昭和から平成の大衆音楽史を彩った名曲たちを、桑田佳祐がたったひとりでカバーする『ひとり紅白歌合戦』。
2008年から5年ごとに開催してきた桑田のライフワークとも言えるステージが『ひとり紅白歌合戦三部作 コンプリートBOX』として6月5日に発売される。
本家・紅白のチーフ・プロデューサーは、『ひとり紅白』をどう評価するのか? NHKエンターテインメント番組部の加藤英明プロデューサーに聞いた。
「とてつもないイベント」
――加藤さんと紅白のかかわりについて教えてください。
1997年に入局し、最初は民放さんでいうところのADのような立場で携わりました。2000年から4年ほど大阪に転勤していましたが、東京に戻ってからは、また紅白にかかわって。
2011年、2012年は総合演出というディレクターの仕事をして、去年の紅白では2人いるチーフ・プロデューサーの1人として、制作統括を務めました。
――加藤さんの目から見た『ひとり紅白』の感想は。
去年の紅白でサザンオールスターズに出演オファーをしているさなか、11月末にパシフィコ横浜であった『第三回ひとり紅白歌合戦』に伺いました。
最初から最後まで見させていただいて、これはとてつもないイベントだなと。ひとりで歌い、踊り、司会までする。桑田さんの表現者としての懐の深さを感じました。
2008年、2013年、2018年の3回にわたる『ひとり紅白』で、桑田さんは170以上の楽曲と向き合い、一曲一曲自分の体に入れ、アレンジを考え、ステージパフォーマンスをされてきた。
この『ひとり紅白』を軸に番組をできないかと考え、『桑田佳祐 大衆音楽史ひとり紅白歌合戦』として、3月にNHK総合で特番を放送しました。
ひとり紅白から本家・紅白へ
――番組づくりの過程で見えてきたものは。
昨年の紅白で、なぜサザンオールスターズは35 年ぶりにNHKホールでパフォーマンスをしてくれたのか。その答えを探すような番組になりました。
昭和・平成と大衆音楽をつくり続けてきたソングライターが、『紅白』というフォーマットを生かしながら、日本の大衆音楽と真っ向からぶつかり合う――。
その『ひとり紅白』が完結し、ひとつの到達点を迎えた後に、サザン40周年というタイミングで、本家の紅白に出ていただいたわけです。
もちろんそれはプロデューサーとしての僕の勝手な仮説ではあるのですが、いまから考えると、美しいストーリーだったなと思います。
北島三郎からの「バトン」
――昭和最後の紅白は北島三郎さんが大トリでした。かたや、平成最後の大トリはサザン。『勝手にシンドバッド』のメロディーに乗せて、桑田さんが「ありがとう、サブちゃーん」と呼びかけ、北島さんと手を取り合う光景はドラマチックでした。
紅白と言えばサブちゃん、という時代が長くあったなかで、「バトンを渡す」じゃないですけど、平成最後の紅白で同じステージに立つシーンが実現したことは象徴的でした。
北島さんから「俺たちってなんか共通点ない?」「今度、サザンのショーに行っていい?」と声をかけられて、桑田さんはすごく嬉しかったそうです。
桑田さんは『ひとり紅白』で北島さんの曲を何度かカバーしていて、第三回でも本当に気持ち良さそうに『与作』を歌う姿が印象的でした。
ユーミンのキス事件、真相は
――『勝手にシンドバッド』のさなかに、松任谷由実さんが桑田さんにキスするという「事件」もありましたね。
お2人が会うのは日本テレビ系の「Merry X'mas Show」(1986、87年)以来。リハーサルでも顔を合わせていなかったので、生放送のあの瞬間が30数年ぶりの再会だったんですよ。
もし前日に会っていたら、「やあやあ」「久しぶり」となったと思うんですが、再会したのが本番中だったことで、ああいう化学反応が起きたのかなと。
――仕込んだわけでもなく?
まったくないです(笑) エンディングにユーミンが出るなら、立ち位置はできるだけセンターの方がいいねっていうぐらいの話はありましたけど。当日何が起こるかわからないなかで、本当に偶発的にああいうことになりました。
桑田さんは『ひとり紅白』でもユーミンをカバーしています。桑田さんの歌うユーミンが、またいいんですよね。
特番でのインタビューの際に桑田さんが「(『ひこうき雲』を)覚えてピタッと入ったら、もう(体から)出なくなっちゃって」とおっしゃっていて、すごい言葉だなと。
音楽と向き合い、自分のものにして表現していく。そういうストイックな姿勢が、桑田さんを桑田さんたらしめている独自性なのだろうと思います。
夢のような紅白
――桑田さんへの取材のなかで、ほかにも印象に残った言葉はありましたか。
2時間近くインタビューさせていただいて、最後に「夢のような紅白でしたね」と、ご自身の言葉で聞けたのが嬉しかったです。
『勝手にシンドバッド』を歌い終わった後、桑田さんが床に寝転んで、起き上がる。その時、よく聞くと「あ、ユーミンだ」と言っているんですよ。いま夢から覚めた、というような感じで。
平成最後の紅白のフィナーレを飾るという、大きなプレッシャーを背負ってのステージで、それぐらい集中されていたのかなと。
半分ギャグかもしれないですけど、もう半分は「正気に戻った」「冷静な自分に戻った」みたいな。「夢のような紅白」という言葉から、あの場面を思い出しましたね。
徹底したパロディー
――『ひとり紅白』を見ていて、本家をよく研究しているな、と感じたポイントは。
司会ですね。山川静夫さんや宮田輝さんのパロディーが秀逸で。2人ともNHKの元アナウンサーなのですが、「甘皮静夫」「宮田出留」として桑田さんが演じています(笑)
NHKの紅白って、曲紹介のフレーズが独特。やはり年末のお茶の間を彩る一大イベントなので、どんな言葉で歌手やアーティストを綴るかっていうのは重要なポイントなんです。
桑田さんは子どものころから紅白を見てきて、ものすごく研究しているんだと思います。僕ら以上に詳しいんじゃないか、と思うぐらいです。
大衆音楽の語り部
――すみません、司会のところは息抜き的なものだと思って、そこまで注目していませんでした。
いやいや、あれはすごいです。聞くところによると、桑田さんご本人が一言一句ちゃんと台本にしているのだとか。
「甘皮静夫」「宮田出留」以外にも、櫻井翔さんを「櫻井ジョー」、内村光良さんを「内村照代」ともじって登場させたり…。
応援合戦や得点集計のパロディーも含めて、桑田さんの紅白愛を感じますね。桑田さんほど紅白の楽しみ方を知っている人は、ほかにいないんじゃないでしょうか。
少年時代から見聞きしてきた大衆音楽を、自身で歌い、音楽として語る。桑田さんには「語り部」としての強い説得力があります。
オンリーワンの存在である桑田さんを通して、昭和・平成が浮かび上がってくる。音楽がリアルに目の前に迫ってくる。改めて『ひとり紅白』はすごいソフトだな、と思います。
――今後、桑田さんを題材に番組をつくるとしたら?
いま桑田さんが歌いたい歌に興味があります。令和という時代になったいま、桑田さんが歌いたいものは何なのか。
紅白とか邦楽・洋楽の枠も取っ払って、「この曲を歌いたいんだよね」というものがあれば、ぜひドキュメントしてみたいですね。