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具体的な手段、自宅前中継......芸能人のセンセーショナルな自殺報道、軽い気持ちのシェアが崖っぷちに立つ人の背中を押すことも

上島竜兵さんの自死を具体的な手段と共に伝える報道や、軽い気持ちでのシェアが 崖っぷちに立つ誰かの背中を押してしまうかもしれません。芸能人の自死に私たちはどう向き合ったらいいのでしょうか?

お笑いグループ「ダチョウ倶楽部」のメンバー、上島竜兵さん(61)が自死したという報道が5月11日の朝から相次ぎ、SNSにもその死にショックを受ける人の投稿が溢れている。

俳優の渡辺裕之さん(66)もやはり自死で亡くなったばかりで、心配なのは、死にたいという思いを抱える人がその死に強い影響を受けてしまうことだ。

芸能人の自死に私たちはどう向き合うべきなのか、自殺対策にも詳しい国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんに緊急インタビューをした。

ガイドライン逸脱の報道 困難を抱える人の中で解決策として大きくなる恐れ

——上島竜兵さんの自死を伝える報道の中には、具体的な手段を伝え、自宅前から生中継をした報道機関もあったことが問題となっています。自殺対策の専門家として、今回の報道をどのように感じましたか?

上島さんの前に渡辺裕之さんの自殺の時も、手段を表現する言葉がワイドショーなどで繰り返し解説されていました。その報道の流れで、今回も同じ手段だったことが焦点を当てられたのかなとも思いました。

いずれにしてもWHOの自殺報道ガイドラインでは、「自殺に用いた手段について明確に表現しないこと」が求められているのに、完全に無視されていました。むしろ手段や方法に興味関心を惹きつける方向にあえて持っていっているなという印象を持ちました。

——この報道を見たら、今、「死にたい」という気持ちでいっぱいいっぱいになっている人は、どのような影響を受ける恐れがあるのでしょうか?

明らかに、今自分が抱えている困難や苦痛の解決策の一つとしてこの方法があると、自分の中で大きくクローズアップされてきてしまうと思います。

自分のショックを表明するためのシェアも、誰かの自殺を後押しする可能性も

——SNSではトレンドにも上がるほど、上島さんの自死がショックだと記事をシェアする人も目立ちました。当たり前の感情だとも思いますが、記事をシェアすることの影響はどうなのでしょうか?

個人がショックを受けるのは当然だと思うし、そのショックを周囲に表明するためにTwitterでリツイートしたり、SNSで記事のシェアをしているのだと思います。

しかし、そういう風に拡散して、多くの人が何度も目にする機会が増えることで、同じように苦境に置かれている方たち、もう生きていけないと悩みを抱えている人たちに影響する可能性があります。

悩みを解決するためには自殺以外にも色々な方法があって、誰かに相談したり助けを求めたりする方法があるのですが、そうやって何度も目にすることで、やはり自殺という選択肢の方に一気に傾いていくでしょう。

シェアしている方は、自分のショックな気持ちをただ表現するためなのかもしれませんが、その軽い気持ちのシェアが、死に向かって誰かの背中を押す可能性についてもっと自覚すべきだと思います。

芸能人の自殺、なぜ影響力を持つのか?

——以前のインタビューで、特別好きでなかった芸能人でもその自殺は非常に強く影響すると話していました。なぜ芸能人の自殺は影響力を持つのでしょう?

なぜなのか説明するのは難しいのですが、僕が気づいたのは患者さんたちがこういう自殺が起きる度に、「あの人のファンだったわけじゃないのに私も死にたくなった」とか「ああいうやり方があるんだと考えてしまう」と言うからなのです。

これは僕の推測ですが、あんな風に社会的に目立って活躍して、経済的にも社会的にも成功しているように見える人でも死ぬことがあるし、それなら死ぬことは許されるのだと思ってしまうのではないでしょうか。

つまり、活躍している人の自殺は、多くの人に自殺を肯定するようなメッセージを与え、「解決策としてありだよね」と意識に働きかける効果があるのではないかと思うのですよね。

コロナ禍での影響は?

——渡辺裕之さんが自死した報道が出た直後、厚労省がメディアに対して注意喚起しましたが、その中で、コロナ禍で生活面や仕事面でも不安を抱えている人が多い現状では、より自殺報道の影響が大きくなる懸念があると指摘していました。これについてはどう考えますか?

それは適切な指摘だと思います。

一般的に芸能人や著名人の場合は、報道の中でもコロナ禍で最近仕事が減ってきているとか、借金を抱えていたとか、色々な憶測が出てくるものです。

でも実際には、自殺の理由は単一ではなく、色々な複合的な要素が絡み合って、結果として自殺を選んだことが多いのです。原因を単純化して言うこと自体が医学的にも本人にとっても正当ではないし、正しくない可能性が高い。

それに加えて、コロナで同じように寂しさを感じていたり、経済的に困難を抱えたりしている一般の人たちが自分と重ね、苦痛の解決策として自殺がいいことのように見えてしまいます。

全く報道するなとは言いませんが、報道する際に、手段や方法について詳細に伝えないこと、憶測で単純化した原因や理由のストーリーを作らないことが大事です。

——早速、志村けんさんと親しかったことを書き、コロナで志村さんが亡くなったことに胸を痛めていたことを背景のように書いている報道も見かけました。そういうことはすべきではないということですね。

そうですね。ただでさえ、コロナ禍の中で経済的、精神的に心配を抱えている人がたくさんいる時に、その憶測はあまり良くない結果を招く可能性があると思います。

死にたいほど苦しい人はSNSをどう使ったらいい?

——今回の自死で死にたい気持ちが強まっている人はどう対処したらいいかなのですが、以前、自傷に苦しんでいる人についてはSNSで苦しさを分かち合うことはいいのではないかとおっしゃっていました。誰かが自殺したことによる「死にたい」という気持ちは、逆に分かち合わない方がいいのでしょうか?

自傷している人たちは、死にたい気持ちは確かにあるのですが、死にたい気持ちと戦っている人たちでもあるのです。

僕はそんな人たちにオープンに死にたい気持ちをガンガン出せと言っているわけではなくて、鍵付きのアカウントで分かち合おうと言っているのです。

不特定多数の世間に向かって言うのとは、少し意味合いが違います。彼らは最終手段としてリストカットをしているわけではなくて、死に抗おうと思って自傷している人たちです。

それよりむしろ、精神的に余裕のある人が記事のリンクを無責任にシェアすることの方が問題は大きい。そこに自分の意見や主張や信念があるなら表現の自由だとは思いますが、無責任に軽い気持ちでシェアすることの方が罪深いと思います。

本人には全く悪気はないと思うのですが、軽い気持ちでシェアすることで、かろうじて崖っぷちに立っている人の背中を押す結果になる恐れがあることは知って置いてほしいです。

——今、上島さんの自死を聞いて、苦しくなっている人はどう対処したらいいと思いますか?

苦しくなったという気持ちを、身近な人で信頼できる人、頭ごなしに叱責しない人がもしいれば、対面で伝えてみてほしいと思います。SNSではなく、電話でもいいと思いますが、まず相談してみてほしい。もしかしたら話を聞いてもらうだけで楽になる方もいるでしょう。

相談した相手が「一緒に相談機関に行こうよ」「医療機関に行こうよ」と言ってくれたら、それに応じてもらえたらいいなと思います。

いずれにしても、モヤモヤした気持ちを自分一人だけで抱えているのは良くないですし、モヤモヤしたまま、関連記事をネットサーフィンして見続けるのは良くない。少し報道から離れた方がいいかもしれません。

——SNSしか逃げ場がなかったり、リアルで話ができる身近な人がいない場合はどうしたらいいのでしょう。

鍵付きのアカウントがあるなら閉じられたコミュニティの中でその気持ちを吐き出すのは悪くないと思います。「死にたくなった」とつぶやくのは悪いと思いません。僕はそれはSOSだと思っているので、SOSをむしろ出してもらえたらと思います。

大きな力を持つからこそ メディアに対する注文

——改めてメディアの自殺報道に対してご意見をください。最後に相談先さえつけておけば、なんでも書いていいと勘違いしているメディアもあるようです。

ここ10年ぐらいで、自殺報道の中では相談機関や電話番号が書かれて、「相談しましょう」と呼びかけられるようになりました。

それはいいのですが、明らかにテンプレート化していますよね。それさえ書いておけば何を書いても構わないという免罪符と勘違いしている節が見られます。そのことをもう一度考え直してほしい。

僕はメディアに対して自殺について絶対に語るなとは思っていません。やはり大きなことですし、報道するのは当然だとも思います。

僕はメディアは大きな力を持っていると思います。崖っぷちにいる人たちを突き落とす力もあると同時に、自殺以外の解決策に思い至らせる力も持っていると思うのです。

よく言われるのは、自殺を報道することによって真似して自殺する人が増える「ウェルテル効果」に対して、メディアが自殺を思い留まった例を報じることで自殺を止める「パパゲーノ効果」のことです。

困難を抱えた人が誰かに相談し、さまざまな支援機関につながって、結果として危機を脱するストーリーを思い描きやすい記事を書いていただきたい。自殺を取り上げる際には、自殺対策やメンタルヘルスを啓発する大事な機会だと捉えて記事を書いてほしいのです。

そうすればメディアの持っている大きな力を、よき方向に発揮することができると思います。

どうしてもガイドラインを逸脱する報道は毎回出てきますが、そういう報道に負けずに啓発する必要があります。消耗しますが、それでも繰り返すしかありません。

WHOの自殺報道ガイドライン「メディアがやるべきこと・やってはいけないこと」

WHOは、死にたいという気持ちを抱えている人が、芸能人の自殺報道によって影響を受けることを防ぐため、メディアがやるべきこと、やってはいけないことを自殺報道ガイドラインで示している。

【やるべきこと】

  • どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること
  • 自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと
  • 日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること
  • 有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
  • 自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること
  • メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること


【やってはいけないこと】

  • 自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと
  • 自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと、自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと
  • 自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
  • 自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと
  • センセーショナルな見出しを使わないこと
  • 写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと



今、とてもつらい人へ 誰かに相談してみませんか?

「いのち支える自殺対策推進センター」が掲載している全国の相談先窓口リストはこちら

厚労省のホームページにも、電話相談やSNS相談の窓口一覧が掲載されている


【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

バズフィードでの執筆記事はこちら

1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。