新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が広がる中、集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗客を送迎しているタクシー運転手に不安が広がっている。

ある神奈川県内のタクシー会社では、社員たちが会社に乗務を強制しないことや安全対策を徹底することを要求した。
同船から医療従事者や乗船客らを送迎している運転手の男性はこう訴える。
「役所の人まで感染するような状態の対策と聞き、ドライバーたちは感染するのを恐れている。下船が終了した後も、乗客への感染を防ぐためにも、専門家による感染予防策の研修などを行なってほしい」
医療従事者の送迎 拒否するドライバーも
この男性ドライバーがダイヤモンド・プリンセス号への送迎を会社から指示されたのは、2月半ばのことだ。
朝一番に船内で診療をする医療従事者を船に届け、その後、昼過ぎに下船する医療従事者を迎えに行くように言われた。
「ドライバーの中には、報道を見て『自分はいやだ』と拒否する人もいました。健康だし、メディアの報道を見ていて大丈夫だろうと思ったので、仕事を受けることにしました」
会社からは、それまでも手洗いと咳エチケット、マスク着用を徹底するように指示されていた。この仕事ではさらに、使い捨てのゴム手袋と車内の消毒用のアルコールスプレーを渡された。
行きは問題ないが、船で活動した医療者を迎えに行くのは少し緊張した。
「1時間以上待たされて、船のすぐそばの建物のトイレを借りたのですが、迷彩服を着た自衛官や、明らかに体調の悪そうな患者のような人が咳き込んでいるのに出会いました。自分もうつる可能性を実感しました」

その後、船内で活動した医療者を乗せて目的地まで運び、そのまま直接、事業所に戻って、車のドアを全て全開し、アルコール消毒液を座席シートなど車内全面に振りかけてしばらく換気をした。
「これで感染対策として大丈夫なのかわかりませんが、その後、船内で役所の人も感染しているのを知り、やはりリスクはあるのだと感じました」
続く配車要請 社員有志が「強制はしないように」と会社に確認
厳重に感染予防対策をする姿を見た社員の中には不安が強まる人もいたという。
その後の朝礼では、「私は乗りたくない」という声が相次いだ。
「高齢のドライバーは『自分は感染したら肺炎になるかもしれないから』と怖がっていますし、幼い子どもがいるドライバーは『子どもにうつしたくないから』と拒否していました。『行きたいやつがやればいいんだ』という人もいました」

ドライバーの動揺を受けて、社員有志は会社に、乗務の強制はさせないことと、感染予防などの安全管理を徹底することを要求した。
会社の壁には、持病がある人は船の送迎に行かなくていいし、「乗務拒否による罰則はない」と会社との合意を社員に知らせる紙が貼られた。
県内176社が加盟する神奈川県タクシー協会によると、普段から同船が接岸している大黒埠頭には、横浜市港湾局から下船のスケジュールを聞いて、加盟会社に配車を促す連絡をしていた。
ダイヤモンド・プリンセス号からの下船前日の18日には、横浜市港湾局との話し合いがあり、「強制ではないが、これぐらいの時間にこのぐらいの下船があるので、可能なら協力してほしい」とお願いされたという。
協会は国交省の指導を会員企業に通知
東京に続き、18日には神奈川県内でもタクシードライバーの感染が確認された。
個々のドライバーに不安が広がる中、行政や業界の中ではどのような感染予防策が取られているのだろうか?
ダイヤモンド・プリンセス号の送迎に限った話ではないが、国土交通省は、何回かタクシー業界に通達を出している。
15日には、「新型コロナウイルスに係る予防・まん延防止の再徹底について(要請)」という文書を、タクシーやバスの協会に送った。

- 始業点呼時に、運転者に疲労や病気を報告させる時には、体温測定などをすることで、運転者の健康状態を確実に把握すること
- マスクの着用などの感染予防対策が取れていることを確認すること
- 発熱やせき等の症状がある場合には、乗務を中止させ、速やかに医療機関に受診させるなど適切な対応を取ること
を要請している。
これを受けて、神奈川県タクシー協会は、18日に協会長名で「新型コロナウイルスへの対応について(緊急)」とする通知を加盟社に出し、マスクの着用、咳エチケット、手洗いと共に、始業点呼時や体調不良の時の対応徹底を呼びかけた。
三上弘良・同協会専務理事は「各社マスクが底をついてきており、マスクを提供していただけるとありがたいという要請は港湾局にしている。ドライバーが安全に乗務できるよう、今後も協会としてできることをやっていきたい」と話す。
東京ハイヤー・タクシー協会も、14日にマスクや咳エチケット、消毒などの徹底を会員に要請すると共に、20日には車内換気の協力も呼びかけた。東京都との協議の上、都から不足しているマスクの提供も受けた。
その上で個々のドライバーが望むこと
様々なお知らせや指導を受けながら、その後もダイヤモンド・プリンセス号の送迎を続けている男性ドライバーは言う。

「タクシー業界は65歳以上や70代は当たり前に働いており、不規則な生活で持病を抱える人もたくさんいます。重症化のリスクの高い業界で、さらに感染者が出て、死者が出るようなことがあれば不安はさらに高まるでしょうし業界の信頼も失うでしょう」
厚労省や内閣官房の職員も感染しているという報道や、船内の感染対策が徹底されていないという岩田健太郎医師の告発を見て、自分たちが行なっている予防策で本当に大丈夫なのか不安も感じているという。
今日21日で大半の下船は終了する見込みだが、既に市内に感染は広がっているのではないかという心配は続く。
「ドライバーに安全管理を指示する運行管理者も感染症の素人ですし、安全だと思えないのは当たり前です。タクシー業界が専門家を招いて感染予防のセミナーなどを開き、個人の感染予防を徹底することで、安心や信頼が生まれるのではないでしょうか?」