「渥美清さんが生きていたら、桑田佳祐君と意気投合したんじゃないか」
映画『男はつらいよ』シリーズの山田洋次監督は言う。
12月27日公開の新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』では、桑田佳祐がオープニングに出演し、主題歌を歌う。異色とも思えるコラボレーションは、実は必然だったのかもしれない。
寅さんを通じて大衆の心のふるさとを描き続けてきた山田監督が、『ひとり紅白歌合戦』で昭和・平成の大衆音楽を集大成した桑田への思いを語った。
桑田君の歌にしたい
――『男はつらいよ お帰り 寅さん』への桑田さんの起用はどのようにして決まったのですか。
テレビで桑田君が『男はつらいよ』を歌っているのを聴いたことがあって。かねがね彼の歌を使いたいと思っていたの。
いつもは寅さんの歌で映画が始まるんだけど、今度はいっそ桑田君の歌にしたいと。それで本人に直接手紙を書いたわけです。
二人のハートはとても近い
――手紙にはどんなことを書いたのでしょう。
まず、もともと僕が彼の音楽のファンだっていうこと。かなり昔だけど、寅さんのなかで彼の歌を使ったこともあるんですよね。
(※第40作『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』は、サザンオールスターズの『ステレオ太陽族』が挿入歌になっている)
その彼が寅さんを歌ってくれているのを聴いて、とても嬉しかった。
渥美清さんが生きていれば、きっとアーティストとして、あなたと意気投合できたんじゃないか。だから何とか、映画のなかであなたの歌を使わせてもらえないか。
そんなことを書いたんじゃなかったかな。二人のハートがとても近いような気がしてね。何だか感じるのよ。
観客と握手する
――お二人のどんなところに共通点を感じますか。
桑田君はミュージシャンだけど、舞台人でもある。いつも生の観客と接している人でしょ。
渥美さんもかつて舞台人であった時の観客との心の交流を財産にしていた人なのね。そういう観客との関わり方が似てるっていうか。
渥美さんに言わせると「私が舞台から手をさしのべる。観客がその手をみんなで握ってくれる。そこで芝居っていうのは成立するんです」と。
多分、桑田君もそういう思いで歌っているんじゃないかな。それなしにあれだけ長い間、観客から愛され続けるっていうことはあり得ない。彼のステージを見ながら、そう思いましたね。
生で見た『ひとり紅白』
――昨年、パシフィコ横浜であった『平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦』を生でご覧になったんですよね。
そうそう。結構いろんな人のコンサートに行っているけど、彼のステージはやっぱりちょっと違ったね。
桑田佳祐っていう人の人間性みたいなものが、観客の心をふっと捉える。何だかみんな嬉しそうな顔をしていて、心が広がっていくとでも言いますか。
何千という観客の気持ちが、桑田君と一人ひとり通い合う。「ああ、あなたはわかってくれているんですね」という喜びというのかな。
人生を振り返る歌声
――特に心に残った曲はありましたか?
『ひとり紅白』っていうのは独特で、桑田君が自分以外のいろんな人の歌を歌う。ちょっと不思議なコンサートなんです。
最初から最後まで、知らない歌が一曲もない。『憧れのハワイ航路』なんて、本当に僕らの青春時代ですから。そこから20代、30代、40代ときて今日の曲まで来ちゃう。
歌声を聴きながら、観客がそれぞれ自分の人生、歴史を振り返る。僕ぐらいの年齢の人間にとっては格別ですよ。
フィルム上で実現した共演
――今回の『男はつらいよ』のオープニングには、桑田さんが寅さんのように口上を披露する場面もありますね。
最初からそういうイメージがあって。桑田君が仁義を切るんだけど、ちょうど彼と反対向きの位置で渥美さんが仁義を切るフィルムがあったんですよね。
それを使えば、二人が向かい合うような映像になるんじゃないかと思ったの。本当は彼だって、渥美清という天才的な俳優とどんなにか会いたかったに違いないよね。
だからせめて、フィルムの上で共演してもらおうと。
――主題歌の歌声はいかがでしたか。
桑田君は歌唱力があるから、響き方が気持ちいいんだよね。渥美さんにはああいう歌い方はできない。一方で渥美さんには、渥美さんにしか表現できない世界がある。
今回の映画では、冒頭で桑田君の寅さんを聴いてもらって、最後に渥美さんの歌を聴く。両方を聴き比べてもらったら、ちょうどいいんじゃないかな。
寅さんが死んじゃう最終回
――『男はつらいよ』はもともとフジテレビの連続ドラマ(1968〜69年)で、最終回は寅さんがハブに噛まれて死んでしまうというオチでした。
そうそう。2クール26回までやって、どんどん視聴率が上がってきて。もう1クールやらされそうになったの。
――やらされそう(笑) 人気もあったわけですし、そのまま続けてもよかったのでは。
いやいや、もうそんなにたくさん書くのは嫌だと思って。それで寅さんが死んじゃう話にした。テレビ局も「困る」って随分、反対してたんだけど。
出演者もみんな反対したもんね。終わるにしても、死ぬのはどうかって。僕は、いや死ななきゃダメだと。
――なぜですか?
寅さんのような男が、のんびり生きていけるような時代じゃない。日本はもっと過酷な時代に到達してるんだ、なんて一生懸命考えてたな。
で、残酷でも死んで終わるんだ!とやっちゃった。そうしたら、視聴者からものすごい反発を受けて叱られて。しまった、間違ってたと思ったね。
テキヤの親分から抗議
――抗議の電話が殺到したというのは本当なんですか。
本当よ。テキヤのなんとか一家の親分から、「これからお前のところに文句言いに行くから」と言われて慌てたもん。
なんで寅を殺したんだ、殺すことはないじゃないかって。つまりその人たちは、寅さんを自分の身内だと思っているんだよね。
それを勝手に殺しちゃった。ああ大変なことをした、えらいことをしてしまったと思いました。
スクリーンで復活
――でも、そこから映画版につながっていく。
そんなに愛してくれてるんだ、大事に思ってくれてたんだということがわかった。
しばらく憂鬱だったんですけど、待てよと。スクリーンでもう一回生き返らせたら、みんな許してくれるんじゃないかと思って。
それで松竹に企画を持っていったら、「テレビでやったものなんかダメだ」と。いまは逆で、テレビでやったものを映画にするけど、そのころは映画の方が地位が上だったから。
――上映まで何ヶ月か塩漬けにされてしまったと聞きました。
そうですよ。企画通すまで延々と苦労して、できあがってからもしばらく塩漬けになって。
――国民的な作品となったいまでは考えられないですが。
ねえ。なんでだろうね。
迷惑かける人間も必要
――最近は「生産性」という言葉がよく使われます。現実世界では、フーテンの寅さんのような存在は許容されなくなってきているのでしょうか。
(ドラマ版を終えた)1969年には、すでにそういう状況があった。その段階で寅さんのような人間は存在できなくなってきているな、世の中どんどん窮屈になっているなと考えていたから。
だからこそ、寅さんが伸びやかに生きている姿を見るのがいいんじゃないかなと思うけど、いまはもっと過酷になってますよね。
ああいう無駄な人はいらねえっていう時代になってきちゃった。寅さんはまったく無駄な人間ですからね。
でも、それも含めて人間。迷惑ばっかりかけている人間も必要なんだ。そういう人もちゃんと許さなきゃいけないのに、いまは余裕がないから。
「スカブラ」の効用
――かつて九州の炭鉱には「スカブラ」と呼ばれる人がいたと言われています。普段はブラブラと仕事をサボって仲間を笑わせてばかりいるのだけれど、非常時には活躍する。監督の過去のインタビューで初めてその言葉を知って、寅さんってまさにスカブラだなと。
昔の炭鉱には必要な存在だった。本当は炭鉱だけじゃなくて、あらゆる労働の現場、会社のサラリーマンの世界にだって、そういう人が必要なんじゃないですかね。
渥美清「ぬるいのがいい」
――なんの仕事をしているのか、よくわからないおじさんが、意外と情報交換のハブや社内の潤滑油になっていたりして。そういう「プチ寅さん」みたいな人が増えると、世の中もうちょっと生きやすくなる気がします。
そうなの。そういう人を許容できなきゃいけないよね。
喜んで歓迎するわけにはいかないかもしれないけど、しょうがないなっていう。そんな寛容さを認めない社会になりつつありますね。
ちょっとルーズ、いい加減っていうのはいいと思うの。
渥美清さんがよく言っていたけど、「暑いところでロケーションするのは嫌ですね。寒いところも嫌です」って。じゃあ、どんなところがいいの? 「ぬるいのがいい」と。
だけどいま、「ぬるい」ってことが許されないんだよね。暑くても我慢しろ。寒いところでもじっとこらえろ。ぬるいところがいいっていう人は評価されない。
寅さんが語った勉強する意味
――おいの満男に「人間はなんのために生きてんのかなあ?」と聞かれて、寅さんは「ああ、生まれてきてよかったなあって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃないのか?」と答えます。(第39作『寅次郎物語』)
誰が言ってもいいわけじゃない。寅が言うから響くのかもしれないね。
「何のために勉強するのかな?」と満男が聞く回もあったでしょ。(第40作『寅次郎サラダ記念日』)
あの時も寅は「そういう難しいことは聞くな」と言いつつ、一生懸命答えるんだけど。
「人間、長い間生きてりゃ、いろんなことにぶつかるだろう。そんな時、俺みてえに勉強してないヤツは、この振ったサイコロの出た目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがない」
「ところが勉強したヤツは、自分の頭でキチンと筋道を立てて、はて、こういう時はどうしたらいいかな、と考えることができるんだ。だからみんな大学行くんじゃないか」
で、「久しぶりにキチンとしたこと考えたら頭痛くなっちゃった」って(笑)
でもいま大学に進む若者は、そんなこと考えてないでしょ。大学に入ってすぐ、就職の心配をしなきゃいけない。かわいそうですよ。
なんのために生きるかを一生懸命考えるのが大学じゃない。そういうところに、いまのこの国の問題があるんじゃないかな。
もし、二人が出会ったら
――監督も桑田さんも、長きにわたってヒット作を出し続けています。観客と握手する、大衆の心をつかむうえで大切なことは。
つかもうとして、つかむものでもない。僕自身が、常にひとりの市民であるということ。日本の東京に暮らす市民としての自覚を保ち続けているっていうことじゃないでしょうか。
渥美さんはまさしく、そういう人だったね。有名なスターなんだけども、ひとりの男、ひとりの東京都民、ひとりの「おじさん」としての自己認識をとても大事にしていた。
きっと、桑田君もそう考えてるんじゃないかな。
大スターだけど、ひとりの日本人としての日常がある。そういう人間、あるいは個人としての自覚を大事にしていなければ、あれだけの仕事はできないですよ。
もし、桑田君と渥美さんが会ったら…って想像するの。多分、二人ともあまり話さずにケタケタ笑ってるんじゃないかな。
話さなくてもわかり合えるっていうか。一緒にいるのがなんだか楽しくなってきちゃって、アハハハハって笑ってる。きっとそうだと思いますよ。