「マトリvs警視庁」
芸能人の薬物事件などをめぐって、ことあるごとにメディアで「ライバル関係」が取り沙汰される厚生労働省の麻薬取締本部と警視庁組織犯罪対策第5課。
マトリとソタイは本当にバチバチなの? 元麻薬取締部部長で著書『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)を出した瀬戸晴海さんに疑問を直撃した。
「ブラザーですよね」

――マトリと警視庁、ぶっちゃけバチバチなんでしょうか。
よくそういう記事が出ているという話は聞きますが、まったくの誤解です。
――本当ですか?
極めて良好な関係。ある種「ブラザー」ですよね。視点が違うだけであって。
マトリがこんな仕事をやった、警視庁がこんな仕事をやったということで、「先を越された」とかそういう気持ちはまったくありませんよ。
表に出てませんが、相当数、共同でやってるんですよ。
週刊誌は書いているが…

――そうなんですね!
ええ。人事交流もしてます。警視庁と関東のマトリの平場同士の人事交流は、私が部長時代に始めました。
どっかの週刊誌で書きだしたんですよね。「5課対マトリ」っていう。
――根強くささやかれていますね。
とんでもないです。
上層部ともOBとも、いまだに「同志」という感じでお付き合いがありますし。
本当に本当?

――警察も頑張ってるけど、やっぱりマトリも負けないぞ!というライバル意識はないのですか。
何を言わせたいのか、よくわかりませんけども(笑)
その気持ちは我々の場合、犯罪組織に向かうんですよ。警視庁だとか大阪府警云々という方向に向かうことは、ほとんどありませんね。
たとえば、この新潮社さんのなかにも『新潮』の編集部と『週刊新潮』の編集部がありますよね。同じ日本の薬物対策、取り締まりを担う機関のなかで、部署が違うんだという意識です。
彼らは相当量の情報を持ってます。やっぱり警察ですから。マトリが教わることも多々ありますし、支援していただくことも相当数ありますね。
狙いがかぶった時は…

――狙いがかぶった時はどうするのでしょう。
共同でやったり、譲り合ったり。検察と相談してですね、じゃあこれは警察だとか。あるいは現場同士で話し合うこともありますし。
――それだとなんだか…
物語性がないんですよ。だけど、現実にそうなんですから。
ああいう記事を読んで、マトリの捜査員も警視庁の人もみんな笑ってるんですよね。
押収の達成感

――仕事で身近に薬物があったり、売人に接触したりというなかで、ミイラとりがミイラに…ということはありますか。
まず、ありません。
薬物捜査は極めて危険で、周辺者と接することもありますが、一線を越えることはない。マトリは300人足らずですから、その辺の管理・教育は徹底しています。
捜査官は、捜査官カタギのなかで「薬物を摂取したい」ではなく「薬物を押収したい」という気が出てくるんですよ。押収によって達成感を覚える。依存先がまったく違うわけです。
それに捜査官は日々、末端の現場を見ています。悲惨さ、悲しさをよくわかっている。だから、彼らは走るんです。
「仕事をしたな」と感じる瞬間
――大量の薬物を押収できたとなれば、やりがいも感じるし、ぶわーっとアドレナリンが出るでしょうね。
押収する時がひとつ。それから逮捕して次、検察官が起訴する。そこから裁判で有罪を得ると。この一連の流れのなかで、捜査官はそれぞれ達成感を得ていくわけです。
一方で、相談事件などで「子どもが薬物をやっている」「夫が薬物をやっている」ということもある。
うまく処理できて、さらにその子が再犯に至らなかった時は喜びを感じますね。仕事をしたな、という風な。

瀬戸晴海〈せと・はるうみ〉 1956年生まれ。福岡県出身。明治薬科大学薬学部卒。1980年、厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを経て、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2013年、2015年に人事院総裁賞を受賞、2018年3月退官。「Mr.マトリ」の異名を持つ。