫画家の過去とは

同級生にゲイと疑われ、居場所をなくした高校生・たすく。広島県を舞台に「性と生」について描いた漫画・しまなみ誰そ彼について、筆者の鎌谷悠希さんに話を聞いた。

暗い過去、後ろめたい経験、秘めた感情……誰にも言えない秘密。

広島県に住む高校生・たすくにとって、それは自身のセクシャリティだった。ゲイである自分。それは、誰にも言えない自分だけの隠し事。しかし彼は夏休みの二日前、同級生にこう言われる。

「お前、ホモ動画見てたん?」

バカじゃねーのホモなんて。つい、否定的な言葉が口をついて出た。バレてしまったのか、それともバレてないのか。疑念は晴れず、自殺を図るーー。

マンガワンで連載中のしまなみ誰そ彼は、このシーンから始まる。

作者である鎌谷悠希さんは、男性でも女性でもないという性別の立場をとる"Xジェンダー"であり、また、男女とも恋愛対象にはならない"アセクシャル"でもある。

「10代の頃は苦痛だった」と話す鎌谷さん。以前からあたためていたという今作を手がけるにあたり、セクシャルマイノリティである自身の過去をどう振り返るのか。話を聞いた。

自殺を図ろうとしたたすくは、謎の女性「誰かさん」に出会い、思いとどまる。「なんでも話して。聞かないけど」。愛想の悪い誰かさんの紹介で、たすくは「談話室」という場所に通うことになる。

レズビアンの女性、クラシック好きの年配の男性、談話室でだけ女装する少年。それぞれ悩みを抱える人たちが集う場所に、たすくもまた、少しずつ馴染んでいく。

10代で漫画家としてデビューした鎌谷さんもまた、幼いころに傷を受けた一人だった。物心ついたときから性別に違和感があった。制服のスカートが嫌だった。女性扱いされるのが苦痛だった。

そんな当時、漫画家・萩尾望都氏の作品や少年合唱団にハマった。性別を超えた作品にふれ、それが鎌谷さんにとっての心の拠り所、"談話室"になった。「どちらでなくてもいいんだ」と、自然に思えるようになった。

今作を描くには、時間が必要だった。「どなたかの作家さんが言ってたんですけど。『自分の傷がかさぶたになって、ちゃんと客観的に描けるって思わないと描けない』って。自分の傷がふさがってないのに描くのはよくないと思っていた」

「自分自身がセクシャルマイノリティでもあるので、子供のころに受けた傷だとか悩みだとかがまだ20代だと消化されてないというか」

今となっては、その傷もかさぶたになりつつある。「言い方はあれですけど、どうでもよくなってくるんですよね、大人になると」

両親はLGBTについて、そういう人もいるんだ、と理解を示していたという。「自分の中での苦しみもあったけど、家庭内ではそんなことはなかった」と話す。

「説明しようがないというか、男になりたいんだって言ったらそういうものって説明しやすいですけど、そうでもないし自分の中で説明しづらいので…」

「でも、あえて話すものでもない気がして。異性愛者の人が『自分は異性愛者なんだ』ってわざわざ言わない、表明しないように、自分も別に言うことはないかなって」

10代でデビューしたこともあり、大学に通わず、会社勤めをしたこともない。人間関係に悩まされることはそう多くなかった。

「逃げ続けていた人生なので」。リラックスした表情で、さらっと話す。

「目に見える悪意があったならそれを憎めばいいだけですけど、なんとなくの空気みたいなものに、勝手に自分が怯えて傷ついていたのかなという……誰が悪いというわけじゃないと思います」

しまなみ誰そ彼にも、明確な悪意を持つ人物は出てこない。だけど、"善意"によって傷つけてしまう人物はいる。

女性から男性に性転換したある登場人物に対し、かつての同級生は満面の笑みでこう言う。

「心と身体の性別が違うのって、そういう障害なんでしょう?同性愛みたいな趣味とはまた違うんだし」「OG会、検討してみてね。大丈夫、みんな受け入れてくれるよ!」

この言葉に、その場は凍りついてしまう。

鎌谷さんは、こういった"善意"について「自分もそういうことをしているかも」と話す。

「本当に誰が悪いでもないっていうのが、やっぱり自分の経験からきているのかな。自分が傷って言ってますけど、誰かにつけられた傷では別になくって。自分で勝手に密かに傷ついて、傷だと思っているものなのかもしれない」

バラバラでいい、分かり合えなくていい

しまなみ誰そ彼を描くにあたり、テーマは特に設けていなかった。強いメッセージもない。LGBTについて知ってほしいという動機があったわけでもない。でも、みんなバラバラでも、分かり合えなくても、一緒に生きていける。そう思っている。

「必ず分からなくてはいけない、理解しなければいけないみたいなものではないと思うんですよね。理解できないから差別してもいいみたいなのは間違っていますし、じゃあ理解しなければいけないかっていうと別にそんなこともないですし」

「別にあなたが気に食わなくても理解できなくても、その人はその人として生きていて、そこにいるんだから。理解できないんだったら理解できないっていうままで、そのまま互いに生きていけばいいじゃないかって」

取材時、鎌谷さんはふと「本当に今の時代ーー。いい時代だなって思います」と話した。自分のことを誰かに言ってもいいし、言わなくてもいい。無理につながらなくてもいい。リアルでなくても、SNSでつながることができる。

今は、刀剣乱舞(日本刀を男性に擬人化したゲームで、アニメやコミックなどにも展開されるなど人気を博している)にハマっているという。SNSで共通の趣味を持つ友人に出会った。全国各地の展示に足を運んだ。楽しそうな表情を浮かべる。

悩みを分かち合わなくても、共通の趣味を持つ友人がいればいいんじゃないのか。そう思う。

「SNSがあるおかげで生きやすいのかなっていうか、人の人生に踏み込まなくても仲良くなれる機会がつくれる」

「自分の悩みに触れてこない、自分も相手に触れないっていう、そういうところでつながれるのがすごく前向きになれるというか。大きな心の支えだったな」

今がすごく充実している分、仕事はないがしろになっている。人付き合いは苦手だけど、いろんな人に会っていろんなことを聞きたいと思ってる。鎌谷さんは笑顔で話す。

「もし傷つくことがあっても、創作の糧になることがあるかなって。20代は引きこもりたくて仕方なかったんですけどね(笑)」

将来のことはわからないし、家族のあり方についてもよくわからない。でもきっとこの先も、好きなものにふれて、漫画を描いている。

「自分の中でもやもやしたこととか、そういうものを表現する媒体が絵というか漫画で。だから、ずっと描き続けているんだろうなって」

かつてのかさぶたも、心のもやもやも、これから負うかもしれない傷も。全てを背負って生きていく。ペンとともに。


漫画・しまなみ誰そ彼はアプリ・マンガワンで公開中。

BuzzFeed JapanNews