「タトゥー無罪」の逆転判決を読み解く5つのポイント

規制の空白とどう向き合うか。ボールは彫り師の側へ投げ返された

    「タトゥー無罪」の逆転判決を読み解く5つのポイント

    規制の空白とどう向き合うか。ボールは彫り師の側へ投げ返された

    タトゥーはアートか医療か――。医師免許なしに客にタトゥーを入れたとして、医師法違反の罪に問われた彫り師の増田太輝さん(30)に対し、大阪高裁は逆転無罪の判決を下した。

    判決はどんなロジックで無罪を導き出し、彫り師業界にはいま、何が求められているのか。5つのポイントにまとめ、解説する。

    1.タトゥーは医療ではない

    大阪高裁の西田真基裁判長は、増田さんに罰金15万円の有罪判決を下した大阪地裁の判断について「医師法の解釈適用を誤ったもの」として破棄した。

    一審判決は医行為を「医師でなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と定義し、感染症や皮膚障害、アレルギーを引き起こすおそれのあるタトゥー施術は医行為に当たると結論づけた。

    これに対し、弁護側は医師法制定当時の国会答弁や学説を根拠に、医行為は「疾病の診断・治療・投薬」など医療に関連するものであると主張。上記の定義の前提として「医療関連性」が必要だと訴えた。

    地裁判決の定義だけでは、理容師の顔そりやネイルアート、まつげエクステなども「保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」として、医行為扱いになってしまうからだ。

    高裁判決はこうした弁護側の主張を認め、「医療関連性も必要であるとする解釈の方が、処罰範囲の明確性に資する」と判断。

    タトゥー施術によって「保健衛生上の危害が生じるおそれ」があることを「否定できない」としつつ、「本件行為は、そもそも医行為における医療関連性の要件を欠いている」と指摘した。

    整理すると、医行為というためには

    ①医療関連性がある

    ②医師でなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為

    の2つの要件を満たす必要があるが、タトゥー施術は①を満たしていないので、医行為には該当しないことになる。

    2.彫り師と医師は別の仕事

    「入れ墨(タトゥー)は、地域の風習や歴史的ないし風俗的な土壌の下で、古来行われてきており、我が国においても、それなりに歴史的な背景を有するものであり、1840年ごろには彫り師という職業が社会的に確立したと言われている」

    高裁判決はタトゥーの歴史や文化に対して、一定の評価を与えた。

    ある時期以降、反社会的勢力の構成員が入れ墨を入れるというイメージが社会に定着し、世間一般に否定的な見方が広がったとする一方、近年では外国での流行の影響もあって、ファッション感覚や個々の心情の象徴としてタトゥーを入れる人が増えていると考察。

    「タトゥーの歴史や現代社会における位置づけに照らすと、装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義があり、また社会的な風俗という実態がある」と指摘した。

    彫り師と医師という職業の違いについては、以下のように言及している。

    「彫り師やタトゥー施術業は、医師とはまったく独立して存在してきたし、現在においても存在しており、社会通念に照らし、タトゥーの施術が医師によって行われるものというのは、常識的にも考え難い」

    「タトゥーの施術において求められる本質的な内容は、その施術の技術や、美的センス、デザイン素養などの習得であり、医学的知識及び技能を基本とする医療従事者の担う業務とは根本的に異なっている」

    「医師免許を取得した者が、タトゥーの施術に内在する美的要素をも習得し、タトゥーの施術を業として行うという事態は現実的に想定し難いし、医師をしてこのような行為を独占的に行わせることが相当とも考えられない」

    彫り師と医師は別の職業。当たり前といえば当たり前なのだが、一審判決ではこの点が一緒くたにされていた。高裁判決はこの「当たり前」を丁寧に解きほぐした、常識的な内容と言える。

    3.美容整形やアートメイクはどうなるの?

    医療関連性がなければ「医行為」に当たらないとすると、美容整形やアートメイクの扱いはどうなるのか。

    一審判決は医療関連性を要件とした場合、「美容整形外科手術等の医行為性を肯定することができない」としていたが、高裁判決は美容整形に関して「劣等感や不満を解消することも消極的な医療の目的として認められる」と判断した。

    美容整形手術を「消極的な意義において患者の身体上の改善、矯正を目的とし、医師が患者に対して医学的な専門知識に基づいて判断を下し、技術を施すもの」とみなし、医療関連性の要件を設けたとしても「医行為に該当する」という解釈だ。

    アートメイクは、美容のために眉やアイライン、唇などに針で色素を注入する施術。技術的にはタトゥーと共通する。

    高裁判決は「アートメイクの多くの事例は、美容整形の概念に包摂し得る」「美容整形の範疇としての医行為という判断が可能」と指摘。

    「医療関連性がまったく認められないタトゥーの施術とアートメイクを同一に論じることはできない」として、両者を明確に切り分けた。

    近年、彫り師に対する医師法違反容疑での摘発が相次いだ背景には、アートメイクによる消費者被害があった。

    アートメイクによるトラブル拡大を受け、厚生労働省は2001年、「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」は医師にしかできない、とする通知を出した。

    警察はこの厚労省判断を根拠に、「医師免許なしのアートメイクが医師法違反であれば、同様の技術を用いるタトゥーも医師法違反に当たる」というロジックで彫り師に対する取り締まりを強めていた。

    タトゥー側からすれば「とばっちり」とも言える状況だが、今回の判決はタトゥーとアートメイクを「別物」として交通整理する形をとった。

    4.職業選択の自由、侵害のおそれ

    医師免許がなければ、客にタトゥーを彫ってはいけない。そんな一審判決の解釈について、高裁判決は「被告人の職業選択の自由を侵害するおそれがあり、憲法上の疑義が生じるといわざるを得ない」と疑問を投げかけた。

    医師免許を取得するには、医学部で6年学び、医師国家試験に合格する必要がある。数ある資格試験のなかでも非常に高いハードルだ。

    高裁判決は「タトゥー施術業は反社会的職業ではなく、正当な職業活動であって、憲法上、職業選択の自由の保障を受けるものと解される」と判断。医師免許を求めることは「タトゥーの彫り師にとって、禁止的とも言える制約になることは明らか」と断じた。

    弁護側は職業選択の自由だけでなく、彫り師の表現の自由や、タトゥーを入れたい客の表現の自由、自己決定権に対する侵害でもあると訴えた。

    ただ、こうした主張に対して高裁は「これらの点を検討するまでもなく、タトゥー施術業は医師法にいう医業に該当しない」として、明確な言及を避けた。

    京都大学の曽我部真裕教授(憲法学)は「タトゥーが表現の自由や自己決定権に含まれるかというのは非常に新しい論点なので、そこまでは踏み込まなかったのだろう」と推し量る。

    5.どんな制度が望ましいのか

    高裁判決の解釈をとった場合、タトゥー施術に対する規制は存在しないことになる。規制の空白に対して、どう向き合っていけばいいのだろうか。

    高裁判決は、今後を見越した対応策にも言及している。

    「医師法の医行為を拡張的に解釈してこれを処罰対象として取り込むのではなく、必要に応じて、業界による自主規制、行政による指導、立法上の措置などの規制手段を検討し、対処するのが相当」

    「医師でない者のタトゥー施術業を医師法で禁止することは、非現実的な対処法というべきである」

    欧米には届け出制や登録制、許可制など、彫り師に特化した制度がある。

    「我が国でも、彫り師に対して一定の教育・研修を行い、場合によっては届出制や登録制など医師免許よりは簡易な資格制度を設けるとか、衛生管理の基準や指針を策定することなどにより、保健衛生上の危害の発生を防止することは可能である」

    「(タトゥー施術で)必要とされる医学的知識及び技能は、医学部教育や医師国家試験で要求されるほど広範囲・高水準なものではなく、より限られた範囲の基本的なもので足りる」

    高裁判決が提案した「自主規制」に関しては、すでに具体的な動きも出始めている。

    弁護団の吉田泉弁護士は彫り師の業界団体「日本タトゥーイスト協会(仮称)」を立ち上げ、衛生や安全に関する自主規制基準を策定することを目指している。

    吉田弁護士は「今回の判決で、業界団体や自主基準をやれ!と発破をかけられた感じがします。この判決を追い風にしないといけない」と語る。

    協会は300人を目標に、今月にもメンバーの募集を始める。和彫りやタトゥーなどのジャンルを区別せず、全国から参加を呼びかけるという。

    彫り師の世界は師弟や一門の関係が濃く、派閥性が強いとも言われる。そうした壁を乗り越え、業界全体として結束できるかどうかがカギになりそうだ。

    弁護団長の三上岳弁護士は言う。

    「規制がないからといって、衛生の知識や配慮を欠いた『自称・彫り師』のような人が出てきたら、真っ当にやっている彫り師の方々にも迷惑。絶対にやめていただきたい」

    「誰もが安心してタトゥーを入れられる環境をつくらないといけない。これで終わりではなく、ルールづくりへ向けていまからがスタート。彫り師の皆さんにも気を引き締めてほしい」