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才能、学歴、人生の希望なし。モード界の頂点に挑んだ僕が一番弱い人に伝えたいこと

失望がもたらすもの、それは…

「もっと才能があってもっと順調な人生だったら、僕は今の僕に出会えなかったかもしれない。だから、すべての挫折や苦労があってよかったと思うんだ」

才能、学歴、受賞歴、一切なし。人生の希望も失い自殺を考えた男が、自分の作品を世界的巨匠・川久保玲に送る。その2日後、彼のもとに川久保本人から連絡が来たとしたらーー。

こんな話、あなたは信じられるだろうか?

モード界の頂点に君臨するコム・デ・ギャルソン、グローバルなアート活動「Artist Network Program」を根幹とするライフスタイルブランドRVCAなどに作品を提供する日本人ペインター、baanai(バーナイ)

世界の第一線の現場に作品を送り続けながらもこれまでメディアに一切登場してこなかったbaanaiが、BuzzFeedに語る。

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大人たちに否定されてきた10代

baanai at Beach House Kugenuma / Via instagram.com

生まれ育ったのは日本のサーフィン発祥の町、鵠沼。小さい頃から絵を描くことが好きだった。小学生のある日、baanaiは「サーフィンしながら絵を描いてハワイで暮らしたい」と、自分の夢を大人たちに語った。

「そんな夢みたいなこと言ってちゃダメ」

大人たちの言葉の重みが、頭を強打する。とっさに、その場で自分の夢に蓋をした。中学時代は、夢を追うことなくサーフィンをしながら過ごした。

高校で進路を考えたとき、ふたたび絵に挑戦しようと決めた。美大受験のために通う近所のアトリエは、高校の美術の先生からの推薦状があれば入学金が免除になる。しかし美術の成績は低く「あなたが絵で生きていけるとは思えない」と否定された。必死にお願いして、推薦状だけはもらってきた。

「デッサン最下位」の称号

やっとの思いで通い始めたアトリエでも、才能の芽は出ない。

「卒業するまで最下位。厳密には下から二番目だけど、最下位の子は漫画家を目指してて、デッサンがいつも漫画っぽい。それを講師に注意されても直さない。真剣にデッサンをやっていた僕は、実質的に最下位だったよ」

美大受験は、もちろん失敗した。絵をやめたbaanaiは高卒のまま進学もせず、就職もしなかった。お金が欲しいときだけ少しバイトをして、あとはサーフィンばかりしながら毎日ぶらぶらする。そんな生活が何年か続いた。

ものづくりは好きだったが、ほとんど売れなかった。

2014年春、実家が破産したーー。

両親が信頼していた人の裏切りが原因だ。

baanai自身はすでに独立していたが「それまで僕は適当にやってて、恥ずかしいけどお金の管理なんて何もやってなかった。お金に困るという発想もなかった」と当時のショックを振り返る。

それだけではない。破産の少し前、彼は幼馴染を亡くしていた。最後の会話は意地の張り合い。そのことをひどく後悔し、落ち込んだ。仕事もうまくいかなかった…。

そんなときに飛び込んできた破産の知らせ。たたみかけるような不幸を前に、彼はどんな未来も想像できないほど精神的に追い込まれていった。

死ぬしかないかな。

「手元にあったのは、3ヶ月分の生活費だけ。これが尽きたら死ぬしかないのかなと思ってた」

死ぬ前に何をしようか考えた。そのとき頭に浮かんできたこと…それは、かつて何度も諦めたはずの「絵を描くこと」だった。

「本当に生きていけないと思ったとき、どうせ死ぬなら命懸けで、世界で一番すごい人に絵で挑戦してみたいと思ったんだ」

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なぜ、コム・デ・ギャルソンに挑戦したのか?

「10数年前、初めて連れていってもらったコム・デ・ギャルソン青山店で衝撃を受けたんだ。こんなにかっこいい場所があるのかって。

それから以前読んだインタビュー記事に出ている川久保玲さんの写真の、どんなウソやフェイクも通じないような真剣な眼差しが忘れられなかった。

だから、世界で一番すごい人に挑戦しようと思ったとき、パッと浮かんだのが川久保玲さんだった。

ただ、最初は正直ちょっと怖かった」

揺らぐ心のまま、インターネットでコム・デ・ギャルソンの記事を1つだけ開く。その瞬間、はっとした。コム・デ・ギャルソンの意味が『少年のように』だと書かれていたのだ。まるで自分のことを見透かされている気がした。

「あ、ここしかない。僕はこの人から逃げちゃいけないんだ」

そこから3ヶ月間、彼は外部への連絡を一切やめ、家にこもって絵を描き続けた。

自信なんてなかった。失敗を裏づける過去しか思い当たらない。上手く描けず、苦しくてトイレの床に頭を打ちつける日もあった。当時のbaanaiを知る人は「才能を伸ばすのではなく、ない才能を芽生えさせるやり方だった」と語る。

とにかく描き続けた。

「上手いのか下手なのかは全くわからない。でも、作品集としてまとまったファイルを見たとき、なにかすごいものができたかもしれないと思った。これを見た人は、きっと何かを感じてくれるかもしれない、と」

作品の送り方を調べると「ポートフォリオ(作品集)に、学歴や受賞歴などわかりやすいプロフィールを添える」とある。だが、アピールできることは何一つない。

「学歴、経歴、受賞歴、一切ありません。作品だけで判断してください」と手紙を添えた。

相手が受け取ったことがわかるよう、配達証明郵便で送ることにした。もちろん、届いたところで川久保玲が見る保証もない。

そして、郵送の2日後――。

川久保玲その人から連絡がきた。配達証明が届くよりも前のことだった。

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baanaiの作品は2015年春から2016年冬までの間にコム・デ・ギャルソンで三回採用され、華やかなアーティスト活動を送っているように見える。しかし。

「一回目で仲良くなったから何度も一緒に仕事できるんじゃないかってよく勘違いされるんだけど、そんなことなくて。二回目も三回目も自分が勝手に描いて送ってるだけ。先方から仕事を頼まれているわけじゃない」

一見遠回りにも見えるアプローチだが、baanai本人にとっては大切なことだという。

「あのときの気持ちを忘れないために毎回チャレンジしてるんだ」

作品だけで勝負する背景には、自己アピールが苦手な性格も

ある日、自分でハンドペインティングしたTシャツを職場に飾っていると、Tシャツを譲ってほしいと言われた。しかし、うまく値段をつけられず物々交換にした。別の日には、実績に見合わないほど無名である理由を人から訊かれたが、うまく答えられない。

そんなとき「自分をアピールするのが苦手なのかもしれないね。もしよかったら、一緒に活動して君の名前をもっと出していこうよ」と声をかけてくれたのが、世界的な「Artist Network Program」を持つサーフカルチャーの気鋭ブランドRVCAだったという。

サーフィンと絵。子どものころ自分で閉じた夢の蓋は、いま、少しずつ開きはじめている。

本気でやるのって怖いし難しい。でも、かっこいい

「才能もセンスも学歴もない僕にとっては、本気でやることが大事だった。『これがだめでも他でなんとかやれる』と保険をかけてる時点で本気じゃないというか。

本気出すのって、怖いし難しい。でも、本気でやるってかっこいいじゃん。へんにかっこつけるほうがかっこ悪い」

保険をかけずに失敗することへの恐れはないのか。

「ほかの仕事をしながらやる方法も否定はしないよ。それでも、好きなことだったら本気でやってみる価値はあると思う。僕は底辺にいたから、仕方なく命をかけてやるしかないところまで追い込まれたけど…。

失敗するかも…って想像したら怖いけど、そこまで強い思いで何かをする経験って楽しいと思う。バイトでも、始めたころって仕事できないのに楽しいでしょ。新しい事にチャレンジしてる自分っていいな、みたいな。

人生は夢だと思ってる。夢だとしたらさ、怖いけど、どうせなら自分が見たいと思うものを見たくない?」

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いま希望を失っている人に伝えたいこと

「いま自殺を考えている人や、夢や希望を持てず苦しんでいる人が、自分のこんな話でかすかにでも希望や勇気を感じてくれたらうれしい。

僕は決して特別な人間じゃない。僕にできたから誰でもできるよ、って一番弱い人に響いてほしい。僕すごい弱いから。

基本的に、僕は人より自信がないんだ。自信を持つために絵をやり始めたけど、今だって自信があるわけじゃない。だから365日、一日も休まず絵を描き続けてる。厳密にいうと2015年に高熱で2日ほど描けない日があったけど、昨年と今年は守れてるよ。いいとか悪いとかじゃなくて、自分がやったことっていうのは事実だから」

baanaiは、キャンバスいっぱいにテーマとなる言葉やモチーフを埋め尽くす。baanaiの日々もまた、「絵を描くこと」で埋め尽くされている。作品も暮らしも、ただ、自らの意思を塗り重ねていく。

作品群のモチーフに初めて選んだ言葉は何だったのだろう?

少し間を置いて答えが返ってきた。

「CREDERE(クレーデレ)かな。イタリア語で、信じるっていう意味なんだ。だって、信じるっていい言葉でしょ」

そう言って表情をゆるめるbaanaiの顔には、少年のような笑みがこぼれていた。