安倍元首相が銃撃され、死亡したニュースに、ショックを受けている人はたくさんいるでしょう。
銃撃の音や倒れている画面を見て不安や恐怖が強くなったり、ニュースやSNSを延々と見続けてしまったり、恐怖で震えてしまったり。特に子どものやわらかい心に大きな影響を与えてしまうのが心配です。
恐ろしい事件が起きて心が落ち着かないとき、私たちはどうやって自分の心を守ったらいいのでしょう?
BuzzFeed Japan Medicalは、子どものこころ専門医の山口有紗さんに気をつけるべきことや対処法を聞きました。

「傷つきの経験だと認識することが大事」
——安倍晋三元首相の銃撃のニュースにかじりついて、心が落ち着かない人がたくさんいるようです。これはどういう反応なのでしょうか?
安倍さんのような国のリーダーであった方で、好むと好まざるにかかわらず自分達にとってシンボリックで重要な存在だった方が、暴力的な方法で、短期間で亡くなった。これは私たちにとってすごく大きな喪失体験です。
そうすると、心がびっくりします。それに対して私たちは色々な反応で自分たちのことを守ろうとします。
例えば、人間は不安になると、少しでもアップデートした情報を得なければいけないと思ってしまいます。「知っておかなければ!」と高揚した状態になって、テレビにかじりついて見たり、落ち着かず、集中できない状況が続きます。
——先生は「今回の事件とその報道により、誰でも心に傷を受ける可能性がある」ことを社会全体が知っておくのがもっとも重要だとおっしゃっています。なぜですか?
こういったセンセーショナルなできごとが起こったとき、みんなびっくりしてそれを「傷つき」という文脈では認識しにくいと思います。
こういった事件の後には、すごく過激な報道があったり、誹謗中傷が起きたりして、メディアに触れる時間が増え、日常生活が落ち着かなくなることが多いです。
その根っこを考えてみると、私たちが日常生活の中で信じていたものや日常の安定性を失ったことに「傷ついている」のかもしれない、と思うのです。
そのような傷つきの文脈で考えると、新たな対立を生むことを防ぐことができるかもしれません。また、自分の中で起こっていることに振り回され過ぎずに済んだり、自分の周りの人に起きていることに振り回されずに済むこともあるかもしれません。
ちゃんと距離を置いて、この事態を受け止めるためにも、「傷つき」の視点で考えることがすごく大事だと思います。
加害者へのレッテル貼り、新たな分断や報復感情の可能性も
——傷つきがどのように表れるかについて、いくつか挙げていらっしゃいますね。
今回のようなテロリズムや暴力にさらされた場合だけでなく、一般的なトラウマ体験をしたときに起こることとして、以下のようなことが考えられます。こうした表れが、自分の今・過去・未来の心身の健康に影響を与える可能性があります。
- 自分の日常が安全ではないかもしれないと思う
- 過去の暴力などのトラウマを思い出させる
- 加害者に対してレッテルを貼って(例えば特定の団体やグループの出身だった、精神疾患があったなど)、スティグマにつながる
- 被害者への過度の同調や、加害者への過度の同調によって、今後の対立や暴力を生む
自分の日常が安全ではないかもしれないと思い、かつそれが自分ではどうしようもできない、何もできないと思ってしまう。突然やってきたできごとに無力感を感じることがすごく大きいです。
これをトラウマ体験ともいうのですが、普段の生活がぐらぐら揺らいでしまって、「こういうことがまた起きるんじゃないか」と怖くなってしまったり、今まであったことや、今あることが信じられなくなったりするかもしれません。
こうした体験によるトラウマ症状としては、以下のようなものがあります。
- 悪夢を見る
- 考えたくないのにそのことを考えてしまう
- 考えないようにその話題を避けたり、関連する場所や人を避ける
- 気持ちが落ち込む
- 世の中はおそろしいと強く感じる
- 自分を責めたり、他者に強い怒りを抱いたりする
- 眠れなくなる
- イライラする
感情が感じられない、現実感がない
- 自分や他者を傷つける行動をする
また、特に配慮が必要な人へのケアも必要です。
過去にそういった暴力にさらされたり、それで人を失ったりした体験がある人はより傷つきを深めやすいと言われています。そういう人たちがトラウマを思い出して、具合が悪くなる可能性も十分にあるでしょう。
そして、スティグマの問題が今後、起き得るのではないかと心配しています。スティグマというのは、特定の人やグループにレッテルを貼って、決めつけたり、過度な批判をしたり、排除したりすることです。
今後、加害者の男性について、「加害者がどういう人物だからこういうことを起こした」とレッテルを貼って、同類の人を責めるようなことが起こるかもしれません。選挙のタイミングでもあり、男性を特定のグループや政治的な思想に結びつける人たちもいるかもしれません。
これから、社会を敵と味方に分断するような流れが必ず起きてくると思います。
たとえば、被害者や加害者に過度に同調して、「民主主義の敵!」とか「反自民党!」となったりして、社会の分断が生まれることもあるかもしれませんし、暴力によって反対勢力に対抗する手法を模倣するような事件が起こる可能性もあります。
そうすると、物理的にも心理的にも、第二の被害、第三の被害が繰り返されるのではないかと心配しています。
ここで、こうした社会の分断が起こる可能性をわたしたち一人ひとりが知っていて、距離をとって眺められるかどうかがとても大切です。そして、それが根本的には傷つきや社会不安によって起きていることに気づいているかどうかによって、一人ひとりの認識と社会の流れも違ってくると思います。
今回のできごとを「日常が揺らいだことで私たちは傷ついているのな」と気がつくと、攻撃よりも癒し、暴力よりもケアに立ち戻ることができるかもしれないと信じています。人間には根本的にその力があると思っています。だから傷つきの視点でとらえてほしいのです。
報道、SNSで発信する人が気をつけるべきこと
——その影響を少なくするために、まず情報を発信する側は何ができるでしょう?

これらの影響を避けるために、報道では以下のことが求められると思います。
- 暴力的な部分の詳細の報道には慎重・繊細であること
- 繰り返し何度も同じ場面を報道するなどを避けること
- 加害者や被害者にレッテルを貼るような表現を避けること
- 関係者や目撃者の取材の際には慎重を期して、トラウマや相談先について必ず知らせること
- 報道を知った人に起こりうる心理的な反応(トラウマ症状)、それは自然であって、次第に良くなることが多いが、長く続く場合もあること、相談先などを伝えること
- 報道する側の傷つきに配慮すること
繰り返し、銃声の場面やSPが加害者を取り押さえる場面がテレビで報道されています。
情報を伝えることはもちろん大事なのですが、こういった暴力的な場面にさらされるたびに、心臓がドキドキしたり、怖いなと思ったり、再体験するような反応が起きるかもしれません。だからそれには最大限に配慮して、同じ場面を繰り返し流さない配慮が必要です。
先ほど、NHKの報道を見たら、動画を流す前に「今から銃声の音がします」とテロップが出ていました。津波の映像もそういう配慮をすることがありますね。銃声だけではなくて、「暴力的な場面があります」などと事前に知らせる配慮は、報道する場合には必須だと思います。
それと同じように、こういったことで気分が悪くなったり、心のしんどさが増してしまったりした場合には、こういう相談先がありますよという案内をすることも必ず行ってほしいと思います。
スティグマを未然に防止するために、加害者や被害者にレッテルを貼るような表現を避ける努力をできると良いと思います。
SNSに代表されるように、この現代世界では私たち一人ひとりがメディアであり、受信者であると同時に発信者でもあります。
自分たちが発信者であるという観点で、自分は加害者や被害者にレッテルを貼っていないか、スティグマや分断を生むような表現ではないか、とセルフチェックやピアチェック(仲間と相互にチェックすること)することは大事だなと感じます。
「民主主義への戦い」など過度に煽らないで
被害者に親しかった方、目撃者、加害者関連の方々はより深く傷ついているかもしれません。彼らに取材する場合は彼らが話さなくてもいい権利や、話した後に起き得る反応を紹介すること、相談先を必ず伝えること。これは取材する上での人として守るべきことだと感じます。
トラウマ症状についての簡単な資料もあります。今回の事件はこういうことを国民全体で知るいい機会でもあります。子どもも大人も参考にできると思います。
自分達が不安になったり、眠れなくなったり、ドキドキしたりするのは当たり前のことであって、私たち一人ひとりの防衛反応であり、むしろ力があるからこその反応であると知ることが必要です。
このざわざわした日々は数日では収まらないと思いますが、こうした症状は、一連のことが落ち着けば、多くの場合は数週間で、ゆっくりとよくなることが多いです。
ただ、症状が何ヶ月も続いたり、外に出かけられない、食べられない、眠れないなど、日常生活に支障をきたす場合は、下記の相談先や医療機関などに相談することを検討していただけたらと思います。
また、こういう事件では、それを取材して報道するメディアの人もすごく傷つきますし、身体的にも疲弊します。傷ついて報道するとそれが伝播していきますので、自分も傷ついているという眼差しを持って、自分のケアやお休みをしっかり取ることにも心を配っていただけたらと思います。
とくに今回は選挙も絡むので、過度に、「民主主義の闘い」などという対立構造をセンセーショナルに煽って、社会の分断や次なる暴力を生まないようにすることが大切だと感じます。
自殺の報道ガイドラインや、海外でのテロや乱射事件の際の報道の留意点なども参考になると思います。
メディアから離れる時間も意識的に作る
——報道を見る側は何に気を付けたらいいですか?
前提として、こういう報道を見ることによって、自分の心や体や日常への考えが揺さぶられて、自分にトラウマ症状が現れる可能性がある、とまず知っておくことが大事です。
事件が起きたばかりのときには興奮状態で気づかないこともあるのですが、そこからふと離れたときに、嵐のように症状が出てくることもあるかもしれません。
そのタイミングは一人ひとり違うし、程度も違います。今後、数週間、報道も続くでしょうから、自分や自分の大切な人にそういう症状が起き得ることを知っておくことがまず大切なことです。
もう一つは、メディアに接する時間をある程度制限することが役に立つかもしれません。
今はネットは24時間接続状態で、スマホを見れば常にアップデートされた情報が入ってきます。関連情報もいくらでも引き出されます。
その中で意識的にメディアから離れる時間を1日に30分でも1時間でも確保することはぜひ意識的にしていただきたいことの一つです。
また、興奮した状態だとなかなか眠れないと思います。眠れないと精神症状は悪化するので、眠る前の2時間は今回の報道は見ないとか、YouTubeは見ないでおくとか、自分の中でルールを決める。家族がいたらそのルールを共有しておくなども有用でしょう。
自分たちや家族を守るために、情報から離れる時間も大切だということを、身近な人とともに共有できるといいなと思います。
そして、こんなときこそ日常のあたりまえなことを大切にしましょう。決まったルーチンは気持ちの回復や安定に役立ちます。
いまここの自分は大丈夫だと感じる力が、ご自身の中にあることに気づけるかもしれません。
子どもが不安定になったら?
——精神的に不安定になって、SNSやテレビにかじりついている子どもも多いようです。大人とは別の特別な配慮が必要ですか?
子どもや、過去にトラウマ体験をした人、もともと発達の特性を持っていたり、心の不調をかかえている人には特別な配慮が必要です。
子どもに関しては、子どもの年齢や発達段階によって、受け止め方が違います。
より小さい子ども、乳幼児や2、3歳ぐらいまでのお子さんは、養育者の反応に非常に大きな影響を受けます。養育者がずっとメディアを見ていて不安定だったり、怒りっぽくなったり、不安そうだったりすると、それが子どもに如実に伝わります。
特に小さいお子さんがいるご家族は、自分のケアをしっかりする。自分に優しい時間をもち、意識的にメディアから離れることも役に立つかもしれません。
だいたい3歳ぐらいから小学校低学年ぐらいまでのお子さんは、発達段階的に世の中で起きた悪いことについて、「自分のせいだ」と思う認識が強くなります。
不安そうにしていたり、学校に行きたがらなくなったり、勉強に集中できなくなったり、眠れなかったり、今までできていたことができない「退行」が見られたりしたら、「それは決してあなたのせいではない」と言ってあげてください。
「世の中が不安定なときに調子が悪くなることは、大人にも子どもにも起こりうることだから、自分を責めなくていい」と伝えることが大事です。
それ以降になると認識は大人に近づいてきますが、世の中が揺らいでいることに関してより脆弱で、より不安を感じやすかったり、対処の方法が未熟だったりすることがあります。
大人だったら周りに話をしたり、他のことで発散できたりしますが、子どもはそれが限られるかもしれません。家庭内で子どもの不安についてこちらから聞く。たとえば「安倍さんの事件に関して、どう思った?」などと聞く。積極的に子どもの声や意見を聞いて、子どもが思っていることを受け止めましょう。
不安なことはいつでも言って良いんだよ、と子どもたちが言語化して整理することをサポートすることが大事ですし、言葉にならなくても、ちょっとした表情や行動の変化にやさしく気づいて触れてあげられるといいと思います。
思春期のお子さんの場合は、真っ直ぐ語るよりは「別に」とか「関係ないし」と言いながら、行動が落ち着かなくなることもあるかもしれません。
その場合には、責めたり、無理に話を聞いたりはせずに、プライベートな時間を大事にしてあげて、「話したいときはいつでも聞くよ」と受け皿を用意してあげることが大切です。
どの年代の子どもでも、大人と同様に、ルーチンを維持しゆったりとした遊びやリラックスの時間をとること、大人自身が自分を大切にして周囲を頼るモデルを示すことを心がけたいなと思います。
社会的危機のときの子どもへの接し方は、こちらのコロナ関連の資料や紛争の時の寄り添い方も参考になるかもしれません。
一度きちんと悲しむことが必要
——日本のトップを務めた人が殺されたというのは、ものすごく大きな衝撃です。日本社会として、どうこの事件を受け止めて対処したらいいと思いますか?
まず一度、きちんと悲しむことが必要だと思います。
大事な人や知っている人が亡くなることは、生きていれば必ずあります。人間はその人との思い出を振り返ったり、周りの人とお話ししたりしながら、ゆっくり回復していくものです。
安倍さんのことが好きだったり嫌いだったり、色々な人がいると思いますが、今回の事件はある意味、私たちみんなにとっての喪失体験だと思います。集団トラウマや集団的な喪失とも言えるでしょう。
こういうテロのようなことで人が亡くなったり、自殺で亡くなったりすると、その人の死を語る文脈がシンプルではなくなります。
かつ、時期的に選挙が絡んでくるので、ただ自分達にとってのシンボリックな存在が亡くなったというだけではなくて、スティグマの対象になったり、「民主主義へ挑戦だ!」となったり、「反社会勢力が!」とか、「安倍政権のやったことは!」などと、複雑なグリーフ(悲嘆)になりがちです。
しかもこの2年半、わたしたちはコロナ禍でいろいろなのものを喪失してきました。さらにこの半年間は、日々ウクライナ戦争のニュースに触れ、世の中がいかに不安定であるか思い知らされてきたように思います。
程度の差はあれ、それぞれがすでに十分傷ついている状態だったのです。そこに、さらに日常を揺るがす事件が起きたことで、こころや身体にさまざまな反応が起こるのは当然のことです。
ちゃんと、一人の人が撃たれて亡くなったのは悲しい、ということをシンプルな文脈で一度悲しむ。その時間をきちんと取ることが、スタートとして大事なことだと思います。
【不安になった時の相談窓口】
よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
チャイルドライン(特定非営利活動法人(NPO法人) チャイルドライン支援センター)
【山口有紗(やまぐち・ありさ)】小児科専門医、子どものこころ専門医
大学入学資格検定に合格後、立命館大学国際関係学部を卒業、山口大学医学部に編入し、医師免許取得。東京大学医学部附属病院小児科、国立成育医療研究センターこころの診療部などを経て、現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所や一時保護所での相談業務などを行なっている。
国立成育医療研究センターこころの診療部臨床研究員、こども家庭庁有識者会議構成委員。内閣官房こども家庭庁設立準備室室員。ジョンズホプキンス大学公衆衛生修士課程在学中。 一児の母。
一部表現を追記しました。
一部表現を変えました。