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HIV陽性者を生きづらくさせているものは何か? U=Uをメディアが社会に伝える意義

HIVに感染していても薬でウイルスを抑え込めていたら、他の人に感染させないことを示した新常識「U=U」。 メディアはどう報じ、どんな課題があるのでしょう? 記者がエイズ学会でメディアの一員として話したことを詳報します。

HIVに感染していても、薬を飲み続けてウイルスを抑えこめていれば、他の人に感染させることはない。

大規模な研究でも明らかになっているこの「U=U、Undetectable/ウイルスを検出できない = Untransmittable/感染しない」という知見について、日本エイズ学会でシンポジウム(座長=ぷれいす東京研究部門・山口正純さん、東北大学大学院 医学系研究科准教授・大北全俊さん)が開かれた。

様々な分野の人がU=Uへの期待や課題を議論する場で、筆者(岩永)が話したメディアから見たU=Uについてお伝えする。

なぜHIVに関心を持ったのか?

私は20年間読売新聞で記者をしてから、2017年にBuzzFeedに転職しました。医療を中心に記事を書き、新型コロナウイルスやHPVワクチンについても熱心に発信しています。

まず私がなぜHIVの取材を始めたかをお話しします。新聞社時代から性の問題や感染症に関心がありました。

少しひねったテーマで、「高齢者の性」や「がん治療と性」を取材し、感染症の中でもHTLV-1というHIVに近いと言われるウイルスの感染症などを取材していました。

性の問題は、本人にとってはかなり深刻な問題なのに、真面目に表の世界で話しづらいところがあります。ちょっと笑いを含みながらふざけた感じでは話せるのですが、真剣には話しづらい。

また、どちらも偏見や差別の問題がつきまといやすい。スティグマが強いテーマだと思います。

私は最新の治療法や薬、医療技術よりは、社会と医療との接点に関心があります。性感染症はそういう意味で、自分の関心の強い分野でした。

HIV / エイズ報道のきっかけは? 性的マイノリティへの取材

実際にHIV / エイズについて報じ始めたきっかけは、2014年に永易至文さんという方が運営する「パープル・ハンズ」という性的マイノリティの老後の問題について活動しているNPOを取材したことです。

この時、パープル・ハンズが参加したAIDS文化フォーラムin京都にも取材に行きました。私はちょうど感染症担当になったばかりのこともあって、HIV / エイズの取材をしたいと考えました。

ゲイコミュニティとのつながりがないと、なかなか突っ込んで取材することが難しいテーマです。HIV取材の経験も長いライターでもある永易さんに色々教えてもらいながら、取材しました。

そしてこの年、タイトルが「エイズウイルス」となっていて申し訳ないですが(今はこの言葉は使いません)、連載を書きました。

当時話題になり始めていた、長期の治療で認知障害が出る「HAND(HIV関連神経認知障害)」や、ゲイバーにおそろいのつなぎを着てコンドームを届けるaktaの「デリバリーボーイズ」を私も体験しながら取材したりしました。

当時40代初めで、ゲイバーのママに「あら、とうの立ったデリバリーボーイズが来たわよ」とからかわれながら取材した思い出があります。

医療取材で初めての経験

その連載で、取材者として初めての経験をしました。

取材者にさえ絶対に実名を明かしてくれない人が、5回の連載中、3人もいたのです。

HIV陽性者の支援団体「ぷれいす東京」や、拠点病院の先生とか、子供がほしい夫婦に精液からウイルスを取り除いて体外受精をしている病院などを取材したのですが、先生たちの身元保証の下に匿名で紹介してもらいました。

特にゲイの方だと、HIV陽性者だと明かすことは、性的マイノリティとしてのカミングアウトにつながるということで、取材者にさえ自分の個人情報が漏れるのを当時は恐れていらっしゃいました。

これはかなりセンシティブなテーマを扱うのだ、と覚悟を持って取材したのをよく覚えています。

その後、介護施設や歯医者さんや人工透析での受け入れ拒否が起きているということで、HIV / エイズが生きられる慢性疾患になったのに、生きづらい状況を取材しました。

この中で書いているのが、HIV陽性者の男性が抗ウイルス薬がとても効いていたにもかかわらず、服薬を中断したという話です。「こんなに長く生きられるとは思わなかった。でも生き続けるのも苦しい」と訴えるのです。

この人は長年の治療の副作用で生活習慣病も患っていたので、いずれは介護が必要になる可能性があるのに、受け入れてもらえないかもしれない不安がある。また治療で数値が安定していたので、障害年金を切られて生活も苦しくなってしまったのです。

自分の実家にも頼れないし、妹には隠しているので地元に帰れないなど、複合的な生きづらさを抱えていました。HIV陽性者にはこんなに強いスティグマがあるのかと実感しました。

HIV陽性者を生きづらくさせているものは何?

こうした取材を経て、私の中で、HIV陽性者を生きづらくしているものは何なのか、という課題が培われました。せっかく治療は進歩して生きられるようになったのに、なぜこれほど生きづらくさせられているのか。

生きづらくさせているのは社会の無知なのか、偏見なのか、社会制度が足りないのか。そんなことを考えながら取材するようになりました。

その後、私は読売新聞の医療サイト「yomiDr.」の編集長になったのですが、「編集長インタビュー」という、自分が気になる人物を取材する欄で、取材した15人中2人がHIV陽性の人です。

この人たちに、治療のことだけではなく、人生のこと、人生で何に苦しみ、何に喜びを感じてきたかを取材しました。

登壇者の山内哲也さんが「生活者の視点」とおっしゃいましたが、病人としてだけでない、感染者としてだけでない、色々な側面があって、色々な人生の喜びがあって、同じように生きているということを強調する連載でした。

長谷川博史さん高久陽介さんも、顔も名前も出して活動している方で、すごく胸に迫る言葉をたくさんいただきました。

BuzzFeedで報じたU=U

2017年5月にBuzzFeedに転職してからも、HIVについては職場での検査PrEPなど色々書いているのですが、U=Uについては、例えば駒込病院感染症科部長の今村顕史先生に寄稿していただいた世界エイズデーの記事で、以下のようなことを書いていただいています。

U=Uという言葉は書いていませんが「治療によってウイルスを検出できないほどに抑えられていれば、ほとんど他の人へも感染しないということがわかっています」と、書いてもらっています。

研究で感染者がゼロと示されていても、現実世界では薬の飲み忘れや例外もあるので「ほとんど」と断定を避けています。私もしばらくこれに倣った表現を続けていました。

私自身が初めてU=Uについて書いたのは、2019年6月の記事で、北海道の病院でHIV感染を理由に就職が内定していたのが取り消されたとして男性が病院を訴えた裁判の記事です。

これについて、病院側の代理人弁護士が証人尋問で酷い質問をしたので、この差別を見過ごすことはできないと思い、HIVの常識をアップデートする記事を書きました。

ここでもU=Uという言葉は書かなかったのですが、論文のリンクも貼って、「治療を続けてウイルスが検出限界以下に抑えられていれば、たとえコンドームなしで性行為をしたとしても感染しにくい」と紹介しています。

「もともと非常に感染率が低いウイルスを、しかも検出限界以下までコントロールしている男性による感染を恐れる必要は、医学的には全くないのです」と書きました。

この記事では、HIVはそもそも感染力が非常に弱いということと、医療機関はそもそも知らずに感染している人がいることを前提に診療しないといけないということと、国のガイドラインでもHIVを理由に職場で差別しないことを求めているという3つの論点を書いています。

そのうちの最初の論点、感染力が非常に弱いということを補強するための研究としてU=Uの知見を取り上げました。

ちなみにこの記事には感染症専門医の岩田健太郎先生にコメントをいただいたのですが、非常に激しい言葉でこの医療機関を批判しています。

医療・医学のプロである病院や病院長がこのような思考停止に陥るとは言語道断だと、無知無学で不勉強だ、とまで言っています。

U=Uの啓発活動も紹介

こちらは登壇者の一人であるaktaの岩橋恒太さんに最初に出てもらった時の記事です。新宿2丁目のスポットガイドにHIV情報も入れ込んだハローページならぬ「ヤローページ」という冊子を作った時に、U=Uについても触れて紹介しました。

U=Uについて説明し、HIVに対するスティグマを減らすことにも力を入れなければならない、と話されています。

スティグマの払拭のために何が必要か尋ねると、陽性者自身もU=Uを周りに説明しながら、恋愛やセックスを楽しむ空気が広がっていることを紹介してくれています。

こちらは、岩橋さんに5ちゃんねるデビューをさせてしまった記事ですが、aktaがU=Uのキャンペーンサイトを作ったことを紹介し、内容について詳しく触れています。

U=Uの課題 Uになれない人の排除につながらないか?

この記事の取材をして、私は初めてU=Uの課題に気付きました。この中で、当事者団体であるジャンププラスの高久陽介さんが意見を言われたのだと思いますが、「U=Uの安全性を強調することによって、U=UでないHIV陽性者が排除されてはいけない」と書いています。

「(当事者団体が)日常生活ではうつらないウイルスなので、HIV陽性者を遠ざけて生活する意味はないとも伝えた」と書きました。

岩橋さんはこの中で、ある陽性者が歯科医から「ウイルスが検出されなくなったら診ます」と診療拒否された例を紹介しています。

診療現場ではHIVより感染力の高いB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスの感染者も受診していることを前提に標準予防策が取られるべきなのに、HIVだけに注目するのは差別だとも指摘していただいています。

HIVは「検査を受けて早期発見、早期治療」とよく言われますが、早期発見してもウイルス量が増えて、ある程度免疫が下がらないと、障害者手帳が交付されない問題があります。

治療費がすごくかかるので、検査で陽性と判明してもしばらく治療を開始できない問題が日本には残っています。U=Uになりたくてもなれない人への配慮も必要だと話していただきました。

出会いの場でも問題にされるHIV陽性

もう一つ、別の記者と一緒に書いたHIV陽性者の入会を断っていたゲイ向けのデートアプリの問題を指摘した記事でも、U=Uについて触れています。

実はこれは前段があって、ゲイ向けのデートアプリで一生のパートナー探しをしている男性を連載で肯定的に書いたのですが、当事者団体からこのアプリがHIVの陽性者を差別しているという指摘が来ました。そこで、続報として問題を取材した記事です。

この対応は間違っていたとアプリ運営会社に認めさせて、HIV陽性でも恋愛やセックスを楽しめると示しました。

U=Uをメディアで紹介する意義は?

ここまでBuzzFeedでU=Uについて書いた記事を紹介しましたが、U=Uを記事で紹介する意義は二つあるのではないかと思います。

一つは、治療の進歩を強調して、自分が感染していないか不安に思っている人に検査を受けてもらい、早期発見・早期治療につなげる意味があるのではないかと考えています。

もう一つ大事なのは、HIV/エイズになったら、それまでの日常を失うという一昔前のイメージを変える効果があるのではないかということです。

当事者だけでなく、社会がHIV/エイズに対して付与しているスティグマも減らす効果があるのではないか。そう考えながら、U=Uという情報を活用しています。

だから私は誰に向けて書いているか、と言えば、当事者だけでなく、社会にいる全ての人なのだと思っています。

HIVやエイズのイメージを更新したい。まだ「死に至る病」「不治の病」というイメージがどうしても社会には残っているのでこれを更新できないかと願っているのです。

新聞社は「U=U」をどう報じている?

ここまで私の記事を紹介してきましたが、新聞はどうU=Uを報じているのでしょうか? 簡単に調べてみました。

G-Searchという新聞・雑誌記事の検索サービスを使って、11月20日以前の全期間、日本の新聞や通信社、NHKニュースなどの過去記事を「U=U」で検索しました。

すると、22件がヒットしました。しかもうち18本は共同通信の配信記事を地方紙が転載したというものでした。なので、実質、自分で取材して報じているメディアは非常に少ないです。

最も多く書いていた共同通信は、最初にU=Uという概念を説明して、日本エイズ学会も支持を表明したという記事を書いています。

さらに、共同通信は繰り返し取材しているだけあって、きちんとU=Uの課題にも触れる記事も書いています。

「医療従事者の中にはウイルス量が下がった人は受け入れるが未治療の人やウイルス量が下がっていない人は受け入れたくないという人もいる」という支援団体の言葉を紹介し、差別に繋がってはいけないという医療者の言葉も入れて、懸念も伝えている。

朝日新聞も世界エイズデーのタイミングでU=Uを紹介する記事を書いています。

神奈川新聞では社説でも書いています。

メディアの取材のきっかけは?

U=Uをテーマにしたシンポジウムやプロジェクト創設をきっかけに書いている記事が目立ちました。

世界エイズデーは書くタイミングになっているのかなと思ったのですが、22本中2本だけです。あまり関係なさそうです。

そしてメディアの偏りがあります。おそらく共同通信には熱心な記者がいるのだと思います。ですから今は記者個人の関心に報道は依存しているのかなと思います。

ほとんどのメディアはU=Uはどういう知見かを伝える内容にとどまっています。その中で、繰り返し書いている共同通信は、U=Uの課題まで踏み込んでいます。

U=U報道の課題・懸念

私もU=Uをあえて書かなかった記事があります。

こちらは歯科医院で診療を拒否されて、歯科医院を訴えて勝訴したHIV陽性の男性の記事です。

熱心に受け入れている歯医者さんにも取材したのですが、診療拒否はナンセンスで、そもそも治療せずにウイルス量がたくさんあったとしても、標準予防策を取り入れた感染対策をしていれば受け入れには問題はない、と強調していただいています。

そもそも感染を知らずに受診している人だっているはずなのです。

そこにU=Uを書くと、読者はわかりづらいと思いました。ウイルスが検出される状態であっても歯科診療で拒否されるいわれはないのだと強調するために、あえて書かない選択をしました。

U=Uを報道で強調することによる懸念としては、検出限界値を下回らないと「危険」というイメージを植え付けないかということが挙げられます。

検出限界値未満であろうがなかろうが、標準的な感染対策でほとんどの場面は大丈夫なはずです。むしろそちらの方を、まずメディアは伝えければならないのではないかとも思います。

また「検出限界値未満になっているからコンドームは付けなくていい」など、他の感染症への対策を緩めてもいいという誤ったメッセージにならないかも懸念します。

ネットでは長く書けますが、新聞などでは紙面の都合もあって短い記事しか書けないこともあります。丁寧に書けず、誤解を与える情報になったらかえって危ないのではないかという心配もあります。

そして、障害者認定を受けるために数値が悪化するまでなかなか治療に入れない制度上の問題もあります。

実を言うとU=Uの記事を書いても反響は少ないです。ところが、唯一反響があったのはこの最後の課題なんです。「自分は感染がわかったけれど、まだ治療を受けられない。こんなこと言われても困る」という声です。当事者にとっては重要なのだと思います。

メディアがまず理解すべきこと、報道のハードル

最後に、U=Uを報じるに当たってメディアが理解すべきだと思うのは、aktaのU=Uキャンペーンサイトに書かれているこの視点です。

「U=UならもうHIV感染者は怖くない?」という問いに対して、「もともと怖くないです!」という答えです。

また、U=U報道のハードルとなっているのは何か、私の推測をお伝えします。

やはりHIV / エイズの認識が1980年代の「エイズパニック」時点でストップしている記者も多いのではないかということが一つです。U=Uの記事を書くと、SNSで記者アカウントからも「知らなかった。アップデートしなければ」と反応をもらうことがありました。

もう一つは、性感染症や性的マイノリティというセンシティブな話題を扱う緊張感があって、「間違ったらいけない」というプレッシャーが記者に大きいのではないかということです。

SNSでは、記者が善意で書いた記事でも「LGBTの男性」とか変な表現を使ってしまうと、ものすごく強い批判が来ます。記者としてそんなことではいけないのですが、「もう手を出したくない」と及び腰になる記者もいるかと思います。

また、共感を得るためには、顔や名前を出してその人の人間性がわかる記事を書くのが一番わかりやすいのですが、それがなかなか書きづらい。

私はHPVワクチンの記事もずっと書いているのですが、HPVワクチンを接種したい人の話、接種に不安を抱く人の話、子宮頸がんで苦しんでいる人の話、子宮頸がんで妻を亡くした方の話など、当事者の話はとてもよく読まれます。言葉が切実だからです。

本当はそういう記事をU=Uでも書きたい。検出限界未満になって、陰性のパートナーとセックスを楽しんでいる人の記事を書きたい。でもなかなか書けない現実があります。共感を呼ぶ記事をどう書くかは、これからの課題です。

【岩永直子(いわなが・なおこ)】BuzzFeed Japan 医療担当の記者、編集者

1998年、読売新聞社入社。社会部、医療部、読売新聞の医療サイト「ヨミドクター」の編集長を経て、HPVワクチンの報道をきっかけに2017年5月、BuzzFeed Japanに転職。BuzzFeed Japan Medicalを創設。エディターを担う傍ら、自身も主に医療に関連した記事を発信している。

共著に『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』(大月書店)『新養生訓 健康本のテイスティング』(丸善出版)『アディクション・スタディーズ 薬物依存症を捉えなおす13章』(日本評論社)。