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そのマスク、科学的に意味がありますか?今後も必要ですか? 専門家に仕分け作業をしてもらいました

新型コロナウイルス感染症の対策緩和に政府が舵を切る中、どの対策を止め、どの対策を今後も続けていくのか議論があります。5人の感染症の専門家に仕分け作業をしてもらいました。まずはみなさん気になるマスク編です。

新型コロナウイルス感染症は5月8日に感染症法上の位置付けが2類相当から、季節性インフルエンザと同じ5類に変更されることが決まった。

対策の緩和が進む中、これまで行ってきた感染対策のうち、何をなくし、何を残すべきかの判断が必要となっている。

議論のために必要なのは、科学的に意味のある対策なのか、という確認だ。

BuzzFeed Japan Medicalでは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんの協力の下、5人の感染症の専門家に対策の仕分け作業を行ってもらった。これを参考に社会で議論してほしい。

第一弾として、まずは多くの人の関心が高い「マスク対策」から見ていこう。

※取材は2月上旬に行い、その時点の情報に基づいている。取材した順番に掲載している。

共通の質問に5人の専門家が回答

5人の専門家に、以下の4項目のマスク着用対策について尋ねた。


・小中学校でのマスク着用
・この春の入学式や卒業式のマスク着用
・公共交通機関の車内ではマスク着用
・N95などの高性能マスクを市民が着用

この4項目について、科学的に意味はあるか、これからも必要か、その他当てはまるものがあれば選択(社会的・経済的合理性がない、持続可能性が低い、推奨されたことがないか過剰反応、流行状況によって実施を推奨)を回答してもらい、その回答に基づいてインタビューした。

【協力専門家】

西浦博さん(京都大学大学院医学研究科教授)
坂本史衣さん(聖路加国際病院、QIセンター感染管理室マネジャー)
小坂健さん(東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学教授、医師)
矢野邦夫さん(浜松市感染症対策調整監、浜松医療センター感染症管理特別顧問)
岡部信彦さん(川崎市健康安全研究所所長)

科学的根拠はあるが、メリハリのある使い方を

感染管理に詳しい聖路加国際病院、QIセンター感染管理室マネジャーの坂本史衣さんは、まず学校でのマスク着用については科学的根拠があると判断する。

「マスクを着用した地域の学校と着用しない学校で着用した学校の方が感染者を抑えられたことを示したボストンでの実証研究など、小中学校でのマスク着用は科学的根拠はありそうです」

「感染者数が少ない状況で、重症化するリスクも低い場合は不要な場面が増えます。例えばアメリカでは地域の流行状況によってマスク着用の推奨を変えています。流行状況を見ながら感染者数が多い時期や地域では推奨するなど、メリハリをつけて運用していくのが良いでしょう」

公共交通機関でのマスク着用は、「電車などではしゃべらないのだからマスクなしでもいいのでは」という声が聞こえる。

「それは状況にもよると思います。例えば流行拡大期の東京の朝晩の通勤ラッシュでは外しても安全なのかは疑問です。でも平日の昼間で、空いていて、みんな黙ってスマホを見ている状況ならいらないかもしれません」

一般人の高性能マスク使用については、「(医療者がコロナ対応で着けるような)N95を一般人が着けるのは基本的には反対」と言う。

「N95を効果的に着けることは難しく、効果的に着けると苦しいです。サージカルマスクは着けている人が飛沫を出さない役割が大きく、N95は相手の飛沫を吸わない役割が大きい。黙っている人たちが多いところで着ける必要性は低いでしょう」

ただし、重症化リスクがあってどうしても感染したくない場合、使ってもいいだろうとする。

「今後マスクを着ける人が減ってきた時に、ハイリスクの人が混雑する空間に行く必要がある場合などは着けてもいいかもしれません」

流行状況が悪化した時は感染リスクの高い場面でマスクをしっかりつけて、流行が下火になったらマスクを外す。一般の人はそんな臨機応変の判断ができるようになってきただろうか?

「難しいかもしれません(笑)。明確でわかりやすいメッセージの発信がない限り、みんなで極端に緩めるか、締めるかのどちらかになりがちです。状況によって判断できるような指標が示されるといいと思います」

科学的根拠はあるが、感染状況に応じて対応すればいい

厚生労働省クラスター対策班で感染対策を検討してきた東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学教授で医師の小坂健さんは、まず学校でのマスク着用については、科学的根拠があると判断する。

「学校でユニバーサルマスキング(人が密になる空間では常にマスク着用する)をした方がいいというエビデンスはボストンでの実証研究以外でもいくつかあります。基本的に、みんながマスクをすることでその集団での感染を減らすことができるという知見はちゃんとあります」

ただ、これを常に徹底すべきかといえばそうではない、というのが小坂さんの考えだ。

「地域での感染状況が落ち着いている時にみんなが恐れてマスクをする必要はありません。感染対策は対策を実施する人がどれぐらい感染を怖がっているかも考えて決定することが必要です。地域の感染状況やリスクをどう捉えているかでやるかどうかを考えてもいいでしょう」

子どものマスク着用について議論すると、「言語コミュニケーションが未熟な子どもが相手の表情を読み取りづらくなる」「発達面で影響がある」などのマイナスの影響を心配する声が聞こえる。

「それほど明確なネガティブなエビデンスはまだ論文としてはあまり出ていません。ただ、表情が読み取れないとかコミュニケーションが取れなくなると事例レベルでは聞いています。それには謙虚に耳を傾けなければいけません」

公共交通機関のマスク着用はどうだろう。

「公共交通機関で感染リスクがあるというエビデンスは海外であります。でも日本のように皆しゃべらない車内ならリスクは極めて低いでしょう。ただ公共交通機関は『絶対感染したくない』という人も使わざるを得ないので、その人たちへの配慮で乗車中のマスクというルールを設けてもいいのではないかと思います」

一般人の高性能マスク使用については、アメリカ等で一般に配布している国があり、CDC(米国疾病管理予防センター)からは「周りがマスクしていないなら、ちゃんと防ぐにはN 95等の高性能マスクが望ましい」という見解も出ていると指摘する。

「ただ、日本のようにみんながマスクをしていれば、サージカルマスクであろうがリスクを減らす効果はかなり高い。高性能マスクまでは必要ないかもしれません。隙間がないようにちゃんと着けるのも難しいです」

給食での黙食についても、「大人たちはランチや会食でしゃべりながら食べているのに、子どもだけに我慢させるのか」という声が上がっている。

これについて小坂さんは、「大学でも学生は学食では一人で黙食しているのに、教室に帰った瞬間マスクはしているけど大騒ぎ。大人もしゃべりながら食事をしているし、子どもだけに黙食を強いるのはバランスが悪い」と話す。

「ただ学校生活の中では給食は感染リスクの高い場面であるのは確かです。でも放課後などは何も対策しないのに、給食の時間だけするのはバランスが悪い」

高齢者と重症化リスクの高い人以外はウィズコロナでマスク撤廃を

一方、病院や介護施設など重症化リスクの高い人がいる施設を除いて、マスクを外すことを訴えているのは、浜松市感染症対策調整監で浜松医療センター感染症管理特別顧問の矢野邦夫さんだ。

矢野さんはマスクについて議論する前に、コロナウイルスの歴史的な位置付けについて考えた方がいいと語る。

SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、そして今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の前に、コロナウイルスは4つあったが、すべて風邪のウイルスとなった。

「前の4つのウイルスの頃は高齢者や免疫不全の患者が存在していない時代でした。ほとんどの人が65歳以下で健康者であり、感染したとしても、風邪程度であったことでしょう」

「新型コロナウイルスで初めて高齢者や免疫不全の患者など重症化リスクの高い人たちが重症化するリスクを考えなければならなくなりました。逆に言えばその人たちの対応さえすれば、前の4つのウイルスと同じく風邪のウイルスとして対応できます」

その上で、矢野さんは「20年先を考えてどうすべきか考えれば、ウィズコロナしかない」という意見を述べる。

「新型コロナの変異株の推移を見てみると、感染力の強いものが他のものを押しのけています。そして、感染しても、軽症もしくは無症状で感染者が動き回れるウイルスと、感染した人が重症になって起き上がれなくなって、人々と会うことができなくなるウイルスを比べてどちらが感染力を強くして生き残りに有利かと言えば、前者です」

「だからウイルスは軽症化に向かうしかない。そして新型コロナは実際に病原性を落としています。『これから強毒性のウイルスが出てくるかもしれない』という専門家がいますが、そんなことはないはずです」

そんな予測のもと、今後コロナとどう向き合うかについて矢野さんはこう訴える。

「やるべきことは、お年寄りと重症化リスクの高い人にワクチンをしっかり接種して、重症化しないように免疫をつける。万が一感染してしまったら、抗コロナ薬を内服することによって重症化しないようにする」

「そのような準備がなされれば、5月に感染症法上の位置付けが5類に変わった時に、そのほかの人はマスクを全面撤廃すればいい。ただし、病院と高齢者施設はワクチンの効果が期待できない人もいるので、ゼロコロナを目指さなければいけません」

「ウィズコロナの時代はマスクなしでいい」

その上で、「小・中学校での授業中マスク着用」や「卒業式、入学式のマスク着用(今年3〜4月)」の効果については科学的な根拠はないとしている。

「ただ感染対策としては有効かもしれません。今は感染症法があるから渋々着けていますが、ウィズコロナの時代になったら感染するという前提となります。もちろん病院はマスク着用を続けますが、学校は不要でしょう」

「今、未就学児はマスクをしていません。それを小中学校に拡大するだけです。子供はマスクを着けなくてもいい」

給食での黙食も議論になっているが、どう考えるだろうか?

「感染症法での位置付けが5類になれば、学校で大声でしゃべったらいい。僕も5類になったら仲間と一緒にビヤガーデンに言ってエアロゾルを撒き散らかしながらビールを飲む、と決心しています」

公共交通機関でのマスク着用については、科学的合理性ありとしているが、流行状況など場合によって続けた方がいいとする。

「いつかは電車やバスの中でのマスクはなくなるでしょう。新型コロナ以前では、インフルエンザの時期は皆さんマスクをしていました。それまでは自分が感染しないためにつけて、周りにうつさないためにやる人は少なかったのですが、この3年でみなさんが本当のマスクの効果がわかってきたと思います」

「だから流行時期や、万が一ウイルスの病原性が高くなった場合はマスクをつけたらいいと思います」

一般人の高性能マスク着用については「有害だろう」と言い切る。

「N95なんて苦しくてつけ続けられません。長時間つけられないし、走ることもできません。息ができないから、マスクと顔面の隙間をパカパカ開けたりするので意味がない。サージカルマスクで十分です」

流行状況によってマスクの使用は判断すべき

小児科医としてのベースがあり、感染症の専門家でもある川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんは、「小・中学校での授業中のマスク着用」と「卒業式、入学式のマスク着用(今年3〜4月)」については「科学的合理性あり」を選んだ。

「マスクは感染症を防ぐのに効果があります。だからと言って、その対策がいい・悪いはそれだけで判断できません。マスクを使う場として適切かどうかを判断しなければいけません」

その上で、小中学校での授業中のマスク着用はこれからも必要な場合もあるとする。

「流行がその地域で拡大している時は、学校でも着けた方がいい。たとえば北海道で流行している時には北海道では着けた方が良いが、流行のない鹿児島の子が着ける必要はないでしょう」

「本当は状況に応じて考えるということを子どもにも身につけてほしいのです。だけどもう習慣化してしまっていて、『外してもいいんじゃない?』と声をかけても、『もう面倒くさいからこのままでいいの』と言ったりすることはよく見られるようです」

「子どもは外した顔をあまり見せないから、外すほうが恥ずかしいという感覚も身につけてしまっています。僕は子どもの発達や心理に影響があるだろうと思っていますが、2年や3年でそれらの証拠というようなエビデンスは出てきません。時が必要です」

「しかし時を待つ必要はないのではないでしょうか。本来は互いの表情を見ながら子どもは育つほうがいいと思います」

「卒業式でマスクを外すことを基本とする」と岸田首相はスピーチしたが、岡部さんはどう考えるか。

「流行時ならば、卒業式で着けることに科学的合理性はあります。卒業式の時期に流行状況がどうなっているかに左右されると思います」

公共交通機関でのマスク着用も「科学的合理性あり」とするが、これも流行状況によって運用の考え方を柔軟にするべきだとする。

一方で、一般人が高性能マスクを使用することについては、「きちんと着けられるならば、感染対策としては効果があり科学的根拠はあります。どうしても感染したくない事情がある一般の人が使うこともあり得るでしょう」とする。

ただ、これがすべての人にルールとして必要かと問われると「必要ありません」と答える。

「一般の人がN95をきちんと着けたり、ずっと着けたりすることは現実的でありません。サージカルマスクで十分だと思います」

卒業式のマスク着用、「生徒が主体的に感染対策を考える機会に」

京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんは「小中学校の授業中のマスク着用」については、科学的合理性あり、と判断した。

「授業中に有効だったというエビデンスはないのです。アメリカでユニバーサルマスキング(学校で人混みにいる時には常につける)のエビデンスはあるのですが、科学的には支持される対策だと思います」

その上で今後も着用すべきかについては、「流行状況などによる」とした。

「いわゆる発達の遅れにつながるというエビデンスは現時点ではないのですが、その可能性や、皆さんの青春への影響を考えるうえで一番議論すべきだと思うのが小中学校です。マスクの推奨を考えるうえで一番難しい場所だと思います。もちろん科学的には着用が支持されます」

「しかし、学校は、屋内でどういう人が来るのか選べない空間です。そういう観点から、科学的に支持されることも念頭に、ある程度、皆さんで価値判断をしながら議論したほうがいいところです」

「卒業式、入学式のマスク着用(今年3〜4月)」については科学的な根拠はないとしたが、「これは児童や生徒が主体的に選択するチャンスです。中学生なら生徒会のみんながどうしたいかみんなの考えを聞いた上で議論して決めたらいい。これをぜひ自分たちで感染対策を考える機会にしてもらいたいのです」

「公共交通機関でのマスク着用」についても科学的合理性はあるとした。黙って乗っている電車ではマスクはいらないのではないかという声もあるが、どうなのだろうか。

「狭くて十分換気されていないと、黙っていても呼吸をしているとエアロゾルは届きます。黙っていれば安全だというリスクの捉え方は実は十分な根拠がありません」

「公共交通機関でマスクをしなかったら、他の屋内空間もなし崩し的に外すでしょう。不特定多数の人が集まる場所なので今後も着用することを専門家としては推奨します」

一般人の高性能マスクの使用については、「リスクの高い人がきちんとつければ意味がある」として科学的根拠ありとした。

ただ、高性能マスクはきちんと隙間なくつけるのが難しい。

「ルーズに着けていたら意味がなく、それを知った上で使っているかというとそうは思えません。日常的には不織布マスクで十分で、それは不十分な効果だと認識して使う。N95は過剰な可能性があります」

マスク着用対策についての専門家の意見

(続く)