女優の沢尻エリカ容疑者(33)が麻薬取締法違反(合成麻薬所持)の疑いで11月16日、警視庁組織犯罪対策部に逮捕された。
NHKなどによると、東京都目黒区の自宅マンションで合成麻薬のMDMAを含む粉末およそ0.09グラムを所持していた疑いが持たれており、「私の物で間違いない」と容疑を認めているという。

今月に入ってからも、元タレントの田代まさし容疑者、プロスノーボード選手の国母和宏容疑者、金融トレーダーのKAZMAXこと吉澤和真容疑者ら著名人が相次いで違法薬物で逮捕されている。
厚生労働省と都道府県は10月1日から11月30日を麻薬・覚醒剤乱用防止運動の期間としており、取り締まり強化のタイミングに合わせて、啓発のための集中的な摘発に乗り出しているとみられる。
だが、違法薬物を常用していたとしたら、治療が必要な依存症でもあり、逮捕された彼らは適切な治療や回復への支援が必要な患者でもある。
著名人の逮捕を大々的に報道することは、違法薬物の広がりを防ぐ効果があるのだろうか? 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんに、私たちはどのように違法薬物逮捕のニュースに向き合えばいいのか伺った。
MDMAとは?
ーーまず、MDMAとはどのような薬物なのですか? どのような作用で、どのような目的で使われることが多いのでしょうか?
簡単に言えば、合成麻薬というもので、人工的に作られた覚醒剤のようなものです。覚醒剤に似た化学構造を持ち、覚醒剤が意欲に関連するドーパミン系だけに働くのに対し、気分や知覚に関連すると推測されているセロトニン系にも作用します。
もっとも、薬理作用は覚醒剤のように幻覚や妄想を主とするものではなく「知覚の変容」と言いますが、感覚が過敏になったり、感情が増幅したりする作用があります。
よく言われるのは、人に対する親しみや共感が強くなる作用です。性的な関わりを持たなくても、手を握ったり体に触れたりするだけで親しみを感じるような働きがあります。セックスドラッグとしても使われることがあります。
よくあるのは、ナイトクラブなどに行く前に飲むと、夜通し踊っていられるという使われ方でしょうか。クラブドラッグとして使われ、レイブパーティーなどで一体感を感じるような効果もあると言われています。
ーー依存症の治療現場でもよくみられる薬ですか?
いえ、2000年代のはじめぐらいまでは日本でも流通していましたが、取り締まりが強化されたこともあり、今では芸能人や海外のクラブカルチャーの周辺にいる人たちだけが使う薬物になっています。医療機関でメインの乱用薬物として診ることはあまりないです。
もちろん、ハードにトリップしてしまって救急搬送されるようなことはまれにはありますが、芸能人のような忙しい人が、気分転換やレクリエーションのような気分で使うことが多い印象です。
依存性や健康被害は?
ーー依存性や健康被害はあるのでしょうか?
もちろん、違法薬物、麻薬として取り締まられているわけですから、依存性がなくはない。ただ、どれだけ精神依存や身体依存が強いのかは、医療界でも一致した意見はありません。

体温が上がる作用は確認されていて、空調が悪い狭いナイトクラブなどで、複数の人が使って、熱中症のような症状を発症して救急搬送されるという事例はよく報告されていました。かつては「サタデーナイトフィーバー症候群」などと呼ばれていたこともあります。
一方で、他者との心の隔たりを減らしてリラックスさせる効果を期待して、海外ではサイコセラピーに使ったり、PTSDの治療に使ったりすることが試みられていた時期もありました。今日でもそうした研究に取り組んでいる海外の研究者はいます。
ーー使用者は専門家の治療や回復プログラムにつなげる方がいい薬物なのでしょうか?
今回の沢尻さんもそうですが、使用がわかったからと言って、全員依存症というわけではありません。直接診察してみなければ依存症になっているかどうかはわからないわけです。
こういうことを言うと、「病気じゃなければ、ただの犯罪じゃないか」と厳罰を求める人がいるのですが、MDMAを使うことがどこまで実質的に悪い効果があることなのかは正直、よくわかっていないというのが正確なところです。
イギリスで政府の薬物規制委員会の顧問を務めていたある著名な精神科医は、MDMAの健康被害はどれほどなのか議会に尋ねられて、週1回のMDMAと週1回の乗馬なら乗馬の方が健康被害をもたらす可能性が高いと答えて物議を醸した、などというエピソードもありました。乗馬は落馬などがありますから。
逮捕や刑罰は意味があるのか?
ーー沢尻さんは大河ドラマへの出演が決まっており、今回の逮捕で、今後、様々な仕事に影響があるとみられるわけですが、我々はどう見守っていくべきなのでしょうか。
薬物に手を出すことによる健康被害や社会への悪影響が心配されているわけですが、正直、薬物を使用した弊害でもっとも深刻なのは、使用者が社会からの信用を失ったり、仕事や生活の糧を失ったり、財産を失ったり、家族や友人関係を失ったりすることだと思います。
もちろん薬物を使用することは良くないことかもしれませんが、罰としてそこまで何もかも奪わなければいけないほど酷いことなのか、その健康被害を科学的に検証しながら、冷静に議論する必要があると思います。
逮捕や刑罰が本人の回復にどれほど意味があるのか、かえって回復や再チャレンジを妨げているのではないかと日本の現状を見ていると疑わざるを得ません。
そうは言っても違法じゃないかという人がいると思いますが、ホロコーストやアパルトヘイトでさえ、それが行われていた時代にその国では違法ではありませんでした。違法かどうかが問題の本質ではありません。
海外でも自己使用や自己使用のためのわずかな量の所持は非犯罪化する方向へ舵を切っています。犯罪として取り締まることが、薬物依存の回復につながらないことがわかっているからです。
ーーこうした著名人の摘発は、薬物の抑止効果になるというエビデンス(根拠)はあるのでしょうか?
もちろん全くありません。ピエール瀧さんの逮捕の時から感じていることですが、清原和博さんが厚労省の薬物依存症のキャンペーンに協力してくれて、世間の回復支援の声が高まってきた頃に、その機運に冷や水を浴びせかけるかのように逮捕されました。
田代まさしさんもNHKの番組で依存症患者の気持ちを語ってくれて、そのおかけでが、今回の田代さんの再逮捕にあたっても、従来のバッシング一辺倒の報道だけではなく、彼を応援する声も聞こえるようになりました。
ところが、瀧さんの時と同様、社会の依存症患者への空気が温まってきたなと思った後に逮捕されています。
意図的なものかどうかわかりませんが、逮捕によって薬物がはびこっていて、汚染が進んでいるかのような印象操作をし、「やっぱり薬物は厳しく取り締まるべきだ」という当局の思惑を世間に広げる意図があるのかな、などとつい勘ぐってしまいます。
今、回復に向けて頑張っている依存症者や家族のために報道は配慮して
ーーこうした著名人の逮捕の報道で、今、回復に向けて努力している依存症患者さんの心が折れる問題も度々指摘されていますね。
報道の中で注射器や白い粉、具体的な使用方法が紹介されることで、欲求が呼び覚まされてしまう人は多いのは確かです。
また、日常的にゆっくり死にたいと考えているような若者たちは、報道によってかえって薬物への関心を持ってしまうことがあるのです。
ーー薬物で逮捕された著名人へのバッシングも、回復を妨げると言いますね。
ワイドショーなどで「人間じゃない」「芸能界に2度と復帰させるな」というようなバッシングをする世間の姿を見て、自分も居場所がなくなると不安を掻き立てられる人は多いです。それが再使用の引き金になることもあります。
回復のためにものすごく頑張っている人や、家族が薬物を使用して疲弊している家族に配慮した報道を心がけてほしいです。厳しい視線を向けるのではなく、回復を応援するような報道を願っています。
「薬物報道ガイドライン」で報道に望まれること
以下に、依存症の治療・回復にあたる関係団体と松本さんら専門家で作った「薬物報道ガイドライン」を紹介する。
【望ましいこと】
- 薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること
- 依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること
- 相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること
- 友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要であることを強調すること
- 「犯罪からの更生」という文脈だけでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱うこと
- 薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること
- 依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること
- 依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっていることを伝えること
【避けるべきこと】
- 「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと
- 薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと
- 「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと
- 薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
- 逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
- 「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
- ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
- 「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
- 家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと
ガイドラインでは「相談窓口を紹介し、警察や病院以外の『出口』が複数あることを伝えること」を、望ましい報道のあり方の一つとして提案している。
薬物依存には、人間関係や環境など、当事者が抱える様々な背景や課題がある。そうした点に目を向けず、一面的なバッシングや“見せしめ”のような報道を続けることに、果たして有益な意味があるのだろうか問われている。