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おにぎり食中毒の黒幕 「黄色ブドウ球菌」について専門家に詳しく教えてもらいました

水分×適温×塩分で毒素を作りやすくなるんです

おにぎりによる食中毒の原因ナンバーワンという黄色ブドウ球菌。石鹸で手をよく洗い、ビニール手袋などを使って握らないと危ない、という記事を書いてもらったばかりですが、そもそもどんな性質の菌なのか気になりました。

そこで、ブドウ球菌研究を専門とする、国立感染症研究所薬剤耐性研究センター長、菅井基行さんに詳しく伺ってきました。

暑くなってきたこの季節、食中毒を防ぐために何に気をつけて調理をしたらいいのでしょうか?

皮膚の表面や鼻の穴周辺に存在するありふれた菌

ーーおにぎりでの食中毒が注目されていますが、「黄色ブドウ球菌」とはそもそもどこにある菌なのですか?

黄色ブドウ球菌は人類の創世期から人間に棲み着いているありふれた菌で、皮膚の表面や鼻の穴、鼻の穴の入り口付近の「鼻前庭」という部分によく存在しています。だれでも無意識に鼻の下をこすることがあると思うのですが、その時に手指にうつり、調理中の食材に入ってしまうのですね。

実は、ブドウ球菌は30種類以上あるのですが、人間の体で一番多いのは食中毒などの問題を起こさない「表皮ブドウ球菌」という種類です。皮膚の表面にいるのはほとんどこの表皮ブドウ球菌で、黄色ブドウ球菌は健康な人の皮膚にはむしろ少ないです。

ところが、病気になったりして、このバランスが崩れると、黄色ブドウ球菌が勢力を増していきます。例えば、アトピー性皮膚炎の人は黄色ブドウ球菌が多いことがわかっています。

アトピー性皮膚炎になると、皮膚を覆う鎧のような角質層が剥がれてバリア機能が弱まり、かきむしったりして体液が漏れ出してくることがあります。それをエサにして黄色ブドウ球菌が増殖してしまうのです。

温度と水分で増殖し、塩分が毒素を作り出すのを促す

ーー黄色ブドウ球菌はどういう特徴を持つのですか?

酸素があってもなくても増える菌で、熱にも強いのが特徴です。45〜50度で30分放置しても死なず、お風呂に浸かるよりも熱い温度でも生き続けます。

菌が増殖する過程で「エンテロトキシン」という、吐き気や嘔吐などの症状を引き起こす腸管毒を作ります。食べてから30分から数時間で症状が出ます。

増えやすい環境が整っていれば、数時間で増殖の飽和状態に達します。もっとも毒性活性の強いエンテロトキシンAの場合、菌が増えた後にもっとも腸管毒が産生されます。この腸管毒がまた熱に強く、100度で30分熱しても毒性を失いません。いったん食材で産生されると、加熱してもなかなか壊れないと考えた方がいいでしょう。

ーーどのような条件があると増殖してしまうのですか?

人肌以上の温度で、一定の水分があり、エサとなる栄養分があると増殖します。そして、他の菌が増殖できないような塩の濃度でも増殖できる上、塩分を加えると毒素を作るのが促進される場合もあります。

ハムや野菜スープなどでも黄色ブドウ球菌による食中毒が報告されていますが、人が食べるのにちょうどいい塩分濃度だと、ある種の腸管毒素を作りやすくしてしまうのです。

ですから、手に塩をつけてにぎることが多いおにぎりは、黄色ブドウ球菌がつくと毒素を出しやすくなる可能性があるのです。暑くて湿気の多い梅雨から夏にかけての季節に、朝握ったおにぎりを日の当たる場所において、蒸れる状態にして数時間以上放置していたら危ないでしょうね。

なぜ人の皮膚上では増えないのか

ーーそれでしたら人の皮膚の上にも湿気や塩分がありますし、人肌の温度でもあります。皮膚上で増殖しないのはなぜなのでしょう。

例えば、夏場で汗をたくさんかき、かきむしったりして体液が漏れ出すと、とびひを起こすことがあります。あれも黄色ブドウ球菌が原因です。

ただ、健康な皮膚は弱酸性に保たれており、他の菌との競合もあり、黄色ブドウ球菌は増えにくい環境にあります。清潔にしていればエサも少ないはずです。

そういえば、ブドウ球菌の中には、良い効果をもたらすものもあります。

例えば、手で混ぜるぬかみその中には、「ワルネリ」というブドウ球菌の仲間が入っています。これは、他の雑菌に対して抗生物質のような役割を果たしており、雑菌を繁殖させず、ぬかみそを腐らせない役割を果たしています。

ブドウ球菌の専門家から調理のアドバイス

ーーこれまでの話を総合して、これから暑くなってくる季節、何に気をつけて調理したらいいのでしょうね。

最初に言いましたが、人は無意識に鼻をこすり、その手で髪やドアノブを触ったりして、あちこちに黄色ブドウ球菌は潜んでいるのです。乾燥したところでもしばらく黄色ブドウ球菌は生き続けていて、私たちの研究では、スーパーマーケットの買い物かごにも生きている黄色ブドウ球菌が結構検出されました。

菌だらけなんですよ、みんな。夏場や梅雨の気温が高く、湿気の多い時期は特に菌が増えやすいと考えて気をつけなければいけません。

おにぎりを手でにぎる時は、事前に石けんでしっかり手を洗いましょう。さらに、食べる時まで保冷パックのようなものに入れて、炎天下に置くようなことを避けてください。温度が低ければ菌は増殖できず、腸管毒素も産生されません。

手に傷口のある人は菌が感染している可能性がありますので、素手でおにぎりを作るのは避けましょう。ポテトサラダで増えた事例もあり、冷蔵庫も暑い時期はしょっちゅう開け閉めをして庫内の温度が上がりがちですので、冷蔵庫を過信してはいけません。作ったら早めに食べることが一番でしょうね。

もし食中毒になってしまったら病院に行きましょう。黄色ブドウ球菌の食中毒は症状としては比較的軽い方です。本人はものすごく苦しいのですが、この食中毒で死んだという人は聞いたことがありません。大抵、数時間から1日以内で治まりますので、脱水症状を起こさないように十分に水分をとってください。

おにぎりは発酵食? 素手でにぎることを勧める雑誌記事に驚いた

【参考資料】

成田崇信さん おにぎりは素手でにぎるのが一番?

東京都福祉保健局「こうして起こった食中毒 黄色ブドウ球菌」

厚労省:避難所における食中毒の発生防止について

熊本県八代市の黄色ブドウ球菌による食中毒の発生について

国立保健医療科学院 おにぎり弁当を原因とするセレウス菌食中毒