• factcheckjp badge
  • medicaljp badge

おにぎりは発酵食? 素手でにぎることを勧める雑誌記事に驚いた

食中毒の危険性をどう考えているのでしょうか

私の勤務する国立国際医療研究センターは、感染症の高度専門機関と位置付けられているナショナルセンターのため、何か感染症の問題がニュースになるたび、報道や一般市民の方から「これってどうなんですか?」という問い合わせが増えています。

最近は健康情報について検討を促すような啓発や報道記事もあるためか、自分で調べたり確認したりする人も増えているからかなと思います。

情報発信者やその責任者は、医療や健康について正確な情報か、誤解から実害が生まれないかを考える必要がありますので、個人の思いつきで記事が掲載されることは大手の媒体ではありません。

しかし、今月に入ってびっくりした記事があります。それは、かつての愛読書である「クロワッサン」という雑誌が、おにぎりについて石けんで手洗いせず素手で握るように勧める記事を掲載していたことです。

手塩にかけたおにぎりは、おいしい発酵食?

その記事は、「腸に効く、発酵食とオイルのもっと賢い摂り方。」というタイトルの2018年5月25日号に掲載された「手塩にかけたおにぎりは、おいしい発酵食?」というものです。

料理研究家の本田明子さんがおにぎりの握り方を写真付きで紹介し、以下のように話しています。

「素手は不衛生だからと小さいお子さんがいる家ではラップや食品用手袋でにぎる人もいますよね。でも素手でにぎるからこそ”おにぎり”はおいしいんです。(中略) 人の手まで不潔だと悪モノにしたら、日本の伝統的発酵文化そのものが成り立ちませんよ」

「もちろん手を洗うことは大切。けれど石鹸のない時代からお母さんたちは、手をよく洗ってごはんを握っていたんですからね。私は粗塩で手を洗います。塩なら適度に手の油分が残るし、抗菌作用もありますから」

さらに、東京医科歯科大学の名誉教授、藤田絋一郎氏が「おにぎりは発酵食品と同じです」と語り出すインタビューも掲載されています。

著書に『手を洗いすぎてはいけない』(光文社新書)がある藤田氏はこのインタビューでこのように語っています。

「大事なのは、そのおにぎりが素手でにぎられていること。手を怪我しているなら別ですが、衛生に配慮してビニール手袋やラップでにぎられたおにぎりに発酵食品の価値はありません」

「おにぎりを素手でにぎる効用は体内に乳酸菌などの常在菌を取り込むことです。石鹸でゴシゴシ手を洗ったら常在菌が死んでしまいます。(中略)僕は水だけで手洗いしていますよ」

おにぎりが原因の食中毒は繰り返されている

「おにぎりが原因で食中毒」の事例はこれまでにもなんども報告があり、そのたびに再発防止の呼びかけも行われています。

2016年5月には熊本地震の避難所で提供されたおにぎりで、34人の避難者が嘔吐や下痢の症状に苦しみました。市内の飲食店で作られたもので、患者の便やおにぎりからは黄色ブドウ球菌が検出されました。

黄色ブドウ球菌は、食品中で増殖する時にエンテロトキシンという毒素を作り出し、激しい嘔吐や下痢などの症状を引き起こします。

東京都の食の安全のページ「こうして起こった食中毒 黄色ブドウ球菌」には、手を洗うことや、ラップをつかうなど素手以外の選択肢が紹介されています。

黄色ブドウ球菌だけでなく、手についている菌やその毒素、またウイルスが原因となって「吐き気」「下痢」等の症状で苦しむ人たちが出ないよう、調理をする人の手指の衛生は基本中の基本です。

ですので、雑誌の特集で食中毒リスクが高まるような情報が2018年の段階で掲載されていることにまず驚きました。

BuzzFeed Japan Medical 編集部で取材した管理栄養士、成田崇信さんもこの記事について「あまりにひどい内容」と語っています。成田さんは「おにぎりは素手でにぎるのが一番?」という記事も書いています。

「おにぎりを弁当箱に詰めている写真を掲載しているということは、時間をおいて食べることを想定しており、菌が増殖するリスクについて言い逃れはできません。粗塩での手洗いに抗菌作用があると語っていますが、腸炎ビブリオなど塩を好む菌が魚の調理などで付着していたら意味はありません。調理の際の手洗いは、石鹸を使って水でよく流すことが基本です」

藤田氏のインタビュー部分についても、「おにぎりが発酵食だなんて奇をてらっているとしか思えません。乳酸菌などの常在菌を取り込むと言っていますが、手は生活の中でいろんなところを触っていますので、常在菌以外の菌も付着しています。衛生的に無防備な状態で食品を触れと言っているようなもので論外です」と厳しく批判しています。

どんな確認をしたのか? 掲載したメディアや編集者の責任

そして私は、「なぜこのような記事になってしまったのだろう?」と考えてみました。

医療の専門家として語っているのは有名大学の名誉教授。寄生虫が専門ですので、感染症の専門家がいうのだから正しいのだろうと思ったのかもしれません。

命や健康に関わるような情報は、「適切なのか」「最新なのか」「他の意見はないのか」を調べて確認する必要はあります。

私たちも、仲間の専門家に頼んで間違ったことを書いていないか、適切かを相互チェックするようにすることがあります。なぜかと言うと、専門家同士でも伝わるとしても、そうではない人たちに誤解される表現や用語があるからです。

内容をチェックする編集会議やその責任者の誰も疑問を持たなかったのでしょうか? リスクを知らずに記事にしてしまったのか、知ってはいたけど別意見を押すために掲載したのか、外部の人にはわかりません。

SNSでも「発酵オニギリ? 危険じゃない?」という注意喚起も並びはじめました。

「このままでは信じて犠牲になる人が出てしまう」と考えて、編集部に問い合わせをしてみました。電話に出た人はこの記事に関わっていない人でしたので、
「情報が適切か見直してほしい」「もし不適切であると判断するなら、次号やWeb媒体で修正情報を掲載してくれませんか」の2点をお伝えしました。

BuzzFeed Japan Medical編集部を通じて改めて、クロワッサン編集部に取材してもらいました。記事は外部ライターに発注したものだそうですが、編集部も内容はチェックしているそうです。その上で、記事に書かれた内容が全てとして、「コメントは差し控える」と回答があったと聞きました。修正はなされないのでしょう。

一つの情報が他のリスクにつながる恐れ

この記事を信じて「手を洗わないでおにぎりを握るほうがよさそう」と考える人はそう多くないのかもしれません(そう期待しています)。

それでも影響力のあるメディアの間違った情報を放置することは、その後いろいろな形で実害につながり続けるリスクがありますし、リスクを軽視して放置している専門家や専門団体は信頼を失う可能性があります。

例えば、おにぎりがOKなら他のものもOKだろう、と食の安全に対する注意意識が下がることにもつながるリスクを考えます。「私はなんともない」「私は大丈夫だった」ということは、その対策が最適であったということではありません。

食べ物関係は集団の事例に発展しやすいことがわかっており、そこで影響を受けやすいのは赤ちゃん、小さいこども、妊婦や病気と闘っている健康にハンデのある人たちです。

ですので、今後も気づいたら「確認させてください」と連絡をとろうと思っています。そして、関わった記者や編集部の人が、今後似たような記事を書く際により丁寧に確認をしてくれるようにと期待しています。

食中毒を防ぐために 調理の時に何に気をつけるべきか

レジャーや旅行、イベントで調理を担当する時は、以下のようなことに注意する必要があります。

  •  自分や家族の体調が悪ければメンバーからはずれる
  •  手指に傷があるときは調理メンバーにならない(絆創膏をしてもダメ)
  •  手袋やラップを活用し、食材に直接触らないようにする
  •  手袋を使う前にも手を洗う
  •  食べ物は長時間放置しない


こうした情報は、お住いの地域の保健所のホームページなどにもありま
すのでご確認ください。

おにぎり食中毒の黒幕 「黄色ブドウ球菌」について専門家に詳しく教えてもらいました

【参考資料】

成田崇信さん おにぎりは素手でにぎるのが一番?

東京都福祉保健局「こうして起こった食中毒 黄色ブドウ球菌」

厚労省:避難所における食中毒の発生防止について

熊本県八代市の黄色ブドウ球菌による食中毒の発生について

国立保健医療科学院 おにぎり弁当を原因とするセレウス菌食中毒

【堀成美(ほり・なるみ) 感染症対策専門職(看護師)】

神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短期大学卒業。民間病院、公立病院の感染症科勤務を経て、2007〜2009年国立感染症研究所 実地疫学専門家コース(FETP)修了、2009〜2012年 聖路加国際大学・助教(看護教育学/感染症看護)、2013年より国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務(感染症対策専門職)。2015年4月より国際診療部・医療コーディネーター併任。

東京学芸大学大学院 博士課程満期退学(教育学修士)、国立保健医療科学院 (健康危機管理、Master of Public Health)修了。