あの名作家に似ている? ゴールデンカムイ、アイヌ語研究者が語る魅力

    ただのサバイバル漫画じゃ、ないんです。

    ゴールデンカムイっていう漫画、超いいんですよ。

    ゴールデンカムイは作家・野田サトルによる、明治時代の北海道を舞台としたサバイバル漫画。そのストーリーは、大筋としてはこうだ。

    元陸軍兵の杉元佐一は戦死した親友の願いを叶えるため、一攫千金を夢見て北海道で砂金を採っていた。ある日、彼はこんな噂を耳にする。

    アイヌが秘蔵していた大量の金塊を奪った男がいる。男は死刑囚として網走監獄に収監され、同房の囚人たちの背中に、その金塊の隠し場所の暗号を記した入れ墨を彫った。囚人たちは脱獄。やつらを捕らえて入れ墨を集めれば、大量の金塊が手に入るはずだーー。

    杉元は金塊探しを決意。道中、ヒグマに襲われそうになったところをアイヌの少女、アシㇼパに救われる。隠し金塊に関わった彼女の父が殺されたという話を聞き、杉元は自身の目的を告げて協力を求め、行動をともにする。生きるか死ぬか、囚人たちとの「追いかけっこ」が始まった。

    こういったストーリーなのだが、これがめちゃくちゃ面白い。作中で紹介されるアイヌにまつわる話も興味深いが、さることながら登場する主要キャラクターが軒並み個性的だ。

    問答無用で敵を斬り殺す土方歳三(実は生きていたという設定)。猟師を殺し獲物を奪う連中に狙われ、その三人を残さず返り討ちにした熊狩りの名手。弟の死をきっかけに、「殺人」に快感を覚えるようになった男。

    バッタバッタと人が死ぬ。

    そんなキャラクターが次々と登場し、息をつく間もなく物語が展開していく。しかも合間にアイヌにまつわる話が出てきて、これまた興味深い。すごい。読む手が止まらない。

    なにこれ面白い……。ということで、同漫画のアイヌ語監修を務める、千葉大・教授、中川裕さんに話をうかがった。この漫画、なんでこんなに面白いんでしょう?

    「物語として、(掲載誌の中で)一番よくできている」と評価する中川さん。展開の仕方が天才的だという。

    「見ているだけでわくわくする。その中に、ただ物語の展開だけじゃなくて、『こんなことまで調べておく必要あるかね』という膨大な知識を放り込んで、とにかく膨大な知識のごった煮みたいなところから、物語を進めていっちゃう。あれはすごい技量」

    山田風太郎との共通点

    野田サトルは、山田風太郎と似ている。中川さんは面白さの理由についてそう述べる。

    山田風太郎は「甲賀忍法帖」などの伝奇小説を発表、忍法ブームを起こした立役者として知られる作家だ。二人の共通点について、中川さんはこう語る。


    山田風太郎の特徴は、史実を徹底的に調べ上げて、その史実上、明らかになっていることは曲げないで、その上で奇想天外な話を作り上げちゃう。それがそっくり。

    もうひとつ似ているのは、山田風太郎は元が医学部出身なので、その体験に基づいたグロい描写が満載。かつ、エロい描写もある。

    エロとグロをごちゃまぜにして、歴史上の史実に関しては綿密に調べ上げて、それは動かさない。そういう作風。そういうところは似ている。ゴールデンカムイにエロはないけど。

    忍法帖は人気があって何度も映画化されている。ハマった人は多数いる。それと同じ中毒性がある。リアリティを追求しつつ、一方で予想もつかない展開をしていくという。そこなんじゃないか。

    あと重要なのは、絵が美味い。あそこまで綿密に書き込んだ絵を使って、あの話を作り上げていくというのは、なかなか普通の漫画家でできることではない。

    それが、一番の魅力じゃないですか。


    史実を重視した内容と、予想不可能な展開と、表現力。そういった点が二人の共通点だという。また、中川さんは「キャラが立っているということもある」と話す。

    「杉元っていうのがすごい。狂気ぶりは一番。(ほのぼのとした場面があるかと思いきや)ページをめくると相手を猛攻撃して、っていう場面が出てくる。そこから相手の素性を聞く。攻撃してから相手が何者かを尋ねる、っていう、まず行動しちゃうというパターンていうのは、主人公のキャラクター付けとしてはとても面白い」

    ご飯を食べていたかと思えば……

    突然のドロップキック!

    アイヌの世界観

    中川さんは学生時代からアイヌの語りを聞き、収録し、それらを資料化する活動を続けてきた。同作品はフィクションも交えているが、現代には現代の伝承の仕方があるという。

    では、そのようにして伝えていきたい、アイヌの根っこにある考え方とは、いったいどういったものなのか?

    「それは、『人間以外のあらゆるものに対する共感』。つまり、人間だけじゃなくて、人間以外のあらゆるものが同じ立場で、社会を作っているという考え方」

    自然だけではなく、スマホといった物質でさえもカムイ(アイヌ語で神様の意)である。人間以外の存在にもそういった見方を広げよう、そんな考え方だと。

    作中でも、杉元と行動をともにするアイヌの少女アシㇼパは、折に触れてアイヌの考え方について語る。


    「私たちは身の回りの役立つもの、力の及ばないもの、すべてをカムイ(神)として敬い、感謝の儀礼を通して良い関係を保ってきた」

    「狩猟を生業にしている私たちにとって、動物のカムイは重要な神様。動物たちは神の国では人間の姿をしていて、私たちの世界へは動物の皮と肉を持って遊びに来ている」


    中川さんは、「あらゆるものがカムイという観念によって位置付けられるので、カムイが理解できないとアイヌのことは理解できないと言っていい」とも話す。

    ゴールデンカムイは単なる金塊を探すサバイバル漫画ではない。ページをめくる、物語が展開する。そのたびに、私たちをアイヌの世界に連れて行ってくれる。

    カムイとは何か。その答えの一端が、ここにある。