インスタ映えし過ぎるラブホテル 「変えずに変える」老舗の哲学

    「国宝級」「現代アート」とも称される昭和2.0な異空間

    船型のベッド、ローマ風呂、中華風の客室…。大阪・京橋の老舗ラブホテル「富貴」が、昭和の情緒を色濃く残した個性的な内装で人気を集めている。インスタ世代から年配の常連客まで、老若男女を惹きつける魅力の秘密を探った。

    9月下旬、富貴の102号室「舟」に男1人で宿泊した。その名の通り、部屋の奥にでんと鎮座した船型のベッドに度肝を抜かれる。

    かつては船の周りに水が張られ、鯉まで泳いでいたそうだ。水漏れなどの問題もあり、現在は板張りになっている。

    壁に掲げられた日本画や、日本庭園のように玉砂利が敷き詰められた空間、年代物の三面鏡など、一部屋のなかにも見どころが盛りだくさんで飽きさせない。

    室内は清掃が行き届き、日本製だという畳からはほのかにイグサの香りが漂う。歴史を感じさせる建物とは裏腹に、隅々まで清潔が保たれている印象だ。

    「古いものには重みがある」

    富貴の開業は1977年。2代目の野村和美さんは1997年、亡くなった父の跡を継いで経営に携わるようになった。

    大規模なリニューアルを勧める人もいたが、「古いものには重みがある」と小幅な修繕にとどめ、創業当初の雰囲気を守り通してきた。

    駆け出しのころ、夫と訪れた年配の女性から「こういうところでないと、おじいちゃんの背中洗ってあげられへんのやわ」という言葉を聞いた。

    「おじいちゃん、おばあちゃんが来られる場所を残しておかなアカン」。そんな思いが芽生えた。

    「みんながみんな、オシャレでカッコイイところへ行きたいわけじゃない。泥くさくて垢抜けない路地裏のホテルですが、ほっこりできて落ち着くという常連さんもいらっしゃいますから」

    昭和レトロと異国情緒が融合

    全23室のうち、15室はビジネスホテルと変わらないベーシックなしつらえ。だが、残りの8室はそれぞれに趣向が凝らされている。

    古代ローマを思わせる浴槽が印象深い「ローマ」、赤い格子戸が目を引く「中華」、天井に春画がある「江戸」など、異世界にワープしたような気分を堪能できる。

    ローマ風呂の形状が前方後円墳のようだったり、中華の部屋なのに壁にヨーロッパ風の紋章が掲げられていたり…。

    海外旅行がそこまで一般的ではなく、ネットもなかった時代、デザイナーが懸命に頭をひねって考え出したのだろうか。昭和レトロと異国情緒が奇妙に交錯した「昭和2.0」の世界に引き込まれる。

    コスプレ撮影や女子会も

    「国宝級」「現代アート」など、富貴のフォトジェニックな意匠への評価は高い。都築響一さんの写真集や村上賢司監督の映画に取り上げられ、海外の雑誌に紹介されたこともある。

    最近では、コスプレでの撮影や女子会に使用する若者も増えているという。インスタグラムには「見事な昭和遺産」「ラブホ女子会してます」といった投稿が並ぶ。

    「3〜4年前、女の子が1人で泊まりに来たんです。『こういう昭和の雰囲気があるホテルを転々としてるんです』とおっしゃって」

    「それから段々に口コミが広がり、昭和レトロ趣味の女性の集まりやコスプレの撮影会などに使っていただけるようになりました。インスタグラムやツイッターで発信してくれはる方も多いです」

    手厚い「おもてなし」

    だからといって、富貴が変に目新しさを求めたり、時代に迎合したりすることはない。

    タッチパネルもなければ、自動精算機もない。宿泊予約サイトなどには登録せず、予約はいまだに電話のみだ。

    「電話予約のお客様はほとんどキャンセルがないんですよ。遅れる場合もたいていご連絡をいただける」

    その分、「おもてなし」は手厚い。ラブホにしては珍しく、従業員からは「いらっしゃいませ」の声がかかる。雨が降っていれば「傘はお持ちですか」と手渡される。

    「変わらんなあ」が一番うれしい

    野村さんのモットーは「変えないように変えていく」だ。

    インパクトのある看板のネオン管は「LEDだと鮮やか過ぎてレトロ感が出ない」と、創業当初のものを修繕しながら使い続ける。

    カーペットやクロスにしても、すっかり張り替えてしまった方が手間もお金もかからないが、あえて残したまま特殊な方法でクリーニングしているという。

    「私のワガママに対して、外部の業者さんが面白がって応えてくれる。わかってくれる人たちと一緒に仕事ができるのはありがたいことです」

    「お客様には変化を意識させたくない。『ちょっとキレイになったなあ』ぐらいでいいんです。『変わらんなあ』と言っていただけるのが一番嬉しいですね」

    BuzzFeed JapanNews