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整形で胸を大きくするべきか、悩んだ私が踏み切った理由

整形手術とフェミニストとしての理念の実践は相いれないのだろうか。

Kate Ferro / BuzzFeed News

毎年夏の恒例だった、フロリダ州ジャクソンビルビーチへの家族旅行でのことだ。私は一人で海岸に立っていた。

素足は砂に包まれ、毛など生えていない中性的な胸をひんやりとした風が打ちつけていた。私は11歳だった。水着のトランクスだけを身につけた私は、ひどく人目にさらされている気がして、隠すものなど何もなかったにもかかわらず、隠さなければと感じていた。

兄や父は上半身をはだけて太陽の光を浴びていて、どうして自分はあんなふうに堂々としていられないのだろうと考えていた。カモメの群れが頭上で円を描き不気味に飛び交っている。この先、のちに私が「第一の思春期」と呼ぶ年月を通じて、自分の身体への違和感と戦う日々が待っているのを予言するかのようだった。

10年後の2012年、性転換の一環として初めてエストロゲンの投与を受けた。2、3週間すると、身体の内側に繊細な感覚とうずきが芽生えるのを感じ、希望を抱いた。

だがすぐに、これまで経験しなかった類いの恥ずかしさを覚えた。こちらは外的な要因からだ。友人や当時のパートナーから、早くスポーツブラをしたほうがいいと告げられたのだ。身体が変化していくのはうれしかったが、うれしさの根底は戸惑いでいっぱいだった。

わずかにふくらんできたばかりの胸がなぜすでに政治的に扱われるのか。なぜ管理すべき、批評すべき公共のものにされるのか。

昨年の夏を迎えるころには、おおむね自分の身体には満足していた。顔はかなり柔和になっていたし、肌はなめらかだった。乳房といえるものもあった。それでも裸になると、女性としての自信はすぐに消えた。あれから成長して普通サイズになった胸は、いまだ違和感の元だった。私は胸を大きくしてもらおうかと考え始めた。

数ケ月間一人で悩んだあと、周囲に意見を聞いてみた。だいたいは反対する人が多かった。母親は「あなたはそのままのあなたできれいよ」とお決まりの善意の言葉で応えた。

私とかかわりのある誰もが同じような意見だった。「そんな必要はないよ」「自然なままが絶対にいい」「手に納まるくらいがちょうどいいよ」。

こうした言葉を立て続けに聞くうち、自分以外のみんながそのままでいいと言うのなら、私自身が自分の胸をどう感じるのかは果たして重要なのだろうか、と思いあぐねた。

女性へ転換するにあたって、心もとない気持ちに襲われたのは胸に関してだけではない。喉仏もそうだ。目立たないように押し込めたところ、数日間痛みが消えなかった。

性転換手術の初期の段階で削る処置を受けたが、その後、この先、整形手術を受けるのはやめようと渋々ながら誓った。もっと軽やかに「私は自然体でいるよ」と言える自分でいたかった。そこには優越感があった。

というのも、私はフェミニストとして、身体の性と性自認が一致するのが自然で標準だとする「シスノーマティブ」な美の基準や男性支配の美の基準に異議を唱えるだけでなく、日々の生活にそうした基準を持ち込まないフェミニストでもありたいと思っていたからだ。

昨年9月ごろ、胸に対する違和感は、自分が心に抱くフェミニストの規範を守りたい気持ちを上回るようになった。もし、これが私の望むことなら、そして真に私の生活をよりよくしてくれるのなら、やってみるべきじゃないか。そう思った。だが、この選択が自分とフェミニズムとの関係性にとって何を意味するのだろうという不安もあった。


言い古された言葉だが、人生に何か不満があるのなら、自分で変えることだ。体重を減らす、転職する、髪型を変えるといったことについてなら、これは広く受け入れられている考えかただ。でも、こと整形となると、そんなふうに軽く前向きに受け止められるケースはほとんどないのではないか。

豊胸手術を受ける前の私は、マイケル・ジャクソンやリル・キム、カイリー・ジェンナーといった整形で知られる著名人を人並みにジョークのネタにしてきた。顔や身体に整形を施した人をさげすむ行為は独善的だ。

私自身、見栄えのする控えめな整形については、うまくいっていなかったりやりすぎだったりする整形よりもはっきりと好意的に評価していた。また、医療的に必要でない整形手術を選ぶ人に対しては、世間一般の人と同様、冷ややかな視線を向けていた。

私が豊胸手術を受けたらどう思うか友人や大切な人たちに聞いてみたところ、私がトランスジェンダーであることから、妥当な決断だと同意してくれる人は多かった。

性転換にはさまざまな手術が不可欠だ、とする考え方がある。トランスジェンダーが真に自分の身体がしっくりくると思えるため、あるいはさらに言えば魅力的であるためには、手術という手段が必要だという主張だ。でも、そうではない。少なくとも私にはあてはまらない。豊胸手術は受けたいかもしれないと思ったものの、それは性転換のために必須ではなかった。

何らかの身体的な転換を行わなければこの先の人生を考えられないと感じるトランスジェンダーもいるが、私の場合、転換手術を受ければ自分がより女性に近づける、というわけではないのはずっとわかっていた。身体がどうであろうと私は女性なのだ。

ただ、黒人女性として、自分を受け止めるのは最初は大変だった。私はかなり痩せていて、凹凸のあるカーヴィーボディでもなく、胸も薄かった。こうした体型の黒人女性は、たとえメインストリームの美の業界で称えられたとしても、ブラックコミュニティではあまり価値があるとか魅力的だとはみなされない場合が多い。

ファッションショーや雑誌で細身の黒人モデルを目にすることはあっても、ミュージックビデオやブラック向けメディアでは長年、大きな胸とヒップの黒人女性が女性らしい美しさの模範とされている。

黒人女性らしさと整形という切り口を考えるとき、私の頭にどうしても浮かぶのが、ラッパーで現代のセックスシンボルとして常に人々の視線にさらされているニッキー・ミナージュだ。

ミナージュは非の打ちどころがない黒人女性の身体を体現している。だいたいいつも衣装からはみ出している胸、くびれたウエスト、そして一番の象徴といえる、惜しげなくさらけ出されたみごとなヒップ。その肢体を垂涎のまなざしで見つめる人は多いが、とことんこき下ろす人もいる。そこでよくふれられるのが「あれは整形だ」という軽蔑を含んだ指摘である。

すべての女性と同様、ミナージュもばかげたダブルスタンダードを押し付けられている。女性は一方で「私は最初からこうなんです」というスタンスでいるのを期待されながら、一方では社会的に従来認められている美しさの基準から外れたり、それに自分を合わせようと甚大な努力をつぎ込まなかったりする女性に対しては、あざけり、おとしめるのだ。

黒人女性はまた、サーキ(サラ)・バートマンという象徴的存在と、白人支配の社会における彼女の歴史的な位置づけの影に今も脅かされて生きている(サーキ・バートマンは南アフリカの先住民族の女性。19世紀初頭、英国へ売られた後、臀部が大きい身体的特徴から見世物にされ、遺体の一部は長年パリの博物館に標本として展示された)。

身体にめりはりのない黒人女性は魅力的でないとされるし、めりはりがあり過ぎても好感を持たれない。黒人女性への称賛は胸:ウエスト:ヒップに一定のバランスが取れている場合(スレンダーでありながら出るべきところが出ている体型)に限って向けられる。だが大多数の人にとっては、そんな身体は何らかの整形を施さない限り手に入らない。

黒人女性が辱められることなく平和に存在できるのは、かくも狭い枠に合致した場合に限られる。


私について言えば、胸を大きくすることで個人的に自尊心が高まる以上に、他の人と同じように女性として普通に通用するようになれるのではないかと期待した。美しさの基準に合致するようになる以上に、「まずまず合格点の身体」になれば、ネガティブな視線をあまり集めずに日々生きていけるのではないかと考えた。

トランスジェンダーの多くにとって、世間の主流をなす美しさの基準にできるだけ自分を近づけるのが社会で生き抜くための大きな鍵になる。数え切れないほどのホルモン注射を受ける前の私には、そんなものは手の届かない望みだった。

毎日、家から一歩外へ踏み出すたび、今日はどんな危険が降りかかるのかと身構えた。居心地の悪い視線、侮辱的なやりとり、暴力にさらされるかもしれない不安と緊張の高まり。周囲に溶け込めないことによる仕打ちはきつかった。

すべての人が男か女のいずれかに属し、それぞれ「こうあるべき」姿を定めた狭いカテゴリーにあてはまることを求める社会では、性転換が目指すべきとされる典型的な着地点をあえて避けるのは勇気がいる。男性的か女性的かいずれかに分ける考え方には欠けたところがあり、私は賛同しないが、私自身の女性らしさはある意味、それゆえに経験した長年の苦しみを経て、自分の手に取り返したものだ。

豊胸手術を考えることによって、シスノーマティブで男性中心の社会が認めた理想の美しさに自分をよりあてはめようと意図したわけではない。しかし、豊胸手術が私を押し込めることになるのはまさにその方向だ。私はトランスジェンダーとしての経験をオープンに語ってきたし、トランスジェンダーとしてのアイデンティティを受け入れている人間だが、だからこそこの方向性にパワーと強さを見いだせるのかと悩んだ。

それでも、長い時間をかけてどうすべきか周囲にたずねて回ったり、他の人がどう思うだろうかと思い悩んだりするうち、いつしか自分に問いかけるのも、自身の選択が持つ影響力について考えるのもやめていた。

「個々の女性がみずからの意志でとる行動は何であれフェミニスト的行動である」とし、個人の選択に帰結させるアプローチをとる「チョイス・フェミニズム」という議論がある。理論を語る人の多くは、資本主義の道具になっている、空論だとこれを批判する。それでも、一人ひとりが自分で選んだ行動が大切だと私は思う。

自分を恥じ、嫌う方へ追い込むイデオロギーに卑屈に追従する意味がどこにあるだろうか。確かに、私たちは「完璧な身体とはこういうものですよ」と理想のイメージをこれでもかと投下してくるカルチャーに生きている。

そんな現象など私には関係ない、と意に介さないふりをするのは無意味だろう。それでも、トランスジェンダーの黒人女性である私にとっては、今でもやはり白人優位で、生まれた性を受け入れている異性愛者が中心のフェミニズムの時代にあって、幻想でしかない「完璧に固めたフェミニスト」をまっとうして生きるよう期待されるのは、重圧を伴う押し付けでしかない。

最終的に、私は手術を受けて前へ進む選択をした。誰のためでもない、自分のために。


Jaron "JaJose" Joseph / Via @JaJoseRNS

手術を受けて数ケ月がたつ今、胸を大きくしたことについてはこれ以上なく満足している。広い意味では生活にほとんど変化はないけれど、より「本当の」自分になれ、これまでになく自由な気持ちでいられている。くっきり跡が残るような小さな下着に胸を押し込んで大きく見せる必要もない。丸めた靴下をブラに詰め込んで息苦しくなる必要もない。苦悩はもうない。

家族と親しい友人以外の人から、胸に関連して表立った反応はない。その事実から、自分のためだけに手術を選択してやっぱりよかったという自信はさらに強くなっている。

リスペクトをもって不安を抱えていられる人はあまりいないと私は思う。私にとって、この決断は表面的なもの以上だった。自分自身の身体をもっとしっくり感じたかった。自分の身体を奪われたような感覚があり、性を女性に変えるのはそれを取り戻す手段だった。

それまではずっと自分をアウトサイダーだと感じながら耐えて生きてきたが、名前を変え、性別欄で女性を選び、ホルモン注射や手術を経るなど、性を転換するステップを一つずつ重ねるにつれ、より本当の自分に近づいていった。

自分以外の女性が取る行動を冷酷に批判していて、フェミニストとして自律と行動を信じるなどと果たして言えるだろうか。美が公平な競争の場であるかのように行動することはできない。美しさの基準を議論する際、「インターセクショナリティ」(交差性。性差別と人種差別など、複数のカテゴリーによる差別の形態が交差していること)は大きい。トランスジェンダーの黒人女性にとっては、反黒人、男性支配、身体の性と性自認が一致しない人への偏見といった圧力すべてがはねのけるべき相手になる。

私は完璧な女性ではないし、完璧なフェミニストでもない。だがそれは私が整形したからではない。私は完璧なフェミニストなど存在しないと思っているし、「本物さ」の度合いなど測れるものではないと思っている。私にとっての本物は、自分の希望とゴールを大切にすることだ。鏡の中の自分を見つめるとき、一人でベッドに寝転がるとき、あるいは誰かと親密になったときも、私は幸せでいていいはずだ。

私の身体は私が生きていく家だ。所有するのは私であり、どんなふうに彩るかは私が決める。私はもう自分の身体を恥じていない。あなたも自分の身体を恥じる必要なんてない。私は自分の身体がこうあってほしいと思う願望を恥じたりしない。あなたも恥じる必要などない。ここに真の解放がある。

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan

BuzzFeed Japanは10月11日の国際ガールズ・デー(International Day of the Girl Child)にちなんで、2018年10月1日から12日まで、ジェンダーについて考え、自分らしく生きる人を応援する記事を集中的に発信します。「男らしさ」や「女らしさ」を超えて、誰もがなりたい自分をめざせるように、勇気づけるコンテンツを届けます。


Raquel Willis is writer, journalist, activist and media maven based in Atlanta, Ga. She graduated from the University of Georgia with a B.A. in journalism in 2013 and hasn't stopped writing since. She has worked in the news media through newspapers and, currently, through online publications. Her work has been featured on The Huffington Post, Autostraddle, Medium’s Cuepoint and ForHarriet. Raquel wants to use her voice and talents to inspire and uplift marginalized individuals, particularly trans women of color.

Contact Raquel Willis at willis.raquel@gmail.com.

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