架空の「猫殺しの連続犯」を追い続けた警察 3年の捜査の末にたどり着いた答えは…

    イギリスで起きた猫400匹以上の連続死は、単独犯によるしわざと目された。だが、全国的に行われた捜査ののち、ロンドン警視庁は、人間の関与を示す証拠は見つからなかったと発表した。

    イギリス郊外で暮らすペットたちの身には、数年前から危険が迫っているようだった。サウスロンドンから静かに始まった猫の連続死は、やがてイギリス全土に広がり、何百匹もの猫の死骸は、「クロイドンの猫殺し」のしわざと目された。

    メディアと、サウスロンドンを拠点に活動するあまり知られていない動物愛護団体は、この連続死はイングランド南東部全域からミッドランズとその先にまで広がりを見せており、うさぎも標的にされていると主張した。

    警察はこの事態を深刻に受け止め、単独犯が猫を次々と刃物で殺害し、死骸を切断しているという仮説を検証すべく、15人の警察官からなる特別捜査チームを結成した。猫の死骸が増えていくにしたがって、警察の捜査はイギリス全土に広がり、世界各地でニュースとして取り上げられるようになった。

    しかし、このシリアルキラーによる犯行という仮説には、ひとつ問題があった。この仮説は正しくなかったのだ。

    ロンドン警視庁は2018年9月20日、約3年間にわたって400件以上の事例を調査したが、疑わしいケース6件を除くと、背後に猫殺し犯はいないと思われると発表した

    Today’s @EveningStandard: long running police investigation into the ‘Croydon cat killer’ concludes the culprit was a fox ... & Macron leads EU in putting pressure on May https://t.co/aUBphp1jca

    「今日の@EveningStandard:長らく行われてきた「クロイドンの猫殺し」捜査、犯人は狐だったと結論」

    同警視庁の声明には、こう書かれていた。「『クロイドンの猫殺し』『M25の猫殺し』に関するニュース報道により、市民の間には、自分たちの家の猫も危害を受けるのではという懸念が広まっていました。それを受けて、寄せられる通報も大幅に増えました。しかしながら、人為的な殺害を示す証拠は何も見つかりませんでした」

    その直後、ソーシャルメディアでは、狐が犯だということになった。ある新聞は一面で、狐を「真犯人」として名指しした。これを受けてロンドン警視庁は、猫たちは「刃物とは無関係の大きな外傷が原因で死亡しており、その傷は自動車との衝突によるものと思われます」とツイートした。同警察庁の説明によれば、狐は猫の死骸をバラバラにしただけだという。

    そして、犯人捜しを続ける地元の活動家や愛猫家のフラストレーションを尻目に、警察による公式の捜査は打ち切られた。

    決定的な証拠は何ひとつ公表されていなかったにもかかわらず、この一連の出来事がイギリス全土を震撼させるニュースにまで発展したのは、なぜなのだろう? この「猫殺し」説は、いったいどこから来たのだろう?

    この事件が最初に人々の注目を集めたのは2015年10月だった。デイリーメール紙は同月、「警察が猫殺しを捜索中。犯人は、ナタを使って20匹以上の飼い猫をバラバラバラにし、死骸の一部を戦利品として集めている」と報道した。

    「猫20匹が虐殺される」という見出しが打たれたこの記事には、サウスロンドン・クロイドン区の愛猫家の発言が引用されていた。彼の愛猫のアンバーは、頭と尻尾を切り落とされていたという。

    またこの記事には、ブーディッカ・ライジングという珍しい名前の人物の発言も引用されていた。彼女は愛猫家、動物愛護運動家で、アニマルシェルター「サウス・ノーウッド・アニマル・レスキュー・アンド・リバティー(SNARL)」の設立者でもある。

    ライジングはデイリーメール紙に対して、この事件は2年以上続いてきた大きな問題のごく一部にすぎないと語り、何者かがナタで猫を虐殺していると主張した。

    ライジングはその記事のなかで「これほどきれいにスパッと切り落とせるのは、ナタぐらいのものでしょう。ゾッとします。恐ろしいことです」と言っている。

    「ひどい暴力です。アンバーが負った傷は、この2年間に死骸で見つかった、ほかの猫たちの一部が負った傷と同様のものでした。そのなかのひとつは、この人物の特徴を示していると思しき傷でした」

    同じようなニュースが、ガーディアンやメトロ、デイリーエクスプレス、デイリーミラー、イブニングスタンダード、クロイドンガーディアンなどの新聞にも掲載された。

    どの記事にも、ライジングの発言や、一連の猫殺しは単独犯のしわざであるという彼女の仮説が引用され、のちにこれが一種お決まりのパターンになった。記者や編集者は、連続猫殺しの犯人が街なかをうろついているという、にわかには信じがたいこのシナリオを、地元の動物愛護運動家の考えとして紹介することで、そこから距離を置いたのだ。

    SNARLは、ライジングの自宅で、7人のメンバーによって運営されている。設立は2014年。現在、収容しているのは猫12匹だけだ。しかし、この「猫殺し」説を広める立役者となり、当局を動かす原動力になったのは、この小さなアニマルシェルターだった。

    その後、同じようなニュースがひっきりなしに続いた。その一部は、SNARLのFacebookページを出所とするもので、同ページはいまや、ロンドンをはじめとするイングランド一帯で起きたペットの不審死を扱う一種の「情報センター」と化している。

    2015年11月、プレッシャーの高まりが極限に達し、ロンドン警視庁本部は捜査の開始を発表した。コードネームは「タカヘ(Takahe)作戦」と名付けられた(タカヘは、ニュージーランドに生息するクイナ科の鳥の名前)。

    インディペンデント紙は2015年12月、犯人の標的は動物から人間にエスカレートするおそれがあるというライジングの不安を紙面で伝え、人々の恐怖に拍車をかけた。このニュースはその後3年間、事態がモラルパニック(ある時点の社会秩序への脅威とみなされた特定のグループの人々に向けて、多数の人々により表出される激しい感情)のレベルに近づくたび、折に触れて取り上げられることになった。

    「これまでに研究されてきた連続殺人犯は全員、動物を殺すことから犯行に手を染めています。この事件の犯人も、弱い人間を襲うようになるかもしれません」と彼女は述べ、犯人逮捕に向けて策を講じることを当局に求めた。

    バーミンガムシティ大学のある犯罪学者は、愛猫家の多くが抱く本物の恐怖を考察し、次のように書いた。「飼い主たちが示す恐怖を考えると、犯人は、ペットを標的にしているだけではなく、飼い主をも標的にしていると言っていいだろう。この人物は、自身の行動に注意を向けさせることによって、郊外で営まれている家庭生活の価値観そのものを結果的に破壊しているのだ」

    捜査が始まって2年後の2017年11月、アンディー・コリン巡査部長は、スカイニュースに対して次のように述べた。「連続殺人鬼の暗い経歴を調べてみると、彼らと動物虐待の間には関連性があることがわかります」

    「ここまでの手口に目を向けると、この犯人はいま、何らかの満足感を得ていると思われます。心配なのは、いまの犯行から満足感を得られなくなった犯人が、標的を人間、とくにか弱い女性や少女に移すかもしれないということです」

    猫の連続死の背景に何者かがいることを示す証拠は何も見つかっていなかった。だが、それでもコリン巡査部長は、犯人はか弱い少女に関心の矛先を向けるかもしれないと推測していた。

    2016年7月、サリー州とケント州でも猫の連続死が確認されるようになると、「クロイドンの猫殺し」は、ロンドンのまわりを取り囲む環状線「M25」にちなんで「M25の猫殺し」と呼ばれるようになった。その後、同様の報告がコベントリーとブライトン、ブラックリーからも続いた。

    このころには、容疑者の逮捕につながる有力な情報に対して、動物愛護団体「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」が5000ポンド(約74万円)の懸賞金を出していた(のちに1万ポンド[約148万円]に増額)。

    その一方で、警察の捜査は行き詰まっていた。2016年2月には、人間の関与を示す証拠はまだ見つかっていないことが明らかになった。この時点で、捜査に費やされた時間は1000時間を優に超していた。

    こうした疑いはあったものの、愛猫家が感じる不安や恐怖はまぎれもなく本物だった(いまもそれは変わっていない)。そして、彼らの多くがSNARLのアドバイスに従い、愛猫に夜間の外出を禁じた。愛猫家が集まるある活発なコミュニティーは、猫の連続死についてのニュースが報じられるたびに、それをソーシャルメディアでシェアするようになった。その目的は人々に注意を促すことであり、容疑者の逮捕に貢献することだった。

    Let's not forget that the mythical killer was held responsible not just for cat deaths in London but all across England https://t.co/wAH7ih4gFq

    「忘れないでおこう。架空の犯人は、ロンドンだけでなく、イングランド全域で起きていた猫の連続死への関与を疑われていたことを」

    時計の針を2018年7月まで進めよう。そのころには、猫殺しのニュースは大勢の目に、「疑わしい」ではなく「完全な間違い」と映るようになっていた。

    ブリストル大学で環境科学を研究していた元教授で、都市部に生息する狐の専門家でもあるスティーヴン・ハリスは『ニューサイエンティスト』誌で、警察が犯人をつかまえられていないのは、そんなものはいないからだ、と述べている

    ハリスはその記事のなかで、クロイドンの猫殺しをめぐるパニックと、1998年に起きた猫の連続死をめぐる、似たような騒動(後者のケースではロンドン警視庁が「オベリスク作戦」を展開した)を比較している。今回の騒動では、ハリス自身も何匹かの猫を調べている。そして、猫たちは自動車にはねられたあと、その死骸を狐にバラバラにされたことを、自分の目で確かめている。

    頭と尻尾がなくなっているのはナイフを持った人間のしわざでしかあり得ない、というSNARLとその支持者の主張については、どう説明するのだろうか。「狐には、死骸の頭や尻尾をかじりとる習性があることは何十年も前からわかっている。猫の死骸も例外ではない」と彼は記事のなかで述べている。

    怒り心頭のSNARLは、ハリスの言説をはねつけ、自分たちの証拠は人間のしわざであることを示しているとの主張をいまだに変えていない。

    ブーディッカ・ライジングと彼女のパートナー、トニー・ジェンキンスは、海外メディアでも話題の的になった。興味を示したのはニューヨーク・タイムズ紙とヴァニティフェア誌だ。近いところでは、ニューズウィーク誌も2人にインタビューを行っている。その記事は次の一文で始まる。「殺し屋がイングランドの街なかをうろついている。その人物が奪った命の数は、切り裂きジャックとテッド・バンディ、ジョン・ウェイン・ゲイシーが束になってもかなわない」

    SNARLの闘いはいまも続いている。ロンドン警視庁がタカヘ作戦の終了を発表したあと、SNARLはFacebookに声明を掲載し、次のように述べている。

    「ご想像のとおり、今朝の発表には大変驚いています。事態進展のためのアドバイスがありましたら、ぜひご一報ください」

    「この3年間に集めてきた証拠は、人間の関与を示していると私たちは確信しています。それを裏づける専門家の見解もあります。私たちはこの3年間で、1500件以上におよぶ事故を、非人為的なものとして調査対象から除外してきました」

    この声明の下には、500を超すコメントが寄せられている。そのほとんどはSNARLの支持者からで、彼らは一様に、ロンドン警視庁が捜査を打ち切ったのは予算を削られたせいだと主張している。

    BuzzFeed Newsの取材でライジングは、ロンドン警視庁の発表はショックだった、事前の説明は一切なかったと述べた。だが、それでもライジングの決意が揺らぐことはない。SNARLの闘いはこれからも続いていくという。

    ライジングは、2018年はじめにイーストサセックス州セントレオナーズで発見されたうさぎの死骸についても触れた。彼女によれば、そのうさぎの首と足は切り落とされていたという。

    このケースは、SNARLが猫殺し事件の立証に使用する25項目のチェックリストの条件を満たす、いくつかある動物殺しのなかのひとつだという(SNARLは、「M25の動物殺し」という呼び名の使用を望んでいる。こちらのほうが、犯人の行動範囲や標的を正確に言い表しているからだ)。ライジングによれば、犯人はペットドアからうさぎの死骸を家のなかに押し込み、後日また戻ってきて、そのうさぎの肝臓が置かれていた石塀の上に、そのうさぎの首輪を置いていったという。彼女は、ウィコムとハートフォードシャーでの同様のケースについても触れた。

    「狐がこんなことをするわけがありません。私たちの見解では、これは人間のしわざです」

    9月20日に出された警察の声明は、ヒトのDNAや、何者かが動物をバラバラにする様子をとらえた監視カメラ映像、そして事件の目撃者は見つかっていないことを示唆していた。にもかかわらずライジングは、犯人はどこかに必ずいるはずだと確信している。

    「たしかに、狐が死骸を動かしている監視カメラ映像はあります。でも、狐が猫の首を噛んで切り落としている映像はありません。それに、法医学専門家も最初は、犯人は人間だと言っていました。納得できません。私たちはこれからも犯人捜しを続けます」

    連続猫殺し事件はひとつのモラルパニックになっており、人々は合理的な判断力を失って、ありもしない脅威の影におびえているだけだと言ったら、ライジングはそれを受け入れるだろうか?

    「マスコミのすることにコメントはできません」と彼女は語る。

    「私がコメントできるのは、自分たちがしていることについてだけです。これが人間のしわざであるという確信は今後も変わりません。今朝発表された内容はひとつとして、この考えが間違っているということの証拠になっていません」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:阪本博希/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan