「この夏、実家に帰ったら、親孝行を兼ねてドライブをしてみませんか?」
高齢者の自動車事故が注目されていることを背景に、日産自動車が始めた取り組みがある。
それは、助手席に座るという親孝行。
親の運転を隣で見守り、運転能力を自身の目で確かめようと呼びかける、「#助手席孝行」という取り組みだ。
実家に帰ったら #親の運転となりで見守ろう。 見守るときの合言葉は「#みぎあしは」 「み」→ミラーちゃんと見てる? 「ぎ」→ギアチェンジ迷ってない? 「あ」→アクセルとブレーキ急じゃない? 「し」→シャカンキョリ保てている? 「は」→ハンドルはスムーズ? #助手席孝行
誰もがかんたんにチェックできるよう5つのポイントに絞り、その頭文字から「みぎあしは」の合言葉にまとめている。

自動車メーカーとして何ができるか
従業員のアイデアがきっかけで生まれたという「#助手席孝行」。
その背景には高齢ドライバー問題への関心の高まりがあったと、松村眞依子さん(日本マーケティング本部ブランド&メディア戦略部)は語る。
「免許の自主返納を促す動きがある中、高齢ドライバーに対する注意喚起の運動は、自動車メーカーとして取り組む意義があるはず。そうした思いからアイデアが生まれました。」
周りのメンバーにその話をすると、「自分の親のことも心配になっていた」「親と話をするきっかけが欲しかった」と、賛同する声が多かったという。

助手席孝行のアイデアを聞いた上司の堤雅夫さん(日本マーケティング本部ブランド&メディア戦略部部長)は、「全社的な活動としてやってみよう」と後押し。そこからの動きは早く、関連する組織が一体となって協力体制が広がった。
「コンセプトムービーの撮影のために、実際に『#助手席孝行』をしてくれる人を募ったときも、たくさんの社員が志願してくれたんです。そのおかげで、主要都市で広告展開するなど、全国規模の取り組みになったことは、とても嬉しく思っています」(松村さん)
助手席で初めて気づいた、父親のクセ
今回の取り組みの中で、現在75歳の父親の助手席に乗ってみた峯朋子さん(日本マーケティング本部ブランド&メディア戦略部)は、「やってみて初めてわかることがたくさんあった」と振り返る。
峯さんの父親は車好きで、働いている頃は通勤で毎日乗っていた。ゴルフが趣味で、定年後もたまに近県のゴルフ場まで長距離を走ることもある。いま乗っている車には、最新の安全装備が搭載されている。その安心感からか、父親の運転能力を意識することはなかったそうだ。
実際に助手席に乗って、父親の運転をチェックしてみると、気になる点が見つかった。巻き込みを気にしすぎて、左折する際に外に膨らみすぎる傾向があった。それを指摘すると、今度は左に寄せることに気を取られすぎて、右側への目視が疎かになりがちになった。

「技術の課題もさることながら、注意力や急な状況変化に対しての反応速度が、昔よりも衰えているんだなと、あらためて実感しました。そういうのって、人から指摘されないとなかなか気付けないですよね」
父親との久しぶりのドライブ。峯さんはその直前まで、「運転に対して何か言っても、聞く耳を持たないのではないか」と不安を感じていたが、それは杞憂だった。
「父は真面目に聞いてくれたし、終わった後も『すごくいい経験をさせてもらったよ』と。私があなたのことを心配している、という思いが伝われば大丈夫なんだと思います」
助手席では免許返納の時期についても、初めて父と話をした。「運転が好きなので、あまり考えていないかと思ったら、自分で『80歳くらいまでかな』と言っていて。先を意識しながら、気を付けて運転してくれているんだなと、安心しました」

「交通事故の死亡・重傷者数ゼロ」のためにできること
「#助手席孝行」の取り組みは、日産車がかかわる交通事故の死亡・重傷者数ゼロを目指す「ゼロ・フェイタリティ」に通じている。
この目標に向けて日産自動車は、技術面での取り組みを推進。たとえば自動運転化技術は事故を減らすだけでなく、増え続ける高齢ドライバーにも安心して運転できる環境を提供できると考えている。
昨今話題になっている、ペダルの踏み間違い事故にも早くから対応を実施。世界で初めて踏み間違い衝突防止アシストを市場に導入した(*1)。
*1:2012年11月時点 日産調べ

その一方で、堤さんは「ゼロ・フェイタリティの実現は、技術面の努力だけで完結するものではない」と指摘する。
「運転ミスによる不慮の事故は、AIなどの機能によって減らしていけるでしょう。ただし、機能はあくまで運転を補佐するもの。人が運転する以上、ドライバーに安全運転を呼びかける必要性がなくなることはありません」

仮に運転が全自動化される未来がやってきても、「自分で運転する楽しさ」を求める人は、きっといなくならないだろう。「その気持ちはできるだけ尊重したい」と、堤さんは話す。
「いつまでも安全に楽しく運転してもらいたい――というのが、私たちの願いです。ただ、年齢による能力低下によって運転が難しくなる状況はどうしても避けられません。自身の衰えを自覚して『もう運転はできない』と判断を下すのは、なかなか困難なもの。その意思決定を後押しできるのは、近くで見守っているご家族だけだと思います」
「いつまで運転続ける?」家族だからこそ話し合えること
それでも「いつまで運転続けるの?」なんて、いきなり話題には出しにくいだろう。だからこそ、助手席に乗って、その場で運転についてあれこれ話すことで、親子の対話もしやすくなるはずだ。
「最後に車内で、父と旅行の約束をしたんですよ。前々から行こうとは思ってたんですけど、なかなかちゃんと話すきっかけがなくて」と、峯さんは笑った。こんな風に「#助手席孝行」が、さらなる親孝行につながることだって、あるかもしれない。
「発表からたくさんの反響をいただけて、社会的にインパクトがあることも実感できた。単発で終わらせることなく、今後もゼロ・フェイタリティを目指す取り組みの一環として、『#助手席孝行』の呼びかけは継続的に行なっていきたい」と、松村さんも意気込む。
帰省中のみなさん、これから帰省するみなさん、さっそく「#助手席孝行」してみませんか?

Text by 西山武志 for BuzzFeed/ Photos by 石塚定人 for BuzzFeed / Contents edited by BuzzFeed