何がアレハンドラ・モノクコを死に追いやったのか。答えは、永遠に明らかにされないのかもしれない。
モノクコはコロンビア北部の小さな町マガンゲで1981年に生まれた。
モノクコという姓は通称で、本名はアレハンドラ・オルテガという。
このころコロンビアでは麻薬密売組織とゲリラ勢力との闘争が激化していた。
一方この年、それまで犯罪とされていた同性愛が合法化されている。
モノクコは2014年に研究者からのインタビューに応じた際、「長年、性的アイデンティティを理由にした暴力やハラスメントにあってきた」と述べている。

モノクコが亡くなったのは5月29日だった。
その夜、モノクコのルームメイトであるレイディ・タチアナ・ダザ・アラルコンがトイレに起きると、あえぐような声が聞こえてきた。
少し前にもその声は聞こえていたが、ルームメイトの誰かがパートナーと楽しんでいるのだろうと思い、気に留めずにいた。
だが数時間が経ってまた聞こえてきたので様子を見に行ったところ、モノクコが苦しそうにしていたため救急車を呼んだ。
「様子がいつもと違えばわかります。モノクコとは知り合って7年間、苦楽を共にしてきました」
「彼女はしょっちゅうどこかしら具合がよくなくて、風邪を引いたり咳が出たり、一時的な体調不良がよくあったんです」
「でもあんな様子は見たことがなかった。なので『えっ、大変、救急車呼ぶね』と言ったんです」
ダザが救急センターに電話をかけてモノクコの症状を説明すると、新型コロナウイルスに感染したのかもしれない、と言われた。
救急車が到着したのは45分後だった。
救急隊員がようやく家へ入ると、ふっと空気が変わった、とダザは言う。
ゲイやトランスジェンダーばかりが一緒に暮らしている家だとわかると、隊員たちの緊迫した空気が消えたようだった。
「救急車がきて、『マリカ』が集まっている家だとわかったとたん、緊迫感が緩んだみたいでした」とダザは振り返る。
マリカはもともとスペイン語で同性愛者の男性を指す侮蔑語だが、最近は場合によってあえて使われることもある。
救急隊員はさらに20分かけて防護服を身につけ、ようやくモノクコの容体を調べ始めた。呼吸や脈をみたあと、隊員の一人は新型コロナではないと思う、と告げた。
隊員はそこで採血を始めた。ダザはモノクコがHIV陽性であることを電話で告げていたが、隊員がモノクコの病歴をたずねたため、改めてその事実を伝えた。
そこで事態が一変した、とダザは言う。採血をしようとしていた隊員が不安な顔を見せたのだ。
「怖くなった様子でこう言ったんです。『これは薬物の過剰摂取による症状かもしれない。水も食べものも、一切何も与えないでください。呼吸停止しているようなので、のどに詰まらせて死に至る可能性があります』」
「私は『待ってください』と呼びかけて、とにかく病院へ連れて行ってほしい、連れて行ってほしいと繰り返しました」
「すると隊員は『いや、心配しなくていい、新型コロナの症状じゃないし、薬物の過剰摂取の疑いがあるから。そっとしておけばいい、大丈夫、深刻な事態にはならないから』と言ったんですよ。その結果がこれです!」
救急隊員らはその場を去ったあと、近くの道端でたばこを吸い、飲酒していたとダザは言う。
「あの子が部屋で死にそうになっているのに――息ができなくて苦しんでましたから――救急隊員が外でたばこを吸って赤ワインを飲んでいたんです。あり得ないですよ」

ダザをはじめとする多くの人が、モノクコを死に追いやった本当の原因は、はっきりしていると考えている。
彼女が黒人のトランス女性で、セックスワーカーで、HIV陽性者なのを理由に、救急隊が適切な処置をとらなかったからだ。
折しも世界では、人種による不公正や、トランスジェンダーを標的にした殺人や不当な扱いに対する抗議活動が歴史的な規模で展開されている。
モノクコの死は彼女が暮らしていたコロンビアの首都ボゴタで人々の憤りを呼び、その輪はさらに広がりをみせている。
新型コロナウイルス感染症の流行が拡大する中で起きた、医療従事者の過失とみられる対応に、市民や活動家は立ち上がった。
ある団体はモノクコの死について、ボゴタに住むトランスジェンダーの性労働者が「見捨てられ、差別され、排除されてきた状況を写し出すX線写真」と表現した。
自治体と国はそれぞれ調査を開始しており、活動家らはこの件が、コロンビアのトランスジェンダーやセックスワーカーの人権に対する認識が深まるきっかけになってほしい、と願う。
「モノクコは殺されたのです。生涯を通じて彼女に手を差し伸べず、見捨ててきた国に殺されたのです。そんなこの国が、死の淵にあった彼女を死なせたのです」
トランスジェンダーの活動団体、Red Comunitaria Trans(以下、RCT)のフリ・サラマンカはBuzzFeed Newsの取材にそう答えた。
RCTはセックスワーカーの人権保護や、コロンビア社会の隅に追いやられたトランスジェンダーコミュニティの支援活動に取り組む。
「彼女の身体に背負わされていたスティグマがあったからです。トランスジェンダーで、黒人で、貧困層で、HIV感染者で、性労働者であることの烙印です」

近年、ボゴタは以前よりも多様性を受け入れる社会へとシフトし、2019年にはレズビアンの市長が選挙で選ばれた。
それでも、性やジェンダーの規範に関する保守的な思想は今も政治に根強い影響力があり、コロンビアのトランスジェンダーを巡る状況は劣悪だとサラマンカは指摘する。
RCTの記録によれば、今年6月だけでも国内で6人のトランス女性が殺され、複数が警察から暴行を受けている。
そして今般、パンデミック対策として打ち出された数々の方針がさらに状況を厳しくしているという。
「(トランスジェンダーコミュニティは)迫害され、根こそぎ殺されているような、自分たちは無力なんだという感覚があります。涙なくして語るのは難しいです」
米国と同じくコロンビアでも、トランスジェンダーに対する暴力の根絶を訴える活動の先頭に立ってきたのが、性産業で働く人々だとサラマンカは言う。
RCTは抗議デモを主催し、アレハンドラの死の真相究明を訴える署名を集め、法的調査を求めている。署名の数は1万2000人を超えた。
「モノクコの死がみんなを結束させました。私たちは正義を求めていますし、何よりもこうしたことをもう終わらせたいからです」

RCTは翌日の早いうちに、救急隊員の対応を非難する声明を出した。
モノクコもダザもRCTの一員として活動していた。
だが彼女の死から数週間が経過した今も、不公正は変わらずに続いている、とサラマンカは言う。
ボゴタ市の保健局はすぐに声明を出し、モノクコが病院へ搬送されなかったのは一緒にいた同居人(ダザ)が搬送を拒否する書面に署名したからだと説明した。
だがダザはBuzzFeed Newsに対し、むしろ救急隊員にモノクコを病院へ連れて行くよう再三頼んだ、と証言する。
保健局長のアレハンドロ・ゴメスはその後、当初の説明は「誤り」だったとして謝罪、そうした書面はなかったと認めた。
しかし続いて出した声明では、モノクコ自身が病院への搬送を拒んだと説明した。
ダザとRCTはこれに異論を唱えている。
さらに、モノクコが死亡した後の対応にも抗議の声が集まっている。
ダザとRCTによると、遺体は市当局が引き取りにくるまで15時間以上にわたり部屋に放置された。
モノクコが自室のベッドで亡くなったのは、最初の救急隊が帰ってから2回目に救急車が到着した午前2時40分までの間と考えられる。
遺体が引き取られたのはその日の夕方5時30分だった。
市保健局はなぜ遺体の引き取りに時間がかかったのかという質問には回答を避けた。
6月3日に発表したニュースリリースでは、行政事務の壁があったことと、遺体の身元引受人がすぐに確認できなかったことにより引き取り手続きに手間取った、と説明されている。
ニュースリリースによると、市の担当者はモノクコが亡くなった日の朝から対応を始めていたものの、「亡くなった方には死亡届の手続きができる家族がいなかった」ため、通常の手続きとは異なる追加書類が必要だったと釈明する。
知人らの話を総合すると、モノクコは近年、日常的に家族と連絡を取り合ってはいなかったようだ。
だが親族はおり、親族とRCTは「家族がいなかった」とする市の説明に反論する。
市が遺体を火葬した件についても疑問の声があがっている。
先のプレスリリースでは、「確認された死因」に基づき、市当局が新型コロナによる死亡者の遺体取り扱い手順に従った、としている。
しかし、親族らと共にこの件に対応しているホルヘ・ペルドモ弁護士は、モノクコの死亡証明書には新型コロナウイルスに感染していた事実やその疑いを示す記述はない、と指摘する。
「死因が新型コロナである疑いはないとすでに明言していて、死亡証明書にもそうした記載が一切ない」のであれば、遺体を火葬した市の対応に「ルール違反」があったことを示唆する、とペルドモは言う。
本件に関し、市保健局の代表に質問事項をあげて取材を依頼したが、調査中の事例であり情報開示はできないとして回答は得られなかった。
すでに火葬されたため、あの夜モノクコの身体に異変が起きた理由が明らかになることはおそらくないだろう。
それでも支持者らは死因が何であれ、やはりモノクコは病院へ搬送され治療を受けられるべきだったと考えている。

モノクコの死は親族にとっても衝撃だった。
最初にいとこがニュースで知り、叔父に伝え、叔父から故郷マガンゲにいる肉親へ伝えられた。
「(モノクコの身に)起きたのは本当にひどいことです」
姉妹のイスベリア・カルドナ・ルイディアスはそう話す。
取材に応じたルイディアスは、モノクコについて言及する際、女性を指す代名詞と男性を指す代名詞を混ぜて話していたのが印象に残った。
「(モノクコが)トランスジェンダーでHIV陽性だからといって、こんな悲しい死に方をするなんて思いもしませんでした」
遺灰の受け取りについて家族が電話で問い合わせるまで、市からは一切連絡がなかったという。
人権問題を扱う弁護士でLGBTQの人権擁護活動にも取り組むマウリシオ・アルバラシンは、モノクコの死を受けて市民の怒りの声が噴出した背景に、紙の上ではLGBTQの権利が守られていることになっているコロンビアの現状がある、と指摘する。
これまで、人権擁護を求める人々が声をあげて法廷で闘い、LGBTQの人権を巡ってはかなりの前進を勝ち取ってきた。
しかし法整備と実生活においては、こうした権利がまだまだ追いついていないとアルバラシンはみる。
「医療現場でのトランスジェンダーに対する扱いはかなりひどいものです」
「リベラル度の高い憲法の制定から30年、裁判所が進歩的な決定を出すようになって30年、そしてレズビアンの市長の誕生を経て、市はLGBTQの人々をどう扱っているのかと問う議論が起きています」

昨年ボゴタ市長に選出されたクラウディア・ロペスは、同市初の女性市長であり、LGBTを公言する初の市長でもある。
だが、差別と闘う意思を明言したにもかかわらず、トランスジェンダーやセックスワーカーを支援する姿勢に乏しい、とサラマンカは指摘する。
ボゴタ市の新型コロナウイルス感染者は7月23日の時点で7万5000人近くに上った。
感染拡大のスピードを抑えるべく、ロペス市長は4月、市民をジェンダーで分けて外出制限を課す措置「Pico y Género」を打ち出した。
奇数日を男性が外出可能な日、偶数日を女性が外出可能な日とし、トランスジェンダーの人は自分の性自認に合う方を選んでほしい、と説明した。
この措置は「トランスジェンダーに対する人権侵害にあたる」などとして世界の人権団体から批判を浴びた。
ペルーとパナマでも同様の措置が打ち出され、同じくトランスジェンダー差別が指摘されている。アルバラシン弁護士は同措置が憲法に抵触するとみる。
コロンビアの司法制度では性産業は合法的な労働だが、セックスワーカーは今も警察による不当な扱いに悩まされている。
RCTによると、性別による外出制限措置の実施中、一般市民や警察からハラスメント行為を受けたという報告が増えたという。
その後ボゴタ市は同措置を撤回したが、RCTのサラマンカは市長のトランスジェンダー軽視の姿勢を象徴する施策だったと批判する。
「ロペス市長はトランスジェンダーとセックスワーカーに偏見があるようです」
「トランスジェンダーのコミュニティに対する市長の態度と対応は警察主導になっていて、本来すべきことをしていない怠慢です」
ボゴタ市内では、モノクコが仲間と住んでいたサンタフェ地区を含め、多くの地区で7月中旬から新たな外出制限措置を適用している。
だがサラマンカによると、働き口を失ったセックスワーカーの生活を支援する対策は今のところない。

2014年、コロンビアの武装闘争と警察による暴力が社会の周縁で生きてきた人々に与える影響を調査するプロジェクトが行われた。
モノクコはこの一環で研究チームのインタビューに答え、人生のあらゆる場面で差別にあってきたと述べている。
女性の服を着るようになると民兵組織から故郷マガンゲを追われ、収監され、暴行されたこともある。
死の直前にモノクコが性労働に従事していたかについてはいくつか異なる証言があるが、2014年のインタビューでモノクコはセックスワーカーとして警察と客の双方から暴力を受けたことがあると答えている。
ダザによると、HIVに感染したのは10年ほど前のようだ。
セックスワーカーの人権擁護を訴えてきた人々の努力もあり、コロンビアの性労働従事者のHIV罹患数は減少していると話すのは、セサル・ヌニェス医師だ。
ヌニェスは国連合同エイズ計画(UNAIDS)のラテンアメリカとカリブ海地域の支援チームでディレクターを務める。
しかしコロンビアのトランスジェンダーのHIV感染率は20パーセント超と今も高い。
トランスジェンダーの人々の間でHIV感染率が高いのは世界的な傾向だとヌニェスは言う。
「トランスジェンダーであること自体がHIVにかかりやすい原因というわけではありません。社会の周縁に追いやられた存在である結果、社会的、経済的、心理的な条件が重なってそうなっているのです」
モノクコの場合、社会の隅に追いやられたことが結果的に死につながった。
6年前にRCTのサラマンカと共にモノクコへの聞き取りを行い、現在カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会福祉学部助教授のエイミー・リッターブッシュは次のように述べる。
「10年も20年も前、アレハンドラが警察からの暴力に抗議の声をあげた時点で、すでに死の宣告を受けていたわけです」
人々の関心が集まるのに伴い、市と国は複数の調査に着手した。ペルドモ弁護士は、モノクコの死はコロンビアのトランスジェンダーの権利運動を変える重要な転機になるはずだと語る。
「アレハンドラの件は、この(トランスジェンダー)コミュニティに対する認識を深め、可視化を進める上で非常に重要だと考えます」
市保健局はモノクコの死を巡り、独立した調査を3件実施すると発表した。
またロペス市長はTwitterへの投稿で、公正な裁きを追求すると約束、「誤り」と職員の「不適切な対応」があったとの認識を示した。
コロンビアの監察総監も捜査を開始した。これにより、関係した職員は最も厳しい場合で免職などの懲戒処分になる可能性がある。

一方ペルドモ弁護士とRCTは、司法長官がさらに踏み込んで刑事事件として扱うことを希望する。
BuzzFeed Newsが司法長官の広報官に確認したところ、調査は開始したがまだ予備段階だとの回答を得た。
モノクコの死に対する市職員らの責任が法廷で認められた場合、公務員がジェンダーアイデンティティに基づく差別で有罪とされる国内初のケースになると、LGBTQ人権団体Colombia Diversaのダニエラ・ディアス弁護士は言う。
ディアス弁護士はまた、この件がコロンビア社会でもっとも弱い立場にある人も法的な保護を受けられるというメッセージを発信することにもなる、と期待を寄せる。
「今回犠牲になったのはトランスジェンダー女性で、やむを得ず行き場をなくし追いやられた性労働者であり、HIV陽性者でした」
「コロンビアではこうした条件が、トランスジェンダーを守るはずの司法制度から抜け落ちてしまう人をたびたび生んでいます」
「うまくいけば、検察庁への請願行動を行っているグループが声明を出すはずです。もっとも弱い立場にある人も対等に扱われる権利がある、対等に扱われなかった場合、差別的な扱いをした職員は責任を問われるべき、とりわけ刑事責任を問われるべきだというメッセージです」
2014年のインタビューでモノクコが話したのは、自身が暴力を受けてきた過去が中心だったが、18歳のころにあることに気づいた体験についても語っていた。
ベネズエラにいる家族の元を訪ねた際、男らしい服装をして女性と付き合うように言われ、もう取り繕うことはできないと気づいたのだという。
「家族が私に男物の服を買ってきたのです。これは無理だなと思いました。本心で無理だなと思ったんです」
「自分が何者なのかわかって――隠していることはできないなと。それで本当の自分でいようと決めました」
コロンビアに戻ったモノクコには、もう恐れるものはなかったという。
「不安はありませんでした。ここまで来られたからです。晴れやかな気持ちでした」
「なぜ晴れやかな気持ちだったかというと……ここから自分の人生を歩き出せると思ったからでしょうね。『よし、今から自分の夢をかなえていくんだ』、そう思っていましたから」
この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:石垣賀子 / 編集:BuzzFeed Japan