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ほとんどうたれなくなったHPVワクチン、再開のために私たちができること

子宮頸がんなどの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。長く感染症対策に取り組んできた看護師が、HPVワクチンに対する人々の関心の移り変わりを振り返りました。

私は2018年まで、「感染症対策専門職」という仕事を感染症の専門機関でしていました。

「対策」の仕事で一番大切なのは、感染症が広がらないようにすることですが、そのためには医療職以外も含めた多くの人の協力が必要です。このため、最も基本的な仕事は不安や疑問への対応でした。

新聞やテレビの取材に協力するたびに(例えばNHKの番組『すくすく子育て』でに出演)、各地から質問が寄せられるようになりました。

このなかで、HPVワクチンについての人々の関心が移り変わっていることに気づいたので、これまでを振り返りながら紹介したいとおもいます。

1)ワクチンギャップ期 2006年〜2009年

アメリカなどでHPVワクチンが認可されたのは2006年です。

この数年前から臨床試験が行われていたのを知っていたので、「もうすぐワクチンが認可されるんだな」ということはわかっていましたが、「日本ではいつ認可されるのかなあ」くらいに考えていました。

その後、2009年に看護大学の教員になり、予防接種や性教育について教え始めてすぐ、看護学生からこのワクチンを接種したいとの相談を受けるようになりました。

「どこで接種できますか?」

「祖母がお金を出してくれるので姉妹で接種しに行きたいのです」

看護学生の親や親類には医療関係者が多いので、情報は一般の人より早くても驚くことではありませんが、接種した学生の話を聞いた周囲の学生もHPVワクチンを接種しに行く人が増えました。

幸い、看護大学の近くには官公庁や大企業の人が海外に長期出張する前に受診するクリニックがあり、ここで国内未承認のHPVワクチンを接種できることがわかりました。

ふりかえってみれば、この時期は、「知っている人だけ」「自費で支払える人だけ」が接種をする時期でした。

この頃一番多かった質問は「なぜ、日本にはないのでしょう?」でした。

2)地域・家庭の格差の時期2010年〜2013年

他の先進国にはあるワクチンが日本にはない「ワクチンギャップ」は特に乳幼児の予防接種で問題視されていました。

そして、他の先進国に3年遅れて日本でも2009年10月に2価(※)、そのあと2011年7月に4価(※)のHPVワクチンが認可発売になりました。

※HPVは100種類以上あり、そのうち感染すると最も子宮頸がんに進みやすいとされているのが16型、18型で2価ワクチンはその2種類の型への感染を防ぐ。4価はその2種類に加え、尖圭コンジローマという良性のイボを発症しやすくする6型、11型への感染も防ぐ。

これで希望者は接種できるようにはなったのですが、問題は費用負担です。

最初は「任意接種」のワクチンであったため、接種したい人は3回分5〜6万円の高額な費用がかかることがネックになりました。

「接種したいけど、3人娘がいます。お金がとても厳しい」

「どうして無料じゃないんですか?」

そういった声があがるなかで、自治体が費用の補助を独自に始めました。

良い話に聞こえますが、子どもが少なく税収の多い地域と、子どもがたくさんいてその予算確保が厳しい自治体と対応に差が生じはじめました。

この時期の各地の議員さん、あるいは新聞の社説が主張していたのは、「保護者の経済力や住んでいる地域でワクチン接種できなくなってしまわないようにしましょう」ということでした。

結果として、2010年度から国により特別な公費支援の体制がつくられ、公費で接種できる人が増えました。

「なぜ男子にも接種しないのか」という声も

ちなみに、この時期の質問・意見のなかに、「なぜ男子にも接種しないのか」という指摘がありました。

平等といいながら「痛い思いをするのが女子であることに納得がいかない」という娘さんをもつ親御さん、また「女子だけ公費というのはズルい。男子にも機会を与えて欲しい」との息子さんをもつ親御さんの声もありました。

現在、アメリカ、オーストラリア(オーストラリア男女の接種率)などでは男子も公費で接種が可能になっており、イギリスは2019年から、オランダは2021年から男子も公費の対象となります。

日本に住んでいるご家族は、母国と同じように接種を希望するために、男の子にも接種してくれる医療機関を探すことになります。

日本での臨床試験は終わっていますが、残念ながらまだ男子は接種対象となっていません。(本人と保護者が希望すれば接種そのものは可能。ただし自費)

3)多くの人が接種しはじめた時期:2013年

その後、HPVワクチンを含めた3つのワクチンには特別な費用支援の措置(ワクチン接種緊急促進事業)がとられ、そして2013年からは「定期接種」となりました。

公費での接種ができるようになったので、家庭ごとの経済の格差はなくなったのはよかったのですが、別の問題が生じました。

実はこの「問題」は驚くようなことではなく、あらかじめわかっていたことではあったのですが、その後の大きな混乱につながりました。

「問題」とは、ワクチン接種後に体調不良になる人の「数」が増える、ということです。「数」つまり件数です。

それはなぜか。分母が増えると分子も増える、という現象なのですが、当時これを「多発」と書いた新聞がありました。

100人が接種したのと10000人がしたのでは、「痛い」「だるい」という人の数もつられて増えることはわかりやすいとおもいます。同時に、ワクチンを接種した「後に」なんらかの症状が出る人も増えます。

それはなぜか。実は私たちは日々いろいろな体調不良を経験するからなのですが、「これはワクチンのせいではないだろうか」と考える人も増えるということを意味します。

特に、このワクチンでは、テレビ番組が繰り返し、けいれんや痛みなどの体調不良を起こした女子の姿を放送して影響を受けましたので、今でも「あの番組を見て怖くなった」という人に出会います。

「この症状はワクチンのせい?」 専門家でない人たちが断定した

このようなときに「きっとワクチンのせいですよ」といわれたりしたら、信じる人もいるでしょう。

責任の大きい医師は電話やメールで聞いた症状だけで病名を伝えたり、原因はこれだと断定したりしませんが、専門家ではない人の間ではかなり気軽に他人の体調不良に断定的なことをいうひともいます。

「接種をしたところが腫れた・痛い」という明らかに原因がわかる症状もありますが、「頭痛」や「腹痛」だとありふれた症状なので関連性を説明するのが難しくなります。では「月経不順」はどうでしょうか。

10代の女性の月経不順は珍しいことではなく、約70%の人が経験をしますので、ワクチンのせいでなったという証明はとても難しいです。

疑いスイッチが入ってしまったあとに、ありとあらゆる「ワクチンを接種した後の」症状がすべて「ワクチンと関係があるのではないか?」と考えてしまうのは無理のないことかもしれません。

ということで、この時期多かった質問は「この症状ってワクチンのせいでしょうか?」でした。

多くの症状は1週間から4週間で消えるものがほとんどなので、「自然に消えてしまったけれどこれでよかったんでしょうか」「この先の人生でまた体調が悪くなったりしませんか?」という問い合わせも続きました。

原因がわからなくても、病名がつかなくても、困っている症状をやわらげたり軽くするための治療やケア・リハビリなどがありますので、病名さがしに集中しすぎず、体調がよくなることを優先できる環境や心持ちを周囲がサポートすることが重要な局面でした。

4)「積極的接種勧奨の差し控え」期:2013年6月〜2017年

定期接種になってすぐに、「接種したところの痛みが続く」症例について、報道がとりあげ、それを「多発」と報じたことなどから混乱が生じました。

国はワクチン接種後の体調不良の詳細を調べる間、「積極的接種勧奨の差し控え」をすると自治体に連絡をしました。地方自治法に基づく勧告(通知)です。

この時期には様々な誤解や混乱が生じました。たとえば、自治体は定期接種のワクチンについてその対象に勧奨する義務があります。これは予防接種法という法律上の規定です。

法律に定められているのに「差し控え」していいのか? 「積極的な」の意味するところはなんだろう? という問い合わせも増えました。

多くの自治体は、各家庭への連絡をやめました。「お子さんがHPVワクチン接種の対象ですよ、3月までなら公費で接種できますよ」という連絡をすることをやめました。

「積極的に勧めない」ためにです。

この結果、約6年間、お知らせが届かなかったため、無料で接種できる時期がすぎてしまった人たちもいます。

2017年12月にはワクチン接種後の体調不良の調査結果がまとまり、国の検討会では総括が行われ、ワクチン接種を中止したり制限したりするような状況ではないことが確認されました。

「いつまで待っていればいいんだろう」と思っていた人には朗報ですので、さっそくワクチンを接種しようと医療機関に問い合わせたり行政に用紙をもらいに行ったりする人が増えました。

ところが、国の「差し控え」終了のアナウンスがないために、ワクチンをうちたいと問い合わせをしたら、窓口職員から「本当に接種したいのか」と何度も質問されたり、地元の医療機関で接種を断られたりする人が増えたのです。

しかたなく公費でうてる定期接種であるにもかかわらず、特急や新幹線に乗って別の県で自費で接種するような人たちが出始めました。ワクチンの接種費用、親子の交通費は馬鹿にならないほど高額です。

5)「積極的接種勧奨の差し控え」の終了に向けての準備期:2017年〜現在

いつになったら「差し控え」が終わるのだろうか?と思う人は多いのですが、実はすでに100近い自治体が独自に家庭への情報提供を再開しています。

2019年11月22日に開催された国の検討会でも、複数の委員から「「積極的な接種勧奨を検討する時期にきている」との意見が出たそうです。

そして12月3日には、衆議院議員から出されたHPV関連の質問に対して、内閣総理大臣名で回答が出ました

制度としては特別新しいことは書いていなかったのですが、「え、そうだったの?」とビックリする人たちも少なくありませんでした。

具体的に何が書いてあったのでしょうか。

  • 法律上、自治体は定期接種を勧奨する義務がある
  • 定期接種を行わないようにしたら違法であり
  • 厚労省からの通知に従わなくても不利益とならない
  • 自治体はHPVワクチンを接種するための予算を国から受け取っている

ということです。

この質問主意書への回答によって、情報を提供してもらえる人たちは確実に増えるでしょう。

しかし、それでもなお残る課題があります。

6)混乱による被害者の救済のために

これまでみてきたように、接種後の体調不良の評価が終わった2018年の後も積極的接種勧奨の差し控え状態が解消されなかったために、ワクチンの選択肢があること自体を教えてもらえない人たちがいました。

この人たちは混乱による被害者です。

東京都港区の区民からはこんな声が聞かれています。

  • 「積極的接種勧奨の差し控え」のために接種してもらえなかった
  • このため無料で接種できる期間がすぎてしまった
  • 自費でうとうにも高額で諦めることになった
  • 対象年齢の時に接種できなかった人間にも救済措置を用意してほしい

質問主意書にあるように、国は積極的接種勧奨の差し控え中も定期接種として必要な予算を多くの自治体につけていました(東京都を含む86の自治体をのぞく。不交付団体一覧:令和元年

このような人たちを救済するためには、早めの情報提供だけでなく、本来公費で接種できるはずだった人たちへの接種費用補助が重要です。

再開に向けては、これまでと同じような混乱が生じないよう、また体調不良を起こした場合にも必要な相談やケアが受けられるようにしておくことがこの6年での学びです。

ぜひ関係者が協力し合って、スムーズにワクチンが受けられる環境を作りたいと思います。 

【堀成美(ほり・なるみ)】 感染症対策専門職(看護師)

神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短期大学卒業。民間病院、公立病院の感染症科勤務を経て、2007〜2009年国立感染症研究所 実地疫学専門家コース(FETP)修了、2009〜2012年 聖路加国際大学・助教(看護教育学/感染症看護)、2013年より国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務(感染症対策専門職)。2015年4月より国際診療部・医療コーディネーター併任。

2018年よりフリーの感染症対策コンサルタント。

東京学芸大学大学院 博士課程満期退学(教育学修士)、国立保健医療科学院 (健康危機管理、Master of Public Health)修了。