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感染症学会などが緊急承認を迫る「ゾコーバ」 コロナ患者を診ている医師は本当に求めているの?

感染症学会が十分なデータもないまま緊急承認を求める提言を出して、医師たちから批判を浴びている「ゾコーバ」の問題。治験の最終結果を待たずに承認を迫るこの薬を、コロナ患者を診る医師たちはそんなに必要としているのでしょうか?

塩野義製薬が開発中の新型コロナ軽症者向けの飲み薬「ゾコーバ」について、「有効性のデータは不十分」として承認審査が継続審議となったにもかかわらず、日本感染症学会など2学会が緊急承認を求める提言を出して批判を浴びている問題。

学会側は、重症化リスクの高い患者や60歳以上にしか飲み薬(ラゲブリオ、パキロビッド)がないことから、軽症者に使える薬が緊急に必要とされているという前提のもと、第3相試験が終わらない現段階で出してきた。

しかしこの薬、現場の医療者から、それほど緊急に必要とされているのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、コロナ患者を数多く診て、薬の適正使用にも詳しい現場の医師たちに話を聞いた。

「感染症学会が勧めるべきは、新薬でなく、ワクチン」

神戸大学感染症内科教授で、両学会の会員でもある岩田健太郎氏は、この提言内容について「噴飯もの」と憤りを露わにする。

職員も感染して発症が相次ぎ、軽症者を診る機会も増えているが、軽症者のウイルス量を減らすゾコーバのような薬は現場で必要とされているのだろうか?

「流行を抑えたいということであれば、感染そのものをブロックするのが一番いい。感染してからウイルス量を下げて流行を抑えるのは机上の空論で、理屈としては成立するかもしれませんが、実証したデータはありません」

新型コロナの薬としては8月末に、「販売名:エバシェルド(一般名:チキサゲビマブ/シルガビマブ)」という抗体薬の注射薬が緊急承認された。

「感染する前にリスクのある人(重症化リスク、ワクチンがうてない人)にうつと発症しなくなる薬です。飲み薬よりもこちらの方がより合理的です」

「ただやはり一番効果的なのはワクチンです。20〜30代を中心に感染が広がっていて、それが社会を逼迫させているわけですが、それはこの年齢層でのワクチン接種率が極めて低いからです」

「感染症学会がもし流行を抑えるために声明を出すのであれば、『ワクチンをもっとうちましょう』というのが筋です。しかもゾコーバと比べ、ワクチンには堅牢なエビデンスがあります」

「ゾコーバについてはウイルスを抑える効果はありますが、感染そのものを抑える効果はなく、感染したという診断があって初めて飲み薬として成立します。コロナは発症前から人に感染させますし、流行を抑えるエビデンスも全くない。学会の提言は机上の空論ですし、よりエビデンスがあるワクチンを使いましょうと言うべきです」

医療現場の本音は「受診せずに自宅療養して」

医療現場で今起きている現実から見ても、軽症者に受診してもらって抗ウイルス薬を処方することが緊急に必要なこととは考えにくいと岩田氏は言う。

「発熱外来に人が押し寄せている今は、若くて基礎疾患のない軽症の人に対しては抗原検査キットを配っています。その人たちには『受診せずに、家に帰って療養してください』と言っているわけです」

「病院目線で言えば、医療逼迫を抑えるためには、若くて元気な人に対しては『病院に来ないでくれ』というのが本音です。重症化リスクの高い人だけ受診してほしいし、それ以外の人は家で寝ていてくださいというのがメッセージです」

ただし、ゾコーバが非常に効果の高い薬なら医療現場も欲しがるだろうと、岩田氏は言う。

「タミフルでさえ、インフルエンザの症状の1日ぐらい短くしてくれるエビデンスがあります。でもゾコーバは症状をほとんど抑えていません。ウイルスは減りますが、患者が良くなるわけではない。まともな医者だったら『患者は良くならないけど、ウイルスは減ります』と言われても、処方したがらないでしょう」

「しかも今は医療現場が逼迫し、より優先順位をつけて重症者にターゲットを絞って医療を守ろうという時期です。その時に軽症者に受診させてさらに医療の負担を高める割にはそれほど効果がない薬を使うなんて、バランスが取れません」

最近、権威ある医学誌、New England Journal of Medicineで、重症化リスクの高い人に処方される飲み薬パキロビッドについて、高齢者では入院を減らしたが、若い人には効果が見られなかったという論文が出た。

「この論文で見ているアウトカム(結果)は、あくまでも入院とか死亡といった『臨床的に意味の大きなアウトカム』です。コロナの場合は入院、死亡を防げるかで勝負しましょうということです。軽症者のように勝手に治るような状態であれば、対症療法で治しても薬で治しても同じだし、そこにリソースを割いて必要な人に医薬品が提供できないのでは本末転倒です。そこで勝負しても仕方ないのです」

「これまでに承認されている飲み薬、パキロビッドにしてもラゲブリオにしても、『症状緩和』を指標として研究したら、もしかしたら若い元気な人に効果が見られるかもしれません。でも世界の多くの研究者は『そこはコロナで考えるべきことではない』と判断しています」

「今は人が生きるか死ぬかを考える時で、いずれ元気になる人の症状緩和は優先順位としては低い。流行予防という観点ではワクチンが一番パワフルです。感染してから飲み薬で流行を抑える、という作戦はダメだと普通は思うはずです」

新型インフルエンザの時もあった薬と学会の濃密な関係

岩田氏は今回の騒動から、2009年の新型インフルエンザの時の医療現場の混乱ぶりを思い出す。

「あの時も感染症学会は、『できるだけ早く受診してください』と言って、抗ウイルス薬のタミフルを飲ませて、『タミフルを飲ませたから死亡者が少なかった』と宣伝しました。しかし、ヨーロッパの国では『若くて元気な人は家で寝ていてください』という戦略を取りました」

「感染症学会は『タミフルをたくさん出したから日本は良かった』と総括しましたが、実はヨーロッパのような『家で寝ていてください』の国も死亡者は少なかったのです。タミフルを出した・出さないで死亡に差がついたと考えるのは根拠が弱い」

「要は感染症学会も化学療法学会も昔から、『薬をどんどん出しましょう』的なところがある。上層部の理事レベルの利益相反が明らかに強い学会です」

「元々化学療法学会は日本で開発された薬の臨床試験をして、学会誌に載せて、承認させて売る、製薬会社と懇ろな学会です。学会で薬の特集を組み、『こんなに素晴らしい薬だ』と一種のプロモーションのようなことすらやっていました」

「近年、若手の感染症医が育ってきて、利益相反の問題や、中途半端な情報に基づいて薬を宣伝する問題を指摘するようになりました。おかげでこの10年ぐらいは学会が製薬会社の太鼓持ちをするような態度は影を潜めていたのですが、今、この提言が出てきてみんな困っています」

「しかも、感染症学会の理事長は、ゾコーバの治験に関わって利益相反があるのに、今回こんな提言を出している。明らかにまずいだろうと考えます」

在宅医「2学会の提言で使用可能になっても、必要ない」

関東を中心に在宅診療のクリニックグループを運営し、コロナの自宅療養患者や外来患者を数多く診ている医療社団法人悠翔会理事長で診療部長の佐々木淳氏も、ゾコーバについては「必要ないと思う」と冷ややかだ。

「この薬によって、患者が、あるいは社会が享受できる利益はどこにあるのでしょうか。経過観察すれば自然治癒する、しかも辛い症状はせいぜい3日程度、という疾患に対し、抗ウイルス薬を投与する必然性があるとは思えません」

「 自覚症状の多くは、アセトアミノフェンなど安全な薬剤による対症療法で緩和可能です。重症化や死亡を減らす、ということであれば有益ですが、それについてはすでに非常に強力な薬剤が利用可能です」

「 今回、2学会の提言により使用可能になったとしても、私は必要性を感じませんし、チームの他の医師たちも同様だと思います。処方しないと思います」

「重症化リスクのない人にとっては、風邪と同様」

現在、佐々木氏たちの発熱外来や陽性者往診における基本的なスタンスはこうだ。

「デルタの時はこんなことは言えませんでしたが、現時点では『重症化リスクのない人にとっては、症状の重い風邪と同様』という前提で対応しています」

「ワクチン接種あり、リスク要因のない人は、原則として対症療法のみです。症状のレベルには個人差が大きいですが、発熱や咽頭痛・筋肉痛など、症状が強い人も、自覚的なつらさを伴うのは長くて3日程度です。解熱剤や咳止めで症状の多くは緩和可能です。高齢者であっても心身の機能が良好な人は、若い人に準じて対応しています」

ただ、ワクチン接種歴のない人や重症化リスクのある人については、少し慎重に判断する。

「全身状態が安定している人は、抗ウイルス薬について説明した上で、服用をするかどうか、一緒に考えています。独居でない見守り体制がある人は、対症療法のみで経過観察となることが多いです」

「いずれも非常に高額な薬なのと、飲みにくさまたは連日の点滴、ということもあるので、本人・家族と相談しつつ全身状態が安定されているケースには積極的に推奨しないこともあります」

そして、ワクチン未接種だけでなく、持病があるなど、重症化リスクが複数重なる人の場合には、抗ウイルス薬の服用を勧めている。

「NIH(アメリカ国立衛生研究所)のガイドラインを参考に、まずはパクスロピド、併用禁忌がある場合にはレムデシベル、注射が使いにくい・連日の医療提供が難しい(訪問看護が確保できないなど)場合には、モルヌピラビルを使います」

「現在では薬のアクセスもだいぶ改善されていると思います。抗ウイルス薬を使用する場合にも対症療法は併用しています」

「日本の学術組織への信頼を失墜させる行為」

その上で、学会の提言についてはこう強く批判する。

「日本の学術組織への信頼を失墜させる行為であると思います。国産薬に対する期待、政治家の圧力、メディア(主に日経新聞)の激推しなどもありましたが、薬の安全性と有効性については、科学的根拠に基づいて評価されるべきものです」

「もしかすると、一般市民は、この2学会の提言について、『期待の新薬を使えるようにするために、腰の重い国を動かそうとしている!』と評価するのかもしれません」

「しかし、これは明らかに誤ったメッセージです。 少なくとも1人の医師としては許容できません。この2学会は、むしろ国民に対して、なぜ許可できないのかをきちんと説明すべき立場にあるはずだと思います。感染症学会の理事長の利益相反については....言葉になりません」

開業医の実感「軽症患者は対症療法で済んでいる」

千葉県稲毛区の「稲毛サティクリニック」の呼吸器内科医、河内文雄氏は第7波の発熱外来で多い時は1日335人の患者を診て、そのうち156人がコロナ陽性だったことがある。

駅前のショッピングセンター内という立地柄、若い軽症患者の割合が高く、重症化リスクが低い患者が多い。

その立場から見ると、今回の騒動はこの薬に対する態度をより慎重にさせる。

「治療の選択肢が増えるのはいいことだと思いますが、薬の評価は迷走します。私たち町医者は新しい薬が出たからといって、すぐに飛びつくことはしません。データが不十分な状況で前のめりになって新しい薬を使うようなことを、少なくとも私はしません」

軽症患者に対しては解熱剤や咳止めなどを出している。

「つらいのを我慢させる必要はないし、積極的に対症療法の薬は出しています。そして実際問題、軽症患者はほとんどそれで済んでいます」

「火事と同じなんです。ボーボー燃え盛ったら、消防車が何台来ても消せないぐらいの状態になり、アセトアミノフェン(解熱剤)だけで効くはずはありません。ところがボヤであればバケツ一杯で消せますよね。それと似たような効果が軽症患者の対症療法にはあるのかなと思います」

開業して30年、かかりつけとなっている高齢患者もコロナに感染してくることがあるが、高齢者に対しても抗ウイルス薬を積極的に使うことはしていない。

「高齢者に対しても、対症療法の薬を渡して、症状が悪くなったらまずうちに来るようにしてもらっています。そこで診た上で、手に負えない人は病院に紹介しています。多くは対症療法で治ります」

「確かに若い人の後遺症は心配だが....」

2学会の提言では、若い軽症者に使える飲み薬がないために、後遺症が残ったり、家族内で感染させてしまって医療逼迫が起きたりするリスクを、ゾコーバで防ぐとしている。

「後遺症の可能性については、一理あるかと思います。というのは、臨床的な観察のレベルですが、陽性になって治った方が後遺症の相談に来ることが多いからです。めまいが多く、ものをとり落としやすくなったとか、家族から性格が変わったとか言われることもあります。神経系に影響を及ぼすウイルスなのかなと思います」

「麻疹のウイルスも脳内に入る頻度が他のウイルスより多いので、脳内で炎症を起こすと前頭脳炎を起こしてきます。これは数年たたないとわからないことですが、僕がコロナでも恐れるのは神経系の後遺症で大変になることです」

「ただ、そうなるかもしれないから、という理由で、軽症の人全員に抗ウイルス薬を投与するのは行き過ぎていると思います。使うことのメリット・デメリットを天秤にかけて処方を考える臨床現場の医師としては、突っ込んだファクトが出てこないと踏み切れません」

「後遺症に対する効果も、大規模な臨床研究で有意差をもって抑える可能性があるというデータが出てきたら、積極的に使うようになるでしょう。でも今は、『効くかもしれない』『後遺症を抑えるかもしれない』という段階です。積極的に使いたいとは思えません」

第3相試験まで出ない段階で、日本感染症学会などが緊急承認を求める提言を出したことについてはどう考えるのだろうか?

「はやる気持ちもわかるのですが、そういう段階ではないでしょう。デルタの頃だったら、もしかしたら理解も得られたかもしれませんが、今はバケツの水でボヤは消せるとわかっている段階です。ボヤでいきなり消防車を呼ぶことはないんじゃないの?という感じですね」

「軽症者の飲み薬、流行に与える影響は小さいのでは?」

新型コロナウイルス感染症に関して啓発を続ける医療集団「こびナビ」副代表で医師の木下喬弘氏は、公衆衛生学の観点からこう話す。

「仮にゾコーバの内服により2次感染のリスクが減少しても、感染の流行自体に与える影響は非常に小さいのではないかと考えています」

「コロナの流行を抑えることが非常に難しいのは、症状がない、あるいは非常に軽いため、まだ診断がついていない人から感染が広がるからです。感染してしまったほとんどの人は、感染者と知らずに接触してうつっているのです」

「つまり、陽性が確定して自宅隔離となった感染者はそもそも無闇に他人に接触しないはずなので、ゾコーバを内服してウイルスの排出が減少しても、感染の連鎖を止める効果はほとんどないだろうということです」

「やはり感染の拡大により医療崩壊を起こしているような状況では、『誰もが感染している可能性がある』という前提で、全員が一定の感染予防策を取る必要があると考えます」