子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を予防するHPVワクチン。

日本では接種率が1%未満に落ち込んでいますが、海外ではむしろ、子宮頸がんだけでなく、HPVに関連するがんを防ぐために男女共に公費でうつ国が増え、ワクチン不足も起きています。
日本では子宮頸がんによる死亡の増加に歯止めがかからない中、接種率の高い国ではこのがんの根絶も視野に入っているという海外の現状を、がんの疫学研究者で北海道大学大学院生殖・発達医学分野の特任講師、シャロン・ハンリーさんが講演しました。
2回に分けて詳報します。
子宮頸がん根絶へ行動を WHO事務局長が呼びかけ
本日はアジアに重点を置いて、HPVワクチン接種に関する世界の現状を説明させていただきます。
まず、2018年5月に発表された、WHO事務局長による「子宮頸がん根絶のための呼びかけ」についてお伝えします。

子宮頸がんは予防可能ながんで、早期に発見して治療すれば高い確率で治すことが可能です。しかし、世界的に子宮頸がんは未だに女性の生命を脅かす深刻な脅威の一つです。
このような認識のもとで、去年の5月にWHO事務局長のDr.テドロス・アダノム・ゲブレイェススは、子宮頸がん根絶を目指して世界に向けて行動を起こすように呼びかけました。

その関連で開かれた、今年1月の第144回執行理事会で、子宮頸がん根絶のためにWHOの事務局が世界的な戦略を展開するという決定を、70か国以上が支持しました。
日本が支持した70か国に入っているかどうかはわかりません。もし支持しなかったのであれば、執行理事会の理事としてなぜそうしなかったのか追及しなければなりません。
また、もし支持したのならば、6年以上も積極的勧奨を差し控えているのに、なぜ子宮頸がん根絶のための行動を起こす呼びかけを支持するなんて表明できるのか疑問が残ります。
もし厚生労働省が子宮頸がん根絶に真剣に取り組むならば、直ちにHPVワクチンの積極的勧奨を再開すべきなのではないでしょうか。
(記者注:厚生労働省に確認したところ、執行理事会の理事である日本もWHOが子宮頸がん根絶のための戦略を作ることを支持しました)。
10万人あたり4人未満の「根絶」目指して
「根絶」という言葉は、公衆衛生問題としての「根絶」を意味し、女性10万人あたりの罹患率が4人未満という稀ながんになるということです。
そして今後10年間の目標は、以下の通りです。

1つ目は、2030年までに、15歳までの女子の90パーセントがHPVワクチン接種を終えていること。
2つ目は、開発途上国の女性も含まれるため最低限の回数ですが、7割の女性が生涯で少なくとも35歳、45歳の時に2回、HPV検査による検診ができること。
3つ目は、前がん病変や浸潤がんにかかった女性の9割が適切な治療や緩和ケアを受けられること。
そして、4つ目は、この3つの戦略によって、死亡率を30%低下させることです。
実は日本では3つ目の目標しか達成できていません。
悲観的なシナリオA
WHOが指定した目標は、オーストラリアの数学者・疫学者が行った研究に基づいたものです。
この研究では、二つのシナリオが紹介されています。

まず、シナリオAでは 検診受診率とワクチンの接種率が現在のままと想定します。
その条件で、2099年に子宮頸がんの罹患率を予測すると、ほとんどの国が子宮頸がんを根絶できません。
今のままのワクチン接種率と検診受診率では根絶は無理なわけです。
根絶できるのは大部分の人が経済的に恵まれた高所得の国と、男女共に性行為が保守的な中東の国々で、アジアで撲滅できるのはブータンだけです。
日本は当然、達成できません。今のままの検診率とワクチン接種率だと、とても10万人に4人未満にはなりません。
HPVワクチンの接種率が8割になり…根絶へ

次にシナリオBですが、今後、「9価ワクチン」の接種率が8割以上になり、生涯に2回のHPV検査による検診を受けられるようになると、日本も含めて多くの国が子宮頸がんを根絶できると予測されます。
9価ワクチンは、7種類の発がん性HPVと良性のイボである尖圭コンジローマを起こしやすくする2種類のHPVへの感染を防ぐワクチンです。
高いワクチン接種率と、生涯にHPV検診を2回以上受けることが要件です。もちろん先進国ではもっと検診の回数は多くなると思います。そうすれば、多くの国は2099年までに子宮頸がんの根絶はできると予測されています。

ただ、現時点で、9価ワクチンを導入している低所得・中所得の国はなく、ワクチンの接種率が8割以上の国も少ないため、この目標はすぐに達成できるものではありません。
ルワンダ、ブータン、マレーシアはワクチンの接種率が非常に高く、ヨーロッパの一部の国もそうです。
目標達成の最大の壁は? ワクチンの安全性・有効性ではない
WHOの根絶目標で最大の障壁は、実は日本でいつも議論になっているワクチンの安全性や有効性に対する科学的な疑念ではありません。
このワクチンが非常に安全で、有効性が非常に高いことは、すでに世界の共通認識になっています。

大きな障壁の一つは、予測される需要量が実際の供給量をはるかに上回っているという事実です。
他の障壁としては、慈善団体・国際的な援助の対象外となっている国、特に自己資金で予防接種プログラムを実行しなくてはならない中所得国では、ワクチンの価格が高すぎることと、ワクチンへのためらいが挙げられます。
日本では特にHPVワクチンに対してためらいがあります。
2019年で2900万本が不足 なぜ足りなくなるの?
なぜワクチンが足りなくなるか説明しましょう。
GAVIアライアンスという団体がありまして、経済的に恵まれていない国々に、HPVワクチンだけでなく様々なワクチンを提供している国際協力団体です。

来年までに40か国以上で、5000万人以上の女性にワクチン接種をする予定です。
初期の頃は9〜11歳の女の子だけが対象でしたが、今は、14歳までのキャッチアップ接種(既に接種対象年齢を過ぎた人への接種)も含めた方法が取られています。そのために必要なワクチンの数が多くなります。
さらに高所得の国では、公費助成の対象となる男子も含めたHPVワクチン接種のプログラムがこの2、3年急増しています。最近、9価ワクチンが中国でも使えるようになったことも、このワクチンが世界で十分供給できるかどうかに大きな影響を与えています。

具体的な数字で言うと、2019年でも2900万本のワクチンが足りなくなると予測されました。
このことは、HPVワクチンに対する世界の態度をよく示していると思います。世界は、HPVワクチンをとても安全で効果の高いワクチンだと認めていることがわかるはずです。
そして、供給が需要に追いつくまでは4〜5年もかかると言われています。

今後2、3年間は最悪な状況が続きますけれども、2価ワクチン(特にハイリスクな16型、18型への感染を防ぐ)が2022年までに、4価ワクチン(2価に加え尖圭コンジローマになりやすくなる6型、11型も防ぐ)や9価ワクチン(4価に加え、がんになりやすい5種類の型も防ぐ)は2024年までに徐々に補給されます。
しかし、しばらくはワクチンは足りない状態のままです。その結果、HPVワクチンを受けたくても受けられない発展途上国の女性が数多く生まれます。
低所得国の女子が子宮頸がんで亡くなる率がまだ高い状況なのに、HPV関連のがんでの死亡率が低所得国よりもはるかに低い高所得国の男子の接種を優先してもいいのかという倫理的な課題が新たに生まれています。
そのため、今年の10月にWHOの戦略諮問委員会予防接種専門家グループ(SAGE)は男子と成人女性について、ワクチン接種を一時的に停止することを推奨しました。
値段も各国でバラバラ 日本は高い値段で購入している
もう一つの障壁は、ワクチンの値段です。
GAVIにワクチンを供給しているユニセフは、1回分4.5ドルという安い価格を支払っています。2番目に安いのは全米保健機構ですけれども、1回分について約9ドル払っています。これも非常に安い金額です。

一方、高所得国では、日本とアメリカは高い金額を製薬会社に支払っていると言われています。1万円以上払っていますが、費用対効果に厳しいイギリスのような国では、女子のために2000円以下しか払っていないと言われています。
9月にイギリスで開始された男性接種のワクチン価格はさらに安くするように求められています。オーストラリアの場合もそうです。
つまり、ワクチンを十分、安く仕入れているように見える両国でも、女子のワクチンには高過ぎる支払いをしていると考えているのかもしれません。
正式に公開されていませんが多くのヨーロッパの国では20ユーロ前後で購入しているようです。
比較的所得が高めの中所得国は、国際協力としてワクチンの提供を受けられない上に、自力で購入するお金がないのに、ワクチンの製薬会社と交渉する力もない問題があります。
そのような国々ではワクチンが高すぎて購入できません。
さらに、 高所得の国々と違い、このような中所得国はまた、対策型検診プログラム(公費助成をする公的な検診プログラム)を導入する余裕もなく、その結果、子宮頸がんの罹患・死亡率の格差がさらに広がっています。
HPVワクチンは、現状では、2価、4価、9価ワクチンがありますけれども、前に述べたように今のところは、高所得国しか9価ワクチンを使っていません。
WHOの目標では、8割以上の女子が9価ワクチンを使うことによって子宮頸がん撲滅を目指していますが、経済的に恵まれていない国は今のところ9価は使っていません。
ただ、2価ワクチンはターゲットとなった型以外のウイルスの感染も予防するクロスプロテクション(交差反応)という効果が強いですから、子宮頸がんの85パーセントぐらいを防ぐと予測されています。
自己資金でワクチン接種プログラムをまかなう中所得国の多くは2価を使うことになると思います。
さらに、4価ワクチンを使ったオーストラリアや2価ワクチンを使ったイギリスなどの国々では、前がん病変である高度異形成(上皮内がん)が劇的に減ったことが明らかになっており、使用するワクチンの種類よりも、どれぐらい多くの人が予防接種をするかが重要であることが示唆されています。

3つ目の障壁は、ワクチンへのためらいです。
WHOは今年の1月に世界の健康に対する10の脅威の一つとしてワクチンへのためらいをあげました。ヨーロッパとアメリカで現在、起きている麻疹(はしか)の流行や日本で起きているHPVワクチンの問題にこのためらいが見られます。
9価ワクチンが承認されていないのは北朝鮮だけではない もう1国は?
4価/2価ワクチンはすでに2006/2007年からあります。ターゲット外のウイルスへの感染も防ぐ交差反応も含めて、国によりますが2価ワクチンは85パーセント以上のがんを防ぐと予測されています。

4価は7割ぐらいを防ぐとされています。135か国で承認され、124ヶ国(うち103 ヶ国がWHOの加盟国で21ヶ国は非加盟国)で公費助成があり、全世界で3億回接種されています。今、北朝鮮が未承認となっています。
2価の方が4価よりもなぜ多くのHPV型を防ぐのでしょう。対象となるHPV型(16型や18型)以外を防ぐ力の違いは、成分の効果を高める補助剤であるアジュバントのおかげだと言われています。

9価ワクチンは9割以上防ぐと予測されていますが、2014年にアメリカで承認されて以来、71か国で承認されています。
アジアの中でも多くの国で9価ワクチンが承認されています。公費助成がある国は今のところありませんが、今年から香港が公費助成を出します。日本と北朝鮮では未承認となっています。
ワクチン接種の回数 多くの国では2回接種も
ワクチン接種の回数ですが、14歳以下だと多くの国では今2回接種しか行われていません。66か国で2回接種。3回接種の場合6ヶ月をかけて、接種を行いますが、1回目と最終回の間、すくなくとも6ヶ月の期間を置かなければならず、2回接種の場合、6ヶ月か12ヶ月の期間を使って接種を行います。
学校の集団接種の場合、その国の学校の行事によって行います。たとえば、オーストラリアでは、6ヶ月間で2回接種しますが、英国では12ヶ月間で、つまり学年を超えて、2回接種します。

HIV陽性か免疫不全がある子どもの場合は3回接種が必要としています。WHOでもACIP(アメリカの予防接種専門家会議)でも3回となっています。

男子接種も増えています。男子接種が承認されている国は77か国で、24か国で公費助成があります。今年からイギリス、ベルギー、以前「副反応問題」で揉めたアイルランド、デンマークも男の接種が公費接種対象となります。
2020年にはスウェーデンとオランダも男子のHPVワクチン接種を始める計画を立てていますが、WHOがワクチン不足で男子の接種プログラムの一時停止を呼びかけているので、今後どうなるかは不明です。

公費助成で男子接種が可能となった国々が急増しているため、ワクチンが不足した理由となっています。アイルランドやデンマークなどワクチンの有害事象(因果関係は関係なく接種後に起きた問題)でもめた国であるにも関わらず、今年から男子の無料接種も始まります。
オセアニアの中でオーストラリア、ニュージランド、グアムは無料で男子の接種が行われています。
(続く)
【シャロン・ハンリー】北海道大学医学研究院生殖・発達医学分野産婦人科学 特任講師
University of St Andrews卒業。北海道大学大学院医学研究科生殖分泌腫瘍学講座で学位取得。2013年から、同大学医学研究院 生殖・発達医学分野産婦人科学教室特任講師。女性医学、特に子宮頸がん予防を研究。専門はがんの疫学・公衆衛生学。ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院にも所属し、ワクチンへのためらいについて研究している。