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ワクチンと副反応  HPVワクチン、どう考えたらいいの?

国の感染症対策にも関わってきた感染症の専門家が、ワクチンのメリットとデメリットの難しいバランスについて考える2回連載【前編】です。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐのがHPVワクチンです。この4年半、事実上、接種中止に近い状態になっていますが、この問題について今後どう考えていけばいいのでしょうか?

私が直接かかわってきた、日本における全国的なワクチン中止事例は以下のようなものがあります。

  1. 経口生ポリオワクチンの一時中止(2000年) 
  2. 日本脳炎ワクチンの積極的な勧奨の差し控え(2005年~2010年) 
  3. インフルエンザ菌b型 (ヒブ)・肺炎球菌ワクチンの一時中止(2011年)
  4. HPVワクチンの積極的な勧奨の差し控え(2013年~)


どんな経緯で中止になり、どのように対処したのか、順番に見ていきましょう。

生ポリオワクチンの中止と再開

生ポリオワクチン投与によって、100万回に1回くらいはポリオと同じ麻痺が生じることはよく知られていました。ところが、同じ地区で同じ頃に2例立て続けにポリオのような麻痺例が発生したため一時、生ポリオワクチンの接種を中止し、製品として問題があったかどうかを含めて緊急調査を行いました。

調査の結果、問題はないとして1か月後に再開が決まり、実際は夏のポリオワクチンを投与しない時期と重なったため、約5か月後に再開されました。この事例は、ワクチンによって麻痺を起こさない不活化ポリオワクチンの国内導入への強いきっかけとなりました

日本脳炎ワクチンの中止

日本脳炎ワクチンは、マウスの脳でウイルスを増やして製造していたので、マウスのタンパクが混入して、「急性散在性脳炎(ADEM)」という重症疾患の発生につながってしまうかもしれないと警戒されていました。

この考えから、細胞培養法という別の製造法に変えてそのような理論的なリスクを回避しようとしていた矢先に、1例の重いADEMが発生しました。その結果、2005年5月に、国は日本脳炎ワクチンを積極的に勧奨することを差し控えたのです。

細胞培養法による改良ワクチンの開発が進められており、導入も間近ですぐに新しいワクチンに置き換えられるものと考えられていました。

しかし、審査は当初の見込みより長い年月を要し、承認されたのは約2年後の2009年2月でした。これを受けて、さらに1年以上経った2010年4月から積極的勧奨が再開され、現在に至っています。

その間、接種のチャンスを逃した人に対し、定期接種として公費で接種をすることは、今も続けられています

ヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンで相次いだ死亡例

インフルエンザ菌b型 (ヒブ)・肺炎球菌による乳児の髄膜炎や菌血症・敗血症などの重症な感染症を防ぐために、ヒブワクチン・肺炎球菌ワクチンの導入が決まりました。2010年11月から国庫補助による予算事業として、実質的に定期接種と同じ形で公費負担によるワクチン接種が開始されました。

ところが、ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンを含むワクチンを同時接種して数日内に、小児が死亡した事例が4例報告されました。このため、2011年3月、厚生労働省は両ワクチン接種の一時見合わせを行ったのです。

その後も死亡報告が重なり、合計7例と使用されたワクチンについて緊急調査が行われました。

死亡とワクチンとの明確な因果関係は見出されず、ワクチンの製造方法には問題がありませんでした。また、海外でもワクチン接種後に一定頻度で接種後の死亡がありましたが、原因は別にあることが多く、その頻度は日本での事例と変わらないことなどがわかりました。

その結果、接種再開は妥当であるとして、2011年4月に再開となったのです。

再開に当たっては、「すべての死亡例は直接的に明確なワクチンとの因果関係は認められない」としてありますが、ワクチンとの因果関係がすべての例について一点の疑念もなく解決されているわけではありません。

例えば、乳幼児突然死症候群(SIDS)とワクチンの関連などについては、この事例をきっかけに現在に至るまで調査研究が続けられています。

現代の医学では原因不明の死亡といわざるを得ないこともあります。しかし、それが解決されるまでワクチン接種を行わなかった場合、重いヒブ感染症や肺炎球菌感染症による被害を放置することになります。

そのリスクは、現在のワクチンがはらむ健康被害のリスクをはるかに上回るとの考え方で、再開が決定されたのです。

なお、ヒブ、肺炎球菌ワクチンが導入・再開された後、重症のインフルエンザ菌感染症、侵襲性肺炎球菌感染症は激減しました。ワクチンによって多くの子どもたちの健康が守られているのです。

ワクチンと感染症の戦い

HPVワクチンは、2013年4月に小学校6年生から高校1年生の女子を対象に定期接種となりました。ところが、接種後の長引く痛みや運動障害などを訴える声が相次ぎ、その年の6月には接種勧奨が差し控えられました。

ご存じのように4年半もの間、その状態が続いています

その他にも過去には、1968年にDPT(ジフテリア+百日咳+破傷風)ワクチンが定期接種として開始され患者数は激減しました。ところが、1975年、ワクチン接種後に死亡した2例が大きく取り上げられ、「百日咳ワクチン脳症」などと言って追及されました。

この死亡原因は、後の検討で、ワクチンではなく、難病の遺伝性てんかんによるものではないかと考えられています。

DPTワクチンは中止され、3か月後に再開されましたが、一般の人のワクチンへの信頼感は損なわれ、接種率が大幅に低下しました。その結果として、百日咳患者は増加し、年間10人の死亡者が数年にわたって出るようになったのです。

1981年には世界に先駆けて発熱率などの少ない百日咳ワクチンがわが国で開発されました。改良型DPTワクチンの接種が開始されるようになりましたが、ワクチン中止前の患者数、死亡者数の状態にまで戻るのに、およそ10年間を要しています。

また、麻疹(はしか)、おたふく風邪、風疹対策として世界的に導入されている「MMR(麻疹+おたふく風邪+風疹)ワクチン」が、日本でも1989年4月より定期接種として導入されました。

国産MMRを用いて始まりましたが、副反応としておたふく風邪ワクチンによる髄膜炎が多く発生することが判明し、MMRワクチンは1993年4月に中止されました。そして、それぞれのワクチンの単独接種に戻されました(麻疹と風疹は公費で打てる定期接種、おたふくかぜは全額自己負担の任意接種)。

その後2006年4月より麻疹と風疹はMR混合ワクチンとして、おたふくかぜワクチンは、単独ワクチンのままで接種されています。

現在MRワクチンの接種率は高く、それに伴って麻疹と風疹の発生は極めて少なくなりました。そして、2015年3月に日本はWHO(世界保健機関)より麻疹排除を達成した国として認定されたのです。

ところが、任意接種のおたふくかぜの流行は、ほぼ自然のままで放置されている状態です。最近ではおたふくかぜで合併する難治性の難聴が問題となり、日本耳鼻咽喉科学会や日本小児科学会などは、おたふくかぜワクチンの接種を勧める方針を打ち出しています。

ワクチンのメリットVSワクチンのデメリット

ワクチンはこのように、感染症が劇的に減少するというすばらしい効果がある一方、ワクチンが原因で、あるいはワクチンが原因かどうかはわからない状況で、健康被害問題が現れることがあります。

それが重症であったり日常生活に支障をきたしたりするようなものだと、社会的にも大きな話題となり、ワクチン接種を一時中断して調査を行うことがあります。

その結果、上記の生ポリオワクチンや、ヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンのように短期間で再開するものもあれば、日本脳炎ワクチンなどのように中止の期間が長引いてしまうもの、MMRワクチンのように製造が中止になったものがあるのです。

ワクチンを行うことによって病気を少なくするというメリットと重い副反応が生ずるかもしれないデメリットーー。

ワクチンを打たないことによって重い感染症や症状の発生はそのままとなるデメリットと、そのワクチンによる副反応かもしれない健康被害が生ずることがなくなるメリットーー。

ワクチン接種の可否は、いつもこのバランスを考えて総合的に判断することになります。ただし、その健康被害がワクチンによるものではない場合には、同じような症状や病気はワクチンをやめても変わらず生ずることになります。

その点では、ヒブワクチン、肺炎球菌ワクチンの際の判断は、迅速で混乱は少なく、再開したメリットは高かったと考えられます

ワクチンの「中止」と「積極的勧奨の差し控え」はどう違うか

日本脳炎ワクチン、そしてHPVワクチンは「中止」ではなくて「積極的勧奨の差し控え」とされています。なかなかわかりづらく、ごちゃごちゃとした説明になってしまうことも、HPVワクチンの問題がこじれた要因の一つでしょう。

日本の予防接種の制度は、「定期接種」「任意接種」に分けられています。

定期接種は「予防接種法」に基づいて行われるもの。したがって日本では相当細かいところまで(はしの上げ下ろしに至るまで、という表現がぴったりするほど)法律等で定められています。

任意接種は、法律で定められていないもので、その人の「ワクチンの接種をした方がいい」という意思と医学的な必要性から行われます。

ただし、そのワクチンは、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」(旧・薬事法)で承認されたものであることが原則になります。

定期接種には、国及び自治体が接種することの必要性を説明したうえで対象となる人々に強く勧める「A類定期接種」と、高齢者へのインフルエンザワクチンのように、国の勧奨はそれほど強くはなく、本人の意思が最優先される「B類定期接種」とに分けられます。

もちろんA類接種であっても、最終的に本人や保護者の意思は尊重されるので、強制接種、義務的接種ではありません。

A類では原則として接種を受ける人の費用負担はなし、B類は一部自己負担です。著しい健康被害がワクチンによって生じた可能性があったり、またはありそうだったりする場合には、A類B類で金額の違いはありますが、医療費その他は国・自治体が救済のために負担する制度となっています。

ワクチンの中止というのは、全面的なワクチン接種の中止となりますが、国の積極的勧奨の差し控えとは、国及び自治体はそのワクチン接種を強く勧めることは控えるということです。

積極的勧奨が中止されると、対象となるお子さんの自宅に封書やハガキなどで接種を促すお知らせが送られなくなります。自分で打つべき時を判断し、自分で接種している医療機関を探して受けなければなりません。

つまり、ぜひ受けるようにしてくださいとは言わないけれども、接種を受けようとする人への費用負担や、万が一救済が必要となった場合は、国・自治体が負うというものです。

すなわち、それぞれの人の「ワクチンを受けたい」という権利は保障されることになります。しかし、実際は「積極的勧奨の差し控え」が行われると、接種を受ける人はごく限られた一部の人、となります。

後編では、積極的勧奨の差し控えが続くHPVワクチンでは、どのような状況に陥っているのか具体的に見ていきましょう。

訂正

日本脳炎ワクチンの積極的勧奨を差し控えた年を訂正しました。

【後編】実質的な中止状態が続くHPVワクチン 再開に向けて何を考えるべきか

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

HPVワクチンについては、厚生労働省厚生科学審議会予防接種ワクチン分科会委員長・同副反応検討部会委員(現在はともに任期満了)、現在は同審議会感染症部会委員を引き続き務めている。WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会理事長(平成29年12月まで)、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会常任委員など。