スタッフは認知症。「ミス」を受け入れる、世界一やさしい料理店

    これ、すごくいいと思うんだよね。

    オーダーミスがあったら、あなたはどうしますか? 笑って許す? それとも怒る?

    6月3日から4日にかけて、「注文をまちがえる料理店」というお店が期間限定で都内某所にオープンした。ホールで働くスタッフは認知症で、ときどき注文を間違えたりミスをしたりすることもある。

    間違えがあっても受け入れよう、そして楽しもう。そんな価値観を大切にした料理店だ。

    メニューも厨房も、一般的なレストランとさほど変わりはない。料理はプロの料理人が調理。ホールには認知症のスタッフをサポートする担当者もいる。

    注文票はお客が書くシステム。ミスをできるだけ減らすための仕組みのようだ。

    注文の前に、サラダをいただく。こしょう風味のコールスローサラダだ。

    あれ、お箸がない……と、途中でスタッフが気付き、箸を持ってきてくれた。

    「すみませんねえ」。「いえいえ、ありがとうございます」。

    ちょっとしたミスに、お互いがあははと笑い合う。周囲のお客さんも、そんなミスをきっかけに会話を楽しんでいるようだ。

    「ハンバーググリル 牛バラシチュー」を注文すると、出てきたのがこちら。間違いなくオーダーが通った。

    肉汁じわ〜

    何も考えずにハンバーグを選んだが、これは美味い。

    舌の上で感じるなめらかさと、肉汁とのバランス。"噛まずに押しつぶす"というような食感。これは罪深い味。

    同じテーブルで、知人のお子さんはピザを注文。まだ3歳なのにほぼ完食した。

    君、食べる前は「お腹いっぱい〜」って嫌がってたんやで……。

    食事中に演奏も

    「注文をまちがえる料理店」での三川さんご夫妻の演奏。奥さんが認知症で譜面を読めなくなった、だけど今日のために練習してきたそうです。途中で間違えても、あたたかく旦那さんが支える。すごくいい雰囲気でした。

    演奏は、認知症を患う三川泰子さんと、彼女を支える夫の一夫さんによるもの。今回の取り組みを聞き、弾かせてくれないかと提案したという。

    泰子さんは発症により譜面が読めなくなったが、今回のオープンに合わせてピアノを練習。どの鍵盤を押せばいいのか、体に覚え込ませたという。

    泰子さんは演奏を終え、「わたしは何にもしてないのに、みなさんにこんなに良くしていただいて……嬉しかったです」と振り返る。

    お客さんのなかには、声をかけてくれた人もいた。良かったです、感動しました、と。泰子さんと一夫さんは「ありがたいねえ」と笑みを見せる。

    泰子さんは1〜2年ほど前から症状が目立ちはじめ、日々の暮らしにも影響が及んだ。電車に乗っても反対方向に向かってしまう。電光掲示板に目が追いつかない。

    一時期は不安に悩まされたこともあったが、一夫さんがそばにいることで、それも落ち着いてきた。

    「できることが減っていく、それが不安になるんですね」と一夫さんは話す。「だから、自分でできることは自分でやるんです」。それが大事だという。


    多様で寛容な社会を目指して

    今回の取り組みについて、実行委員のテレビ局ディレクター・小国士朗さんに話を聞いた。企画のきっかけは、介護を題材にした番組取材中のある「間違い」だったという。

    5年ほど前、グループホームに関する取材。ロケの合間におじいちゃんおばあちゃんの料理を食べる機会があり、餃子が出てきた。

    えっ、今日の献立ハンバーグじゃなかったでしたっけ?

    口に出そうになったその言葉を押し込め、「待てよ」と思った。ここで間違えを指摘すること、それで良いのだろうか。こういった指摘が窮屈さを生み出しているのではないのか。できることを減らしていないか。

    「美味しけりゃいいじゃんって言えれば、おじいちゃんおばあちゃんはこうして普通に暮らしていけるのに。ぼくがそこで『ハンバーグですよね?』って言っちゃうと、また間違えちゃったって、どんどん萎縮してしまう」

    「最終的には介護の方も、拘束するか、施設に鍵をして閉じ込めるかしかできなくなっちゃう。それを変えようと思って取材しているのに、指摘しちゃうのは変だなと思ったんですよ」

    そのときに思いついたのが「注文をまちがえる料理店」だった。

    注文を間違えてしまうから、原価計算ができない。サポートするスタッフも必要だから、オペレーションコストはかかってしまう。コンセプトはどれだけ理解されるのか。課題は多い。

    でも、お客さんは喜んでくれた。

    サラダが2つ出てきたり、注文と違うドリンクを渡されたり。スタッフのおばあちゃんが昔話をし始める、なんてこともあった。

    「みんなそれを嫌がってないというか、楽しんでる。社員食堂で働いていた当事者の方がこう言ってた。『ここのお客さんはあったかいね』って。社員食堂では間違えると怒られた、でもここのお客さんは優しいって」

    「お客さんが優しいんですよ」と、小国さんは話す。「認知症の人も、子どもも、若い人も、お年寄りもいる。ぐっちゃぐちゃですよね。でも、多様性って言わなくても見れば分かる。これが多様性だって」

    「間違えを楽しむ」の効能

    「老いは絶対にくる。日本って、すごい課題先進国ですよね。オランダやノルウェーといった、海外からソリューションがやってくることが多いですけど、もっと日本らしいソリューションを発信できたらいいなあと思います」と、小国さんは話す。

    2025年には、65歳以上の認知症患者数は約700万人に増加するとの推計もある。認知症患者の自立をどう支えるか、ケアの担い手をどうするか。切実な問題だ。

    それでも2日間を終え、こう感じているという。楽しいなあ、と。

    「ボケてるけど、明るく、接客やお客さんとの会話もできてる。楽しいじゃないですか、こういうの。ただただ会話を楽しんで。くたくたになってた別の実行委員も、おばあちゃんと会話してすごく元気になってた」

    今回の企画を支える実行委員、お客さんはみんな笑顔だった。筆者がスタッフのおばあちゃんに写真を撮っていいか聞くと、おばあちゃんは照れて「やぁねえ」と手を振った。ホールが笑い声に包まれた。

    次は9月21日の世界アルツハイマーデーに向け、出店を目指す。今回のような価値観が伝わっていけばいいですねと言うと、小国さんはこう応えた。

    「間違えてもいいんだって言えれば、いろんなことが楽になると思うんですよね」