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実質的な中止状態が続くHPVワクチン 再開に向けて何を考えるべきか

国の感染症対策にも関わってきた専門家、岡部信彦さんの2回連載【後編】は、HPVワクチン再開に向けて、どのような対策を取るべきかを提案します。

積極的勧奨の差し控えが決定された時の私の意見

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマ・ウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。このワクチンが公費で打てる定期接種となったのは2013年4月のことです。ところが、接種後に、長く続く激しい痛みや手足の運動障害などが現れたという報告が相次ぎました。

こうした事例について、同年6月、国の検討会(厚生科学審議会予防接種ワクチン分科会副反応検討部会と薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会合同開催)での検討が行われました。

委員の一人として参加した私の意見はこうでした。

「私がHPVワクチンを接種後にこれらの症状を起こした患者さんから説明を求められたとしたら、現在の経験と資料の中できちんとした説明ができません。自分で納得した説明ができるようになるには、さらなる調査、資料がほしいので、それまでは『さあ、皆さん、誰もがぜひ受けて下さい』との強い勧めは一度休んでも良いのではないでしょうか。急性の病気ではないので、ヒブや肺炎球菌ワクチンの時のように、至急決める必要はないと思います」

「しかし医学的な疑問や新しい知見は次から次へと出てくるので、すべての結果を待って判断をするのでは、いつまでたっても判断がつきません。一定期間で得られたもので判断することとして、その期間は半年、長くても1年でどうでしょうか」

そしてこうも言いました。

「すでに海外では広く使われており、また国内で治験(薬を承認するための人を対象とした大規模な試験)も行われているので、このワクチンが必要だと思う人、がんを防ぎたいという気持ちの人の権利まで奪い取ってしまうのは一方的です。その部分はきちんと確保すべきだと思います」

「制度からは、インフルエンザワクチンと同じように個人の意思をより尊重するB類にすることが適当と思いますが、費用負担、救済費用の減額というのは現状ではなじまないので、A類にしたまま、より本人・保護者の意思を尊重するというのはどうでしょう」

前編でもお伝えしましたが、公費で打てる定期接種は、国及び自治体が対象となる人々に強く勧める「A類定期接種」と、インフルエンザワクチンのように、国の勧奨はそれほど強くはなく、本人の意思が最優先される「B類定期接種」とに分けられます。

このように検討会で発言した私の気持ちについて委員会外では以下のように説明していました。

「危険を察知して急ブレーキを踏んだのではなくて、急発進したアクセルを離し、スピードを落としてあたりを見回して安全を確認するような感じです」

委員会の見解と治療に関する専門医療機関の設置

ところで、子宮頸がんの原因となるHPVは100種類以上あると言われています。今、日本で使われているのは、このうち子宮頸がんになりやすいハイリスクな16型、18型への感染を防ぐ2価ワクチン(商品名:サーバリックス)と、その二つに加え、性器にできるイボ「尖圭コンジローマ」の原因となる6、11型も防ぐ4価ワクチン(商品名:ガーダシル)があります。

HPVワクチンの販売が始まった後、2013年9月末までにサーバリックスが約704万回接種、ガーダシルで約187万回接種と推計されています。

その中で医師が副反応疑い(因果関係があるかどうかは問わず、接種後に起きた全ての体調不良)を報告したのは2320例、そのうち重症とされた症例(報告時点で重症と判断されたもので、その後の回復あるいは慢性化、重症化などとは無関係)は538例、この中で幅広い体の痛み、または運動障害を起こした症例は130例でした。

この中には、既知の医学的診断がついている症例も含まれています。さらに、ワクチンの成分が原因で被害に遭ったと訴える患者団体「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」から報告された症例を含み、カルテが提供された症例50例について詳細な検討が行われました。

その結果、

  1. 神経学的疾患
  2. 中毒
  3. 免疫反応
  4. 心身の反応


以上の4つが仮説として考えられますが、このうち人体の臓器にいろいろな障害が現れる器質的疾患である1〜3は否定されました。

そして、針を刺した痛みや薬液による部分的な腫れなどをきっかけとして心身の反応が現れ、いろいろな条件のもとでこれらの症状が長引いてしまったと考える(転換障害、機能性身体症状などと言われるもの)ことが妥当であると委員会の意見は一致しました。

一部の臨床医・研究者が、「免疫異常が生じている」などの仮説を述べていますが、これについては未だに仮説の域を超えていません。どのような科学的知見が蓄積されるかについてはさらなるフォローが必要であるとしています。

転換障害・機能性身体症状は「気のせい」と言われることがありますが、これは誤りです。決して「気のせい」などではなく、適切な医療が必要であるとも述べています。

また、最近行われた全国的な疫学調査では、思春期の男性、HPVワクチン接種歴のない思春期女性の間でも、ワクチンを接種した人に見られる痛みや運動障害などと同様の症状が一定数発生することが明らかになっています。

その原因は何であっても、痛みなどを治療することは重要で、痛みに関連した病気に悩んでいる患者さんを,総合的に診断し治療する「痛みセンター」が、少なくとも各都道府県に1か所以上、設けられました。

国内の学会の見解

国内には、予防接種に関連する15学会(小児科、産婦人科、感染症、ワクチンなどの学術団体)の集まりである「予防接種推進専門協議会」があります。これにその他の2学会を加えた合計17学会の共通の見解が2016年4月に出されました。

「この2年半に本ワクチンの有害事象の実態把握と解析、ワクチン接種後に生じた症状に対する報告体制と診療・相談体制の確立、健康被害を受けた接種者に対する救済、などの対策が講じられたことを受けて、(子宮頸がん予防の観点から)本ワクチンの積極的な接種を推奨する」という内容を盛り込んだこの見解は、協議会のホームページや、「Vaccine(ワクチン)」というワクチンの研究に関する国際的な医学誌で発表をしています。

WHOの見解

WHO(世界保健機関)ではワクチンの安全性について定期的に議論を行う、「Global Advisory Committee on Vaccine Safety (GACVS: ワクチンの安全性に関する世界諮問委員会)」を設置しており、筆者も15人の委員の中の一人としてこれに参加しています。

GACVSで行われた議論は、WHOの公的な定期刊行物である「WER(Weekly Epidemiological Record)」に掲載されますが、HPV については、2014年10月、2015年12月、2017年5月、2017年7月などに記事が掲載されています。

いずれも新たなデータ(日本のデータについても議論の対象となっています)を加えながら、HPVワクチンの子宮頸部がん予防に関する利益は明らかで、安全性は高く、国の予防接種プログラムに入れるべき、と推奨されています。

最近GACVSでは、ワクチンによる副反応としてImmunization Triggered Stress Response(ITSR:ワクチン接種をきっかけとしたストレス反応)という概念について議論をしています。

ワクチン接種前後に生ずる不安、恐れ、それをきっかけに生ずる一連の痛み、恐怖症、身体変化などで、周辺や社会的環境の影響受けやすく、接種にあたっては丁寧な説明、やさしい接種のやり方などが必要であることなどが述べられています。

HPVワクチンについての私の提言

私のHPVワクチンに対する意見は、基本的には「HPVワクチン積極的勧奨の控えが決定された時の私の意見」に書いたことと基本的に変わりません。

その当時から現在まで、いろいろな資料を読み、いろいろな立場の方の話を伺い、考えてきた結果は、このワクチンは使い方を上手にすれば、子宮頸がんなどのがんを防ぐ可能性のあるワクチンであり、多くの人々、ことに女性にとって有利で安全なワクチンだということです。

一連の副反応と疑われる症状のごく一部は、免疫異常に関連があるかもしれません。科学の発展は現在あることを疑い、新たな可能性に向けてこれを証明し、説明が可能になって初めて成立するので、新たな仮説を立てることはとても重要です。

しかし、その仮説をもって、いまある現象すべてを説明することは無理があると思います。HPVワクチンについていえば、現段階で不確かな「免疫異常」を根拠にワクチン接種を中止し、一方で一定確率で必ず生ずる子宮頸がんの実態に対して何もしないということは、大きな問題であると思います。

今後HPVワクチンの接種をした後に、万が一同じような症状が起きることはあるかもしれません。しかし、そのことを知っていれば、もっと早く見つけ、もっと早く治療に取り掛かり、重くなったり、長引いてしまったりすることは防げると思います。

その点ではこの出来事への対処法は進んできたと思います。一方、子宮頸がんなどの発生に対しては、ワクチンは実質中止のまま何もしてないので、増え続ける可能性があります。

接種後の体調不良は国や自治体が正当な支援を

今いろいろな症状を抱えている方は、HPVワクチンそのものによる影響を受けたのではないかもしれませんが、ワクチンを受けたという一連の出来事によって影響を受けたことは事実です。

それに対し、正当な医療が受けられるような金銭的な支援、生活面での支援、回復への見守りなどは国や自治体の責任において行うべきであると思います。

ただし、その他の病気の可能性もあるので、そこは医学的な判断を行う必要があります。他の病気であればその病気の適切な治療とフォローをぜひ受けていただきたいと思います。

接種をする側の医療者は、HPVワクチンによって生ずる疾患、ワクチン接種の意味、接種方法、万が一の対応の方法などをよく知り、そのうえで受けようとする人への丁寧な説明が必要です。ただ、そのようなことをすべての医師が熟知習得しているわけではないので、接種する医療機関をある程度限定することも必要かもしれません。

制度としては、多くの人が接種費用や万が一の際の医療費などを心配することがない定期接種のままにしておくべきだと思います。これは、多くの人の税金で、国内に住む方の子宮頸がんの発生を防ぐ費用を負担すべきということにもなります。

HPVは性感染 性行動の個人差や接種時の痛みに配慮を

定期接種A類は、最終的な本人または保護者の意思は尊重されるので、強制接種や義務的接種ではありません。しかし、国・自治体はできるだけ受けてもらえるように努力をする必要があります。極端なことを言えば、接種率100%近くを目指します。

しかしHPVは性行為でうつるウイルスですから、個人の性行動や年齢などによって、感染のタイミングについては非常に個人差のあるウイルスと言えます。年齢を一律に決めて一斉に勧めるというより、もっと個人の意見を反映できるようにした方がいいのではないでしょうか。

また、自分で判断ができる大人になってから接種をする、しないを決められるよう、対象の年齢幅をもっと広げても良いのではないかと思います。

個人の意思を強く反映できるようにするには、定期接種であればB類の方が私は妥当だと思います。

しかし今、A類からB類に変更すれば、ワクチンを受けようとする人の費用負担は増え、万一の際の救済の費用もA類より少額となります。この点は「A’」などのように、AとBの中間的な分類を特別に作ってもよいのではないでしょうか。

接種回数も日本では3回としていますが、HPVワクチンは筋肉注射なので痛みが強く、心身への負担は大きいとされています。WHOは、15歳以下では2回接種でも効果ありとしているので、国内でもこのような方法を検討すべきではないかと思います。

つまり、HPVワクチン再開(接種勧奨の再開)といっても、そっくりそのまま積極的な勧奨が中止された2013年6月以前の状態に戻すわけではなく、いくつかの変化を加えていく必要があると思います。

大慌てで元の状態に戻し、接種率の向上と維持を直ちに目指すことなく、スローペースでも構わないと思います。

最も大切なことは、子宮頸がんを中心としたHPV感染症を防ぎたいと思う人が、妨げられることがないことです。スムーズに、安心してワクチン接種が受けられるような環境をまず早急に整えることだと思います。

【前編】ワクチンと副反応  HPVワクチン、どう考えたらいいの?

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

HPVワクチンについては、厚生労働省厚生科学審議会予防接種ワクチン分科会委員長・同副反応検討部会委員(現在はともに任期満了)、現在は同審議会感染症部会委員を引き続き務めている。WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会理事長(平成29年12月まで)、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会常任委員など。