「3時に咲く花を見せたいから、2時に待ち合わせましょう」
こんなに素敵な待ち合わせ時間の決め方があるでしょうか?

植物観察家を名乗る鈴木純さん(33)が9月に出版したばかりの『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』(雷鳥社)は、道端にある植物の不思議な生態を紹介した本です。
と言っても、小難しい本ではありません。
「なんだか気になるぞ」「一体こりゃなんだ?」と好奇心いっぱいの鈴木さんの心の声やズームアップしていく写真を眺めていると、鈴木さんと一緒に植物の謎に近づいていくワクワクした気分が味わえます。

すっかり魅せられた私は、鈴木さんに「まち歩きをしながらお話を聞かせてください!」と申し込みました。
普段、目にしているはずなのに、気づかずに通り過ぎている豊かな世界が見えてきましたよ。
駅から一歩出たら、そこにはあの花のつぼみが
鈴木さんの地元、JR国分寺駅で待ち合わせ、南口を何歩か出たところで、鈴木さんは早速立ち止まりました。
「あ! これが3時に咲く花です。ハゼランと言います」

駅のロータリーの植え込みから突き出ている長い茎に、ピンクの小さなつぼみがたくさんついています。
「まだ2時ですから、少し歩いてから、また3時頃に見てみましょう。3時に咲くから『三時花(さんじか)』という名前でも呼ばれています。あちこちによく生えていますよ」
そして、鈴木さんはハゼランの茎についている赤い丸いものを指差します。
「これがハゼランの実なんです。まち針の形に似ているから、『マチバリソウ』という名前もついているんですね。そして、この丸いのを潰してみると......」

「ほら、これがハゼランの種なんですよ」

小さな黒い種が出てきました。面白い!
「名のある植物だったんだとわかると親しみが湧きますよね。これは海外から持ち込まれた帰化植物なんですが、なぜ3時に咲くのかは知らないんです。そのころに活動する虫の力を借りようとしているのかもしれませんね」
カタバミのマジック 10円玉がどうなる?
鈴木さん、常にキョロキョロしながら歩いて、「あ!」「お!」とすぐに何かしら発見します。
「この中にも少なくとも10種類以上の植物が生きていますね」

街路樹の切り株が残る土壌から、今度はカタバミの葉を摘んで見せます。
「クローバーと似てますが、ハート型の葉が特徴ですよ」

そして、何やらごそごそとポケットを探ると、小銭入れから10円玉を取り出しました。
「これをね...」

「10円玉にこすりつけるとね...」
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「ほら、こんな風にきれいになるんですよ」

おお〜!
「カタバミはシュウ酸という成分を持っていて、それが10円玉の酸化銅と反応してこうなるんです。植物って動けないわけですから、いろんなものから身を守らなくちゃいけない。すっぱいシュウ酸で、虫に葉っぱを食べられないようにしているんです」
「植物って何も言ってくれないけれど、観察するといろんなことを教えてくれます。それが楽しくてしょうがないです」
名前や生き方がわかると世界が広がる
こんなに植物好きな鈴木さんですが、実は東京都港区生まれ、新宿区育ちの都会っ子です。
しかし、東京都の職員だった父が、小笠原になんども単身赴任をしていたため、都会の中の自然と島の豊かな自然を肌身で経験しながら大きくなりました。

自然に「将来は植物に関係する仕事をしたい」という夢を持つようになり、進学した東京農業大学では、都会と自然の中の植物を両方学べる造園科に進みました。
「植物の名前がわからないと話にならないので、入学してすぐ学内にある180種類の植物の名前を覚えなくちゃならなかったんです。帰りの通学路で初めてヒサカキの名前がわかった時、世界が広がっていくような感動を覚えてハマりました」
世界が広がる? どういうことなのでしょう?
「うーん。例えば、ここにあるオシロイバナは夕方4時頃咲くので、英語でフォーオクロック(4時)とも呼ばれているんですよ」

へえ、そうなんですね。夕方に咲くとは知りませんでした。
「オシロイバナが夕方に咲くのは、スズメガという夜行性の長いくちばしを持つ蛾を相手にしているからなんです。スズメガが蜜を吸う時に花粉を体につけて、受粉を手伝ってもらうからなんですね」
「そういう生き方を見ると、植物って人間社会とは関係なく生きているな、この世界って人間だけで生きているんじゃないんだなって、ある意味、当たり前のことに気づかされます。それが僕の世界が広がるという感覚だと思います」
駅の目の前の植え込みにも植物の豊かな世界が広がっていた。「本気出したらここだけで1時間は観察できますよ」

「凄いのは日常だぞ」 父の言葉が生きる道を照らす
さて、このままでは駅前で全て取材が終了してしまいますので、少し歩きます。その間に鈴木さんが「植物観察家」になるまでの道のりを聞きましょうね。
学生時代、進路が定まらず、「何か凄いことがしたいのに」と悶々としていた鈴木さんに、お父さんはこう言ったそうです。
「何言ってるんだ。凄いのは日常だぞ」
鈴木さんはその後、2年間、青年海外協力隊に入り、中国で砂漠緑化運動に参加しましたが、あの時の父の言葉をこう振り返ります。
中国で青年海外協力隊の一員として砂漠緑化運動に取り組んでいた頃。

「あの言葉こそが全てだなと今は思います。木が緑をつけて、種を飛ばし、命をつなげようとするのは本当に凄いことです」
「環境問題も大事ですが、アマゾンの火災や地球温暖化などの大きなアプローチではピンとこない人も多いでしょう。そうではなくて、足もとにある自然の凄さ、それぞれなりに生きているんだと気づくことをベースに考えた方がいいと思うんです」
帰国後、知り合いの縁で旅行会社に就職し、国内の花を見に行くツアーを企画する担当を7年半した。植物写真家や研究者を講師に招き、植物好きの客を案内するうちに、知識や写真の技術が身につきました。
そのうち、詳しい人にマニアックな知識を伝えるよりも、一般の人に足もとの植物の魅力を伝えたいという思いが募り、プライベートで植物観察会を開くようになります。
そして、昨年1月に独立し、「植物観察家」という肩書きをお世話になった植物関係者につけてもらいました。
「なんて等身大な肩書きをつけてくれたんだろうと思いました。僕は研究者でもないし、植物の世界の先輩方のような詳しい知識があるわけでもない。でも、だからこそ、足もとの植物の生きる姿に感動したり、驚きがあったりする。誰もが植物観察家になれるんだよというメッセージも伝えられると思うんです」
植物には「作戦」がたくさんある ケヤキの子孫繁栄は?
なるほど、と感心しながら歩いていたら、「ああ!」と鈴木さん、街路樹の根元にしゃがみこみました。

なになに? 何があるの?
「あ、大きなナメクジ」などと言いながら、木の根元に積もった落ち葉をかさこそ漁っていると......。
「あった!」
「ほら、これはケヤキの木なんですけれども、2種類の葉を落とすんです。右が役目を終えて落ちてきた葉、左は小さな葉が連なったまま落ちてきます」

なんでこんな違いがあるのでしょうね。
「連なった葉っぱの根元をよく見てください。ほら、種が付いているでしょう?」

ほんとだ!
「連なった葉っぱは落ちる時、はらはらとゆっくり舞うんです。そこに風が吹くと、より遠くまで種を運ぶことができる。子孫を繁栄させるために植物はたくさん作戦があるのですが、ケヤキは風を利用するためにこうしているんですね」
なるほど〜。他に、甘い果実を食べてもらってふんとして遠くに種を運んでもらう方法や、オナモミのように動物に触れると種子がくっつく通称「ひっつき虫」の形で遠くに運んでもらう方法があるそうです。
秋から冬にかけては「顔探しが楽しい」
勉強になっちゃうなあ、と喜んでいたら、今度は鈴木さん、道端の植木をごそごそ探りはじめました。

探ってます。

「あった!」と黄色っぽくなっている葉を取ると......

お猿のような「顔」が出てきました。「可愛いでしょ?」

「トベラという常緑樹なんですが、常緑樹も古い葉は落ちて新しい葉に生え変わります。この『顔』は根っこから吸い上げた水分や、葉で作った養分の通り道『維管束(いかんそく)』の跡なんです。冬の観察会はよくこの『顔』探しをします」
へえ、面白いですねえ。
「これはね、難しいこと抜きでただただ可愛いから探しちゃうんです。街の植物にこんな顔が隠されているなんて素敵な気分になっちゃうでしょ? 偉い先生でもない僕の強みはそこ。こういうのを可愛いでしょ、面白いでしょって言えちゃう」
街の人との交流も楽しみます
さあ、また少し歩きましょう。
川べりに芙蓉の花が咲いていました。

でも今回、注目したのはその葉っぱ。「上から見ると面白いんです。ほら、葉っぱが重なっていないでしょう?」

大きな葉っぱは光合成をして太陽の光から栄養分を作るため。
たくさん光を浴びるために、それぞれの葉っぱが重ならないよう葉柄(ようへい)と呼ばれる葉っぱについている軸も、葉っぱの位置によって長いもの、短いものと長さを変えているんですね。
脇にある駐車場にある灌木に今度は目をつけた鈴木さん。「特徴ない葉っぱに見えるかもしれませんが....」と葉っぱを1枚取って、空に透かして見せます。
「ほら、葉っぱのふちと葉脈が白く透けて見えるでしょう? こんなにきれいに透けて見える葉っぱも珍しいんです。ハート型に見えて可愛いでしょ?」

こちら、「トウネズミモチ」という外来の帰化植物。「トウ」は「唐」と書き、中国からやってきたんですね。
「どこでも増えてしまうのでどちらかというと嫌われ者なんですが、可愛いですよね。そして......」
「こうやって揉んでかいでみると、青リンゴのような香りがしませんか?」

私もやってみると、青くさい、爽やかな香りがしました。そこに後ろから「へええ。面白いねえ」という声が。
すぐそばにいた放置自転車の監視員のおじさんが「うちにもこの木が切っても切っても生えてくるの。外来種なんだね。透かしたらハート型が見えてくるなんて知らなかったよ」と声をかけてきてくれました。話が弾みます。

街で植物の観察をしていると、こういうことはしょっちゅうあるそうです。
「人との交流も楽しみの一つですね」
よく声をかけられるのは道端にしゃがんで写真を撮っている時。この時も通りすがりのおじさんにまじまじと見られていました。

ちなみにこの時に撮っていたのは、「スベリヒユ」という植物。実にかぶさっているふたのようなものを取ると、カプセル状に入った小さな黒い種が出てきました。

植物観察用に持ち歩くデジカメで接写します。カメラは他に一眼レフも使っています。

この時、鈴木さんが撮っていたスベリヒユの種です。う〜ん、プロフェッショナル!

「ありのままに生きていい」 植物、そして家族からもらっている勇気
さて少しベンチに座って休憩しましょう。鈴木さん、リュックから箱を出して、私にプレゼントをくれました。
料理人の妻、千尋さんが作ってくださったという「秋の植物クッキーセット」と、

フウセンカズラの実です。

フウセンカズラの実の中には、ハート型に見える種が入っていました。可愛い。

お皿に並べてみた秋の植物クッキーセット。下がフウセンカズラの種です。「僕が厳しく監修したんで、かなり正確な形なんです(笑)」

娘の詩(うた)ちゃんが3月に生まれて育休中の妻・千尋さんが、型まで手作りして作ってくれました。
「自身も好きな料理を追求しているから、僕の植物への思いを感覚的に理解してくれているのだと思います。ありがたいですよね」
詩ちゃんは今、寝返りをうち始めたばかり。娘の成長も毎日興味深く観察し、鈴木さんの元気のもとです。
「大きくなったら自然観察に連れて行って、娘をだしに、虫や鳥など植物以外にも興味が広がっていくことを楽しみにしているんです」
今は月に4〜8回程度の植物観察会を開く鈴木さん。研究者としての道を究めるのではなく、ちょっと脇道を歩いてきたような自分に、一時は自信が持てなかったと言います。
「でも今は、どこを歩いても楽しい。植物を見ていると新しい疑問が次々に湧くし、季節ごとに見られるものを見逃したくないから、上や下を見てどんな時も忙しいんです。日常が凄いんだ、ということを毎日噛み締めています」

本のエッセイで鈴木さんはこう書いています。
人は月まで行けるようになったが、地球の中のことはまだほとんど知らないという。同じように、ネットで世界中のことをすぐに知ることが出来るようになったが、私はいまだに庭に生きる草や虫たちのすべてを知っているわけではない。外に向かっていく無限があれば、内に向かっていく無限もあるのだと気が付くこと、自然と触れ合う時間を過ごしていると、大事なことに気が付くきっかけをもらうことが多くある。
もしも目の前に困難や不安が立ちふさがった時には、足もとの自然を見てほしい。そこにはこの本で紹介したような、自ら動けないからこそ、あの手この手で工夫を重ねて生きている植物たちがいる。生まれながらに違う個性を持った彼らが、他と自らを比較することなく我が道を進んでいく様子を見ていると、私たちも自分自身の世界を大切にし、ありのままに生きていていいんだ、と、勇気をもらうことが出来るはずだ。(『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』より)
三時花とオシロイバナは満開に
さあ、そろそろ駅に戻りましょうか。
本の表紙にもなったヤブカラシが植え込みに絡みついていました。花が終わりになってくると、オレンジからピンクに変化していくんですね。「嫌われものなので植物の本の表紙になることはあまりないのですが、それも面白いでしょ?」

さあ、三時花、ハゼランは咲いているでしょうか?
咲いていました! ピンクの小さな可愛い花がいっぱい。

オシロイバナもこの通り。スズメガと仲良くしてね。

鈴木さん、2時間ありがとうございました。

この日の自宅までの帰り道、道端にやはりハゼランが咲いていました。
「名前を知ることによって、世界はお友達だらけになる」(鈴木さん)
これから、ちょっと毎日が楽しくなりそうです。
【鈴木純(すずき・じゅん)】植物観察家
1986年、東京都生まれ。東京農業大学で造園学を学んだのち、中国で2年間砂漠緑化活動に参加。帰国後、仕事やプライベートで日本各地に残る自然を100ヶ所以上、訪ね歩く。2018年にフリーの植物観察家として独立。徒歩10分の道のりを100分かけて歩く植物観察会を開いている。
ホームページは「まちの植物はともだち」。ツイッターは @suzuki_junjun