「メロスは激怒したーー」朗読の素人がオーディオブックのプロに指導してもらった話

    朗読経験のない記者が、オーディオブックの購読サービス「audiobook.jp」のディレクターに演技指導してもらったらどうなるのか…。題材は「走れメロス」です。

    「オーディオブック」を聴いたことはありますか?

    小説やビジネス書、いろんな本が「人の声」で読み上げられている“聴くコンテンツ”です。

    目で読むのではなく、耳で聴いて楽しめるので、なにか他の作業をしていたり、筋トレやジョギングをしていたり、どんなときでも本を「読める」わけです。

    オーディオブックを聴いてみるとまず驚かされるのが、読み手が普通に豪華なこと。小説の場合は有名な声優や俳優が起用されていることが多いです。

    もちろんビジネス書やエッセイなんかもプロの方が読み上げているので、臨場感があります。

    もはや原作よりも、映画化されたものよりも、オーディオブック版が一番デキが良いのでは? なんていうエンタメ作品も出てきているように感じます。

    さて、前置きはここまでにします。

    この記事は「オーディオブックの収録を体験してみた」です。

    朗読などまったく経験したことのない筆者が、実際のオーディオブックの収録現場で、プロのディレクターの指導のもと「読み上げ」に挑戦します。

    教えてくれるのは「audiobook.jp」のディレクター伊藤まさとしさん。

    伊藤さんはaudiobook.jpを運営するオトバンク社に創業時から在籍するベテランのオーディオブックディレクターです。

    これまで手掛けた作品は数千本。オーディオブック制作の際には出版社やラジオ局、声優からも伊藤さんに直接指名が入るくらいプロ中のプロ。

    オーディオブックを聴いていると、アニメや舞台とも違う独特の演出・読み上げ方があるように思いますが、実際の「演出(=収録時のディレクション)」とはどのようなものなのか、間近で見て、そのこだわりに迫りたいと思います。

    収録ブースはオトバンクのオフィス内にあります。

    中には机と椅子、マイク、原稿を置く台があります。かなりシンプルなつくりです。

    今回、太宰治の「走れメロス」などいくつかのテキストを練習用に用意しました。

    筆者が試しに読み上げてみて、最初の読み上げと、演出が加わった後でどのように変わっていくのか、見てみたいと思います。

    というわけで、まったく自信がないですが、とりあえず読んでみます。

    「メロスは激怒した。かの邪智暴虐の王を〜」

    あの有名な出だしの部分、実際に声を出して読み上げてみると、想像以上に難しい……。

    原稿に目を落としていると思ったように声が出ません。ぼそぼそとした棒読みになってしまい、どこで息継ぎすればいいのかもわからない……。かなりボロボロです。

    伊藤ディレクターは録音を止めるなり、「どうしたらよくなるかな…」と真剣に悩んでいました。普段はプロの声優を相手にしてるので、素人に対して指示の仕方も一苦労だったのかもしれません。

    このあいだhttps://t.co/fDhbRnT78wを運営するオトバンクのディレクターの方に朗読を指導してもらった。 的確なアドバイス↓ 「声が小さい。ボソボソ。目の前に10人の子どもがいると思ってください。そこに向けて語りかけるイメージで」 「メロスは激怒した は視線鋭く読む。体に力を入れる感じで」

    Twitter: @narumi

    それでも以下のようなアドバイスをいただきました。

    「物語をイメージさせたいのに、いまのままだとやっぱり声が小さい。ぼそぼそって感じになっちゃってる。できればイメージとして、朗読している環境、目の前に10人くらい子どもがいると思ってください。その子たちに向かって語りかけるようなイメージ。そのほうがこの本にはいいかな」

    「で、『メロスは激怒した』ここって感情が出なきゃいけないところだから、もう少しなんというか、視線が鋭くなるというか、ちょっと力が入るイメージ。やりすぎると変になるんですけど、そういう感覚で読んでみてください」

    厳しい指摘に凹みつつ、テイク2へ。

    →走れメロスを読む(テイク2) 目の前で子どもたちが聴いてるイメージでしゃべる。ちょっとだけ良くなった。 さらに、 「メロスは激怒した」 「メロスは政治がわからぬ」 「今日未明ーー」 この3つの文章はそれぞれ違う感情になるはず、というアドバイスをもらって次のテイク3に。

    Twitter: @narumi

    「さっきより全然いいと思います。もう少しだけ声出したほうがいいと思います。出せます?少し大きめに。前に飛ばしたいから顔を上げて」

    「さっきより全然いい」という最大限の賛辞をいただきました。ちょっとずつ進歩するのが大事。

    さらに追加で、「メロスは激怒した」「メロスは政治がわからぬ」「きょう未明」のそれぞれの箇所で読み方が変わるはずだとヒントをもらいました。

    「メロスは激怒した」の部分はメロスの感情が出るので視線を鋭く、力を込めて読む。

    次の「メロスには政治がわからぬ」は視点が変わるので、序盤よりも抑える。「きょう未明」は間をあけて入り、ナレーション的に読む。

    以上のことを原稿に書き込んで、テイク3へ。

    →走れメロスを読む(テイク3) 以下をイメージして。出だしの部分、やや早くなって噛む。 「メロスは激怒した」 王への怒り 「メロスは政治がわからぬ」 理不尽に対する怒り 「今日未明ーー」 一転、ナレーターっぽく読む 一般人が読むと、走れメロスの冒頭だけでかなりのダメ出しが発生する…!

    Twitter: @narumi

    力が入りすぎて、出だしの部分が早くなり、噛んでしまいました。

    伊藤ディレクターからは「ちょっと走ってる。早くなってます。でもいまのは物語の流れが表現されていました」とのコメント。先程書き込んだところは改善できたようです。

    しかし、このままだと丸一日使っても走れメロスを全部読み終わることはできないので、一気に途中まで飛ぶことにしました。

    老爺とメロスのやり取りのシーンです。

    ここでも読み方を指導してもらい、とりあえずの完成版がこちら。

    ため息をつかれるほど下手くそだったのが、10分間の指導で(まだ全然ダメなんだけどこれでも)だいぶマシになった「走れメロス」の冒頭。 当たり前だけどオーディオブックの演者はむちゃくちゃすごいし、演出・監督の役割もかなり大きいんだな……という記事に埋め込むための一連のツイートでした。

    Twitter: @narumi

    だいぶマシになっていると思いますが、どうでしょう…?

    マシにはなっていますが、下手な人が読むとたった数行だけでもダメ出し箇所が多すぎて、ほぼ収録が進まないことがおわかりいただけたでしょうか。

    筆者が声を担当してオーディオブックを1本作るとたぶん3年くらいかかりそう。

    あらためてオーディオブックを聞くと、当たり前だけどプロの声優さんはすごい。そもそも比べてはいけないレベルなんだけど、すごいと思いました。

    オーディオブック制作現場の演出については、下手なりに実感できました。アドバイス通りに台本にメモを書き込み、「こういうイメージで」という言葉を頭の片隅に置きながら読むと、たしかに前よりも良くなっていく感覚があります。

    伊藤さんからもコメントをいただきました。

    「お伝えしたことをきちんと再現していただいて、着実に良くなっていきましたし、とても良い声をされているので、もし興味があれば少しずつでも朗読を続けていただければ嬉しいです」

    ありがとうございました。これからはこのダメ出しの辛さを思い出しながら、大事にオーディオブックを聞きます。

    日本のオーディオブック制作の第一人者にとんでもないことを頼んでしまいましたが、収録体験はとても楽しかったです。

    なお、伊藤さんに聞いた「おすすめオーディオブック」はこちら。

    さくらももこさんの「もものかんづめ」をまる子役のTARAKOさんが読むという豪華なオーディオブックがあることに驚きました。まるでまる子が語りかけてくるかのような仕上がりなのでぜひ試聴してみてください。