• heisei31 badge

落語家がアイドルオーディションに応募した理由

「ラップと落語に近いものを感じるんです」。自作ラップを発表したり、アイドルオーディションに応募したり…。女流噺家が多彩な活動に打ち込む理由とは?

「落語家・林家つる子 師匠は九代正蔵
つる子の名前の由来 聞いてすんなよ後悔♪」

桃色の着物に桜色の羽織。風貌はどこからどう見ても落語家なのに、ビートに乗せて力強くラップする様が、なぜか板についている。

アイドルのオーディションに応募したかと思うと、寄席の合間に自作ラップも披露する。それもこれも「落語を知らない人たちに、少しでも興味を持ってもらいたい」がゆえだという。

――この噺家、ちょっと変だ。

ライブハウスで古典落語

「落語は想像力の高いお客様ほど笑えるんです。あ、別にプレッシャーをかけてるわけじゃないですよ」

昨秋の昼下がり、東京・下北沢のライブハウス。つる子の軽妙な話術に、客席から笑いが起こる。場所柄か、通常の寄席に比べて若い男女が多い。

手ぬぐいを開いて本を読む仕草をしたり、扇子を使ってそばをすする様子を再現したり。くるくると表情を変えながら、身振り手振りで観客を引き込んでいく。

落語の基本をひとしきり解説すると、古典落語『お菊の皿』を披露し、高座を後にした。

ライブハウスでも、小学校でも、求められればどこへだって駆けつける。落語を広めたい一心で。

対照的な両親

一番古い記憶は、七五三でお参りをした3歳の時のこと。

「いま、風を食べてるんだ」

そう言って口をパクパクと動かす少女の感性に、母親は光るものを感じた。

研究者を経て塾の講師になった父は、常に現実を見据えた保守的な性格。専業主婦の母は対照的に想像力豊かで、かつては漫画家を目指してアシスタントをしていたという。

真面目な父の冷静さと、なりふり構わず突き進む母のバイタリティー。その両方が少女のなかに同居していた。いや、ちょっぴり母の要素が強く出すぎただろうか。

笑いのエクスタシーに開眼

小学校の先生に誘われ、演劇クラブに入ったのをきっかけに芝居の楽しさに目覚め、高校でも演劇部に入った。

「全然ヒロインとかじゃなくて、色物的な濃い脇役をやることが多くて。おばあちゃんの役だとか、変な人だとか。そこで笑いをとることにエクスタシーを覚えたんです」

いま思えば、その後の人生の伏線だったのかもしれない。

演劇にのめり込んだせいで模試の偏差値は下がる一方だったが、高3の春に一念発起。ドラマ『ドラゴン桜』を見ながら受験勉強に励み、中央大学文学部に進学した。

部室に連行

「はい、どーも!」

サークル選びに迷っていた時、キャンパスで落語研究会の面々に声をかけられた。いきなり立て看板で囲い込まれ、部室へ「連行」。そのまま入会することとあいなった。

「手荒な勧誘で、なんじゃこりゃ!?となりました。明らかにおかしい人たちの集団だな、というのは一目でわかったんです(笑) でもこのノリ、嫌いじゃないぞって」

落語といっても『笑点』のイメージぐらいしかない。ずぶの素人だったが、その魅力に引き込まれるのにさして時間はかからなかった。

「なりきってセリフをしゃべるところは演劇と似ているけれど、プレイヤーは一人だし、美術もセットもない。演出をするのも自分。究極のエンターテインメントだなと」

落語しかない

めきめきと頭角を現し、「中央亭 可愛(ちゅうおうてい・かわいい)」の名で、2年生にして全日本学生落語選手権「策伝大賞」の審査員特別賞を受賞した。

このまま落語の道を突き詰めたら、どうなるんだろう。そんな気持ちが芽生え始めた。

3年生になり、周囲に流されるように就職活動を始めたものの、落語への思いはくすぶり続ける。

生半可な気構えでリーマンショック直後の就職氷河期を乗り切れるはずもない。企業からは次々に不合格を伝える「お祈りメール」が届いた。

私には落語しかないんだ――。ようやく踏ん切りがついた気がした。

「結婚相手よりも慎重に」

落語家になるには、まず弟子入りする師匠を見つけなければならない。アルバイトのかたわら寄席に通い詰め、未来の「師匠候補」を探した。

「この人もこの人も面白い、という感じでなかなか一人に決められなかったんです。一生を預ける相手なので、結婚相手よりも慎重にいかなければいけないぞと」

結婚も慎重を期した方がいいと思うが…。「そっちはまあ、やり直しが利くので」と豪快に笑う。

そもそも女性の弟子をとらない師匠も多い。落研のネットワークで情報収集を重ねるうち、九代目林家正蔵師匠が少し前に女性の弟子をとったばかりだという話を聞きつけた。

テレビで活躍する「こぶ平」時代の印象も強いが、寄席では古典落語を頻繁にかけており、古典に力を入れたいと考えているつる子には、まさに渡に船のような話だった。

「つる子」の由来

寄席の出待ちをして喫茶店で話を聞いてもらい、日を改めて両親ともども正蔵の家で「最終面接」を受けた。

「うちは女の子の弟子でも男と同じように扱います。365日、休みなく古典的な修行をするけど大丈夫?」

正蔵の言葉に大きくうなずき、入門が決まった。「つるっとしているから」という、わかるような、わからないような理由で授かったのが「つる子」の名前だ。

愛され師匠

落語家は「前座」という修行期間を経て、「二ツ目」「真打」と昇進する。前座のうちは稽古をしながら、師匠の付き人として様々な現場について回ることになる。

寄席、取材、テレビ収録、落語会。目が回るようなスケジュールでも、正蔵はえびす顔を崩さない。

「師匠は本当にすごい。弟子が言うのも変なんですけど、どこに行っても可愛がられるんです。『正蔵さん、正蔵さん』って皆さんに囲まれて。それはきっと師匠の努力であり、人と接する時の姿勢なんだと思います」

ご法度を破って…

5年余りの「前座」期間が終わりに近づいたころ、つる子はひとつの決心をする。アイドルオーディション「ミスiD」に、師匠にも内緒で応募したのだ。

「落語のお客さんはお父さん、お母さん世代より上の方が多い。同世代の方に知ってもらいたい、とずっと考えていて。いまの若い人たちが年をとった時に、いきなり『じゃあ落語を見に行こう』とはならないと思うので」

たぶん受かることはないだろうという予想に反して、つるっと書類審査を通過してしまう。あわてて師匠に相談に行った。

本来であれば、前座のうちの勝手な行動はご法度だ。しかし、正蔵は「色々なことをやってもらいたい」と快く認めてくれた。

二ツ目昇進から間もなく、ミスiDの特別賞を受賞。ミュージシャンや元AV女優など、様々なバックグラウンドを持つ女性たちが切磋琢磨して自己表現する様に、大いに刺激を受けた。

落語とラップは似ている

ジャズを愛し、トランペットやドラムも堪能。ゴルフをたしなみ、食通としても知られる正蔵。つる子もどうやら、多芸多才な師匠に似たらしい。

イケメン落語家ブームに対抗して結成した、落語家・講談師・太神楽師の女性5人による男装ユニット「輝美男五」。

今日はひな祭り🎎🍡みんなはどう過ごしたかな?? 俺たちは、久しぶりの、五人完全体輝美男五で集合したよ~‼️ 新川さくら会館の「五人囃子の会」にて😁 実は、裏でこっそり演芸楽しんでました😏 またこれからどんどん、写真と今後の情報アップしていくから、お楽しみに~🍡✨‼️

懐かしの昭和アイドルを再現した、女流落語家3人組「おきゃんでぃーず」。

つる子と同郷の群馬出身の噺家4人でつくった「上州事変」。


三つのユニットに並行して取り組みながら、「MC曼荼羅」の別名で自作ラップまで発表している。

「ラップと落語に近いものを感じるんです。どっちも言葉を商売にしているし、プレイヤーが個性豊かでひとつとして同じものがない。落語を知らない人たちに、あれ?こいつ何だ?と興味を持ってもらえたら」

「女性だからこそ」

といって、決して本業をおろそかにしているわけではない。古典落語への思いは人一倍だ。

「落語がいままで残ってきたのは、江戸時代から変わらない感情があるから。日本に昔からある笑いのツールを、平成の次の時代にも絶やさず残していきたいですね」

噺家の世界はまだまだ男性中心で、女性は圧倒的な少数派。「女流落語家のパイオニアになってほしい」という師匠からの期待を一身に背負う。

「お客さんから『女が出てきたな』という目で見られてしまうこともある。『これは男の噺だよ』『不自然だね』と言われたり。自分でも、勢いや自然さの面で男の噺家さんに負けてるかな、と思う時もあります」

「そんなことをまったく感じさせずに聞かせられる腕をつけたい、というのは目標のひとつです。一方で、男の人にはできない、女だからこそできることもあると思っていて」

新しい芝浜を

古典落語に「芝浜」という噺がある。

貧乏長屋に暮らす魚屋の男は、海辺で大金の入った財布を拾う。浮かれて酒をたらふく飲んで寝入ってしまい、目覚めると財布はなくなっている。

妻に尋ねても「夢でも見ていたのだろう」と相手にされない。がっくりきた夫は酒を断ち、心を入れ替えて真面目に働き始める。

それから3年、商売で成功した男に、妻が告白する。実は財布を拾ったのは夢ではなく、夫のためを思って妻が隠していたのだ。

妻は久方ぶりの酒を勧めるが、夫は「よそう、また夢になるといけねえ」と固辞する。

「男性は多分、主人公の亭主の方に気持ちがいくと思うんですけど、私はやっぱり、おかみさんの告白シーンに感情移入できる。ゆくゆくは、『芝浜』自体を女性の目線から書き換えてやってみたいです」

「落語って時代に寛容な芸能。いまの人にとってリアルであれば、時代によって変わっていく部分があってもいい。守るところは守りつつ、攻めるところは攻めていけたら」

夢を夢のままで終わらせる気は、さらさらないようだ。

〈編集後記〉

「おあとがよろしいようで」

落語でよく聞くこの言葉は、誤解されがちだが「おもしろかったでしょ?(ドヤ)」とか、「いいオチがつきました(エッヘン)」という意味ではない。

「このあとの演者の準備が整ったようなので、ここらで切り上げさせていただきます」というアナウンスを兼ねた挨拶だ。

落語界は男性が多数を占める男社会。つる子さんに刺激され、「おあと」に続く女流噺家たちが、もっともっと「よろしく」活躍できるようになれば、と思う。

YouTubeでこの動画を見る

動画撮影:Bedford+Fukada、編集:Red Kikuchi

林家つる子の自己紹介ラップ

〈林家つる子〉 落語家

本名・須藤みなみ。1987年6月5日、群馬県高崎市生まれ。2006年、県立高崎女子高校を卒業後、中央大学文学部人文社会学科に進学。2008年、全日本学生落語選手権「策伝大賞」の審査員特別賞を受賞。卒業後の2010年9月に九代目林家正蔵に弟子入り。2015 年11 月、二ツ目昇進。「ミスiD 2016」でI LOVE JAPAN賞を獲得。「ぐんま観光特使」や「群馬地酒大使」も務める。


「平成」が終わる、いま。この時代に生まれ、活躍する人たちが見る現在とこれからを、BuzzFeed Japanがインタビューする「平成の神々」。新しい時代を迎える神々たちの言葉をお届けします。

※この記事は、Yahoo! JAPAN限定先行配信記事を再編集したものです。