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お母さんたち胸張っていこう!「母乳育児」に追いつめられないで

赤ちゃんが元気に生きていたら十分です。

母乳には、みなさん、甘い思い出も苦い思い出もあると思います。

私は帝王切開で生まれました。

当時は手術後の痛み止めもほとんどなく、母は1週間くらい立ち上がることもできなかったのと、「ミルク万歳!」時代に生まれたため、生後から私は大きな哺乳瓶でミルクをガボガボ注がれていました。

だから、母乳の味は知りません。

「完全母乳でなければ」母親を追いつめるこだわり


初めて「完全母乳」に疑問を抱いたのは、産婦人科医になってまもない頃。

あるお母さんが、望んで望んで授かった我が子にあげるはずの母乳が、ほんの少ししか出なかったのです。

退院直前になっても母乳の十分な量が出ず、彼女は焦り、泣きました。

赤ちゃんの体重は減り続けていて、ミルクを足さざるを得なかったのですが、完全母乳にこだわっていたそのお母さんは、まもなくひどいうつになりました。

それでも、母乳をあげるために薬を飲まなかったのです。

そして、赤ちゃんを殺そうとしました。

医師として関わっていながら全く役に立っていない無力感。どうしてもっと強く彼女を説得しなかったんだろう。何が彼女をここまで追いつめたんだろう。そこまでして、母乳にこだわる必要はどこにあるんだろう。

「母乳でがんばりたい」と必死になる妊婦を見るたびに、どんよりと心が澱んでいきました。

母乳のメリット、デメリット


ここで母乳のメリットについて少し触れておきますが、それらは母乳育児を支援するサイトや本でいくらでも目にすることができます。デメリットは、こだわりすぎて心を病むお母さんが発生してしまうこと、と私は考えています。

母乳のメリットで調べると、アレルギーの減少や免疫力アップ、脳の発達への影響、突然死など病気の予防、母親のメンタルの安定、将来の母親の卵巣がんや乳がんのリスク減少などなどたくさん出てきます。

しかし、あたかも完全母乳でなければ赤ちゃんはアレルギーとなり、病気ばかりし、脳の発達も遅れるかもしれない、母親は乳がんになるかもしれないーー。

そんな印象を与えてしまうのは問題ではないでしょうか?

母乳に勝るものはないというのは前提としてあるにせよ、メリットを強調するあまり、完全母乳でないお母さんへの配慮はあまり感じられません。また、健康に対する脅迫であるかのように受け取るお母さんもいるでしょう。

赤ちゃんの免疫力をつけるために最も重要なのは「初乳」です。

初乳は産後数日間だけ分泌する特別な母乳で、体内に侵入してきたウイルスや細菌、微生物などを排除するために戦う白血球や抗体が多く含まれています。

後から出てくる母乳と比べて、タンパク質やビタミン、ミネラルの割合も高く、赤ちゃんのその後の成長を守るために、大事な役割を果たします。

ですから、産後すぐは、他の食べ物ではなく、初乳を与えることが重要とされているのです。産後の数日がカギを握ります。その量は1回約5ml程度で、小さじ一杯ほどです。

これは、ほぼすべての産婦で達成できるのではないでしょうか。

発達に関しては、長期的に見て母乳育児のほうが良いという結論は今のところなし。母乳を飲んでいたからといってアレルギーにならないわけではない。母乳アレルギーの赤ちゃんもいる。

あれ......?今までの知識となんだか違うぞ......と思われた方もいらっしゃると思います。

それらを踏まえた上で、、完全母乳でなければいけないのか?

もちろん母乳のみでいきたい人はそれでよし。しかし、完全母乳を短期間続けるより、母乳とミルクの両方で育てる混合栄養であっても母乳育児を継続する方が効果はあるのです。つまり、完全母乳にこだわる必要はなし。

だから、完全母乳でない人も、なんら後ろめたさを感じる必要はないと思いますよ。

日本では1滴も母乳をあげたことのない母親の方が少数ですし、完全ミルクだったとしても感染症であったり精神疾患で薬を飲んでいたり、さまざまな医学的理由があって、あげられない方が多いと思います。

その人たちも、赤ちゃんが育っているならば、感染症から守り、薬の影響から守るという、赤ちゃんを育てるための最大の目的を達成しているわけです。

適切な母乳指導を受けられないお母さんたち


私の産後の診察では、助産師がとった問診票に目を通し、母子手帳で赤ちゃんの体重がどれくらい増えているかを確認します。

体重が増え過ぎているにも関わらず、母乳にミルクを足している場合は、助産師にミルクを減らすように指導されているケースもあります。

母乳だけで十分なのに、なぜ混合を選んでいるのか、そこにある不安は何なのかを必ず確認するようにしています。

逆に、体重増加がおもわしくなく、理由を説明されずに小児科医に「はいミルク足して」と指示されていることもあります。

さらには、助産師には逆に「いや、ミルクは足さなくても大丈夫」と小児科医の指示を訂正されていたりもします。「どっちを信じたらいいんですか......」と悩むお母さん。悩むのも当然です。

母乳だけでうまくいかない背景には様々な問題が隠れています。そして、何が母乳が足りないサインなのか知らない人は、お母さんたちだけではなく、医療者にも多く見られます。

医療者も、母乳について正しい知識を持っている人は多いとは言えません。

母乳をあげ終わってもまだ赤ちゃんが泣いている、母乳が足りないんだ......と思っている方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

しかし、実は違います。

赤ちゃんの尿の回数がたっぷり6回以上あって、ゆっくりでもきちんと体重が増えていればいいのです。これだけ。

え?ほんとに?

いや、ほんとなんです。よく言われる「母乳をあげた後もミルクを飲む」も、母乳の足りないサインではありません。

「赤ちゃんがすぐ寝てしまって思うように吸ってくれない」「乳首を拒否する」「乳首が切れて痛みで冷や汗をかきながら授乳している」「授乳をし終わってもギャン泣きしている」ーー。

「本当にこの子は母乳が足りているのだろうか」と悩むでしょうね。

そんな人たちは、産前に「いかに母乳が優れた効果を発揮するか」を強く刷り込まれた結果、ミルクを足すことに罪悪感や引け目を感じています。

そして、困った時に今のやり方が正しいのか、ミルクを足すべきなのかそうではないのか。そもそもどれくらい足したらいいのかがわからないのです。

そのように母乳でつまづいた時に、正しい知識のない医療者にしかアクセスできないから、ミルクを足すしかなくなっているのではないでしょうか?

なんとか母乳だけで育てたくて、助産院や母乳外来に通う人もいます。

しかし、適切な指導もなく、「あんたの食事が悪い」と怒られる人もたくさんいます(ちなみに極端な食事でなければ食べてはいけないものはありません)。

母乳が出るようになる食べ物はありませんし、ハーブティーも効果はありません。マッサージで必ず出るようになるわけでもありません。

医療者が追いつめて産後のうつになる事例は、それなりにあると思います。

私が診た中には、食事制限を指導されて、キャベツしか食べていないお母さんもいました。また、和食以外の食事をとったのを怒られた結果、大好きな食べ物も口に入れて飲み込まず、吐き出していた人もいます。

一度「母乳最高!」を刷り込まれてしまうと、「ミルクでもいいのだ」という思考回路になかなか変化しません。

また、混合栄養であっても母乳育児をしているのだという認識がありません。きちんとした指導がないから混合にしているのに、悪くないお母さんが医療者に怒られ、悩んでいるのが現状です。

これは、怒られ損ではないでしょうか。

赤ちゃんに優しい病院は、お母さんに優しいか?


母乳に熱心な助産師は、母乳育児を推奨している病院に集まります。
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BFH(Baby Friendly Hospital 「赤ちゃんに優しい病院」)という病院認定制度があります。

WHO(世界保健機関)とユニセフ(国連児童基金)は「母乳育児を成功させるための10か条」を遵守し、母乳育児を支援する産科施設を認定しているのです。

それらの主張は間違っていないし、できるだけ母乳で育児をしたい人には役立つことでしょう。

しかし、こうした施設ではミルクのサンプルも置いていません。配ったり、調乳指導もなかったりします。

そこまでミルクは悪なのでしょうか?

ミルクが必要になった時、必要かもしれないと思った時、誰から正しい知識を得るべきでしょうか。あなたの身近に、叱らず根気よく抱き方や授乳の間隔、困った時にきちんと疑問に答えてくれる医療者はいるでしょうか。

「母乳外来」という名前を聞いただけで、「ミルクを足したい、足さざるを得ない私は行けない......」と躊躇する方もいました。つらくて門をたたいても、「やればできるよ!」と精神論的な指導をされることもままあります。

それは、うつの患者に「もっとがんばれ!」と励ます行為と似ているように思います。

かと言って、自分で必要な情報を探そうと思っても、横やりが入ります。

インターネットでBFHのサイトを見れば、「スマホやテレビを見ながらの授乳はいけない」などと書いてあります。

子育て業界に圧倒的に巣食う「スマホ批判」は一体なんなのでしょう?

母乳の出が軌道に乗るか乗らないかギリギリの期間で退院した後、母子の孤独な子育てが始まります。BFHのサイトだってネットにあるわけですから、授乳や家事の合間にスマホかパソコンで検索するしかないのです。

そして、スマホなら抱っこしながらでも情報にアクセスできるのです。

お産で入院する数日も確かに母乳育児のスタートとしては大事な時期でしょう。しかし、退院後の生活の方が、より大事な意味を持つのではないでしょうか?

一方、お産の半数を担う開業産科医は、様々な理由で最初からミルクを足すよう指導することも多いようです。母乳だけでは退院するまでに量が十分ではなく、赤ちゃんが黄疸になって大きな病院に搬送、入院になることもあります。

そういったアクシデントを避けるためだったり、母乳に熱心なスタッフが集まらなかったりなど人手不足も原因でしょう。

母乳育児に対しては、スパルタか放置の姿勢で、正しい知識もなくお母さんたちを知らずに追いつめていく医療者。

一方、子育てを支援するはずの社会はどうでしょうか。

授乳はじめ、赤ちゃんの世話だけに没頭できない家庭内の状況があります。既に上に子どもがいる場合、赤ちゃんにかかりきりにはなれません。父親の帰りは遅く、週末だけは代わりに面倒をみてもらいたくても、疲れ切っています。

実家の家族は働いている。あるいは遠方だったり、関係が断絶したりしている。

母親も疲れ切っている。育休をろくに取れずに、仕事復帰せざるを得ない人もいる。産後に働いていないと保育園に入れないため、最初からミルクに慣れさせようと足している人もかなりいます。

子育てするには過酷で孤独過ぎる社会状況が、お母さんたちを追いつめているのです。

重要なのは、医療者の適切な支援


母乳育児をするにあたって、最も重要なことは「母親の努力」ではなく、「医療者の適切な支援、介入」だと言われています。

育児をするにあたって、なんの問題もない母親もいますが、困った時、母親個人を取り巻く状況をきちんと理解し、それに沿ったアドバイスができる医療者が鍵を握ります。

長い時間をかけてどんな問題があるのかを探り、時には実技を一緒に行い、それでもつまづいた時、次の方法を伝えられる医療者が母親を救っていくのではないでしょうか。

なお、完全ミルクで育った私ですが、アレルギーもなく、突然死することも大きな発達の異常もなく、多少デブくらいの健康優良児で、自主的にサボる以外学校を欠席したことはありません。医師免許も取得できました。

また、母親についてもやはりデブってはいますが乳がんや卵巣がんになることもなく、非常な健康体でして、きちんと子どもを育て上げ、良好な関係を保っております。

もしも、母親がミルクを与えたことで自分を責め、暗い気持ちで子育てをしていたなら、私は母親に申し訳なさしか感じないと思うのです。

「ミルクでいいじゃん」という単純な答えだけでもいけないのだろうとも思います。しかし、適切な支援をしていく医療者が増えないことには状況は変わらないのです。

医療者は母乳育児を推進するなら、正しい知識を持ちましょう。

今日の私の診察も、母乳とミルクの狭間で悩んでいるお母さんたちばかりでした。食事内容や、「目を見つめて授乳しろ」などの指導はもういりません。

「おっぱいが張らない」「母乳をあげた後も泣く」「ミルクを飲む」ーー。

全部、母乳が足りないサインではありません。みんなが正しいと誤解している情報を、まず「違うよ」と伝えて、じっくりとお母さんに関わってあげてください。

母親たちよ、胸を張れ


ミルクの方が母乳より消化に時間のかかることはわかっています。だから、ミルクならよく寝てくれるという経験をする人も多いのでしょう。

正常な思考もままならないくらい疲れ切った親たちが、寝るためにミルクを足すことは、母乳育児からの敗北なのでしょうか。

父親が授乳したいからと育休をとり、お母さんが搾乳した母乳で授乳していた家庭もありました。やり方はそれぞれでいいんだと思います。

「このやり方以外は間違っている!」と固執し、病んでいく方が問題ではないでしょうか。

母乳外来や助産院になかなか行けないという人、または相性の悪かった人には、産婦人科医の戸田千さんのブログ「やわらかな風の吹く場所に:母乳育児を応援」や、母乳育児を支援するNPO法人「ラ・レーチェ・リーグ日本」のサイトを紹介しています。

母乳にまつわる悩みは千差万別なので、それでも問題は解決されないかもしれません。

先に述べたサイトをはじめ、『母乳育児のポリティクス』(メディカ出版)、『ちょっと理系な育児 母乳育児篇』(京阪神エルマガジン)、雑誌「周産期医学」などを今回の記事では参考にしました。

WHO(世界保健機関)やBFHの情報も余裕があれば有益です。どれも、正しいのだろうと思います。

しかし、追いつめられ、きちんとした母乳外来にアクセスもできず余裕をなくしたお母さんには時間がないし、速効性がなく、解決に至らないでしょう。

母乳育児をしたい人のための情報はあっても、適切なミルクの足し方、あるいは減らし方など、混合や完全ミルクで子育てをしたい人を支援する媒体はあまりないのです。

産後の診察を何年もするにあたって、私はどのように母親たちが情報にアクセスするのかを聞いてきました。みな、困った時や不安になった時に情報を得ようとします。

「乳腺炎 原因」「赤ちゃん 泣き止まない」「乳首 拒否」「母乳 増やす」

ネットでは、単語で検索する方が多いのですが、正しい情報に一発でたどりつくことは、まずありません。

困っている現在、目の前には授乳をしなければいけない赤ちゃんがいます。

そこで、一から正しい本を読む時間や余裕はありますか?

ギャン泣きしていたら?脱水になっていたら?今授乳ができないせいで将来の我が子に何かが起こったら?

乳首を拒否する赤ちゃんを目の前にして、「ゆっくり裸になって一緒に入浴してみましょう」。このアドバイスは本当に有効なのでしょうか。産前に母乳育児について学んでおかなかった母親が悪いのでしょうか?

違いますね。

そして、「母乳?」と、無神経に挨拶として聞いてくる"妖怪"が、社会には溢れています。

それでも、母乳を一滴でもあげたなら、「私は母乳育児をしている」と胸を張ってほしい。その通りなのだから。母乳育児という言葉もあいまいで、混合栄養も定義は様々なのです。

いろんな理由で母乳があげられなかったとしても、今、赤ちゃんが生きていればそれで胸を張っていこう。混合栄養なのはあなたが悪いんじゃない。ちょっとでも母乳をあげていたら、それが母乳育児をしているってことなんだ。

命を育てていることに胸張って、みんな。

それが、私が一番、お母さんたちに届けたい言葉です。

【佐藤ナツ(さとう・なつ)】 産婦人科専門医

東京都出身。国立大学医学部卒。現在、総合病院産婦人科と総合周産期母子医療センターで勤務中。ツイッターでは「タビトラ」名義でつぶやいている。

※この記事はBuzzFeed JapanとYahoo! JAPANの共同企画に加筆修正を加えたものです。

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