「泣ける映画」という言葉が好きではないと、伊藤沙莉は言う。

確かに、やたらと「涙」を前面に打ち出した映画のCMを見せられると、何だかなあと途端に興ざめしてしまうことがある。スポーツで汗かくみたいに涙を流すなよ。全米、泣き上戸すぎるだろ、と。
ところが「泣ける」嫌いのはずの伊藤も、今回ばかりは周囲に「100%、泣くよ」と吹聴しているらしい。

重松清原作の小説を、山田孝之の主演で映画化した『ステップ』(7月17日公開)。伊藤は母親を亡くした父娘の成長を見守る、保育士役を演じている。
作品になぞらえ、伊藤自身の「喪失」と「再生」の物語を聞いた。
映画が頓挫し、泣き崩れた

――喪失からの再生は『ステップ』の大きなテーマです。伊藤さん自身の過去を振り返って、何かを失い、そこから立ち直った経験はありますか。
私、子役でデビューしてから中学・高校ぐらいまで、本当に映画に縁がなくて。映画に出たいっていう気持ちはすごくあったんですけど。
一回、オーディション受かって、スチール(宣伝写真)も撮って、本読みも衣装合わせもして。「はい、じゃあこれから撮影入ります」って時に映画自体がなくなってしまったことがあって。
自分のやってみたい分野の映画だったこともあって、すごく悔しくて。初めて仕事のことで家族の前で泣き崩れました。小6ぐらいだったかな。
ボロボロの挫折

――小6!
打ち砕かれた瞬間でした。少し時間が経って、もう一度改めてやることになった時、改めてオーディションを受けたら…普通に落ちたんですね(笑)
――うわ〜。1回受かってたのに。つらいですね。
そうなんです。もうボロボロ。悔しかったです。
そのころ私は中学生になってたので、役柄の想定より年齢が上になってしまったのかも。多分もっとフレッシュな感じが良かったんでしょうね。
上書きしていくしかない

――そこからどうやって「再生」を?
「ああ、この仕事は多分ずっと続けていくんだろうな」と思えるきっかけになったのは、18歳の時に出た『悪の教典』っていう映画です。
最後にスクリーンに流れる自分の名前を見て、「これはやめられないな」と思いましたし、映画に対するコンプレックスみたいなものは一度なくなりましたね。
――仕事のことは仕事で返す。
全部一緒ですよね。恋愛もそうですけど。上書きしていくしかないので。あ、キモいこと言っちゃった(笑)
「泣ける」は好きではないけれど

――『ステップ』で好きなシーンは?
好きなシーン…。見ながらほぼ、泣いてたので。もう本当にエグッ!と思って。私、あんまり映画で「泣けるよ」って言うのも、言われるのも好きじゃないんです。
――わかります。泣かせにきてるな〜と思うと引いてしまいますよね。
ねえ、そうなんですよ。でも、『ステップ』はいろんな人に「泣けるよ」って言ってます。「100%、泣くよ」って。これはちょっとね、突き刺さり過ぎるんで。
娘の美紀ちゃんを年代ごとに3人が演じているんですけど、みんないい味出してて。ひとつひとつの表情や成長過程も全部ひっくるめて『ステップ』というか。
じっくり見せたいシーン
YouTubeでこの動画を見る
映画『ステップ』近日公開/ケロ先生(伊藤沙莉)登場シーン
――2時間見終えて、子育てした気分になっちゃうぐらい。
不思議とそうなんです。すごいもん見ちゃったなっていう。ひとりの子どもがちょっとずつ大人になっていく。この成長過程はぜひ見てほしいなって思いますね。
あえて自分が出てるところで言うなら、やっぱりあのシーン。お父さんに「こうして何もしない抱っこも、子どもは嬉しいんですよ」って伝えるところが好きです。
あそこは自分の中でも、絶対じっくり見せたいって勝手に思っていた部分でもあるので。
苦しみが足りない

――最後に伊藤さんの次の「ステップ」、今後やってみたいことがあれば教えてください。
もっといろんな壁にぶち当たりたいです。多分、もっと苦しんでいい。まだまだ苦しみが足りないと思うので。
だから大きな壁、早く迫ってこないかなって。役としても作品としても。怖いけど、楽しみでもあります。
今までやったことのない、こんなのわからない!っていう役をたくさんやって。スタッフさんやキャストさんと、みんなで乗り越えていくっていうのを、一生できたらいいなと思いますね。

〈伊藤沙莉〉 1994年5月4日生まれ、千葉県出身。2003年に『14ヶ月~妻が子供に還っていく~』で俳優デビュー。映画『全員、片想い』『獣道』、ドラマ『ひよっこ』『獣になれない私たち』『これは経費で落ちません!』などに出演。『榎田貿易堂』『寝ても覚めても』などでTAMA映画賞 最優秀新進女優賞受賞、ヨコハマ映画祭 助演女優賞を受賞。アニメ『映像研には手を出すな!』での声の演技も注目を集めている。